曽根元首相死去
海外の反応

トランプ大統領「日米の礎築いた」

トランプ大統領は30日、声明を発表し、「アメリカ国民を代表し日本国民と中曽根元総理大臣の関係者の皆様に深い哀悼の意を表します。亡くなられたと知り悲しんでいます」と追悼しました。

そのうえでトランプ大統領は「中曽根元総理大臣はレーガン元大統領のことばを借りれば『友人であり、賢明な同僚であり太平洋でのアメリカの最も重要な同盟国のリーダー』だった。中曽根元総理大臣が日米同盟の強化に努めたことで、インド太平洋地域と世界の平和と繁栄、自由にとって重要な日米の地球規模での協力関係の礎を築いた」として、その功績を高く評価しました。

米ポンペイオ国務長官「信頼できる友人」

アメリカのポンペイオ国務長官は29日、コメントを発表し、「心から哀悼の意を表します。中曽根元総理大臣は日本の重要な時期の勇気ある指導者であり、日米同盟と経済関係の強さを象徴するアメリカの信頼できる友人でした。偉大な政治家として近隣諸国との関係を改善し、当時の困難な課題に取り組む努力は、国際社会に影響を与えてきました。私たちはその計り知れない貢献をずっと記憶し続けるでしょう」と述べました。

米臨時代理大使「日米の最高の立て役者」

アメリカ大使館のヤング臨時代理大使はツイッターに、中曽根元総理大臣とレーガン元大統領がソファーに座って会話する姿を収めた写真を投稿し、「日本政府と日本の皆様に心よりお悔やみ申し上げます。輝かしい経歴やレーガン元大統領との友情を通じ、極めて重要な日米パートナーシップの最高の立て役者を務められました」とコメントしました。

レーガン財団「ロン・ヤスは他にない関係」

中曽根元総理大臣はアメリカのレーガン元大統領と親しくつきあい、レーガン氏がその日記に「真の友人」、「歴代で最高の日本の総理大臣」と記すなど強固な信頼関係を築いたことでも知られています。

カリフォルニア州にあるレーガン氏の業績を伝える記念図書館などを運営するレーガン財団は30日、NHKの取材に対し声明を出し、「逝去の報に接し、深い悲しみを禁じえない」と追悼しました。

そのうえで、「レーガン元大統領は中曽根元総理大臣を友人、賢明な同僚、そして重要な同盟相手と呼んだ。ロン・ヤスの関係は他に類を見ない関係だった。レーガン元大統領が8年間の在任期間中、キャンプデービッドに招き会談を行った世界の首脳は2人だけで、そのうちの1人が中曽根元総理大臣だった」と述べ、互いにファーストネームで呼び合ったことや、ワシントン近郊にある大統領の山荘で首脳会談を行ったことをあげて2人の特別な関係を強調し、中曽根元総理大臣の死を悼みました。

またレーガン財団は、レーガン元大統領が日本を訪れた際の写真を併せて公開し、写真にはレーガン元大統領が中曽根元総理大臣といろりの横でソファに腰掛け、穏やかな笑みを浮かべている様子が写っています。

中国 「中日関係の発展に重要な貢献」

中国外務省の耿爽報道官は、29日の記者会見で、「中曽根元総理大臣は、見識の高いベテラン政治家であり、中国との友好的な交流や協力に進んで取り組み、中日関係の発展に重要な貢献を行った方だ。中曽根氏の逝去に対し、謹んで深い哀悼の意を表すとともに、ご家族の方々に心からのお見舞いを申し上げる」と述べました。

また、日中関係が「蜜月」の時代と言われた1980年代に中曽根元総理大臣と親しい関係を築いた胡耀邦元総書記の三男の胡徳華氏がNHKのインタビューに応じました。この中で胡徳華氏は、「中曽根元総理大臣は日本と中国の平和と友好に多大な貢献をしました。中曽根元総理大臣は中国の古い友人です。亡き父をはじめ、私たち家族にとっても非常によい友人でした。亡くなったことを聞き、とてもつらく思います。ご家族の方にお悔やみ申し上げます」と述べました。

