高市早苗大臣 帰りたくても帰れない 奈良県知事選挙のお家事情

「荒井知事には『名誉ある勇退』をお勧めした方が良いという結論になりました」
自民党奈良県連の会長を務める高市早苗が現職知事に対しツイートした内容だ。
そして選挙は、6人が立候補する中、現職の荒井と、高市の元大臣秘書官の平木とで自民党内の支持が分かれる「保守分裂」となり、それに維新の山下が挑む事実上の三つ巴で展開され、山下が戦いを制した。
自らの元秘書官を支援したいが、なかなか奈良入りできなかった高市。知事選挙のお家事情は…
(及川佑子、八城千歳、家喜誠也)

写真:立候補者は6人

「高市さん、きょう来るの?」

4月2日、奈良県生駒市で行われた新人・平木省の街頭演説会。

写真:街頭演説の聴衆

「高市さん、きょう来るの?」
集まった聴衆から、こんな声が聞こえた。

奈良県内外の保守層から、熱狂的な支持を集める経済安全保障担当大臣の高市早苗。
この日、平木の応援演説に奈良県入りする予定が組まれていたが、前日にキャンセルとなった。
高市の応援がキャンセルになったのはこれが初めてではない。これまでも告示日以降、毎週末のことだったのだ。

高市が自民党奈良県連の会長に就任したのは参議院選挙を終えた去年の秋。
大幅に刷新された新執行部は、半年後に迫った統一地方選挙への準備を本格化させていた。

現職・荒井への逆風 対立候補は高市の…

写真:現職の荒井正吾氏

自民党は、旧運輸省の官僚から、参議院議員を経て奈良県知事を4期務めている現職の荒井正吾を、政界入りした2001年以降支え続けてきた。
しかし、去年秋に党本部が世論調査を実施したところ、奈良県内で着実に支持を広げる維新の“匿名候補”にすら、大差で敗北するという結果が出たという。
コロナ禍への対応で、県民・自治体トップの間で不満が高まっていたことも背景に、自民内部では「荒井では勝てない」という認識が広まっていった。

写真:新人の平木省氏

こうした中、去年12月、立候補を表明したのが、高市の総務大臣時代に大臣秘書官として仕えた平木省だった。
大臣秘書官は、大半の時間を大臣と共にし、政策実行のため、日程管理から国会答弁の調整までこなす、大臣の懐刀だ。
総務省の官僚の経験から中央とのつながりもあり、岐阜県の副知事も務めた48歳の平木の登場に、自民内部では、世代交代を求める動きが活発化した。

ベテラン県議が荒井のもとを訪れて“名誉ある勇退”を迫り、各市町村長がトップを務めてきた後援会の市町村支部が解散するなど荒井離れの動きも加速した。

だが、荒井はそうした動きに「もう寝ても(政界引退しても)いいかなとも思ったが、『荒井を降ろせ』と運動されると、ムクムクと起き上がる」と不快感を示し、年明け早々に立候補を表明。
決断の前には上京して旧知の自民党の元幹事長・二階俊博と個別に面会した。

荒井は周囲に「高市県連会長とは全然話さない。僕はいつも大事な話は東京とやりとりする」とも語り、高市との間に亀裂が生じていることをうかがわせた。

亀裂は深く 広く

荒井、平木、双方から推薦願いが出される中、自民党県連は1月15日、平木への推薦を決定する。

写真:歩く高市氏

高市は「さまざまな方から十分に意見を伺い、圧倒的に『平木さんで戦いたい』という意見が大勢だった」と述べ、組織が結束して平木を支援する姿勢を強調した。

だが、荒井に義理や恩義を感じている一部の県議や、新執行部の誕生によって引きずり下ろされた形となっていた旧執行部は、この決定に猛反発。
亀裂は、日を追うごとに深く、広がっていった。

維新・山下 大阪以外で初の公認知事目指す

一方、維新は、1月31日、元生駒市長の山下真の擁立を発表した。
山下の知事選挙への挑戦はこれが2度目だ。

「大阪都構想に批判的なスタンスだった山下が維新で立候補?」

一部で批判の声があがったが、山下は立候補表明後、大阪府知事の吉村洋文と一緒に動画を配信した。
「当時は誤解していたが、吉村知事らの説明を聞いて納得した」と話し、維新側もこのやりとりをもってノーサイドとした。

写真:吉村知事と新人の山下真氏

その後も山下は、同日に行われる県議会議員選挙の16人の候補者などと、一枚岩となって活動を展開した。
自民党支持層が厚い奈良県で「保守分裂」の隙を狙って、大阪以外で初となる維新公認知事を誕生させる。
維新の目標は極めてシンプルだった。

