位宣言の儀式に合わせ
恩赦実施を決定 政府

政府は18日の閣議で、来週行われる天皇陛下が即位を内外に宣言される儀式に合わせて、恩赦を実施することを決めました。皇室の慶弔時に際し、恩赦が実施されるのは26年ぶりで、犯罪被害者の心情などに配慮し、資格の制限を取り除く「復権」などに限定され、およそ55万人が対象になると見込まれるということです。

恩赦は、裁判の手続きによらず、有罪判決の効力を失わせたり、いったん喪失した資格を回復させたりするもので、憲法の規定に基づいて、内閣の決定と天皇の認証を経ることになっています。

政府は、18日の閣議で、今月22日に行われる天皇陛下が即位を内外に宣言される儀式、「即位礼正殿の儀(そくいれい せいでんのぎ)」に合わせて、恩赦を実施することを決めました。

今回の恩赦の実施にあたり、政府は「国民感情、特に犯罪被害者やその遺族の心情などに配慮し、重大な犯罪をした者を対象から外すことや、受刑者が刑務所から釈放されないようにする必要がある」としています。

このため、「刑を終えた者のうち、比較的、刑事責任が軽く、一定期間、再び処罰されていない者を対象とし、社会復帰を一層促進する見地から限定的に実施する」としています。

具体的には、政令によって一律に実施する「政令恩赦」は、有罪判決による資格の制限を取り除く「復権」に限定し、対象については、罰金刑のみで、罰金の納付から3年以上が経過している人としており、およそ55万人が対象になると見込まれるということです。

また、個別に審査を行う「特別基準恩赦」は、刑の執行が、病気などで長期間、停止されており、今後も困難な人に対する「刑の執行の免除」と、罰金刑を受けたことにより就職や子どもの養育などで社会生活上の障害となっている人に対する「復権」にかぎり、1000人程度が対象になると見込まれるということです。

皇室の慶弔時に際し、恩赦が実施されるのは、天皇皇后両陛下が結婚された平成5年以来、26年ぶりとなります。

「恩赦」とは

恩赦は、裁判の手続きによらず、有罪判決の効力を失わせたり、いったん喪失した資格を回復させたりするものです。

法務省は、恩赦の意義について「有罪判決を受けた人の更生の励みとなり、再犯抑止の効果も期待できるなど、犯罪のない安全な社会を維持するために重要な役割を果たしている」としています。

恩赦は、憲法7条と73条に基づいて、内閣の決定と天皇の認証を経ることになっていて、昭和22年に施行された恩赦法で「政令恩赦」と「個別恩赦」の2種類が定められています。

このうち「政令恩赦」は、政令で、罪や刑の種類や、基準日などを定め、要件に該当する人に対し、一律に行われるもので、▽起訴や有罪判決ができなくなったり、有罪判決の効力が失われたりする「大赦」や、▽刑の種類が軽くなったり、刑期が短くなったりする「減刑」、▽有罪判決による資格の制限を取り除く「復権」の3種類があります。

また、「個別恩赦」は、有罪の裁判が確定した特定の人に恩赦を実施するかどうかについて法務省が設置した有識者らでつくる「中央更生保護審査会」が個別に審査して判断します。

「個別恩赦」には、▽有罪判決の効力が失われる「特赦」や、▽「減刑」、▽刑罰を受ける必要がなくなる「刑の執行の免除」、▽「復権」の4種類があります。

さらに「個別恩赦」は、▽日頃から行われる「常時恩赦」と、▽内閣が一定の基準を設け、一定の期間を限って行われる「特別基準恩赦」に分けられます。

「常時恩赦」は、毎年30人程度に行われており、去年は「刑の執行の免除」が3人、「復権」が16人の合わせて19人でした。

これまでの恩赦

法務省によりますと、恩赦は、およそ1300年前の奈良時代には、すでに行われていたということでその後、天皇の即位や改元、皇室や幕府の慶弔時などに際し、実施されてきました。

戦後、憲法に基づく「政令恩赦」や「特別基準恩赦」は、昭和27年のサンフランシスコ平和条約の発効や、昭和47年の沖縄復帰などに合わせて、これまでに10回行われました。

