用工訴訟 新日鉄住金に
損害賠償の判決 韓国最高裁

太平洋戦争中に「徴用工として日本で強制的に働かされた」と主張する韓国人4人が新日鉄住金に損害賠償を求めた裁判で、韓国の最高裁判所は30日、「個人請求権は消滅していない」として、賠償を命じる判決を言い渡しました。日本企業に賠償を命じる判決が確定したのは初めてで、日本政府が徴用をめぐる問題は「完全かつ最終的に解決済みだ」としているだけに、今後の日韓関係に影響を及ぼすことも予想されます。

この裁判は、太平洋戦争中に「徴用工として日本で強制的に働かされた」と主張するイ・チュンシク(李春植)さんなど韓国人4人が、新日鉄住金に対し、損害賠償を求めて2005年に提訴し、韓国の高等裁判所が賠償を命じたことから、新日鉄住金が上告していました。

韓国の最高裁判所は30日午後、判決の言い渡しを行いました。

この中で、最高裁は、1965年の日韓国交正常化に伴う請求権・経済協力協定で徴用をめぐる問題は解決されたという新日鉄住金側の主張に関して、国交正常化交渉は「日本の不法な植民地支配に対する賠償を請求するための交渉ではなかった」として、日本の統治は不法だったという認識を示しました。

そのうえで、「個人の請求権も協定に含まれたと見るのは難しい」として、個人請求権は消滅していないという判断を示し、上告を棄却し、1人当たり1億ウォン(およそ1000万円)の支払いを命じました。

徴用をめぐる問題について、日本政府は国交正常化に伴って「完全かつ最終的に解決済みだ」としており、日本企業に賠償を命じる判決が初めて確定したことで、今後の日韓関係に影響を及ぼすことも予想されます。

「徴用工」とは

日本の統治下にあった朝鮮半島からは、企業による募集など、さまざまな形で多くの人々が日本に渡り、炭鉱や建設現場などで働きました。

そして、太平洋戦争の終盤にさしかかった1944年、日本政府は、戦争の長期化によって軍需産業などで労働力が不足していたことから、国民徴用令を朝鮮半島にも適用し、現地の人々を徴用しました。

日本の外務省は、当時の詳しい資料が残っていないため、徴用された人の数は、正確には把握できていないとしています。

一方、韓国では、1944年に国民徴用令が朝鮮半島に適用される前に日本に渡った人たちも、一般的に「徴用工」とみなされています。

韓国政府は、2004年に徴用の実態などを調べるための委員会を立ち上げて、当時の資料や関係者の証言を集め、「約14万8000人が徴用された」と認定しています。

徴用をめぐる問題について、日本政府は、1965年の国交正常化に伴う日韓請求権・経済協力協定によって、「完全かつ最終的に解決済みだ」という立場です。

また、韓国が2005年に公開した外交文書でも、個人に対する補償は韓国政府が責任を持つことで、日韓両国の政府が合意していたことが明らかになり、韓国政府は、日本政府と同様に、徴用をめぐる問題は国交正常化に伴って解決されたという立場を示しました。

韓国政府は、1970年代にも補償を行いましたが、道義的に不十分だったとして、2008年以降、徴用されたと認定された人やその遺族を対象に、慰労金や医療費を支払っています。

ただ、ムン・ジェイン(文在寅)大統領は、先月の安倍総理大臣との首脳会談で、一連の裁判については「三権分立の精神に照らし、司法府の判断を尊重する」と述べたということです。

裁判の経緯

この裁判で、1審のソウル中央地方裁判所と2審のソウル高等裁判所は、ともに原告側の訴えを退けましたが、最高裁判所は2012年5月、「反人道的不法行為や植民地支配と直結した不法行為による損害賠償請求権は、日韓請求権協定の適用対象に含まれていると見ることは難しい」との判断を示しました。
そのうえで、「個人の請求権は消滅していない」として2審の判決を取り消し、高裁に差し戻しました。

これ受けて2013年7月、高裁は、1人につき1億ウォン(当時のレートでおよそ890万円)の損害賠償を新日鉄住金に命じる判決を言い渡しました。

徴用をめぐる問題の裁判で日本企業に損害賠償の支払いを命じたのは、この判決が初めてでした。

これに対して新日鉄住金は上告し、最高裁も受理しましたが、およそ5年間にわたって本格的な審理は行われず、この間、原告4人のうちイ・チュンシクさんを除く3人が判決を前に亡くなりました。

