北海道電力 泊原発運転認めない判決 廃炉は命じず 札幌地裁

北海道泊村にある北海道電力・泊原子力発電所の安全性が争われた裁判で、札幌地方裁判所は5月31日、「津波に対する安全性の基準を満たしていない」として、北海道電力に3基ある原発すべてを運転しないよう命じる判決を言い渡しました。津波対策が不十分だとして原発の運転を認めない司法判断は初めてです。

北海道電力・泊原発の1号機から3号機について、周辺住民など1200人余りは「津波や地震への安全性が不十分だ」と主張して運転の禁止や、使用済み核燃料の撤去、それに原発の廃炉を求める訴えを起こしていました。

10年余りにわたる審理では、津波対策が十分にとられているかなどが争点となり、原告側は「福島第一原発の事故のあと新設された今の防潮堤は地震による液状化で支持地盤が沈む可能性があり津波を防げない」などと、主張しました。

31日の判決で、札幌地方裁判所の谷口哲也裁判長は「泊原発では大地震が起きた際に、少なくとも12メートルから13メートル余りの津波が想定される。それなのに北海道電力は防潮堤の地盤の液状化や、沈下が生じる可能性がないことを裏付ける説明をしていない。また今後、建設するとしている新たな防潮堤についても、高さ以外には構造などが決まっていない」と指摘しました。

そのうえで「泊原発には津波防護施設が存在せず、津波に対する安全性の基準を満たしていない」と結論づけて、北海道電力に対し泊原発の1号機から3号機すべてを運転しないよう命じました。

また、泊原発で保管している使用済み核燃料の撤去については、原告側が撤去先を示していないとして、訴え自体は退けましたが、北海道電力が「運転を停止してから長期間、冷却しているので危険性が低下している」と主張したことに対し「具体的な検討に基づいた安全性の根拠を何ら示していない」として危険性がないことの説明ができていないと批判しました。

一方、原発の廃炉についてはそこまで必要だとする具体的な事情は見いだし難いとして訴えを退けました。

泊原発は平成24年に、定期検査のため3号機が発電を止めて以降、10年にわたり3基すべてで運転を停止した状態が続いています。

福島第一原発事故から11年がたつ中、その原因となった津波への対策が不十分だという理由で、原発の運転を認めない司法判断が示されたのは初めてで、判決は原発の安全に対する説明責任を電力会社に厳しく問うものとなりました。

原告団からは喜びの声が

法廷では裁判長が原発を運転してはならないという判決の主文を読み上げると、傍聴席から「やったー」という声が上がっていました。また、判決言い渡しの後、原告団は裁判所の前で「差し止め認める」などと書かれた紙を掲げて喜びを表し集まった人からは拍手や歓声が上がっていました。原告の1人で札幌市に住む小林善樹さんは、「我々の主張が認められて、本当にうれしいです」と話していました。

原告団長「判決を素直に喜びたい」

判決のあとに開かれた記者会見で、原告団長を務める斉藤武一さんは「これで原発のない北海道を目指す第一歩を踏み出せる。原告の1人として、また地元の人間の1人として今回の判決を素直に喜びたい」と話していました。

代理人を務めた市川守弘弁護士は「極めて妥当な判決であり、原発に危険を覚えてきた住民らの意をくんだ素直な判決だった」と述べました。

そのうえで「行政の判断を待たずに判決に踏み切った今回の裁判は審査を待つ全国の原発訴訟に少なからず影響を与えるだろう。泊原発のような国の審査基準をクリアできていない原発については、稼働をやめるべきだとした裁判所の判断を評価する」と話しました。

北海道電力「速やかに控訴に係る手続き」

判決を受けて北海道電力は「泊発電所の安全性などについて最新の知見を踏まえながら科学的・技術的観点から説明を重ねてまいりました。判決は、当社の主張をご理解いただけず誠に遺憾であり、到底承服できないことから、速やかに控訴に係る手続きを行います」というコメントを出しました。

北海道 鈴木知事「安全性の確保が大前提」

北海道の鈴木知事は個別の司法判断についてコメントは控えるとしたうえで「原子力発電は安全性の確保が大前提で、再稼働については原子力規制委員会による厳正な審査・確認が大変重要だ」と述べました。

泊村 高橋村長「原子力規制委員会による審査を注視」

北海道電力・泊原子力発電所が立地する泊村の高橋鉄徳村長は、NHKの取材に対し「泊原子力発電所は再稼働についての原子力規制委員会による審査が継続中であり、引き続き状況を注視していく。北海道電力には審査に真摯(しんし)に対応するよう求めていきたい」と話していました。

