記者が見た「次の質問どうぞ」
「次の質問どうぞ」
4回も繰り返された記者会見での河野外務大臣の発言。
なぜ、こうした答えをしたのか。
記者クラブはどう対応したのか。
私が見た河野大臣の「質問無視の会見」をお伝えする。
(政治部外務省クラブ 渡辺壮太郎)
はじめは上機嫌な印象だったが…
「大臣、入ります」
12月11日火曜日、午後1時半すぎ、外務省職員の声とともに、河野大臣が会見室に入ってきた。
この日の河野大臣は、普段よく着ているピンクのクレリックに赤地のネクタイ。髪は短く整えられていて、なんとなく上機嫌な印象を受けた。
通常、火曜と金曜の閣議のあとに行われる河野外務大臣の記者会見。
国内外の新聞社やテレビ局が集まり、ホットな外交課題についての見解を直接問う、私たち記者にとって、重要な舞台だ。
しかし、この日は質問が進むごとに雲行きが怪しくなった。
会見はたいてい、大臣からの発表で始まる。
「きょうはビッグニュースが一つございまして…」
河野大臣が話し始めたのは、外交史料館に所蔵されている外交文書がインターネットで検索できるようになったという話だった。
そして、冒頭発言が終わり、質疑が始まった。
最初はイギリスのEU離脱に関する質問、そして、アメリカによる北朝鮮制裁の受け止め、来年度予算案についてと、質問が続いた。
一つ一つに回答するいつもの河野大臣だった…ここまでは。
“質問無視”の一部始終
「日ロ関係について伺います」
この質問が出たとたん、河野大臣の様子が変わった。
記者が質問している最中、河野大臣は、左手で眼鏡をあげて、
用意されていた水を飲み、耳の後ろをかいて、
スーツのほこりを払っていた。
私の主観だが、河野大臣は、あまり答えたくない質問の時には何かしらの動きをする。
やはり北方領土交渉に関する質問には答えるつもりはないのだろうなと思っていると、こう答えた。
「次の質問どうぞ」
このとき大臣は、一瞬、口元に笑みを浮かべたように見えた。
そして、別の記者が「今の質問に関連して伺います」と質問。
河野大臣の回答は「次の質問どうぞ」。先ほどと同じ対応だ。
さらに、次の記者も同じく日ロ交渉について質問。
しかし、またも質問した記者の方から顔を背けて「次の質問どうぞ」だ。
私が会見場の空気が変わったと思ったのは、次の質問からだった。
「大臣、なんで『次の質問どうぞ』と言うんですか?」
日ロ関係に関する質問ではなく、河野大臣の態度に対する質問だ。
これには、さすがに何か答えるだろうと思っていたが…。
「次の質問どうぞ」
会見は終盤にさしかかり、司会の外務省職員が「残り1問」と告げると、最後にさらに別の記者が質問した。
「先ほど来、ロシア関係の質問に『次の質問、どうぞ』と回答をしているが、公の場の質問に対して、そういう答弁をするのは適切ではないのではないか」
追及する記者に、河野大臣はようやく答えた。
「交渉に向けての環境をしっかり整えたいというふうに思っております」
そして大臣は会見場をあとにした。
「誠実な対応」を申し入れ
「やばいな。これは」
会見終了後、思わず独り言をつぶやいてしまった。記者になって、まもなく10年。多くの記者会見に出席してきたが、質問を無視する会見は初めてだったからだ。
同僚の奥住記者と各社の記者が、会見室を出て行く河野大臣に、真剣な表情で追いすがっていた。すぐにこのことを記事にするつもりだろう。
そして、外務省記者クラブとして、河野大臣に申し入れた。
「外務大臣に求められる国民に対する説明責任を果たしているかどうか疑問を禁じ得ない。誠実な会見対応を求める」と。
河野大臣からの文書での回答は「神妙に受け止めます」だった。
厳しい批判 ネットには理解示す声も
批判の声は野党からもあがった。
立憲民主党の辻元国会対策委員長は「河野さんがっかりだよね」と語った。
「記者が質問する後ろには国民がいると思うんですね。国民を無視しているというのに等しい。河野外務大臣は、若いころから『情報公開が何より大事』と、人一倍おっしゃってきた議員の一人なんですね。しかしころっと変わられて、貝のようになってしまうという」
「ぼくちゃん一人で外交やっているんじゃないからねって。国民との対話も持ちながら外交をやってもらわないと。『その質問は無し』っていうのは、トランプ大統領よりひどいんじゃない。河野太郎の独自性を出した、開かれた外交をしてくれるかと期待していましたけども」
一方、菅官房長官は「各閣僚の責任のもと、記者会見はしっかりと行うべきだと思う」と述べるにとどめた。
ただ、ネット上では「説明責任の放棄で、国民をバカにしている」という批判の一方、「質問に答えてもロシアに利するだけだ」などと、河野大臣の対応に理解を示す意見も多く見られた。
「政府の考えや方針を交渉の場以外で申し上げるのは交渉を有利に運ぶことに資さない」
「交渉前に考え方を対外的に申し上げるのは差し控えたい」
こうした答弁を河野大臣は国会でも繰り返していた。
確かに、河野大臣が北方領土交渉の質問に答えないだろうということは、こうした答弁から、私たち記者もわかっていた。それでも当然、聞くべきことは聞くのだが。
“情報管理”と“説明責任”
専門家はどう見るのか。
外交史が専門の龍谷大学の中島琢磨准教授は、河野大臣の交渉を成功させたいという強い思いが悪い形で表れたのではないかと分析する。
「河野大臣は祖父の一郎氏が農林大臣として日ソ共同宣言の交渉に関わったこともあって、みずからが交渉責任者となった今回の北方領土交渉は、最も力量を問われるものになると思っているのではないか」
「さらに、ロシアのように考え方が異なる国との交渉であることを踏まえれば、どのような質問をされても答えることができないという姿勢を示すことは理解できる。ただ、質問を無視するのではなく回答の仕方には工夫が必要だった」
一方、政治とマスメディアなどについて研究を行っている駒澤大学の逢坂巌准教授は、河野大臣は説明責任を果たすべきだと指摘する。
「マスメディアの質問は国民を代表する質問で、ちゃんとした回答を行うことが、国民の知る権利につながる。河野大臣は、これまでブログやツイッターを積極的に活用する、いわば現代的な政治家の1人で、国民とのコミュニケーションを大切にしてきていた人物だ」
「だからこそ、なぜ今回の会見でこうした態度をとったのか理解に苦しむ。今回の対応は、完全な『回答拒否』であると言わざるをえない」
外交交渉における情報管理と政府としての説明責任をどう両立していくのか。
河野大臣は、その後、みずからのホームページで謝罪した。難しい交渉を行う中でも、河野大臣には、情報管理と説明責任という水と油のような難題にも、真摯に向き合う姿勢が求められるのではないか。
もちろん私も記者として、質問を続けることを、決してあきらめることはない。
- 政治部記者
- 渡辺 壮太郎
- 平成22年入局。徳島局、沖縄局を経て国際部中国班。30年7月から政治部外務省担当。趣味はジブリ映画を1人で再現すること。