井前法相夫妻を起訴
2900万円余の買収の罪

去年の参議院選挙をめぐる選挙違反事件で、東京地検特捜部は河井克行前法務大臣と妻の案里参議院議員が、地元議員らに票の取りまとめを依頼し、現金を配ったとして公職選挙法違反の買収の罪で起訴しました。

特捜部が起訴した買収資金の総額は2900万円余りに上り、今後の裁判は迅速に審理される「百日裁判」で行われます。

起訴されたのは先月、自民党を離党した前の法務大臣の河井克行被告(57)と、妻で参議院議員の河井案里被告(46)です。

東京地検特捜部によりますと、河井前大臣は去年7月の参議院選挙をめぐり、妻の案里議員が立候補を表明した去年3月下旬から8月上旬にかけて、票の取りまとめを依頼した報酬として地元議員や後援会幹部など合わせて100人に2900万円余りを配ったとして、公職選挙法違反の買収の罪に問われています。

また案里議員も河井前大臣と共謀し、地元議員5人に170万円を配った罪に問われています。

関係者によりますと、検察当局は河井前大臣のパソコンで管理されていた現金の配布先が記載されたとみられるリストをもとに、逮捕後も捜査を進めた結果、現金の配布先が数人増え、買収資金の総額が逮捕容疑を300万円余り上回ることが分かったということです。

特捜部は、河井前大臣が選挙運動を取りしきる立場の「総括主宰者」にあたると判断し、河井前大臣と案里議員の裁判は迅速に審理される「百日裁判」で行われます。

今後の裁判で、案里議員が無罪になった場合でも、河井前大臣の罰金以上の刑が確定し、検察が連座制の適用を求める訴えを起こして認められれば、案里議員の当選は無効になります。

また、衆議院議員の河井前大臣も罰金以上の刑が確定すれば公民権停止となり、失職します。

一方、検察当局は現金を受け取った地元議員らについては、河井前大臣から一方的に現金を渡されたケースが多いことなどを総合的に考慮し、刑事処分を見送るものとみられます。

関係者によりますと、河井前大臣と案里議員は、いずれも起訴された内容を否認し、このうち河井前大臣は検察の調べに対し、多くの地方議員らに現金を配ったことを認めたうえで「現金を配ったのは統一地方選挙の陣中見舞いや党勢拡大などのためで、票の取りまとめを依頼する趣旨ではない。妻とは共謀していない」などと供述しているということです。

案里議員の弁護士は東京地方裁判所に保釈を請求しました。裁判所は今後、保釈を認めるかどうか判断します。

現金の配布状況は

河井前法務大臣と妻の案里議員が多額の現金を配ったとされる大規模な買収事件。

現金の配布状況を分析すると河井夫妻が、地盤のない地域にも幅広く現金を配り、保守分裂の選挙を戦ったライバル候補の支持層を切り崩そうとしていた状況がうかがえます。

《40人が首長・地元議員 集票力ねらったか》

関係者によりますと、今回の事件では現金の提供先とされる100人の中に、広島県内の首長や地元議員合わせて40人が含まれ、総額1680万円が配られたとみられています。

40人のうち、広島県議が14人、広島市議が13人を占めていて、集票力がある県議や有権者数の多い都市部の議員を押さえようとしていたことがうかがえます。

《地盤固め 全体の37%》

また、現金の提供先40人の首長や議員を地域別にみると、河井前法務大臣の地元の衆議院広島3区内に選挙区がある首長や議員は全体の37%に当たる15人で、総額は490万円でした。

15人の中には、
▼広島市内の県議や市議、合わせて7人のほか、
▼現金の授受を認めて辞職した安芸太田町の小坂真治前町長、
それに、
▼県議会議員だった去年、現金60万円を受け取っていたとして辞職した安芸高田市の児玉浩前市長などが含まれ、河井前大臣が地盤固めを目的に、広島3区内のすべての自治体で議員などに現金を配ったとみられます。

《“ライバル支持層”切り崩しも》

一方、40人のうち半数以上の25人は、広島3区内以外に選挙区がある首長や議員で、総額は全体の7割に当たる1190万円に上ります。

40人のうち、最高額となる現金200万円を受け取った呉市の奥原信也県議は、当選12回のベテランで議長経験もあり、地元で大きな影響力があると指摘されています。

さらに、案里議員が保守分裂の選挙を戦った当時の自民党の現職の溝手顕正氏が、かつて市長を務めた広島県東部の三原市では、天満祥典前市長が、2番目に多い現金150万円を受け取っていたほか、三原市選出の県議会議員にも現金30万円を提供したとされ、ライバル候補の支持層を切り崩すねらいがあったとみられています。

さらに、県内2位の人口46万人を抱える福山市でも、河井前大臣が元県議2人にそれぞれ現金60万円を渡したとみられています。

《選挙前月に最多820万円》

また、逮捕容疑となった現金の提供先94人におよそ2570万円が配られたとされる時期を分析したところ、参議院選挙の前の月の去年6月に合わせて47人に820万円が配られ、月別で最も多いことが分かりました。