岸田首相「再稼働は地元理解得ながら 従来と変わらず」

岸田総理大臣は31日夜、総理大臣官邸で記者団に対し「民事訴訟の判決に政府の立場からコメントすることは控えなければならない」と述べました。そのうえで「原子力発電所の再稼働は、安全第一で、原子力規制委員会の新規制基準に基づいて安全が確認されたものを地元の理解を得ながら進めていく。これは従来と変わっていない」と述べました。

木原官房副長官「再稼働進める政府方針に変わりなし」

木原官房副長官は記者会見で「判決は承知しているが、本件は民事訴訟だ。国が訴訟の当事者ではないので、コメントは差し控えたい」と述べました。そのうえで「原子力規制委員会が新規制基準に適合すると認めた原子力発電所は、その判断を尊重し、地元の理解も得ながら再稼働を進めるという政府の方針に変わりはない」と述べました。

立民 泉代表「原発に依存しない取り組みを」

立憲民主党の泉代表は記者団に対し「判決は非常に重たいものだ。北海道民の電力の安定供給という意味では、さらなる再生可能エネルギーの開発や、省エネの取り組みの推進など、原子力発電に依存しない取り組みを進めていかなければいけない」と述べました。

共産党 小池書記局長「原発ゼロを後押しする重要な司法判断」

共産党の小池書記局長は記者会見で「非常に重要な判決だ。泊原発は、10年にわたり、3基すべてで運転を停止しており、北海道電力は直ちに廃炉の作業に入るべきだ。安定的なエネルギーの自給に向け、再生可能エネルギーや省エネルギーに本格的に踏み出すべきで、今回の判決は、原発ゼロの流れを後押しする重要な司法判断になる」と述べました。

専門家「審査に迅速に対応を」

北海道にある泊原子力発電所について、札幌地方裁判所が津波対策が不十分だとして、原発を運転しないよう命じる判決を言い渡したことについて、原発の耐震性に詳しい京都大学の釜江克宏特任教授は「福島第一原発事故を踏まえると、判決の理由が津波対策が不十分だからというのは理解できる。防潮堤は津波を防ぐ非常に重要な設備なので、当然、最新の知識や情報をもとに備えることが大事だ」と話していました。
そのうえで「北海道電力は今回の裁判で説明不足だった。今後は、原子力規制委員会の審査に迅速に対応し、より安心安全のための対策を講じるとともに、審査で決まったことなど裁判の場でも説明することが重要だ」と指摘していました。

原発訴訟 過去の司法判断

原子力発電所をめぐって裁判所が住民側の訴えを認めたケースはこれで11件となり、11年前の福島第一原発事故の後では9件目です。

原子力発電所の運転停止や設置許可の取り消しを求める訴えは、昭和40年代後半から各地の裁判所に起こされましたが、「具体的な危険があるとはいえない」などとして退けられてきました。

平成15年に福井県の高速増殖炉「もんじゅ」をめぐる裁判で、名古屋高裁金沢支部が国の設置許可を無効とする判決を言い渡し、これが住民側の訴えを認めた初めての判決でしたが、最高裁で取り消されました。

平成18年には、金沢地裁が石川県の志賀原発2号機の運転停止を命じる判決を言い渡しましたが、高裁で取り消されました。

一方、平成23年に福島第一原発の事故が起きたあとは住民側の訴えを認める司法判断が増えています。

平成26年には、福井地裁が福井県の大飯原発3号機と4号機の運転停止を命じる判決を言い渡しましたが、高裁で取り消されました。

また、運転停止を命じる仮処分の決定も相次ぎ、福井県の高浜原発3号機と4号機では平成27年に福井地裁、平成28年には大津地裁が2度にわたって運転停止を命じました。

関西電力は平成28年3月、大津地裁の1回目の決定が出た際に運転中だった3号機の原子炉を停止させ、司法の判断で運転中の原発が停止した初めてのケースとなりました。

その後、運転停止の決定は高裁で取り消され、高浜原発3・4号機は再び運転を始めました。

また、愛媛県の伊方原発3号機では平成29年とおととし1月に広島高裁が2度、運転停止を命じる仮処分の決定を出しました。

2つの決定はその後、別の裁判官の判断で取り消され、伊方原発3号機は去年12月に運転を再開しています。

おととし12月には大阪地裁が、大飯原発3号機と4号機の国の設置許可を取り消す判決を言い渡しました。

設置許可に関して住民側の訴えを認めた判決は、平成15年の高速増殖炉「もんじゅ」をめぐる判決以来2件目で、福島第一原発の事故後、初めての判断でした。

国は控訴しています。

去年3月には、茨城県にある東海第二原発について、水戸地裁が原発事故が起きた際の避難計画の不備を理由に再稼働を認めない判決を言い渡し、住民側と事業者側の双方が控訴しています。