際捕鯨委から脱退の方針
商業捕鯨の再開を目指す

捕鯨をめぐって国際的な対立が続く中、政府はIWC=国際捕鯨委員会から脱退する方針を固め、自民党の関係議員に伝えました。今後、商業捕鯨を再開する方向で調整を進める見通しです。

IWCは1982年に商業捕鯨の一時停止を決議していて、これに沿って、日本は1988年以降、商業捕鯨を中断し、クジラの資源を調べるための調査捕鯨を続けています。

その後、日本は、クジラの資源量は回復しているとして、IWCに商業捕鯨の再開を提案してきましたが、反捕鯨国との対立で再開は認められていません。

こうした中、与党内から、IWCにとどまっていては商業捕鯨を再開する見通しが立たないという声が出ていることを踏まえ、政府はIWCから脱退する方針を固め、自民党の関係議員に伝えました。

政府は、今後、商業捕鯨を日本近海や日本のEEZ=排他的経済水域で再開する方向で調整を進める見通しです。

ただ、反捕鯨国が反発し、国際関係の悪化を招きかねないため、自民党の関係議員らが関係各国を訪れて説明し、理解を求めることにしています。

IWC 対立の歴史

IWCは、クジラの資源を管理しながら持続的に捕鯨を行うことを目的に1948年に設立され、日本は1951年に加盟しました。ことし8月時点で89か国が加盟しています。

IWCが設立された当初、加盟国の多くは捕鯨を推進している国でしたが、その後、加盟国が捕鯨をやめたり、捕鯨に反対する国の加盟が増えたりして、対立が激化していきました。

そして、1982年には商業捕鯨の一時停止が決議され、決議に従うかぎり、商業捕鯨は継続できなくなりました。

日本は当初、「決議は科学的な根拠を欠いている」として異議申し立てをして商業捕鯨を継続していましたが、1988年には決議を受け入れて商業捕鯨を中断しました。

IWCでは、その後も捕鯨を支持する国と反対する国がきっ抗して対立が続き、重要な決定ができない状態に陥っていました。

商業捕鯨 再開目指す

政府がIWCからの脱退にカジを切ったのは、捕鯨を推進する国と反対する国の対立が激化し、IWCでは有効な決定ができなくなっていることが大きな理由です。

ことし9月、ブラジルで開かれた総会でも、日本は商業捕鯨の再開を提案しましたが認められず、IWCのもとでは再開に向けた展望は開けないと判断しました。

IWCを脱退したあと、政府は日本近海などでの商業捕鯨の再開を目指します。

ただ、日本は、海の利用などを定めた国連海洋法条約を批准していて、この中で捕鯨を行う場合には国際機関を通じて適切に管理することが定められています。

このため、日本政府は、新たな国際機関を設立して捕鯨を行うか、オブザーバーという形でIWCの総会や科学委員会に関わっていくことなどを検討しています。

一方、日本が1987年から行ってきた調査捕鯨についてはIWCで認められる必要があるため、脱退すれば今のまま続けることはできなくなります。

下関市長「歓迎したい」

かつて商業捕鯨で栄えた山口県下関市の前田晋太郎市長は報道陣に、「将来的に商業捕鯨を目指す日本にとって、IWCに所属していることにどれだけのメリットがあるかということを考えると、脱退はやむをえないと思う」と述べました。

そのうえで、「仮に脱退するのであれば、しっかりと政府を応援する声を上げる。事実であれば歓迎したい」と述べ、政府の方針を支持する考えを示しました。

一方、脱退した場合は調査捕鯨ができなくなり、調査の副産物として流通してきたクジラの肉の取り扱いが減るのではないかという懸念の声が地元からは上がっています。

これについて、前田市長は「捕鯨に関わる方々にとっては大変厳しい現実が待っている可能性もある。政府には、情報をしっかり精査したうえで商業捕鯨への道を進んでいただきたい」と述べ、捕鯨をめぐる今後の対応を示すよう政府に求めました。

「鯨のまち」下関

山口県下関市は調査捕鯨船団の拠点の1つで、2002年にはIWCが開かれました。

戦前から戦後にかけて近代捕鯨で栄えた下関市は日本有数の「鯨のまち」として知られ、大手捕鯨会社が拠点を置いていたほか、鯨の肉を扱う食品加工会社や流通業者、料理店が多く集まっていました。

大手水産会社「マルハニチロ」の前身の「大洋漁業」もかつて下関市に本社を置き、鯨の肉を扱っていたことから、鯨は下関市の一大産業になっていました。

しかし、1988年に日本は商業捕鯨を中断したことから、専門家によりますと、この10年間に市内で鯨料理を出す店は3分の1にまで減少したということです。

下関市では、まちの発展を支えた鯨の食文化を残そうと、給食にクジラ料理を取り入れたり、鯨の研究や学校での出前授業などを行う「下関鯨類研究室」を設置したりするなどの取り組みを続けています。