現金の提供は、案里議員が立候補を表明した去年3月下旬から始まり、統一地方選挙が行われた去年4月にかけて議員や首長を中心におよそ1000万円が配られたとみられています。

この時期には、河井前大臣が「陣中見舞い」や「当選祝い」などとして現金を提供したケースが多いことが分かっています。

その後、5月の配布額は減りましたが、選挙の前の月の6月になると、後援会関係者への現金提供が急増していて、陣営の引き締めを強めるねらいがあったことがうかがえます。

また、現金の提供先40人の首長や議員のうち14人は、複数回にわたって現金を提供されていて、14人のうち11人は、6月に2回目の現金提供を受けていました。

また、参議院選挙が行われた去年7月にも、市議2人に合わせて60万円が提供されていて、選挙の直前まで票の取りまとめを強めようとしていたことがうかがえます。

政権首脳や党本部とのパイプの太さ前面に押し出す

保守分裂の激しい選挙戦となった去年の参議院広島選挙区。NHKが入手した、陣営のLINEに残されたメッセージや関係者への取材からは、案里議員の陣営が政権首脳や党本部とのパイプの太さを前面に押し出し、選挙戦を有利に展開しようとしていた実態が浮かび上がっています。

去年の参議院広島選挙区で自民党は6期目を目指す現職の溝手顕正氏に加えて、新人の河井案里議員を2人目の候補として擁立しました。

自民党の広島県連は、組織が割れて将来に禍根を残しかねないとして反対しましたが、党本部は、これを振り切る形で案里議員の公認を決めました。

県連組織の支援が得られない中、案里議員の陣営は自民党本部とのパイプの太さを前面に押し出す選挙戦を展開し、選挙期間中には安倍総理大臣のほか、菅官房長官、二階幹事長らが次々と広島入りしました。

そして、陣営は案里議員とのツーショット写真をSNSに掲載したり、ポスターを作ったりして政権首脳との近さを有権者にアピールしました。

また、安倍総理大臣の秘書らが案里議員の応援のため、たびたび広島入りし、地元の議員や有力企業などを回っていたことが明らかになっているほか、秘書が現金の提供先の一部と面会していたことも分かりました。

NHKが入手した、案里議員の陣営幹部らのLINEグループには、去年5月、河井前大臣のアカウント名で「明日あさってから応援に来られるのは、『安倍晋三事務所の秘書さん』ではなく、『安倍総理大臣秘書』と表現してください」とか、「秘書さんたちが本部事務所に到着した瞬間にスタッフ全員が表に出て拍手で迎えるように」などと指示するメッセージが残されています。

また、「総理秘書団面会予約を取ってから、なるべく早く訪問してもらってください」、「漏れを防ぐために指示した安倍総理大臣秘書団の面会予約状況を一覧にして、きょう出してください」というメッセージも残され、河井前大臣が地元議員や企業へのあいさつ回りのスケジュールを細かく管理し、安倍総理大臣の影響力を選挙戦に生かそうとしていたこともうかがえます。

NHKの取材に対し、安倍総理大臣の秘書の訪問を受けた現職の広島県議の1人は「自宅に総理の秘書が来るのは初めてで、大変驚いた。『案里を頼みます』と言われ、大変な力の入れようだと思った。自分は溝手氏を応援したが、結果としては案里氏が当選し、党本部の影響力があったと思う」と述べました。

また、起訴された現金の提供先に含まれる県内の地方議員は、NHKの取材に対し、去年3月、河井前大臣から「自民党本部も案里を応援している」と言われたあと、現金が入った封筒を自宅に置いていったと証言しました。

そして去年5月、安倍総理大臣の秘書と一緒に県内の企業を訪問し案里議員への支援を呼びかけたという元広島県議はこう証言しています。

「自分1人で行っても出てきてくれない企業の社長が、総理の秘書と訪問したことで会ってくれた。総理の秘書が来るというのは、みんな驚いたし、大きな影響力があったと思う」。

議員ら27人現金収受認める

今回の事件で現金の提供先とされる広島県内の首長や地元議員合わせて40人について、NHKが取材したところ、これまでに27人が現金の授受を認めました。

また、11人は捜査中であることなどを理由に回答せず、2人は現金の授受を否定しました。

現金提供の趣旨については、去年4月の統一地方選挙の前後に「陣中見舞い」や「当選祝い」として受け取ったと説明する議員がいる一方、現金の提供に票の取りまとめを依頼する趣旨を感じたと証言する議員も相次いでいます。

広島市議会の沖宗正明議員は、先月26日に会見を開き、河井前大臣から2回にわたって50万円を受け取ったことを認めたうえで、「去年4月の1回目は統一地方選挙の当選祝いの趣旨だと思った。2回目は参議院選挙公示の1か月前で案里議員の名前が出たので、選挙の応援の趣旨だと認識した。現金を返すと代議士のメンツをつぶしてしまうと思い、返す機会を逸した」と説明しています。

