コロナ第1波対応を検証
民間の調査会が報告書

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が出されて7日で半年です。弁護士や大学教授などで作る民間のグループが、政治家や官僚、専門家80人余りにヒアリングを行い、第1波の対応を検証した報告書をまとめました。報告書は、感染を徹底して押さえ込みたい専門家と経済的なダメージを懸念する政府との間ですれ違いや緊張感があったと指摘し、政府が一連の経緯を検証するよう提言しています。

報告書をまとめたのは、企業経営者や、危機管理、国際政治などが専門の弁護士や大学教授などで作る「新型コロナ対応・民間臨時調査会」です。

調査会は、政府の規制改革推進会議の議長で三菱ケミカルホールディングスの小林喜光会長が委員長を務め、ことし7月に発足しました。

委員会のもとでヒアリング調査を担当したワーキンググループの19人の一部は、8年前に東京電力福島第一原発の事故の検証を行った民間の事故調査委員会のメンバーも務めています。

調査会は、安倍前総理大臣や西村経済再生担当大臣、それに総理大臣官邸や厚生労働省の幹部、専門家など83人にヒアリングし、ことし1月から半年間の日本の対応を検証しました。

今回対象となった期間は、日本で最初の感染者が確認された1月15日からおおむね半年間で、安倍前総理大臣や西村経済再生担当大臣、萩生田文部科学大臣などの政治家や政府の分科会の尾身茂会長などは実名で証言し、官僚や多くの専門家は匿名を条件に調査に応じています。

緊急事態宣言解除で「すれ違いや緊張感」

報告書は、大きな政治判断が求められた緊急事態宣言を検証の大きなポイントにしています。

この中では、緊急事態宣言を出す時には政府と専門家が危機感を共有し、同じ方向を目指していたものの、緊急事態宣言を解除する段階では「両者の間にすれ違いや緊張感が生じることが増えた」と指摘しています。

特に緊急事態宣言を解除する基準をめぐっては、新しい感染者の数がどの程度であれば解除できるか、政府と専門家の考えに隔たりがあったということです。

報告書では、専門家側が当初、当時の感染状況では解除できるレベルにない厳しい基準を示しましたが、最終的には政府の主張に沿って緩やかな基準が採用された詳しいいきさつを明らかにしています。

ヒアリングに対し、内閣官房の幹部は「専門家の意見に従っていたら、一生解除できないと思った」と証言しています。

また政府の分科会の尾身茂会長は、政府と専門家の関係について「意見の違い自体は問題ではなく、役割が混在してわからないというほうが問題だ。誰が決めたかということを政府がきちんと説明することがあるべき姿だ」と述べたということです。

こうした分析から、感染を徹底して抑え込みたい専門家と経済的なダメージを懸念する政府の意見が一致しない場合、どう調整して国民に説明するか課題は多いとして、政府が一連の対応を検証することを提言しています。

緊急事態宣言解除の基準で 政府と専門家が何度もやり取り

報告書で明らかになった、緊急事態宣言を解除するための基準が決まったいきさつの詳細です。

専門家会議は5月上旬、
「直近2週間の10万人当たりの累積の新規感染者数が0.5人未満程度」
という案を最初に示したということです。
東京都で言えば2週間の合計が70人、1日当たり5人が目安となるもので、
これに対して政府側からは「1桁違うのではないか」など厳しすぎるという声が出されたということです。

これを受けて専門家会議は、当時の感染者のうちほぼ半数は感染経路がわかっていたため、期間を「2週間」から半分の「1週間」に緩和したうえで、
「10万人当たりの累積の新規感染者数が0.5人未満程度」という提言を、5月14日に行いました。
この場合、東京都での新規感染者の目安は1週間で70人、1日当たり10人となります。

しかし、5月14日に最終的に政府が示した基準には、東京都では1日当たり20人にあたる「10万人当たり1人程度以下」という数字も、条件付きで加えられました。

報告書は政府の意向を受けて、判断に幅を持たせられる内容になったとしています。

緊急事態宣言出す直前 「ロックダウン」情報に追われ

一方、半年前、緊急事態宣言を出す直前に政府内で進められた水面下での検討状況についても検証が行われました。

緊急事態宣言は半年前の4月7日、7つの都府県に対して出され、9日後には全国に拡大されました。

緊急事態宣言が出されると、宣言の対象地域となった都道府県の知事は外出の自粛や休業の要請などを行えるようになりますが、罰則はなく、強制力はありません。

しかし報告書では、都市を封鎖する「ロックダウン」が起きるという情報が飛び交い、政府は情報を打ち消すため対応に追われたと指摘しています。

政府側は、そのきっかけは東京都の小池知事が「ロックダウンなど強力な措置をとらざるをえない状況が出てくる可能性があります」と述べた、3月23日の記者会見としていて、西村経済再生担当大臣は、ロックダウンはないと理解してもらう時間が必要になったとして、「あの発言がターニングポイントとなった。結果的に緊急事態宣言が遅れた部分があった」と述べています。

