検証 何を話した? 決め手は“爆弾酒”!? 日韓首脳会談を終えて

国際会議にあわせたものを除けば12年ぶりとなった、日本での日韓首脳会談。日韓関係は、改善に向けて大きく動き出した。
異例だったのは夜の首脳同士の“はしご”懇談。
総理大臣・岸田文雄と韓国大統領・ユン・ソンニョルの間で何が話し合われていたのか、検証した。
(森裕紀)
【リンク】「韓国がこの案で? すげえな」「徴用」めぐり舞台裏 日韓首脳会談は
「想定以上の成果」と感じた瞬間
戦後最悪とまで言われた日韓の首脳が正面から向き合った3月16日。
“総理番”として動静を追っていた私が、「今回、両首脳は、想定以上の成果をあげたのではないか」と感じた瞬間はその日の夜遅くに訪れた。
岸田とユンが、通訳を除けば1対1で意見を交わす夕食会の2次会が東京・銀座の洋食店「煉瓦亭」で行われた。
店から道路を挟んだ場所に集まった日韓の報道陣の目線は、その店の前に集中していた。
「会合を終えたあと、出てきた2人は最後にどのような表情で別れるのか」
両首脳の一挙手一投足から、2人がどれだけの信頼関係を築いたのかをはかるためだ。
2人が入店してから約1時間後の午後10時6分。
まず見えたのはユン、そのすぐ後に岸田の姿もある。
2人は厳戒な警備態勢がしかれる中、ユンの車までの約3メートルをゆっくりと歩き、立ち止まった。

岸田は満足そうな表情をうかべ、発車しようとするユンの車を見送っていた。
ユンの車は走り出し、日韓の報道陣の前を横切る。その瞬間、ユンは車の窓を開けて、報道陣に対し、満足そうに手を振った。

12年ぶり日本での本格的首脳会談
日韓関係の最大の懸案である太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題で、韓国政府傘下の財団が日本企業に代わり支払いを行うとした韓国の解決策の発表を受けて、3月16日午後4時48分、総理大臣官邸で始まった日韓首脳会談。

両首脳は、同席者を限定した少人数会合に続いて、人数を増やした全体会合に臨んだ。
「本格的な春の訪れを迎えたこの日に、私とユン大統領が将来に向けて日韓関係の新たな章をともに開く機会が訪れたことを大変うれしく思っている」
(ユン大統領)
「これまでさまざまな懸案によって難しい経験をしてきた韓国と日本の関係が新しく出発するというのを両国の国民にお知らせする特別な意味合いを持っている。
そして約1時間半の会談は、午後6時15分、終了した。
日韓関係、改善・発展へ動き出す
直後の共同記者会見で、岸田は、「徴用」をめぐる問題で、韓国の解決策について「非常に厳しい状態にあった日韓関係を健全な関係に戻すためのものと評価している」と言及。

首脳会談では、
▼この日の朝の、北朝鮮による弾道ミサイル発射をめぐっても意見を交わし、日韓両国やアメリカを加えた3か国で緊密に連携して対応していくことを確認
▼両国の外務・防衛当局による「日韓安全保障対話」を約5年ぶりに再開
▼半導体のサプライチェーンや量子技術を含めた先端技術の優位性の確保などで協力を強化、経済安全保障に関する対話の枠組みを新たに創設することを確認
▼日韓の軍事情報包括保護協定=GSOMIAについて、両国が安全保障面での連携を強化することが地域の平和と安定に寄与するとして、安定的に運用で合意
戦後最悪とまで言われた日韓関係は、改善に向けて大きく動き出した。
スタートライン
一方、岸田は会談で、慰安婦問題について、過去の両国間の合意の着実な履行を韓国側に求めたほか、島根県竹島をめぐる問題でも日本の立場を伝えた。
その後の記者会見で、こうした点での解決への懸念を問う質問に対し、岸田は「腹蔵なく話し合っていく」と述べた。
今回の会談は、最悪だった関係が、改善のスタートラインに立ったという、大きな節目であることは間違いない。
ただ、「徴用」をめぐる問題では、韓国側が示した解決策に韓国内で反発が強まれば同じことが繰り返されるのではないか。日本政府内にも「大事なのはこれからだ」と解決策が実行されるのか慎重に見極める声もある。
改善が加速するかどうかは、事務レベルの協議もさることながら首脳同士の信頼関係の構築がカギになる。
異例の“はしご”懇談
日本側がその手始めの舞台として準備したのが、異例の2軒“はしご”の夕食会だった。
ある官邸幹部は、「『ホスピタリティー、おもてなしとして』ということで韓国側に提案してみたら、韓国側も『是非』ということで行くことになった。2次会をセットしたのは異例だけど、いろいろ話し合う中で出てきたアイデアで、総理も乗ってきた。2次会まで行って2人だけで語り合うことを、親密さの象徴とするような文化や雰囲気が両国にはあるからね」と話し、実現した経緯と込められた意図を明らかにした。
1軒目は東京・銀座の日本料理店「銀座 吉澤」。会合は午後7時40分に始まった。

