徴用訴訟 原告の訴え退ける
日本企業に賠償命じず 韓国

太平洋戦争中の「徴用」で「強制的に働かされた」と主張する韓国人やその遺族ら85人が日本企業16社に対して賠償を求めている裁判で、ソウルの地方裁判所は「訴訟で請求権を行使することはできない」として、訴えを退ける判決を言い渡しました。
2018年に韓国の最高裁判所が日本企業に賠償を命じて以降、原告側の訴えを退ける判決が出たのはこれが初めてです。

この裁判は2015年5月に起こされたもので「戦時中、『徴用』によって日本の工場などで強制的に働かされた」と主張する韓国人やその遺族ら85人が日本企業16社に対して1人当たり1億ウォン、日本円でおよそ1000万円の賠償を求めているものです。

ソウル中央地方裁判所は当初は今月10日に予定されていた判決言い渡しを7日に前倒しし、原告側の請求権は日本との請求権協定締結によって消滅したり放棄されたりしたとは言えないとする一方、訴訟で請求権を行使することは制限されるという判断を示しました。

そして、韓国は請求権協定に拘束されていて原告側の主張を認めれば国際法の原則に違反する可能性が高く、強制執行まで行われれば国家の安全保障や秩序の維持という憲法上の大原則を侵害し権利の乱用に該当するなどとして、原告側の訴えを退けました。

判決について、原告側は直ちに控訴する意向を示しています。

「徴用」をめぐっては2018年10月、韓国の最高裁判所が日本の韓国併合は不法だったという前提のもと、日韓請求権協定は不法な植民地支配に対する賠償を求めたものではないため個人請求権は行使できるとして、日本企業に賠償を命じる判決を言い渡しました。

この判決以降、韓国では同じように日本企業に賠償を命じる判決が相次いで出されていて、2018年の最高裁判決以降、原告側の訴えを退ける判決が出たのは今回が初めてです。

判決言い渡したキム・ヤンホ裁判長とは

7日の判決を言い渡したソウル中央地方裁判所のキム・ヤンホ裁判長は、ことし1月、慰安婦問題の訴訟で、別の裁判長が日本政府に賠償を命じた判決を言い渡したことをめぐり、その後、裁判費用を確保するために日本政府の資産を差し押さえるのは「国際法に違反するおそれがある」という決定文を出しています。

この中で、キム・ヤンホ裁判長は、1965年の日韓請求権協定や慰安婦問題をめぐる2015年の日韓合意などに言及し、賠償を命じた判決とは異なる判断を盛り込みました。

キム裁判長は、今回、太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題でも、2018年10月に日本企業に賠償を命じた韓国最高裁判所の判決とは異なる判断を示して原告の訴えを退けたことになります。

韓国では、冷え込んだ日韓関係を考慮して、司法がこうした判断を相次いで示した可能性もあるのではないかという見方も専門家などから出ています。
★キム・ヤン※ホ(金 亮※さんずいに皓)

専門家「極めて異例」

韓国政治や日韓関係に詳しい静岡県立大学の奥薗秀樹教授は、7日の判決について「最高裁判所で確定判決が出ているものを地方裁判所が否定するのは、韓国でも極めて異例だ」と述べました。

そして、判決の背景として奥薗教授は、ムン・ジェイン(文在寅)大統領の任期が残り1年を切っていることに触れ「任期末で求心力が低下していく中で、司法府の中のより現実的な考え方を持つ人たちが判決を下すことができるようになったという可能性がある」と指摘しました。

一方で、別の可能性として「最高裁判所の判決で自縄自縛(じじょうじばく)に陥ってしまったムン大統領を何とか救おうと、異なる見解の判決をあえて下したという見方もできる」と述べました。

そのうえで奥薗教授は「日韓関係を縛っている慰安婦と『徴用』の2つの問題において、韓国の司法が正反対の判断を下したことで、ムン大統領が動ける幅が広がったと言える。日韓関係のこう着状態を脱することができる環境ができたという意味ではプラスだと思う」と述べました。

さらに「アメリカのバイデン政権にとっても現状の日韓関係を放置するというのは、中国に対する戦略上、見過ごせない問題だ。日韓両国にとってこのまま強硬な態度を互いにとり続けることができなくなる可能性がある」として、日米韓3か国の協力を重視するバイデン政権の方針も相まって、判決が日韓関係改善への追い風になるのではないかという見方を示しました。

韓国外務省「日本側と協議を続けていく」

今回の判決について韓国外務省は「韓国政府としては今後も司法の判決と被害者の権利を尊重し、日韓関係などを考慮しながら両国政府やすべての当事者が受け入れ可能な合理的解決策を話し合うことについて、開かれた立場で日本側と協議を続けていく」とするコメントを出しました。

加藤官房長官「引き続き動向を注視」

加藤官房長官は午後の記者会見で「政府としては引き続き動向を注視していきたいと考えている。そのうえで現在、日韓関係は旧朝鮮半島出身労働者問題や慰安婦問題などにより非常に厳しい状況にある。両国間の懸案の解決のため韓国が責任を持って対応していくことが重要であると考えており、懸案の解決のための韓国側の具体的提案を合わせて注視している」と述べました。

経団連 十倉会長「未来志向のパートナーシップの原点に」

経団連の十倉会長は7日の定例会見で「司法判断についてのコメントは差し控えたいが、日韓関係は経済界を見ると個々の企業がよいパートナーシップを築いていると思う。日本と韓国は自由や民主主義、人権など、普遍的な価値観を共有し、東アジアで重要な位置を占める隣国どうし。未来志向のパートナーシップの原点に戻るべきだ。経団連としてそのための努力は惜しまない」と述べ、冷え込んだ日韓関係の改善に向け、経済界として力を尽くす考えを示しました。