このうち、平成に行われた恩赦は3回で、平成元年2月の昭和天皇の「大喪の礼」に際し、「政令恩赦」は、「大赦」がおよそ2万8600人、「復権」がおよそ1014万人に行われ、「特別基準恩赦」は、「特赦」が566人、「減刑」が142人、「刑の執行の免除」が56人、「復権」が25人に行われました。

また、平成2年11月の上皇さまの「即位の礼」に際し、「政令恩赦」は、「復権」がおよそ250万人に行われ、「特別基準恩赦」は、「特赦」が267人、「減刑」が77人、「刑の執行の免除」が10人、「復権」は44人に行われました。

そして、平成5年6月の天皇皇后両陛下の結婚に際しては、「政令恩赦」は行われず、「特別基準恩赦」は、「特赦」が90人、「減刑」が246人、「刑の執行の免除」が10人、「復権」が931人に行われました。

今回の恩赦の特徴

令和になって初めてとなる今回の恩赦の実施にあたって、法務省は、犯罪被害者やその遺族の心情などに配慮する必要性を強調しています。

背景には、犯罪に巻き込まれた被害者への支援の充実などを盛り込んだ「犯罪被害者基本法」が平成16年に成立したほか、平成20年から刑事裁判に被害者が参加する制度が始まるなど、被害者保護の機運の一層の高まりがあります。

法務省は「重大な犯罪をした者を対象から外すことや、受刑者が刑務所から釈放されないようにする必要がある」としています。

このため、今回の「政令恩赦」では、有罪判決の効力が失われる「大赦」や刑期を短くする「減刑」は行われず、有罪判決による資格の制限を取り除く「復権」に限定されています。

そして、対象については、罰金刑のみで、罰金の納付から3年以上が経過している人に初めて絞り、平成に実施された恩赦と比較しても限定されています。

また、個別に審査を行う「特別基準恩赦」では、被害者などの心情に配慮することが基準に明記されました。

一方、平成2年の上皇さまの「即位の礼」の際に行われた「政令恩赦」の「復権」の対象には、同じ年に行われた衆議院選挙で、公職選挙法違反で罰金刑を受けたおよそ4300人も含まれていたことから「選挙違反者を救済するための『政治恩赦』だ」といった指摘も出され、平成5年の恩赦では、「政令恩赦」は見送られました。

今回の「政令恩赦」では、公職選挙法違反による罰金刑で公民権が停止されている人の「復権」も行われますが、直近の衆議院選挙と参議院選挙、それに統一地方選挙は、含まれておらず、およそ430人が対象になると見込まれるということです。

