岸信千世31歳 世襲批判の先に 衆議院補欠選挙山口2区

きしのぶちよ氏の演説写真

政治家の世襲をめぐって注目を集めたのが衆議院山口2区の補欠選挙だ。
元総理大臣で曾祖父の岸信介、防衛大臣を務めた父の信夫、そして今回初めて立候補して選挙戦を制したのは31歳の信千世だ。
岸家の看板を背負った選挙は世襲候補に対する批判との戦いでもあった。
(山口局 鈴木幹人)

保守王国山口の新たな候補者

写真:記者会見する岸信千世氏

「伯父の安倍元総理大臣や父は、情熱を持って山口と日本の未来を創るために行動を起こし、こうした意思は私にも通じている。山口と日本の課題の克服に全力で取り組む覚悟だ」

ことし2月、山口県岩国市で開いた会見で岸信千世はこう決意を述べ、衆議院山口2区の補欠選挙への立候補を表明した。

写真:防衛大臣を退任する岸信夫氏

これからさかのぼること約2か月、信千世の父で防衛大臣を退任した岸信夫は、後援会の会合で「次の選挙は難しい。病気の治療に専念したい」として次の衆議院選挙に立候補せず、長男の信千世を後継とする考えを示した。

信千世はテレビ局記者を退職したあと、父の秘書や防衛大臣秘書官を務めていて、こうした動きは政治家になるための布石だと目されていた。
31歳の若さで政界への挑戦を決意し、保守王国と言われる山口に新たな将来の有望株の誕生だと関係者の期待は膨らんでいた。

立候補表明後 批判を浴びる事態に

しかし、立候補表明からわずか数日後、世襲批判が一気に吹き荒れる。
原因は信千世のホームページに掲載された家系図だった。

写真:ホームページに掲載された家系図

家系図には、父・信夫だけでなく、伯父・安倍晋三、曾祖父・岸信介、佐藤栄作といった総理大臣経験者の名が連ねられていた。
インターネットには「家柄自慢」「なぜ女性は含まれないのか」といった批判の書き込みが相次いだ。
政治家の世襲が批判の的になると、ほどなくしてホームページから家系図は削除された。
華々しいデビューのはずが、世間からはいきなり出ばなをくじかれる形となった。

世襲批判も楽勝ムードだったが…

それでも陣営には選挙戦での楽勝ムードが漂っていた。
信千世の世襲による立候補は誰もが知る、いわば織り込み済みのことで、想定の範囲内の批判だと受け止められていた。

写真:岸田首相と岸信千世氏

3月上旬、総理大臣の岸田文雄が激励に山口を訪れた際、信千世は次のように語り批判をはねのけた。
「世間ではいろいろな声が聞かれます。こうした声に一つ一つ惑わされることなく、我々ができることを精いっぱい、一歩一歩着実に歩みを進め、選挙戦、奇をてらわずに戦って参りたい」

実際、父・信夫が、過去の選挙で7割ほどの得票率で圧勝していたことや、今回も野党側の候補者の調整が難航していたことも、こうした楽勝ムードに拍車をかけていた。
この頃にようやく共産党が候補の擁立を決めたものの、山口にゆかりのない候補だったこともあり、これまで同様、今回も早々に当選確実が決まるという見方が広がっていた。

対立候補は元法務大臣のベテラン

しかし、共産党の候補者擁立の決定からまもなくして、平岡秀夫が突如、立候補を表明した。

写真:記者会見する平岡秀夫氏

平岡は2000年の衆議院選挙で、当時8回目の当選を目指した自民党現職で元総理大臣・佐藤栄作の息子・佐藤信二を破り、保守王国山口に風穴を開けた。
衆議院議員選挙に5回当選し、旧民主党政権では法務大臣や総務副大臣を歴任したベテランだが、2014年の選挙で落選し一線を退いていた。
くしくもこの時の選挙で敗れた相手は信千世の父・信夫だった。
平岡は立憲民主党の山口県連顧問であったものの、党からの全面的な支援が受けられないことから、無所属での立候補となった。

会見で平岡はこう述べた。
「世襲については一概に悪とは思っていない。世襲のいい所もあれば悪いところもあるが、お父さんの思いを背負って全力で働きたいというのであれば、政治に発展がない」

この立候補表明のあと、共産党は予定していた候補の擁立を取り下げ、平岡への自主支援を決めた。これにより、告示までわずか2週間にして信千世と平岡の一騎打ちの構図が固まった。

自民幹部も世襲批判を意識

写真:白いウインドブレーカーの岸信千世氏

4月11日の告示日当日の出陣式。信千世は父がいつも選挙戦で着ていた白いウインドブレーカーをまとって登場した。

父からは地盤だけでなく秘書や後援会など全面的に引き継いで選挙戦を展開。
選挙期間中は自民党安倍派の国会議員のほか、地元の県議会議員や自治体の首長が顔をそろえ、世襲批判をはねつける演説を重ねた。

写真:萩生田政調会長と岸信千世氏

「政治家って別に家系でやるもんじゃない。お父さんの秘書官を務めて、防衛省の中で汗かき飛び回っていた」(萩生田政調会長)

「世襲批判を前向きにはねのけて、ニュー岸を見せつけるんだ。皆さんも彼の名前よりも彼の人柄、能力を見るんだというつもりで選挙戦を戦い抜いていただきたい」(世耕弘成参院幹事長)

楽勝ムード一転 危機感に

選挙戦では、少子高齢化に伴う人口減少や過疎化への対応、厳しさを増す地域経済の振興を政策に掲げた信千世。
しかし期間中、世襲批判だけでなく、今度は「演説がうまくない」「話の中身がない」といった反応も目立つようになり、じりじりと平岡に差を詰められているという危機感が広がった。

岸陣営は当初「父を超える得票数」を目標に掲げていたにも関わらず、手応えを感じられない選挙戦に、ついには「厳しい戦い」とまで漏らすようになった。

戦い制すも無党派支持は限定的

写真:万歳する岸信千世氏

選挙戦を制した信千世。
NHKが行った出口調査では、自民党支持層の約80%、公明党の支持層の70%台後半の支持を得たが、特に支持している政党はない、いわゆる無党派層からは20%台後半にとどまった。
これに対し、平岡は、無党派層の70%余りから支持を得て、はっきりと投票行動がわかれる結果となった。
信千世の勝利は保守王国の牙城に守られた形とも言える。
(文中敬称略)

【リンク】衆議院補欠選挙 山口2区開票状況

山口局(岩国支局)記者
鈴木 幹人
2017年入局。大学まで硬式野球部に所属し白球を追いかける。沖縄局を経て2020年から岩国支局。機体の識別や慣れない英語に悪戦苦闘しながら基地問題などを取材。