小選挙区減で混迷 山口県 安倍元首相死去で“下関戦争”再燃?

衆議院の小選挙区を「10増10減」する公職選挙法の改正案が、国会で成立。
小選挙区比例代表並立制の導入以来、最大規模の区割り改定。
定数が変わる都県では、各党の候補者調整が一気に本格化することになる。
どの選挙区から誰が出るのか?水面下の攻防をシリーズで追う。

第1回は山口県(小選挙区4→3)
安倍元総理大臣が凶弾に倒れて突然の死去。長期間維持されてきた“パワーバランス”が崩れ、困惑する現場を取材した。
(奥住憲史、中尾貴舟、佐久間慶介)

幻のシナリオ

「方程式が崩れた」
ことし9月。安倍元総理の訃報からおよそ2か月たったころ、自民党山口県連の幹部は苦しい胸の内を明かした。
この幹部は国会議員とのパイプを持ち、長年、県連内の調整にあたってきた。
選挙区が1つ減ることを見越して、水面下で話し合いが進んでいたという。

前回衆院選 1区高村、2区岸、3区林、4区安倍

前回の衆議院選挙での山口県の候補者だ。
4つの小選挙区すべてを自民党が独占する保守王国で、総理経験者の安倍をはじめ、閣僚や閣僚経験者、その後継者とそうそうたる顔ぶれがそろう。

選挙区が3つに減った場合、誰が候補者から退くのか。

この幹部によると、安倍の生前、県連内で模索されていたのが次の案だ。

県連内で模索 林が新1区、林、高村がコスタリカ方式で新2区、安倍が新3区

山口市の一部や宇部市など、これまでの地盤が重なる林が、新1区。
ともに新2区となる、周南市などを地盤とする高村と、岩国市などを地盤とする岸が、交互に衆議院の小選挙区と比例代表に立候補する「コスタリカ方式」とする。
下関市を中心とする4区で戦ってきた安倍を、新3区にという構想だ。

「この案で、県連の幹部や国会議員の根回しを始めていた。あとは林さんがどう反応するかという段階だった。林さんも、さすがに元総理である安倍に対抗して新3区で出たいとは言わないというのがわれわれの見方だった」(県連幹部)

安倍晋三の突然の死去によって、この「方程式」が崩れる。
舞台は県の西端、下関市だ。

下関の“角福戦争”再燃?

関門海峡

古くから関門海峡に面する港湾都市として、また大陸への玄関口として栄えた下関は県庁所在地の山口市をしのいで県内で最も人口が多い。現在は山口4区、区割り見直し後は新3区となる。

下関では、安倍晋三が平成5年の初当選(旧山口1区)以来、30年近くにわたって議席を保ってきた。自宅や事務所もあり、同じく下関が中心都市となる新3区も、安倍が候補者となる流れは自然に見えた。

林芳正

しかし、下関を地盤とする候補者がもう1人いる。林芳正だ。
参議院議員から衆議院議員に転身した林は、小学校から高校まで下関育ち。
父・林義郎(元蔵相)は中選挙区時代、安倍晋三の父・晋太郎(元外相)と、ともに地盤とする下関をめぐって激しい選挙戦を繰り広げた。林義郎は田中角栄の、安倍晋太郎は福田赳夫の側近だったことから「下関の“角福戦争”」とも呼ばれた。

安倍晋太郎と林義郎

安倍・林の争いの名残は今でも根強く残っている。
下関選出の県議や市議は「安倍派」と「林派」に色分けされている。さらに、地元企業や神社、それに複数ある魚市場に至るまで「あそこは安倍系、こちらは林系」とささやかれる。

“新3区は林が”

林派の議員はこう語る。
「下関は林家が本家本元ですよ。総理大臣まで務めた安倍晋三さんが出るというなら仕方ないが、安倍さんがいない今、新3区からは林さんが出るのが自然な流れです」

“林派”が思い描く区割り見直し後の候補者は次の通りだ。

林派の構想 新1区・高村正大、新2区・岸信夫、新3区・林芳正

新1区・高村正大、新2区・岸信夫、新3区・林芳正。

この場合、安倍の死去に伴う4区の補欠選挙に出る自民党の後継候補は、新しい区割りに移行後、仮に次の選挙に意欲を示しても比例代表に回ってもらう。

この案なら、新2区の「コスタリカ方式」も必要ない。林も下関で活動できる。
現職がみな“ウィンウィン”だというのだ。

“いまさら下関に戻るのか”