中国 各メディアが速報で伝える

中国国営の中央テレビや新華社通信など、中国の各メディアも中曽根元総理大臣の死去を速報で伝えました。

このうち、中国中央テレビは、NHKの報道を引用して、中曽根元総理大臣が1982年から5年間、日本の総理大臣を務め、国鉄の民営化や日本の安全保障の強化に努めたと伝えました。

また、共産党系のメディア環球時報は、中曽根元総理大臣の経歴のうち、1985年の8月15日に戦後の総理大臣として初めて靖国神社に公式参拝したことを強調して紹介しています。

さらに、上海の共産党系メディア「澎湃」は、「最も国際化した政治指導者だった」などと伝えています。

台湾外交部「台湾の人々の独立と尊厳を追い求めてきた」

台湾の外交部は、「深い哀悼の意を示す」などとするコメントを発表しました。

コメントでは、中曽根元総理大臣が長きにわたって中国と台湾との関係を注視してきたとし、「中国に対して、台湾に武力を使用するという主張を棚上げし、武力統一の立場を放棄するよう呼びかけたこともあった。2005年には東京で行われた催しで、台湾の人々の独立と尊厳を追い求めてきた精神に敬意を示し、台湾と日本の良好な関係が永く続くことを願っていた。中曽根元総理大臣の考え方が今後もアジア太平洋地域を平和に導くと信じている」などとしています。

中曽根元総理大臣は、戦争中、南部・高雄の海軍施設でも勤務していて、多くの台湾メディアが中曽根元総理大臣の死去を速報で伝えました。

ゴルバチョフ氏「卓越した日本の政治家」

中曽根元総理大臣が死去したことについて、旧ソビエトのゴルバチョフ元書記長は「友人であり、卓越した日本の政治家が亡くなったことを深く悲しんでいる」とするコメントを発表しました。

この中でゴルバチョフ氏は「1985年に初めてお会いして以降、私たちはいつも率直に意見を交わしてきた。中曽根氏は、両国間の行き詰まりを打開し、関係を前進させる決意を持っていた。さらにペレストロイカにも関心を寄せ、われわれの政治の変化についても深く研究していた」としています。

そして「きょうのこの悲しい日に私は特別な温かい気持ちで『日の出山荘』で会話を交わしたことを思い出している」として、平成4年、ゴルバチョフ氏夫妻が東京・日の出町の中曽根氏の別荘「日の出山荘」に招かれた時の思い出を記しています。

ジャック・アタリ氏「国際的な広い視野で決断」

フランスのミッテラン元大統領の特別補佐官を務めたジャック・アタリ氏は、中曽根元総理大臣について、「それまでの日本の総理大臣と異なり、党の束縛などを受けず、国際的な広い視野で決断ができる新しいタイプの政治家で、『日本のゴルバチョフ』という印象を持った」と振り返りました。

そのうえで、フランスと日本との文化交流の拠点となっているパリ日本文化会館の設立にあたっても、「ミッテラン元大統領との良好な関係が重要な役割を果たした」と述べました。

海外のメディア

ロイター通信は、アメリカのレーガン元大統領と親しくつきあい、抜本的な改革を実現するために官僚たちと戦ったことを伝えました。

アメリカのAP通信も「第2次世界大戦後の政界の巨人、中曽根元総理大臣が死去した」と伝えています。

アメリカの有力紙、ウォール・ストリート・ジャーナルも速報で伝え、「中曽根政権のもと、日本は戦後の軍備を強化し、世界経済でアメリカのライバルと評価されるようになった」と指摘しています。

韓国の通信社、連合ニュースも速報で伝えました。中曽根元総理大臣の経歴を紹介するとともに「日本の現代政治史の生き証人が亡くなった」と伝えています。また「1960年代前半の日韓国交正常化の過程で重要な役割を果たし、1983年には戦後の日本の総理大臣として初めて韓国を訪問して、両国の友好に寄与した」と功績をたたえています。その一方で、1985年に戦後の総理大臣として初めて、靖国神社に公式参拝したことについては「日本の政治家が靖国神社を参拝できる道を開き、韓国や中国などの周辺国から反発を買った」と批判的に伝えています。