呉市議会の土井正純市議も先月26日に会見を開き、参議院選挙の期間中に河井前大臣から現金30万円を受け取ったと認めたうえで、「『お世話になります』と言って渡してきて、違法な金だと思い、何度か押し問答が続いたが、受け取ってしまった。国会の中枢にいる議員とぎくしゃくする訳にはいかないと思い、返却できずにいる」と説明しています。

買収資金 原資の解明は

総額2900万円余りが地元議員ら100人に配られたとされる今回の選挙違反事件では、河井前大臣らが多額の買収資金をどのように捻出したのかも捜査の焦点になりました。

現金の提供先とされた100人のうち、陣営スタッフ数人の口座には、去年6月から8月にかけて、案里議員の自民党支部から合わせて200万円余りが振り込まれていたことが関係者への取材で分かっています。

公職選挙法では、いわゆるウグイス嬢などを除いて選挙運動を行った人に報酬を支払うことを禁じていて、検察当局は自民党支部から振り込まれたこの200万円余りは選挙運動の対価としてスタッフに支払われた違法な報酬だったとみています。

河井前大臣と案里議員の支部には、参議院選挙の前に、自民党本部から保守分裂の選挙を戦った当時の現職の10倍の合わせて1億5000万円が振り込まれていて、党本部からの資金の一部が違法な報酬の原資になった可能性があります。

一方、関係者によりますと、党本部から2つの支部に振り込まれた1億5000万円の多くは、案里議員と菅官房長官の対談などを盛り込んだ広報誌を全県に複数回、配布する費用や事務所の経費などに充てられたということで、河井前大臣は、地方議員らに配った現金の原資について、「自分の手持ち資金から出した。党本部からの1億5000万円は原資ではない」などと周囲に説明しているということです。

また、検察当局は今月4日、選挙違反事件の関係先として河井前大臣の支部に多額の寄付をするなど、夫妻を支援している広島県福山市の鶏卵生産会社を新たに捜索しました。

多額の買収資金の原資が今後の裁判でどこまで明らかにされるのか注目されます。

「百日裁判」と河井夫妻

「百日裁判」は、連座制などの適用が想定される選挙違反事件の審理を迅速に進めることを目的に公職選挙法で定められ、裁判所は起訴から30日以内に初公判を開き、100日以内に判決を出すよう努めなければならないと規定されています。

裁判が長引くことで当選した候補者の任期中に結論が出ず、連座制などの効果が失われるのを避けるのが目的です。

対象となるのは、公職選挙法違反の買収などの罪で起訴された議員本人のほか、陣営の選挙運動を取りしきる「総括主宰者」や、「配偶者」などの議員の親族や秘書などで、今回の事件の場合、河井前大臣は「総括主宰者」と「配偶者」の2つの立場で「百日裁判」を受けることになります。

今後の裁判で案里議員の有罪が確定すれば、当選が無効になりますが、案里議員が無罪になった場合も、河井前大臣の罰金以上の刑が確定し、検察が連座制の適用を求める訴えを起こして認められれば、案里議員の当選は無効になります。

また、案里議員の選挙運動をめぐっては、いわゆるウグイス嬢に法律の規定を超える報酬が支払われたとされる事件でも、広島地方裁判所が案里議員の公設秘書に執行猶予の付いた有罪判決を言い渡しています。

公設秘書は控訴していますが、禁錮以上の刑が確定し連座制が適用された場合も、案里議員の当選は無効になります。

一方、衆議院議員の河井前大臣も、今後の裁判で罰金以上の刑が確定すれば公民権停止となり、失職します。

河井前大臣と案里議員は、起訴された内容を全面的に争うとみられますが、判決によっては、いずれも国会議員の地位を失うことになり、裁判の行方が注目されます。

安倍首相 「いっそう緊張感をもって政権運営」

安倍総理大臣は、8日7時半すぎ、総理大臣官邸を出る際、記者団に対し、「わが党所属だった現職の国会議員が起訴されたことは誠に残念だ。かつて法務大臣に任命した者として、その責任を痛感するとともに国民の皆さまに改めておわび申し上げたい」と陳謝しました。

そのうえで、「国民の皆さまの厳しい目が注がれていることをしっかりと意識し、さまざまなご批判を真摯に受け止め、今後よりいっそう緊張感をもって政権運営にあたっていく」と述べました。

また、去年の参議院選挙の前に、河井案里参議院議員の側に自民党本部からあわせて1億5000万円が振り込まれていたことについて、「今後、裁判が予定されている個別具体的な事件についてコメントを詳細にすることは差し控えたい。自民党において政治資金の運用は厳格なルールのもとに運用されていると承知しているが、今後よりいっそう襟を正して対応していく。また国民の皆さまに、党として説明責任を果たしていかなければならない」と述べました。