今井瑠々 立憲民主党から自民党へ 敵が味方に

おととしの衆院選岐阜5区で、立憲民主党から当時25歳の全国最年少候補として立候補し、自民党の重鎮議員に迫って、注目を集めた今井瑠々。
それからわずか1年余り。
今井は自民党の推薦を受けて、岐阜県議選に挑み初めての議席を獲得した。転身の背景には何があったのか?
(森本賢史、吉田紘生)

今井が自民で出るんだって

ことし1月5日昼、ある政治関係者からメールが届いた。

「今井が、県議選に自民党で出るんだってね」
「えっ?」

私は去年10月、今井と取材で会っていた。活動の苦しさは漏らしていたものの、自民党へのくら替えの予兆までは感じられなかった。
すぐさま自民の県連幹部に話をきくと、この日、今井と衆院選で戦った古屋圭司衆議院議員らから、今井の動きを報告されたという。

「古屋さんの差配でしょ? 上手だなあ。自民県議が増えたら、続く市長選も当選の可能性が上がる。いいことずくめじゃないか」

一石三鳥?

どういうことなのか。
今井が立候補を表明した岐阜県多治見市は、愛知県への通勤圏内にあり、保守王国とされる岐阜県ではあるが野党が比較的強い地域だ。

岐阜県地図


市長は30年近く非自民で、県議会の2議席も、長年にわたって自民と非自民で分け合ってきた。今回の県議選でも当初は自民と非自民の2人だけが立候補し、無投票になるとみられていた。
そこに今井が参戦を表明。自民にとって、うまくいけば今井を含め2議席を独占できることになる。

また今井は、多治見市を含む衆院選の岐阜5区で、当選10回(当時)の古屋に1万3000票余りの差まで迫っていた。今井が立憲民主党を離れて、県議選に立候補すれば、衆院選で野党の有力候補がいなくなる。

2021衆院選岐阜5区結果


さらに県議選後には、自民系と非自民系が争う見込みの多治見市長選も予定され、今井が勝利すれば、自民ははずみをつけられる。
「一石二鳥」ならぬ「一石三鳥」というわけだ。

古屋に自身の選挙との関連について尋ねると「いつあるか分からない自分の選挙のことは1%も考えてないですよ」と返した。
ただ、今井の自民党推薦を諮る多治見市支部の役員会では、「自民党は多様性を容認しあう政党です。チャレンジされるなら私は心から歓迎します。この1週間で大きく(状況が)変わったので、びっくりされている方もいらっしゃると思う。でも、政治はそういうものなんですよ」と鋭いまなざしで語った。

取材に答え衆議院議員衆議院議員

後援会長が見つからない

くら替えには別の理由もあった。
岐阜県では、前回の衆院選から、比例代表も含めて野党の国会議員がいなくなった。県議会も自民党がおよそ7割を占め、立憲民主党の議員は1人だけだ。衆院選での落選後、今井は立憲民主党の党勢拡大を進めようと選挙区内を回ったが、手応えはなかったと話す。

「10人以上に声をかけても後援会長が見つけられない。(有権者は)“後援会長もいないのに応援するの?”となってしまう。立民県連との連携も取れず、党の支持率も伸びない。このままで本当にいいのかと」

追い打ちをかけるように、去年5月、衆院選で陣営の選対本部長を務め、立民県連の常任顧問だった元参議院議員の山下八洲夫が逮捕された。
現職の国会議員になりすまし、新幹線のグリーン車の特急券をだまし取ったというものだ。今井は大きな後ろ盾を失った。

野党関係者によると、今井はその後、自民の関係者と接触する機会が増えていったという。
去年秋には、古屋の秘書らと会食。12月には岐阜県選出で自民の野田聖子衆議院議員と東京で行われたセミナーで会い、「できる限り支援したい」などと言葉をかけられた。
そして年末、今井は東京の古屋の事務所に足を運び、自民の支援を受けて立候補したい旨を伝えた。

