長だが最弱の景気」
評価も 実感がないのはなぜ

「アベノミクス」と呼ばれる経済政策とほぼ時を同じくして始まった今回の景気回復。世界経済の回復が続き、好調な企業収益がけん引する形で戦後最長に達した可能性が高まりました。一方、家計にとっては恩恵を受けている実感に乏しいのが実情で、専門家からは「最長だが、最弱の景気」という評価も聞かれます。どうしてでしょうか。

給料↑も“自由に使えるお金”伸びず

まず、総務省の「家計調査」で2人以上の勤労者世帯の自由に使えるお金、「可処分所得」の推移を見てみます。

これまで景気回復の最長記録だった「いざなみ景気」の終盤にあたる平成19年にはひと月平均44万2000円余りでしたが、おととしはひと月平均43万4000円余りと、わずかに減少しています。

これに対して「社会保険料」の負担は、平成19年がひと月平均4万7000円程度なのに対し、おととしはひと月平均でおよそ5万6000円まで増えています。

政府は経済界に対して繰り返し賃上げを要請し、企業もこれに答える形でベースアップやボーナス増額の動きが広がってきました。

しかし、社会保険料などの負担も増えているため、多少給料が上がっても自由に使えるお金は大きく伸びず、生活が豊かになった実感が得られにくい要因の1つになっているのです。

非常に緩やかな成長 実感難しい

また経済成長の勢い自体が非常に緩やかであることも要因の1つです。

内閣府によりますと、東京オリンピックの翌年の昭和40年11月から昭和45年7月まで4年9か月続いた「いざなぎ景気」では、実質GDPの平均成長率は11.5%。「バブル景気」では5.3%でした。

これに対し、今回の景気回復では平均で1.2%にとどまっています。日本は平成22年にGDPの総額で中国に抜かれ、アメリカに次ぐ世界第2位の経済大国の座を明け渡しました。

その後、おととしには中国のGDPの総額は日本のおよそ2.5倍まで拡大。10年かからずに、日本の倍以上の経済規模に成長したことになります。

中国が急成長を遂げる一方、低成長が続く日本は、「右肩上がり」と言われた時代のように景気回復の実感を持つことは難しくなっています。

主婦「献立2人分 250円以内に」

東海地方に住む32歳の専業主婦は、会社員の夫と1歳の娘の家族3人で暮らしていますが、景気回復の実感はわかないと言います。

去年、夫の給料が少し上がりましたが、厚生年金や健康保険といった社会保険料の負担額も月に5000円以上増え、自分たちで使えるお金=可処分所得はほとんど変わらなかったということです。

さらに、小麦粉や大豆製品など身近な食品の値上げも相次ぐ中、家計をやりくりするため1週間の食費を3000円以内に抑える「節約レシピ」に、取り組んでいます。

例えば、ある日の献立はチンジャオロースー風の炒め物とおでんですが、豚肉の代わりに下味を付けた「かにかま」を、ピーマンの代わりに「白菜」を使います。

この季節によく作るというおでんでは、トマト缶を入れてアレンジするなど味に飽きがこないような工夫もしています。

購入する食材はいくつかのスーパーを回って1円でも安いものを選び、もらい物の食材も最大限活用することで、この献立の場合、おとな2人分で250円以内に抑えたということです。

こうしたレシピを自分のブログに公開し、同じように節約に取り組む人たちから反響をもらうことが、楽しみになっているということです。

この女性は、「景気回復と言われても実感はないです。できるだけ生活を切り詰めたいと思っていて、買わなくてもよいものは買わないようにしたい」と話していました。

弁当チェーン「のり弁当」中身そのまま50円↓

節約志向が続く中、大手弁当チェーンでは主力の商品でおかずの量を増やしながら、価格の引き下げに踏み切りました。

およそ2700店を展開する弁当チェーンの「ほっともっと」は、去年、5個入りの「から揚げ弁当」で、から揚げの数を6個に増やすのと同時に都市部での価格を520円から490円に値下げしました。