恩赦をめぐる議論

恩赦は内閣が行政権によって、裁判の判決の効力を失わせたり、変更したりするもので、三権分立の中では例外的な手続きです。

国王や君主が権威や恩恵を示すために古くから世界各国で行われ、明治憲法では天皇の統治権に基づいて行われていました。

しかし、国民主権となった戦後の憲法の下で、皇室の慶弔を理由に恩赦を行うことは合理性や説得力に欠けるという批判があります。

また、政府が「政令恩赦」の対象をどのように決めているのか公開されないことから透明性を高めるべきだという指摘もあります。

過去には恩赦が政治利用されているという批判も相次ぎました。

昭和31年に国際連合加盟の際に行われた「政令恩赦」では、選挙違反などのおよそ7万人が「大赦」の対象となりました。

後の総理大臣で「造船疑獄」に関連して政治資金規正法違反で在宅起訴されていた佐藤栄作氏も対象となったことから国会などで政治利用ではないかと批判の声が相次ぎました。

平成元年の昭和天皇の「大喪の礼」にあわせた「政令恩赦」では選挙違反で公民権停止になっていたおよそ1万5000人が「復権」の対象になりました。

よくとし、今の上皇さまの「即位の礼」に際して行われた「政令恩赦」でも選挙違反のおよそ5000人が「復権」し、「政治恩赦」だと批判が起きました。

政治改革が国会の最大の焦点となっていた平成5年の恩赦では、世論の動向を踏まえ、「政令恩赦」は行われませんでした。

恩赦の対象となる元議員は

今回の「政令恩赦」は罰金を納めてから3年以上経過している人が対象です。

選挙違反で公民権停止になっていたおよそ430人が復権し選挙権や被選挙権が回復するほか、選挙運動もできるようになります。

千葉県の68歳の元地方議員の男性は今回の「政令恩赦」の対象となる見通しです。

男性は花の栽培農家で、現場の声を政治に反映させたいと地方議員に立候補し2期目を目指した選挙運動中に有権者に日本酒を配ったとして罰金30万円の略式命令を受け公民権が停止されました。

男性は罪を認めて反省し、選挙運動にはかかわらず、花の栽培のほか、障害者の就労施設で園芸の仕事も始めました。

公民権が停止されたことについて男性は「皆さんが当たり前に持っている選挙権がないというのは、なくなってみて初めてそのつらさを感じるもので後ろめたさがあった」と述べました。

そのうえで、恩赦の対象となる見通しになったことについては「声を大にして言えないけど本音はうれしいし、感謝しています。自分を支持してくれた人を裏切った形になったのでこの先の人生で恩返ししたいです。また、これからの世代で政治に関心を持ち、共鳴できる人がいれば応援したい」と話していました。

保護司「社会復帰に恩赦必要」

罪や刑の種類を定めて一律に行われる「政令恩赦」とは別に、恩赦を認めるかどうか、一人一人の事情が審査される「個別恩赦」は更生や社会復帰を後押しするために必要だと指摘する声もあります。

元保護司で福井県の山岸義昭さん(79)は、30年余り前、2人が死亡する交通事故を起こして実刑判決を受けた当時40代の男性を担当しました。

男性は仮釈放されたあと、保護観察の期間を終えると、自分の前科がみずからの再就職や、子どもの教育に影響が出るのではないかと不安を抱き、恩赦を希望したということです。

山岸さんは男性の反省の様子やまじめな生活態度を評価して国に「個別恩赦」を申請する手続きを支援し、上申からおよそ10か月後に「復権」の恩赦が認められました。

男性はふだんはあまり感情を表に出さない性格でしたが保護観察所で恩赦状を手渡されるとその場で泣き崩れたということです。

男性はその後、2人の子どもを無事に育て上げ、70代で亡くなるまで被害者の墓参りも毎年欠かさず続けていたということです。

山岸さんは、恩赦には被害者の心情へ配慮が必要だとしたうえで「『個別恩赦』の制度を念頭に置いておくことは、保護司として重要な職務です。復権で権利を回復することで仕事や家庭生活がうまくいき、社会に大きく貢献できることもあります。本人に罪を償って社会復帰したいという思いがあれば、恩赦は必要だと思う」と話していました。

専門家「透明性高める工夫を」

恩赦の制度に詳しい龍谷大学法学部の福島至教授は、今回の恩赦について「象徴天皇制のもとでの恩赦制度を考えたときに、このタイミングで恩赦を行う理由があるか、疑問は残る。政府は憲法で規定された恩赦制度が国民から信頼されるよう理由を含めて説明する義務がある」と指摘しました。

そのうえで「『政令恩赦』はどういうところで発議され、審議され、結論を導いているのか外から見えないことが課題で外部の有識者の意見を聴くとか、審議会を作るなど透明性を高める工夫が必要だ。政府が決める恩赦は政権与党の政治的な判断が入る可能性がどうしても払拭(ふっしょく)できず、国民の誰がみても当然と思うような不偏不党の手続きで運用されるべきだ」と述べました。

法相「意見あることは承知 ご理解を」

河井法務大臣は閣議のあと記者団に、「新しい令和の時代を迎え、即位の礼が行われるという慶事にあたり、罪を犯した者の改善更生の意欲を高めさせ、社会復帰を促進するという刑事政策的見地から、恩赦を実施することとなった。恩赦が適正かつ円滑に実施されるよう法務省としても全力で努めたい。恩赦については、さまざまな意見があることは承知しているが、国民の皆様のご理解をいただきたい」と述べました