こうした中、ことし8月、最高裁は、13人の判事全員が参加する審理を始めたと明らかにし、裁判の行方が注目されていました。

韓国の政権が裁判の進展に介入の疑惑も

戦時中に「徴用工として日本で強制的に働かされた」と主張する韓国人たちが日本企業を訴えた裁判について、韓国の最高裁判所は、これまで5年以上にわたって、判決を出してきませんでした。

韓国の最高裁は、長期間にわたって審理を続ける場合もありますが、通常、半年程度で判決を出すとされていて、革新系の与党やメディアを中心に不自然だとの指摘が出ていました。

こうした中、前のパク・クネ(朴槿恵)政権下で、最高裁が、日本との関係を懸念した外務省の意向を受けて、判決言い渡しを不当に遅らせた疑惑が持ち上がり、ことし8月には検察が外務省や裁判所に対する異例の捜索を行いました。

そして今月27日には、最高裁の付属機関の前次長を裁判に介入したとして職権乱用などの疑いで逮捕し、この問題で初めての逮捕者が出ました。

一方で、検察による捜査について、韓国国内では、革新系のムン・ジェイン政権による、以前の保守政権に対する攻撃という側面があるとの見方も出ています。

原告イさん「私1人が判決聞き涙が出た」

判決を傍聴した原告や遺族が最高裁判所の建物から出てくると、支援者たちは拍手で迎えました。

原告のイ・チュンシクさんは「ほかの原告たちが亡くなり、私1人がきょうの判決を聞き、悲しくて涙が出た」と述べ、ほかの3人の原告が判決を聞けなかったことに無念さをにじませました。

また、別の原告の遺族は「賠償を命じる判決が出て感慨深いです。もう少し早く判決が出ていたら、夫にいい知らせを伝えられたのに」と述べて涙をぬぐったあと、支援者と抱き合っていました。

新日鉄住金「日本政府の対応状況など踏まえ適切に対応」

今回の判決を受けて、新日鉄住金はコメントを出しました。

この中で、「日韓両国およびその国民の間の請求権に関する問題は『完全かつ最終的に解決された』とする日韓請求権・経済協力協定と、これに関する日本政府の見解に反するものであり、極めて遺憾です。今後、判決内容を精査し、日本政府の対応状況なども踏まえ、適切に対応して参ります」としています。

また「当社は今回の訴訟の4人の原告のうち2人から、1997年に日本で同様の訴訟を提起されましたが、2003年に当社の勝訴が確定しており、今回の判決は、この日本の確定判決に反するものです」としています。

「徴用工」裁判 韓国最高裁では他に2件

「徴用工として日本で強制的に働かされた」と主張して、日本企業に損害賠償を求めている裁判のうち、現在、韓国の最高裁判所で争われているものは、今回の裁判のほかに2件あります。

2件の裁判は、いずれも三菱重工業を相手取ったもので、このうちの1件は、1944年から45年にかけて名古屋にあった軍需工場などで過酷な労働を強いられたとして韓国人女性のヤン・グムドクさんや遺族、合わせて5人が2012年10月に起こしたものです。

1審で原告側が勝訴したのに続き、2015年6月には2審のクワンジュ(光州)高等裁判所が三菱重工業に対して、当時のレートにして、1人当たりおよそ1100万円から1300万円を支払うよう命じました。
これに対して、三菱重工業が上告し、先月、最高裁での本格的な審理が始まりました。

もう1件は、戦時中に広島の工場で働いていた韓国人たちが「強制連行されたうえに被爆し、そのまま放置された」として、2000年5月に起こしたものです。
1審、2審ともに「韓国の民法で定められた時効は10年で、賠償請求権はすでに消滅している」などとして原告側の訴えを退けました。

しかし、新日鉄住金の裁判と同様に2012年5月、最高裁が「個人の請求権は消滅していない」という判断を示して、2審の判決を取り消し、高裁に差し戻しました。

そして高裁は2013年7月、三菱重工業に対し、当時のレートで1人当たりおよそ700万円の損害賠償を支払うよう命じる判決を出しました。
三菱重工業が最高裁に上告し、5年以上がたちましたが、本格的な審理はまだ始まっていません。

今回、最高裁が新日鉄住金に対する判決を出したことから、三菱重工業が関わる2つの裁判についても、今後、大きく動くのではないかという見方も出ています。