少子化は危機的状況
子ども予算倍増は実現するか

「少子化対策の強化を」。
そう唱えられ続けて30年以上。
しかし実際は歯止めはかからず、それどころか、ことしの出生数は国の統計開始以来、初めて80万人を下回るペースで、想定より8年も早く少子化が進む危機的な状況だ。

各国と比べ、子育てや教育にかけられる公的な予算が少ないとされる日本。
岸田政権は“子ども予算”の将来的な倍増を掲げたが、本当に実現するのか。
子ども2人を育てながら働く当事者の1人として、政府のキーマンに迫った。
(有吉桃子)

フィクションか、現実か

2100年には、人口はおよそ6000万人となり、4割近くが高齢者となる
労働時間は増える一方で、収入は減る。政府は残された財源を老人の健康や医療ニーズに振り向け、小中学校や大学は閉鎖されるだろう

去年発売された小説「人口戦略法案」で描かれた未来の日本の姿だ。
書いたのは小説家ではなく、社会保障を担当する内閣官房参与、山崎史郎。
フィクションだが、人口推計のデータなどはすべて事実に基づいている。

官僚の悔恨

山崎は厚生労働省の官僚として介護保険の創設などにかかわった社会保障のプロだ。


去年退官し、ことし1月に内閣官房参与に就任した。
長年、高齢者対策に携わった山崎が、いま最大の仕事に位置づけているのが少子化対策。理由を問うと口にしたのが、現役時代の対応への後悔だ。

高齢者問題を一生懸命やってきましたが、気づいたら若者のセーフティーネットが弱いことに非常にショックを受けました。自分なりの反省と、人口減少の深刻さを分かってもらい、打開策を考えたいと思って小説を出しました

そして、なぜ少子化対策が進まなかったのか。官僚としての長い経験を通じて感じてきたことをこう語った。

1つは、子育ての問題は私を含めた男性や企業などが自分の問題と認識せず、大きな政治課題とならなかった点です。また高齢化が進む中、中高年層と比べて、子育て世代は数としてもマイノリティーになってきましたし、仕事、家事・育児で忙しくてなかなか声をあげられない。ある政治家から『子育ては選挙でウケない』とも言われました

“少子化が牙をむきだした”

少子化対策が進まなかったもう1つの要因として、山崎は「ある誤解」を指摘した。
それは「100年前の日本の人口はおよそ5000万。東京など都市部の人口過密などにみるように、最近が増えすぎだっただけで、別に減っても構わない」という見方だ。こうした見方は、いまも根強くあるのも事実だ。

以前の5000万人は高齢化率が5%の若い日本です。今後は高齢化率が4割のまったく別の社会。働く人が減り、税収も減り、経済規模も縮小し、失業や貧困がやってくる。過密の問題と人口の問題は違います

その上で、少子化による人口減少でもたらされる事態への危機感をこう強調した。

これまでは少子化でも人口は増えていましたが、今度はいよいよ人口減少が始まり、ほんの10年たてば、年間100万人の人口が毎年減り、それが数十年にわたって続く。本当の怖さが出てくる、まさに『少子化が牙をむきだした状態』と言えます

“子ども予算” 倍増目指す

少子化への危機感が社会で共有されずに時が経過する中、日本では、各国と比べ、子育てや教育関係の公的な予算が増えてこなかった。

OECDによると、子育て支援などに充てられる日本の「家族関係社会支出」は、2019年時点でGDP比1.7%。子育て支援が充実し、出生率も高いスウェーデンの3.4%のちょうど半分で、フランスやドイツなどと比べても低い。

こうした中、岸田総理大臣は“子ども予算”倍増を掲げた。
岸田内閣に迎えられ、政府の「全世代型社会保障構築会議」の総括事務局長に就任した山崎。今度こそ少子化に歯止めをかける対策を講じたいと意気込む。

