リエンナーレ政治家発言
憲法学者はこう考えた

愛知県の国際芸術祭で、表現の不自由をテーマにした展示会が中止されてから1か月。当時、名古屋市の河村市長は、「どう考えても、日本国民の心を踏みにじるものだ。税金を使って、やるべきものではない」と述べて、展示の中止を求めました。一方、安全な運営が難しいとして、中止を決めた愛知県の大村知事は「公権力が『この内容はよくてこれはダメだ』というのは、検閲ととられてもしかたない」と河村市長の発言を批判しました。こうした政治家の発言を憲法学者はどう見ているのか、表現の自由に詳しい慶應義塾大学法科大学院の横大道聡教授に聞きました。

どう考える?展示会への政治家発言

まず、横大道さんは、河村市長の発言に対し、「『お金を出したんだから自治体が賛否を表明するのは自由だ』ということにはつながらないと思います」とやんわり否定しました。以下がその理由です。
「今回は立てつけ上、自治体とは別の『実行委員会』という芸術のプロたちが企画を立てたので、あの場で、政治的な展示がなされたとしても、その表現を愛知県を受け入れたとか、それに賛成しているということにはならないはずです」

一方で、中止を決めた大村知事についてもこう指摘しました。

「河村市長の発言によって具体的に誰かの表現の自由が侵害されたかというと、誰も侵害されていません。実際には芸術祭の実行委員会の会長を務める大村知事が展示の中止を決定しています。つまり、表現の自由を制約したのは知事側だという構図は見失ってはいけないと思います。苦情がきたら作家を守る立場にあったのにそれができなかったと言わざるをえません」

行政の自粛 社会の損失に

さらに、横大道さんは、今回のような事態で、自治体が公的施設での作品展示に消極的になることについては、次のような懸念を示しました。

「行政からお金をもらわなくても表現はできるし、場所も別の施設を借りれば表現できるので、憲法上の権利が侵害されたということは難しいです。一方で、芸術を公的に助成することの意義を、人格の形成に必要な多様な価値観に触れられる環境を生み出すことだと考えると、行政の自粛によって社会全体として受ける利益がむしばまれることになると思います」

行政と芸術~望ましいあり方は

そのうえで、行政と芸術の関係を考える時、イギリスの仕組みが参考になると提言しました。

「行政はお金を出すだけで内容は芸術のプロに任せるという姿勢が求められると思います。行政から独立して芸術団体の助成先を決めさせるイギリスの『アーツカウンシル』という仕組みが参考になります。今後、こうした取り組みを広げていくことが必要ではないでしょうか」

横大道さんは、今回の問題が私たちに投げかけたことを、憲法学者の立場から語ってくれました。