御社の技術が未来の兵器に?
急接近 防衛と民間企業

ロシアによるウクライナ侵攻から1年が経ち、戦場では、ドローンや人工衛星通信など民間の先端技術が戦況を左右する実態が浮き彫りになった。

実は、こうした動き、日本も無縁ではない。今回、私たちは、民間の先端技術を自衛隊の未来の防衛装備品に取り込もうと駆け回る防衛官僚に密着。“軍”と“民”の区別が見えにくくなる中、両者の関係はどうあるべきかを考える。
(立石顕、野田淳平)

未来の装備 種はどこだ

2月上旬に東京で開かれた、AIや半導体、量子、新素材などの最先端技術を紹介する世界最大級の展示会。国内外からおよそ360の企業や大学が出展した。

「防衛装備庁の藤井です」

会場に、ひときわ熱心な営業活動を仕掛ける一団がいた。
リーダーは、自衛隊の装備品の調達や研究開発を担う防衛装備庁の技術戦略課長、藤井圭介。工学の博士号を持つ「技官」であり、防衛官僚の中でも先端技術を専門とする。

藤井:「御社の技術、簡単に説明していただけますか?」
企業の担当者:「パワー半導体は新幹線や電気自動車にどんどん使われていますが、さらにその先をいく新しい材料のデバイスということで開発しています」

訪問したのは「パワー半導体」の研究を手がける京都のベンチャー企業。
「パワー半導体」は、大きな電圧や電流を扱えるのが特徴だ。この企業は、独自の新素材を用いて、より電力の損失が少なく効率的な半導体部品を作り出すことに成功したという。

私たちの身近なところで使われる技術を例に説明した担当者に対して、藤井は、こう切り出した。

藤井:「その技術、すごくわが国の強みのひとつですね。私たちが考えているのが『レールガン』でして、これ、未来の装備として期待されているんです。コンデンサーが大きいのが現状で、御社の技術がまさしく小型化に通じると期待しているんです」

「レールガン」は、防衛装備庁が研究を続けている未来の装備品だ。
火薬を使わず、電気のエネルギーで弾丸を高速連射する「電磁砲」で、防衛装備庁はなるべく早く自衛隊に配備したいと考えている。
パワー半導体は瞬間的に巨大なエネルギーを発生させるために必要不可欠な技術なのだ。

藤井は重ねて協力を呼びかけた。
「基礎研究も大事だが、最終的に社会実装に持っていくことを考えていただいて。われわれとしては“装備品にしてなんぼ”なんです。ぜひこういった素晴らしい技術を装備品に取り込んでいきたいと思うのでよろしくお願いします」

「装備品に最先端の技術を取り込んでいくというのは国の流れです。堂々と説明して、我々としても『必要だ』とちゃんとアピールしたい」

変わる国家戦略

防衛装備庁はいま、こうした動きを急加速している。
背景にあるのが、2022年12月に政府が決めた新たな「国家安全保障戦略」だ。

新たな戦略では、AIや量子などの民生技術が急速に進展しているとして、これまで防衛装備庁と取り引きのなかった企業や学術界が持つ先端技術を、防衛目的で取り込む動きを強めることが明確に打ち出された。さらに、防衛費増額が明記され予算も大幅に増える。

防衛装備庁がこれまで主に取り組んできたのは、企業や大学の基礎研究の支援だ。ただ、基礎研究だけでは、なかなか装備品の実用化につながらない。

このため、新たな戦略を踏まえ「装備品の実用化」につなげる「橋渡し研究」と呼ばれる取り組みを抜本的に強化することになった。2023年度予算案では、前の年度のおよそ20倍となる188億円が盛り込まれた。

浜田防衛大臣
先端技術を防衛目的に活用するにあたり、この強化した『橋渡し研究』が非常に有効だ。強力に推進したい

悩む“軍”と“民”の距離

防衛装備庁は、この「橋渡し研究」への参加を積極的に企業に働きかけている。アプローチを受けた企業のひとつが、私たちの取材に応じた。

「GSIクレオス」社 執行役員で川崎市にある研究部門のトップを務める柳澤隆さん。
扱うのは、髪の毛よりも極めて細い物質、「カーボンナノチューブ」だ。

「カーボンナノチューブ」は、「夢の材料」とも言われる注目の新素材だ。
アルミより軽いにもかかわらず、鋼の数十倍ともいわれる強度を持ち衝撃に強い。摩擦を低減する効果もある。

この会社独自の技術を強みに、テニスラケットや、自転車のフレーム、さらには風力発電の風車やガスプラントのボルトなど、さまざまな分野で活用されている。

柳澤さんは、冒頭で紹介した2月の展示会で、防衛装備庁から、「橋渡し研究」への応募を勧められた。
会社では、以前、防衛装備庁が「基礎研究」の研究費を支援する制度を利用していたため、その次のステップに進んだらどうかと提案されたのだ。