自民「保守分裂」避けられず

自民は内部の調整に忙殺されていた。
平木に一本化を… いやいや荒井に…
党本部を巻き込み、こうしたやりとりが続く中、現地の状況を確認しようと、2月23日、党選挙対策委員長の森山裕はひそかに奈良県入りした。そこで、面会した荒井は、立候補への強い意欲を直接伝えた。
「保守分裂」の構図が事実上固まった。

写真:ツイッター「荒井知事には『名誉の勇退』をお勧め」

高市は2月27日、自らのツイッターで「党本部の厳しい世論調査結果を受けて、奈良県選出自民党国会議員で話し合い、荒井知事には『名誉の勇退』をお勧めした方が良いという結論になりました」と公然とツイートする一方、支援する平木を「立派だと思います」と持ち上げた。

候補者一本化の調整を党本部も巻き込む事態となったことに、高市ら県連執行部の手腕を疑問視する声も徐々に表立つようになっていった。
平木陣営の関係者は「候補者一本化調整に時間がかかってしまい、彼が目いっぱい活動する時間がなくなってしまった。かわいそうなことをした」と唇をかんだ。

総務省行政文書の影響は

3月に入って、永田町での国会審議の動向も、各陣営から注目されるようになった。
総務省の行政文書を巡る議論を通して、野党は追及の照準を当時の総務大臣だった高市に合わせ、審議の様子は連日報じられた。

写真:国会答弁の高市氏

高市は、自身の答弁作成に追われ、知事選挙に手が回らなくなり始めていた。
寝ずに国会対応に追われることもあり、体調不良で応援演説のための奈良入りを断念することも重なった。
なによりも高市は「私が応援に行ったら逆効果で、迷惑をかけてしまうことになる。今は奈良に近づけないわ」と周囲に話し、知事選挙に影響を与えないよう慎重に対応せざるを得なかった。

最終盤にようやく奈良入り

高市が奈良に戻ることができたのは、投票日2日前の4月7日だった。選挙情勢が予断を許さない中、「県連会長が1度も応援に入らないのはさすがにまずい」と判断したという。
夜7時半、平木の演説会場に姿を現し、1000人を超える聴衆を前に最後の追い込みを呼びかけ、何度も頭を下げた。

「奈良県をぶっ壊すのか、しっかりと守って前に進めるのか。ここは、平木さんに賭けようじゃないか。力をあわせて前に前に進めよう」

その間、約15分。高市は演説を終えると、そのまま会場を離れ、東京へと向かった。
平木自身は、あらかじめ組まれていた別の演説会場からの移動が間に合わなかったためこの日も会えず、結局、選挙期間中に2人が並ぶことはなかった。

現職の荒井と、高市が推す平木が激しい「保守分裂」選挙を繰り広げる間に、大阪以外で初の維新公認知事を狙う山下。

選挙戦は維新・山下が制す

4月9日の投票が終わり、奈良県知事選挙は維新の新人・山下が制した。
日本維新の会の支持層のほか、無党派層や立憲民主党の支持層などからも支持を集め、維新は、大阪府以外で初めてとなる公認の知事を誕生させた。

戦いを制した山下は「『何としても奈良県の政治を変えてほしい』という声が本当に多かったと思う。山下知事になって本当に奈良県がすばらしい県になったと後世の人から評価されるよう全身全霊を尽くして知事として私の生涯を全うしたい」と述べた。

また、日本維新の会の代表・馬場伸幸は、開票が始まると大阪市で記者会見し「大阪でやってきた『身を切る改革』をはじめとする改革が、全国的に広がりつつある。大阪での改革を見てもらった奈良の皆さんから『奈良も大阪のようになればいい』という期待をいただいたと思う」と述べた。

高市はツイッターで…

戦いを終え、高市はツイッターに投稿した。

「平木省さんは、厳しい情勢が伝えられる中でも、最後まで明るく、正々堂々と立派に闘い抜かれた」

(文中敬称略)

【リンク】奈良県知事選挙 開票速報

ニュースウオッチ9専属記者
及川 佑子
2007年入局。金沢局、政治部、奈良局などを経て、ニュースウオッチ9でリポーターを務める。
奈良局記者
八城 千歳
2016年入局。山形局を経て奈良局。普段は県南部や考古学取材を担当。選挙では、衆・参・知事選と全て維新候補を担当。
政治部記者
家喜 誠也
2014年入局。宇都宮局、仙台局を経て政治部。現在は官邸クラブで安全保障や危機管理などを担当。