このほか、売れ筋の「のり弁当」は中身はそのままで都市部で50円値下げし、300円にしました。

オフィスや外で働く人たち、それに家庭への持ち帰り客にも好評だと言うことで、既存店の売り上げは先月まで6か月連続で前の年を上回っているということです。

弁当チェーン運営会社の古賀雅也広報室長は、「景気回復と言われるが、消費者の節約志向は根強く、品質と価格のバランスを非常にシビアに考えている客が多いと感じる。こうしたニーズに応えるよう努力を続けたい」と話しています。

スーパー 価格10%~20%引き下げ

メーカーによる身近な食品の値上げが相次ぐ中、小売り業界では節約志向が強い消費者を呼び込もうと、あえて値下げに踏み切る動きが出ています。

松山市に本社があり、四国・中国地方で100店舗近くのスーパーなどを展開する「フジ」は、去年5月、若手や子育て世代がよく購入する加工食品を値下げしました。

期間を設けない「常時値下げ」で、冷凍食品やペットボトル飲料など300品目を対象に、価格を10%から20%程度引き下げました。

その結果、値下げした商品の販売個数が増え、来店客数の落ち込みを防ぐ効果もあったということで、「常時値下げ」の対象を日用品やペット用品などにも広げ、いまでは当初の3倍以上の1000品目に上っています。

フジの山口普社長は「店頭では景気回復が実感できるお客の動きにはなっていない。節約消費が根づき、業態を超えた競争が拡大する中でお客の支持を得るためには、価格対応をしていく必要がある」と話していて、会社ではさらに値下げ品目を増やすことを検討しています。

技術革新 景気回復の一因に

過去に長期間続いた景気回復を分析すると、その背景に技術革新によって新商品や新サービスが生まれ、急速に広まったという共通点がみられます。

内閣府のまとめによりますと、1960年代、高度経済成長期まっただ中の「いざなぎ景気」では自動車、カラーテレビ、それにクーラーが「新三種の神器」と呼ばれて庶民の憧れの的となり、普及が始まりました。

1980年代の「バブル景気」では、家電製品や車の性能が大幅に向上し、乗用車の世帯普及率が80%近くに、エアコンの普及率も60%を超えました。

2000年代のいわゆる「いざなみ景気」ではIT革命の進展でインターネットの利用率やパソコンの普及率が70%程度に達しました。

そして、今回の景気回復では、スマートフォンの世帯普及率が80%近くまで上昇したほか、インターネットショッピングの利用率も伸びています。

技術革新によって生まれた新商品や新サービスは人々の消費を後押しするとともに、ライフスタイルの変化やビジネスチャンスの拡大などをもたらし、景気回復をけん引する要因の1つになっていることがうかがえます。

専門家「多くの人 “次は下がるかも” 貯蓄に回るが大」

今の景気回復の期間が戦後最長となった可能性が高まったことについて、明治安田生命の小玉祐一チーフエコノミストは「回復の勢い自体が非常に弱いことに加え、伸びている成長率の半分程度を輸出に依存していて、個人消費が成長率に貢献している度合いが非常に小さいのが特徴だ。家計が幸せを感じるかどうかは賃金と消費がどれだけ伸びるかにかかっているので、実感がないのも当然だ」と分析しています。

そのうえで、「ここ数年は企業業績がよく、賞与は上がっているが、多くの人が次は下がるかもしれないと思うので、貯蓄に回る部分が大きく安定的な消費の伸びにはつながらない。所得の中で社会保険料と税金が占める割合も上がってきているので、毎月の給料が着実に上がることが重要だと思う」と指摘しました。

また景気の先行きについては「成長に占める輸出の割合が高いが貿易摩擦の影響で中国経済がかなり減速し、欧州経済も減速してきているので、日本の景気回復がいつまで続くかは、アメリカ経済がいつまで好調を保つかにかかっている」と話しています。