一方、報告書では、この時期の感染状況のデータをもとに、小池知事の発言によって国民が外出を控えるなど行動を変え、感染者数の減少につながったという分析もしています。

また、政府内で経済への影響を懸念する慎重な意見があり、緊急事態宣言の前に調整が必要だったということにも言及しています。

宣言の2、3日前に決断したという安倍前総理大臣は「いちばん決断の難しかったのは、なんといっても緊急事態宣言を出すところだった。経済への配慮から結構慎重論があった。そして、小池さんがロックダウンということばを使ったため、その誤解を解く必要があった。あの法律の下では、国民みんなが協力してくれないことには空振りに終わっちゃう。空振りに終わらせないためにも、国民の皆さんの気持ちと合わせていかなければならない。そのあたりが難しかった」と振り返っています。

一連の検証からは、社会不安が高まる中での判断や意見の調整の難しさが浮かんでいて、報告書ではあらゆる事態を想定し、感染症に関する法律を改正することなどが必要だとしています。

小池知事はNHKの取材に対し「当時は都内の新規陽性者が増加傾向にあり、感染爆発の可能性が高まっている状況にあった。『ロックダウン』は政府の専門家会議ですでに使われていることばを引用したものであり、当時の都内の厳しい状況を都民にわかりやすくお伝えすることの一環として発言した。国としては国全体の状況を見据え、責任を持って対応されたと考える」とコメントしています。

2月発表の一斉休校「混乱もたらした」

今回の報告書では、教育現場に大きな影響が出た一斉休校や、4月以降の国内での感染拡大につながったとされるヨーロッパに対する水際対策についても検証を行いました。

文部科学省や内閣官房の幹部の証言によりますと、一斉休校は2月27日に安倍前総理大臣が文部科学省側に突然伝えたということです。

萩生田文部科学大臣が「全部が全部、お母さんがいる家庭ばかりではない」「文部科学省だけで完結できる課題と、他省庁にまたがって相談しないと解決できない問題がある」と述べたのに対し、安倍前総理大臣は「子どもたちを守ろう」と述べ、「国の責任ですべて対応する」として、その日のうちに実施が決まったということです。

一斉休校は、感染拡大を防ぐ心理的な効果は大きかったものの、「疫学的にはほとんど意味がなかった」「反対だった」など、否定的な専門家の証言も記されています。

学校現場では混乱も生じ、報告書では、文部科学省と事前に十分な調整をすることなく、専門家の意見を十分に聴取することなく行われ、混乱をもたらしたとしています。

3月 ヨーロッパへの水際対策「もう少し早く」

また、水際対策についてはヨーロッパへの対応に焦点をあてました。

専門家の間では、3月前半のデータの分析からヨーロッパに対する危機感が強まり、3月17日に専門家会議は政府に要望を行いました。

これについて報告書は「抜本的な対策をとろうとしない政府に、しびれをきらした」と表現しています。

これを受けて政府は、渡航中止の勧告などを行ったあと、3月27日にヨーロッパ21か国からの入国を拒否する対応をとりました。

国内での第1波について、国立感染症研究所は3月中旬から、ヨーロッパから入った新型コロナウイルスが国内で広がったという分析を、あとになって公表していて、報告書は「ヨーロッパなどに対する水際対策がもう少し早く実施できていれば、4月以降の国内での感染拡大を一定程度抑えられた可能性があった」と指摘しています。

一連の対応について、総理大臣官邸の官僚の1人は「一斉休校に対する世論の反発と批判が大きく、さらなる批判を受けるおそれが高いヨーロッパの旅行中止措置を総理連絡会議に提案することができなかった」としたうえで、「今振り返ると、あのとき中止措置をとっておくべきだったと思う。あれがいちばん悔やまれるところだ」と証言しています。

“多くの課題や失敗” 今後への提言

「新型コロナ・民間臨時調査会」の報告書は、日本政府の第1波の対応について一定の評価をする一方、その取り組みは試行錯誤の連続で、多くの課題や失敗が含まれているとして、今後の危機に備える提言を行っています。

提言は、政府による専門家との関係の検証を含めて6つです。

▽第1波では患者の発生届は手書きでFAXで送る体制だったため、リアルタイムでの感染状況の把握が困難だったなどとして、政府のデジタル化の推進を求めたほか、

▽経済の下支えのための財政措置は、一律での資金の給付ではなく、将来の成長につながるデジタル化や脱炭素化に関連することを条件にするよう提言しています。

また、
▽パンデミックなどに備える予算は、各省庁の予算とは別枠で確保すること、

▽保健所などが人員不足に直面したことを受けて、大学の研究者や医師、看護師のOBなどに対応を依頼できる「予備役制度」を創設することが必要だとしています。

さらに、
▽日本が行った強制力のない自粛要請や休業要請などの対応が、今後もうまくいく保証はないとして、罰則と経済的な補償をセットとした法改正を提言しています。

「政府と違う立場で記録」

「新型コロナ対応・民間臨時調査会」の中心メンバー、共同主査の塩崎彰久弁護士は「政府とは違う立場できちんと記録に残し、次の危機に備える必要があると検証に臨んだ」と話しています。

調査会は8日、小林委員長たちが記者会見をして、報告書の内容を発表することにしています。