党派へのこだわりはなかった

ことし1月に開かれた今井の立候補会見。今井は自民から推薦を受けた理由について問われ「地域の声をいかすには、1人ではなかなか難しかった。政策を実行していくには、自民党のみなさまのお知恵とお力を借りる必要があると考えた」と語った。

今井氏の立候補会見

17歳のころから政治家を目指していたという今井。もともと党派へのこだわりよりも、地元への貢献が重要だったと話す。

「高校生のころは、党派は別に関係なく、出られたら自民党でもと。反自民感情があって立憲から出たわけではない。ただ、国政では野党として、若くて女性で、表だって選択的夫婦別姓など多様な価値観を示さないといけないと思っていた。でも、それを言うだけじゃだめだった。地域の人のためにできることを優先したかった」

有権者への裏切りだ

一方、今井のくら替えに立憲民主党は猛反発した。
県連の幹部は、政策の実現ではなく、自らの当選を目的にしたものであり、「弱い者の立場に立った政治を期待し、彼女に投票した有権者への裏切り行為だ」と非難した。今井には次の衆院選に向けて、選挙区の総支部長という立場を与え、総額で650万円を支援していたという。
党本部は金銭面などで支援を受けながら、自民推薦で立候補を表明したことは「重大な反党行為」として、今井を最も重い除籍処分にした。

今井氏を批判する立憲民主党、泉代表


党代表の泉は会見で「地方組織が弱いから出ていったとなれば、それは余計に政治家としてはだめだということでしかない話で、むしろそれを強くする役割として、党活動の中心となって努力をするのが総支部長だ」と糾弾した。

三つどもえの選挙戦へ

今井の参戦で岐阜県議選多治見市選挙区は急きょの選挙戦の見通しとなり、すでに立候補を予定していたほかの2人は危機感を強めた。

自民は元共同通信記者の友江惇の擁立をすでに決めていた。
だが、批判も含めて、今井の報道がさかんに行われ、その勢いが伝えられるようになった。1月下旬に党が行った調査で友江が今井に2倍の差をつけられていることがわかり、危機感は一気に高まった。
公認候補の友江が落選しては本末転倒だとして、組織票を固めるのに躍起になった。

自民・友江氏

一方、野党関係者も今井を「悪名、無名に勝る」と評し、非自民系で連合が推薦する元印刷会社社員の判治康信もあせりを募らせていた。
実は衆院選の際、判治は今井の選挙を手伝っていた。皮肉なめぐりあわせではあるが、「あくまで政策勝負」として、今井を声高に批判することはなかった。
だが、その後、「正直、腹立たしいところもある。悲しかった」とこぼすこともあった。

判治氏

有権者からはさまざまな声が聞かれた。
「(くら替えは)マイナスだったかな。急に政党を変えられても、ついて行けない」(70代女性)
「合理的な理由で転身されたのであれば、別にいいんじゃないのかな」(30代男性)

迎えた告示日、今井は出陣式でこう訴えた。
「どんなに批判をされても、声をあげて、この町を変えていきたい。政党が変わっても私は何も変わっていません」
立憲民主党を離れた今井に組織の大きな後ろ盾はなかったが、街頭などに立って、くら替えへの理解を求めた。

出陣式の今井氏

選挙戦で今井は立憲民主党の時と変わらず、女性や子ども、福祉施設などへの支援を充実させたいと訴え市内を駆け巡った。

今井氏 初めての議席を獲得

4月9日の投開票日当日。深夜に今井の当選確実の一報が伝えられると事務所には歓声があがった。

そして今井は「1票1票に託していただいた思いを重く受けとめ、厳しい選挙だったが、1人1人にしっかりと恩返しができるように頑張っていきたい」と述べた。
(文中敬称略)

【リンク】岐阜県議選挙多治見市 開票速報

岐阜局記者
森本 賢史
2016年入局。金沢局を経て2020年に岐阜局に。県政キャップとして、県内の行政や選挙を幅広く取材。
岐阜局・吉田記者
岐阜局記者
吉田 紘生
2020年入局。県政担当として野党などを取材。