防衛装備庁は、この会社のカーボンナノチューブについて、「低摩擦」で「衝撃に強い」という2つの性質に注目していた。▼撃ち出しの速い砲弾を発射する火器の開発や、▼宇宙空間で、オイルなどの潤滑剤が使えない中でも長持ちする部品の開発などにつながることを期待しているという。

一方、柳澤さんは、どういう装備品に使うかはまだ装備庁側から聞いていないとした上で、仮に「橋渡し研究」に移行することになれば、これまでの「基礎研究」とは大きくフェーズが変わるとして、どう対応すべきか、若手の研究員らとともに議論を重ねている。

(若手研究者の意見)
「技術者としては、開発した技術が世の中に出ることにはやりがいを感じるので積極的に進めたい」
「橋渡し研究で資金が得られれば、研究開発は加速する」
「実用目的、どういったところに使われるのかを知っておくことが重要だ。個人の感覚だが、装備品と民生品はちょっと違うかなと感じる

柳澤さんは、適正な利益が得られるかなども考慮した上で、会社として「橋渡し研究」に移行すべきか判断したいと考えているが、まだ答えは出せずにいる。

「非常に難しい案件だと感じる。正解がなかなか無い。大きく言えば、科学技術と国の関係、科学技術は誰のものかということになる。会社として考えたときに、ステークホルダー(利害関係者)の中には一般の人もいる。いろんな考え方がある中で、技術者だけに重荷を背負わせるには、あまりにヘビーな問題だ」

ウクライナでは波紋も

民間技術の取り込みを急ぐ防衛当局と、先端技術を有する民間企業の難しい関係。
ロシアによる軍事侵攻が続くウクライナでは、最近、こんな動きがあった。

イーロン・マスク氏が率いるアメリカの宇宙開発企業は、ウクライナを支援するため、人工衛星を使ったインターネットサービス「スターリンク」を提供してきたが、ここに来て、会社側が軍事利用を制限する方針を示して波紋が広がっているという。

イーロン・マスク氏
「『スターリンク』が長距離ドローン攻撃に使用されるのは認められない」

ウクライナ軍は、ロシア軍の大規模攻撃に備えて本格的なドローン部隊を創設し『スターリンク』も配備すると発表していただけに、反発を強めている。

“軍”と“民”の関係は?

こうした“軍”と“民”の関係をどう考えればよいのか。そもそも軍事と非軍事に境界線をひくことはできるのか。2人の専門家に見解を聞いた。

先端技術と安全保障に詳しい慶應義塾大学の古谷知之教授は、ウクライナ情勢も踏まえ、民間技術が安全保障に果たす役割が大きくなっており、軍事や民間を分けない形で研究開発を進めることが重要だと指摘する。

日本はこれまで民生技術と軍事技術を分けて開発してきた経緯があるが、それはおそらく日本くらいだ。アメリカや中国は、『デュアルユース』といって、民生技術を軍事転用する可能性を含めて技術開発を進めてきた。技術の優位性を確保することは、日本の安全保障上の優位を確保する上で不可欠だ

一方、現代技術文化史が専門の京都大学の喜多千草教授は、第2次世界大戦後の日本の安全保障と科学技術の関係を、軍事大国であるアメリカ式の制度に大きく転換する岐路にあり、まだまだ議論が足りていないと指摘する。

「『自国軍のために科学技術力を使うことが国力を高める』というアメリカ型の考え方に変わることでいいのかどうか。研究開発が軍備になるべく関わりを持たないようにしてきた国のあり方を一度変えてしまうと、なかなか元には戻らない。政府は大きな政策転換であるとはっきり示し国民的な議論の場をつくるべきだ」

国民の生命・財産を守るために

日本の置かれたかつてなく厳しい安全保障環境と、技術革新のスピードを踏まえれば、民間の先端技術を活用して、すぐれた防衛装備品を作ることは、安全保障上、重要かもしれない。しかし、いったん完成した自衛隊の装備品を「どう使うか」は政府や、時として現場の自衛隊部隊の判断による。技術の作り手はそれをコントロールすることができない。日本には、旧日本軍によるかつての戦争の歴史の教訓も重く残されている。だからこそ、政府には、国の安全保障への貢献を一方的に求めるのではなく、なぜその装備品が必要なのか、本当に国民の生命・財産を守るために役立つ使い方をするのか、丁寧な説明が求められる。
(文中一部敬称略)

政治部記者
立石 顕
2014年入局。2020年から政治部。当時の菅総理大臣の総理番を経験後、防衛省担当を経て自民党を担当。

政経・国際番組部ディレクター
野田 淳平
2007年入局。沖縄局、大阪局などを経て、現在は「日曜討論」などを担当。安全保障をめぐる政策や「軍民両用技術」をめぐる課題について取材。