これに対して、下関の安倍の後援会関係者は、警戒感を隠さない。

「下関は、戦後最長の総理大臣まで務めた安倍晋三の地盤です。林さんは参院からくら替えして、現職を押しのけて3区から出た。いまさら下関に戻るとなれば反発は大きい」

“安倍派”が思い描く新区割りはこうなる。

安倍派の構想 新1区・林芳正、新2区・岸信夫、高村正大(高村氏が比例、またはコスタリカ方式)、新3区・安倍晋三の後継者

新1区・林芳正、新2区・岸信夫、高村正大(高村氏が比例、またはコスタリカ方式)、新3区・安倍晋三の後継者。

このまま調整に入れば両者譲らない展開となり、県連が割れる事態にもなりかねない。

カギ握る補欠選挙

“林派”と“安倍派”のどちらに軍配が上がるのか。カギを握るのが、安倍の死去に伴う4区の補欠選挙だ。

党関係者はこう解説する。
「候補者が誰になるか。そして、その候補が1回限りではなく、区割り見直し後も候補者として名乗りを上げるのか。それが調整に大きな影響を与える」

解散・総選挙の時期にもよるが、4区の補欠選挙は1票の格差をめぐる裁判の判決が確定すれば、2023年の4月23日投開票の日程で行われる可能性が高い。

自民党幹部は、補欠選挙が終わるまで新区割りの候補者を確定するのは難しいと実情を語る。
「4区の補欠選挙で当選すれば、必然的に新区割りの候補者に名乗りを上げる『権利』を得ることになる。これが確定しないと、新候補者の調整はできない」

安倍昭恵

当初、妻の安倍昭恵の名前も挙がったが、10月15日の県民葬が終わったあと、本人は下関市で開いた後援会の集会で、立候補しない意向を表明した。

安倍の親族の名前も挙がる。
母で岸信介の娘、「政界のゴッドマザー」の異名でも知られる洋子(94)が晋三の通夜の席で「後継は孫から出す」という意向を派閥幹部に伝えたとも報じられた。

注目されているのが「孫」にあたる岸信千世だ。本人は父・信夫の地盤を引き継ぐべく、秘書に就任。すでに2区を中心に活動している。
信千世を安倍家の養子にして「安倍信千世」として擁立するのでは。地元関係者の間では一時期、こんな噂話まで浮上した。

現職の国会議員や県議会議員の名前も取り沙汰されている。
もし国会議員が立候補した場合、補欠選挙が発生する可能性もあり、状況はさらに複雑化する。

一方の野党側。岸田内閣の支持率が低迷していることも踏まえ、「県民に自民党以外の選択肢を示したい」として、市民団体と立憲民主党、共産党などが継続して会合を開き、統一候補の擁立を検討している。

決着はいつ?

自民党幹部は、「山口は全国の調整のなかでもやっかいな選挙区だ」とため息をつく。

「補欠選挙の候補者選びは、その後の新区割りの候補者調整でもめないようにすることが大事だ。いい知恵が出てくれればいいのだが…」

安倍の突然の死去で、候補者調整に揺れる保守王国・山口。
3つの候補者の椅子を4人で奪い合うという「1次方程式」に、補欠選挙での安倍の後継候補選びが絡んで、「連立方程式」とも言える候補者調整。解は見いだせるのか。関係者の混迷の日々が続く。
(文中敬称略)

山口局記者
奥住 憲史
2011年入局。金沢局と秋田局を経て、報道局政治部で安倍元総理大臣の総理番を担当。与野党を担当した後、去年から山口局へ。現在は県政キャップ。
山口局(下関支局)記者
中尾 貴舟
2017年入局。演劇にのめり込みすぎて学部に8年通ったあと大学院に進学。津放送局を経て、おととしから下関支局に。関門海峡を眺めながら主に行政取材を担当する。
政治部記者
佐久間 慶介
2012年入局。自民・森山選挙対策委員長担当。