「何も設置しない」
銃撃の現場 市長の決断

安倍元総理大臣が奈良市で銃撃されて亡くなった、前代未聞の事態からおよそ3か月。
奈良市長の仲川げんは、ひとつの決断を下した。
「現場には何も設置しない」

割れる世論を前に苦悩した仲川。決断に至るまでの経緯を取材した。
(奈良局・安倍元総理大臣 銃撃事件取材班)

「車道を整備する」

10月4日午後2時、奈良市長の仲川げんは、臨時の記者会見を行うため、会見場に姿を現した。
発表内容は「近鉄大和西大寺駅 駅前広場の整備について」。
およそ3か月前の7月8日、安倍元総理大臣の銃撃事件が発生した場所だ。

事件当時、現場に居合わせ、犯行を間近で目にしていた仲川。
時折資料に目を落としながら、次のように述べた。

銃撃事件を受け、(現場周辺を)何かの形で保存するか否か、もしくは何か弔意を示したり花を手向けたりするための目印になるものや象徴する構造物を設置すべきか否かについて議論してきた。最終的には当初の計画通り、歩道と車道を整備する

銃撃現場は、当初の計画通り車道とし、慰霊碑などの構造物は作らないという表明だった。

整備の最終盤で事件は起きた

事件現場となった駅北口のエリアは、奈良市が平成24年度から道路や広場の整備に取り組んできた場所で、今年度、完了する予定だった。

安倍元総理大臣が選挙演説を行っていたのは、エリアの一角のガードレールで囲われた場所。工事途中に設けられていた、いわば仮設のスペースで、いずれ撤去されることになっていた。

ただ、360度見渡せる立地は、選挙関係者からは「聴衆の注目を引きつけやすい場所」として好まれ、実際、夏の参議院選挙の期間中、自民党陣営は2度にわたって演説場所として使用していた。

2022年7月8日。安倍元総理大臣が現場に到着したとき、会場には仲川の姿もあった。

仲川は民間企業やNPO法人で働いたあと、2009年に当時の民主党推薦で奈良市長選挙に立候補し、初当選。現在4期目だ。これまでの選挙で、自民党から推薦を受けたことは無い。去年7月の奈良市長選挙ではどの党からも推薦は受けなかった。

ただ「首長は政権与党との関わりが非常に多い」などといった考えから、夏の参議院選挙では、自民党候補の応援弁士として幾度も演説会場に足を運び、この日も、弁士のひとりとしてマイクを握っていた。

安倍元総理大臣にマイクが渡った際には、すぐ後ろ側で演説に耳を傾けていたが、その直後、事件が発生。消防当局と連絡を取り合い、みずからも、騒然とした現場の整理などにあたった。

弔意あらわす”何か”を

6日後、定例の記者会見に臨んだ仲川は、事件への憤りとともに、事件を風化させないために何らかの対応ができないかと口にした。

事件が起きたその場所が、何もなかったかのように再整備されるということで良いのか、良くないのか、ここは議論が分かれるところだと思うが、さきざきにわたってお参りに来られる方もいることを念頭に置いた対応をしていきたい

念頭にあったのは、連日現場で途切れることなく続いていた献花の列だった。自民党の発表では、事件から10日間で現場を訪れたのはおよそ10万人。実際、私たちが現場を取材した際も、年代や性別、そして昼夜を問わず、花を手向けに来る人の流れは絶えなかった。会見でも仲川は、このことにたびたび言及していた。

揺れる世論

ただ、仲川が検討を重ねるさなか、世論は大きく揺れ動いた。

旧統一教会と自民党との関係、「国葬」の是非などが連日マスメディアなどで報じられると、事件現場に弔意をあらわす“何か”を設置すべきかどうかをめぐっても、さまざまな意見が市役所に寄せられるようになった。

8/ 3 時点  賛成 10件(43.48%) 反対 13件(56.52%)
9/21時点  賛成 21件(28.77%) 反対 52件(71.23%)

現場の整備は予算の関係上、今年度中に終えなければならなかった。デッドラインも加味して、仲川は、9月27日に行われる「国葬」への反応も見極めた上で、最終的な結論を出したいという考えを示していた。

結論を出す過程では、近隣住民や有識者など42人から意見を聞いたという。
小さな石碑は現場近くにあってもいいのではないか
事件を思い出すようなものは建てないほうがいい

弔意をあらわす“何か”の設置に賛成・反対双方の立場から意見が寄せられたが、仲川は、それらの声を聞く中で、次第にある思いを強くしていった。それは…。

毎日、現場を通りがかる人たちにとって、『しんどい』という声は、行政として受け止めるべきではないのか

行政に求められている役割は、あくまで、まちづくり。利用の頻度が高い人たちがどのような気持ちを抱くのかという点を特に重視すべきだと思うようになったのだという。

そしてもうひとつ意識したのは、事件現場にみずからが居合わせたという“当事者意識”からなるべく距離を置こうということだった。

選挙という性質上、演説会場に集まった人たちは、その候補者や政党を支持する人、あるいは関係者が多くなる。一方の意見に寄りすぎて物事を決めることはあってはならない、その思いがより強まったことも決断の決め手となった。

当事者でなければ感じられないこともあるが、自分の個人的な体験に政策の意思決定がゆがめられることは避けなければならないと考えていた。私も含めて、いわば特定の属性に身を置く人たちだけで議論するのではなく、皆さんがどうしてほしいと思っているのかという点にしっかり寄り添いながら判断しようと思った

”歴史が判断を” たどり着いた境地

迎えた10月4日の臨時会見。仲川は、決断の理由をこう語った。

毎日その場を通りがかる人の思いを受け止めたとき、目を背けたいという方にも、一定の配慮をする必要があると判断した。ひとりの政治家の評価に賛否があるなかで、個人にターゲットを絞った形で表現することは、その行動自体が世論の分断を生むと感じたところもある

一方で、事件発生直後から言及していた「祈りをささげたい人」の存在にも触れた上で、現場近くに花壇を設けることも明らかにした。

どちらか一方の価値観で塗り込めてしまうことではなく、何かしらの弔意や事件を記憶するような存在を『あると言えばあるし、無いと言えば無い』と、両面から受け止められる形を模索した。お花という形がどちらの考えの方にも受け入れてもらいやすいのではないかと意識した部分は、正直ある

方針が決まったあとも、市の窓口には、賛否さまざまな意見が寄せられているという。後日、いまの心境を問うと、次のように語った。

この問題は、どのような結論に至っても全員が『賛成』にはならないので、そこは、かつてないほどに悩みが深いところだった。『何かをすべきだ』という意見と『何もすべきではない』という意見がすごく対立した。後世がこの問題について振り返ったときに、どうすべきか、その時代の人がまた考えたらいいと思う

現場の整備工事は、来年3月に完了する。
(文中敬称略)