日本小型捕鯨協会会長「商業捕鯨再開は長年の悲願」

和歌山県太地町は、網やモリを使って鯨を捕獲する「古式捕鯨」発祥の地とされ、現在も小型の鯨などを対象とした漁が行われています。

また、毎年、北海道や東北地方の沿岸などでクジラの生息数を調べる調査捕鯨に参加しています。

太地町漁業協同組合の参事で日本小型捕鯨協会の貝良文会長は「商業捕鯨の再開は長年の悲願だった。調査捕鯨は捕獲可能な海域が限られているので海域が広がれば商業的にはありがたい。今後、捕獲可能な頭数がどの程度になるのか注目していきたい」とコメントしています。

水産加工会社「鯨肉がより親しまれるよう」

鯨肉を扱う宮城県石巻市の水産加工会社からは期待の声が聞かれました。

石巻市は、半島部の鮎川地区に調査捕鯨の会社があることなどから鯨肉に触れる機会が多く、市内の大手水産加工会社「木の屋石巻水産」は、調査捕鯨で捕獲された鯨を各地から年間およそ150トン仕入れて加工して販売しています。

この会社は震災で工場が被災し大きな被害を受けましたが、鯨の肉を加工した缶詰やベーコンなどを主力商品として売り上げを伸ばし、再建を果たしてきました。

木村優哉社長は「これまで捕鯨というと悪いイメージが強かったが、今回を機に鯨肉がより親しまれるようになってほしい。鯨肉は年末を中心に石巻では多くの人が口にする当たり前の食材なので、国際的な批判はあっても政府には堂々と説明してほしい」と話していました。

元交渉担当官「一時的感情で脱退 デメリット大」

元水産庁のIWC日本代表代理で、東京財団政策研究所の小松正之上席研究員は、平成3年から13年余り、中心メンバーとしてIWCでの交渉に臨んできました。

小松さんはこれまでの交渉の経緯を振り返ったうえで、「丁寧に交渉を進めることで反捕鯨国をこちらの土俵に引き込んできた。現在の交渉が雰囲気が特段悪いとは感じず、一時的な感情で脱退することのデメリットは大きい」と指摘しています。

そのうえで、「調査捕鯨で得られたデータの分析や公表が十分ではないうえ、調査捕鯨の捕獲枠を余らせているのに計画を修正しないなど、反捕鯨国に批判される隙を与えている」と述べ、日本側の取り組みにも問題があると指摘しています。

また、IWCの脱退後、日本近海だけで捕鯨を行うことについて「鯨が豊富な南氷洋でこそ捕鯨を続ける日本の役割を果たせるのに、みずから放棄することは主張の整合性がとれない」としています。

そして、「脱退して何をしたいのかが不明確で、裁判など国際社会からの締めつけが強まるだけだ。むしろ、持続的な利用をどう進めるか、日本が世界の先陣を切って粘り強く交渉を進めることが重要だ」と述べ、脱退に批判的な考えを示しています。

商業捕鯨をめぐる状況

日本ではかつて商業捕鯨が盛んに行われていました。

戦後、慢性的に食料が不足する中、クジラの肉はタンパク源として重宝され、1960年代に最盛期を迎えました。

しかし、日本などの捕鯨推進国がクジラの捕獲を進めた結果、シロナガスクジラなどの貴重なクジラが減少したとして、次第に国際的な批判が高まりました。

さらに、欧米を中心に、クジラを捕獲することそのものに対して反対の声が強まっていきました。

こうした声を反映して、IWCで商業捕鯨の一時停止が決議されたことを受けて、1988年、日本の商業捕鯨は中断されました。

それ以降は、IWCが管轄しない小型のクジラに限って捕獲する沿岸の捕鯨が、一部の地域で小規模に行われています。

豪「日本がIWCにとどまることを強く望む」

日本政府がIWCから脱退する方針を固めたことについて、反捕鯨国のオーストラリアのプライス環境相は声明の中で、「日本がIWCにとどまることを強く望むが、脱退するかどうかは日本が決める問題だ」と述べています。

そのうえで、「オーストラリアは引き続きIWCを通してクジラを保護し、いかなる形の商業捕鯨も、いわゆる“科学的な”捕鯨にも反対する」として、商業捕鯨の再開だけでなく、科学的な根拠に基づく調査捕鯨にも反対していく方針を強調しています。

また、地元テレビ局は、日本が商業捕鯨を再開するためにIWCから脱退する見通しだと繰り返し伝えていて、関心の高さがうかがえます。

日商 三村会頭「やむをえない結論」

日本商工会議所の三村会頭は20日の記者会見で「これは長い間の論争で、日本には固有の文化で試験操業も認めてくれと言ってきたが、十分論争した中での1つの結論なんでしょうから、やむをえないのではないか」と述べました。

捕鯨国ノルウェー漁業相「推移見守る」

捕鯨国ノルウェーのネズビク漁業相は20日、NHKの取材に応じ、「日本の動きについては聞いており、今後の推移を見守っている。日本政府から公式のコメントが出されるのを待ちたい」と述べました。

ノルウェーは、ことし9月にブラジルで開かれたIWCの総会で日本が提案した商業捕鯨再開に賛成していました。

IWC脱退の例

これまでにIWCを脱退した国は、カナダとアイスランドの2か国です。

カナダは1982年に脱退し、先住民がホッキョククジラの捕獲を行っています。

アイスランドは1992年に脱退しましたが、2003年に再び加盟しました。