ここでは、それぞれの夫人と通訳も同席し、看板料理のすき焼きを囲んだ。
ユンがすき焼きが好きだという話があったので用意したという。岸田にとっても、いわゆる“行きつけの店”ではないが、行ったことがある店だった。
お肉は松坂牛、締めはうどん、お酒はビールのほか、岸田の地元・広島の地酒もふるまわれ、和やかな雰囲気だったという。
店に入ってから約1時間半後、両首脳は店を出てきた。
酒を少なからず飲んだということだっだが、一見すると2人の顔に酔った様子はみえず、笑顔ではあったが緊張感も感じる表情だった。
後で店側に聞くと、ユンは、この店の味を気に入り、すき焼きの割り下を土産にしたという。店から出るときには店員に日本語で感謝を伝えたそうで、日本のもてなしがユンにも伝わったのではないかと感じた。

注目“サシ”の2次会
午後9時9分に1軒目が終わると、すぐ近くにある2軒目の洋食店に、まず岸田が、続いてユンが入り、2次会が始まった。舞台に選ばれた洋食店は、ユンが日本に来た際に訪れたことがある思い出の店。
ここでは、岸田とユンが通訳だけを介して向き合った。

料理は、名物のオムライスやハンバーグ、とんかつなどをつまんだ。
2人とも上着を脱ぎ、ネクタイも外して意見を交換したという。
官邸幹部は、その様子について、「2人は相当飲んだそうだ。総理もお酒強いが、ユンさんもかなり強い。“爆弾酒”っていう、いろんなお酒を混ぜたオリジナルのお酒をユンさんが自分で作ってくれたそうだ。ユンさんに手作りされちゃったら、総理も飲まないといけないから相当飲んだということだ。家族のことなどプライベートな話も、当然仕事の話もしている」と明かす。
そして、岸田は、5月のG7=主要7か国による広島サミットに、韓国を招待する方向だということを、この場で伝えていたこともわかった。ユンも肯定的な反応だったという。
ある政府関係者は「2人はケミストリーが合う。それに国内世論もにらみながら難しい交渉をまとめてきたという連帯感が生まれていると思う。特にユンさんは、逆風の中、最後に正面突破してきたから総理も思うところはある。今回の懇談は、それを労うという意味もあった」と話す。

この店を出たときに2人が見せた満足そうな表情は、酒を交えながら、本音ベースで語り合い、これまで近くて遠かった両国の政治的な距離を縮められたことを実感していたからだろうか。
岸田は、一連の会談と夜懇談をへて、周辺にこう話しているという。
「1回だけで一気に状況が変わるとは思わないけど、これをきっかけに流れが変わるといい。ただ、本当にこのまま順調にいくのか、そんなに甘くは見ていない。こういうのはお互いが慎重に丁寧に努力しないとすぐ流れが変わってしまう」
岸田はシャトル訪問として、年内のできるだけ早い時期の韓国訪問を検討している。
関係改善の動きをいかに加速化していくのか。
この夕食会を通じてできた首脳同士の信頼関係が、その大きな推進力になることを期待したい。
(敬称略)

- 政治部記者
- 森 裕紀
- 2015年入局。青森局、松山局を経て2022年、政治部に。「総理番」を務める。2次会の洋食店にはリサーチも兼ねて2度訪れた。