11月。政府は、子育てにかかる経済負担を軽減しようと、妊娠と出産時にあわせて10万円相当の経済的支援をする“出産・子育て応援交付金”の制度創設を打ち出した。出産にかかる費用そのものを支援する「出産育児一時金」も引き上げる方向だ。しかし、SNS上などでは、こうした一時的な金銭給付で本当に子どもは増えるのか、疑問の声も多い。

これまでパッチワークや、ばんそうこうを貼るようで、構造的、体系的に子育て支援をやってこなかったという指摘は甘んじて受けたい。ただ今回は“10万円”だけではなく、母親が孤立しないため0歳から2歳まで寄り添い、相談事業を含めた継続的な支援を行うことが総合経済対策に盛り込まれています

そして、今回の一歩を足がかりに、具体策を1つ1つ着実に積み上げ、結果として、体系的、構造的に子どもが増える環境を築いていきたいと言う。

次の段階は、もっと多くの人が『育児休業給付金』を受けとれるようにしたり、専業主婦も子どもを預かってもらえる場所を増やしたりといった対策を示したいと思います。さらには教育費の問題や長時間労働や残業がない社会にしていくとか、さまざまな問題があるが、今回はそのための第一歩の緊急的な取り組みだと考えてほしいです

ヨーロッパにならって

山崎は、出生率の高いスウェーデンやフランス、それにならったドイツといった国々をモデルとした社会保障制度の構築を目指す。

特に参考にしているのが、スウェーデンの制度だ。育児休業給付は非正規雇用の人や無職の人も受けられる。さらに、育児のために短時間勤務をした場合にも給付がある。子育てのリスク=収入減をカバーしつつ、男女ともに長時間労働をせず、子育てに参加しやすくなるというわけだ。

山崎が関わる政府の「全世代型社会保障構築会議」も、11月、子育て中に時短勤務を選択した人や、自営業者など育休制度がない人にも一定期間、給付をする新たな仕組みの創設を政府に求めた。

財源は確保できるのか

具体策を打ち出し始めた山崎たち。ただ、取り組みを進めるために肝心なのが財源だ。実現には兆円単位の恒久財源が必要とみられる。しかし、コロナ禍や世界的なインフレなどで経済情勢も厳しさを増す中、財政の見通しも、現状、明るいとは言えない。

この夏まで、子育ては防衛や脱炭素と並び来年度予算編成の最重要分野に位置づけられ、年内に財源の確保も合わせた議論が行われるという見方もあった。

しかし、岸田総理は、秋の臨時国会でこう説明した。
来年の『骨太の方針』で子育て予算倍増に向けた当面の道筋を示す

事実上、子育て支援の財源確保の議論は、来年以降に先送りされたかっこうだ。
注目を寄せていた関係者からは「肩すかしを食らった」と嘆く声も聞かれる。

一方、ウクライナ情勢に加え、中国の動向など、安全保障環境が厳しさを増す中、政府は、防衛関係の予算を大幅に増額する方針だ。
「防衛で増税が行われれば子育ての財源確保は遠のく。大きな声にかき消されてマイノリティーとなり、また少子化対策が先送りになるのではないか」。先の関係者からはそうした懸念も漏れる。

今後の見通しを山崎に問うと、次のように説明した。

来年がすごく大事で、それに向けて全世代型社会保障の会議で具体的な子育て支援の見通しを示したい。その上で、財源をどうするか。われわれとしては、やっぱり少子化、人口の問題はあらゆる政策のベースとなり、優先順位が1番高いと訴えて、国民にも納得出来るような材料を示していきたいです

世論の後押しを

山崎は、“子育て予算”確保を後押しするのは世論だと考えている。
寸暇を惜しんで自治体や経済界の関係者などへの講演を重ねる。1月の内閣官房参与就任以降、40回を数えた。


11月9日も都道府県議会議員らを前に「少子化対策は未来が変わりうる唯一の対策で一番大事だ」と訴えた。

山崎の地道な活動を支える旧知の仲間もいる。
堀田力(88)。
ロッキード事件などを担当した元検事だ。山崎が介護保険の創設に奮闘していた時にも、応援してくれた。堀田は政府の子ども政策に市民の声を届けようと「子ども・子育て市民委員会」という市民グループを、みずから中心となって立ち上げてもいる。

子どもにチャンスはなかなか回ってこないのが今までの政治でした。でも、こども家庭庁も立ち上がるし、ようやく政治の側が子育ての予算倍増と言っている。市民の側の意見をきちんとまとめて政治に伝えなくてはいけませんし、負担増についての理解も進めていかなくてはいけないんです

利害対立を避けて

財源確保でカギになりそうなのが、幅広い層での負担の分かち合いだ。
1つは、世代間の負担の見直しだ。
現に「全世代型社会保障構築会議」でも、医療保険制度について、負担能力のある高齢者にはより多くの負担を求め、“子ども予算”の倍増の財源にすべきだという声がある。また、山崎は、子どもを持たない人や企業など、社会全体に税や社会保険を通じた負担を求めていくべきだとも考えている。

ただ「子育て支援は大事だが、自分に負担が降ってくるのは避けたい」という本音もあるだろう。まさに総論賛成、各論反対。いつの世でも新たな負担が生じる話は、世代や立場で対立が起きやすく、調整は簡単ではない。取材でも関係者からよく耳にすることだ。

それでも、みずからも高齢者の仲間入りをした山崎はこう言って理解を求める。

高齢者も、子どもがいない人も、年金や医療、介護では子育て層から保険料や税という形でお金をサポートしてもらっています。しかもそれは自分の子どもではない人からも社会的に扶養され、少子化は子育てしている人たちだけの問題ではないんです

その上で、こう強調した。
社会的な支え合いを維持しようと思えば、やっぱりすべての世代、立場の人に受益者としての責任はある。今生きている人のための福祉をどうするかに加え、将来世代のためにも、やはり安定財源が必要です

専門家 「中長期的には子どもがいない人にも利益」

“子ども予算倍増”のかけ声のもと、再び動き始めた少子化対策。専門家に問うと、予算増額は妥当な選択で意義もあるという認識を示した。

東京大学大学院・山口慎太郎教授
子育て支援の充実は、子どもの発達によい影響を与え、労働所得を通じた税収などによる歳入増に加え、医療や福祉といった社会的費用の節約につながったという研究もあり、アメリカの株式市場に投資するのと同程度の利益率と試算されました。短期的には支援の受益者は子どもや親ですが、中長期的には、子どもがいない人も回り回って利益を享受することになると知ってもらいたいと思います

そして、子ども予算の増額にとどまらず、あらゆる政策を通じて事態の打開をはかるべきだとも指摘した。

特定の1つや2つの政策で出生率が簡単に動くわけではありません。ジェンダー意識の不平等が女性が子どもを持ちたくない理由の1つになっていますし、男性が育児や家事に参加しないことも原因になっているといっていいと思います。また経済的な意味で若者が将来に希望が持てないことは大きい要因で、あらゆる政策ツールを導入し、若者が希望を持てる社会にすることが最も大切だと考えます

少子化は今度こそ止められるか

取材を通じて感じたのは、子育て支援は単なる子育て家庭の優遇ではないということだ。子どもを生み育てやすい社会でなければ、今の子育て世代の老後を支える支え手も減る。それは世代を超えて連鎖し、徐々に深刻さを増していく。この先の世代が安心して生きていくために、何を残せるのかが私たちにも問われているのだと感じた。

また、財源に限りがある中、防衛も含め、予算が必要な分野は多岐にわたる上、世代や立場により優先順位は異なり、調整は容易ではない現状も改めて目の当たりにした。実現には、政権の実行力が必要だ。岸田政権が支持を回復し、“子ども予算”を倍増していけるのかどうか、動向を引き続き追っていきたい。
(文中敬称一部略。肩書は当時)

政治部記者
有吉 桃子
2003年入局。宮崎、仙台、横浜局などを経て、現在は政治部で社会保障などを取材。夫と分担しながら、小学生と保育園児の2人の子育てと仕事をなんとか両立中。