射程1000キロ超
“国産スタンド・オフ・ミサイル”が
日本の矛に?

10月4日、北朝鮮の弾道ミサイルが日本の上空を飛び越え、衝撃が走った。8月には中国の弾道ミサイルが初めて日本のEEZ=排他的経済水域内に落下したことも記憶に新しい。
「日本が直面する安全保障上の課題は深刻だ」とする防衛省。いわゆる「反撃能力」としての使用も念頭に、射程1000キロを超えるとされ、敵の射程圏外からでも攻撃できる国産の「スタンド・オフ・ミサイル」の開発・量産を急ぐ方針だ。
そうしたミサイルを大量配備すれば、日本の「専守防衛」が変質してしまうのではないかという懸念もある。大きく変わる日本の防衛政策の今を、“新型国産ミサイル”を深掘りすることで読み解く。
(立石顕)

揺れる最西端の島

日本最西端の島、沖縄県の与那国島。台湾までの距離は、およそ110キロ。
たとえるなら、東京から伊豆、名古屋から京都の距離に相当する近さだ。

9月21日。陸上自衛隊与那国駐屯地に自衛隊機から降り立ったのは、防衛大臣の浜田靖一。与那国視察は、夏に就任した浜田たっての希望だった。

浜田の脳裏にあったのは、8月4日に中国が発射した弾道ミサイルだ。
台湾統一を悲願とする中国は、アメリカのペロシ下院議長の訪台に激しく反発。台湾を威圧するように行った軍事演習で発射した弾道ミサイルの一部が、日本のEEZ=排他的経済水域内に初めて着弾したのだ。ミサイルで最も近いものは、与那国島から北北西わずか80キロの位置に落ち、漁業者などを不安に陥れた。

浜田は、台湾側を望む岬で、険しい表情を崩さなかった。視察後、記者団に対し、危機感をにじませながらこう語った。

南西地域の防衛体制の強化は喫緊の課題だ。部隊の配置はわが国への攻撃を抑止する効果を高めるものであり、目に見える形で強化していきたい

その浜田が今、ある切り札を切ろうとしている。

切り札は“新型国産ミサイル”

与那国島から東に230キロ、沖縄県の宮古島。この島に、その切り札の原型となるミサイルが配備されている。

陸上自衛隊の「12式地対艦誘導弾」。
敵の艦艇に向けて地上から発射する国産の誘導ミサイルだ。2012年度から調達が開始されたことから「ひと・に」式と呼ばれている。現在の射程は百数十キロとされる。南西地域の防衛体制を強化するため、宮古島のほか、鹿児島県の奄美大島、熊本市に配備されている。今年度中には沖縄県の石垣島にも配備される計画だ。

実は防衛省は、このミサイルの能力を大幅に向上させ、敵の射程圏外からでも攻撃できる、最新の「スタンド・オフ・ミサイル」に改良しようとしている。“スタンド・オフ”とは「離れている」という意味だ。

開発がうまくいけば、射程が大幅に伸びる。防衛省関係者によると、将来的には今の10倍程度、1000キロ以上の長射程を目指しているという。配備する場所によっては、中国の沿岸部や北朝鮮の主要部を射程に収められるようになる。

防衛省は、「12式地対艦誘導弾」の「能力向上型」だとしているが、飛行性能を大幅に上げるため、今はない大型主翼が取り付けられるなど、事実上の新型ミサイルだと言える。

そして、陸(地上)、海(艦艇など)、空(戦闘機など)のいずれからも発射できるようにもなる。

「12式」は三菱重工業が開発した国産のミサイルだ。量産することになれば、撤退企業が相次ぐ国内防衛産業の下支えになる。自衛隊としても国内に生産基盤があれば、調達やメンテナンスが容易だというメリットがある。

防衛省は来年度予算案の概算要求で、まずは地上発射型について、当初の計画より3年前倒しして「来年度から量産したい」と財務省に求めた。しかし、これまで日米同盟は、アメリカが攻撃の「矛」、日本は専守防衛の「盾」と例えられてきた中で、なぜこうした遠方からでも攻撃できる“新型ミサイル”の量産を急ぐ必要があるのだろうか?

「盾」だけで守れるのか

(防衛省幹部)
ロシアのウクライナ侵略の開戦時の映像見ただろ?あれだけ多数のミサイルを撃ち込まれたら、日本はすべて迎撃できると思うか

ロシアは、ウクライナに侵攻した初日の2月24日、ミサイル攻撃などで飛行場11か所を含む74か所を一気に破壊した。これまでに3500発以上ものミサイルを撃ち込んだと分析されている。

ひるがえって日本の安全保障環境はどうか。

防衛省は、次の3つを挙げ、「直面する課題は深刻化している」と指摘している。
▼覇権主義的な動きを強める中国と、▼過去に例のない頻度で弾道ミサイルを発射している北朝鮮、そして▼国際秩序の根幹を揺るがすロシアだ。

万が一、いずれかがミサイル攻撃を仕掛けてきたらどう対処するのか。

これまで日本は、海上のイージス艦と地上配備型のPAC3の二段構えで迎撃する能力の向上に注力してきた。しかし、弾道ミサイルを大量に撃ち込む「飽和攻撃」の場合、すべて撃ち落とすことは厳しいとみられている。

日米同盟では、これまで、「盾」としての自衛隊のミサイル防衛システムと、「矛」としての在日アメリカ軍の原子力空母や戦闘機などで抑止力が維持されてきた。

しかし中国は、射程500キロから5500キロの地上発射型の弾道ミサイル・巡航ミサイルを合わせて2000発以上保有している。軍備増強をさらに加速するなかで、東アジアでの軍事バランスが将来的には中国優位に傾きかねないと危惧されている。

そして、かつてない頻度で弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮。10月4日には、2017年以来5年ぶりに日本列島の上空を越えるミサイルを発射し、飛行距離は過去最長を記録するなど、重大かつ差し迫った脅威となっている。

さらにロシアも、迎撃が難しいとされる極超音速滑空兵器の開発・導入に注力している。

「『ウクライナはあすの東アジアかもしれない』という強い危機感がある

岸田総理大臣は、ウクライナ侵攻後、こう述べて、日本の防衛力を5年以内に抜本的に強化する必要性を繰り返し訴えている。
自民党の防衛族議員は、「日本の安全を守っていくためには、自衛隊が『盾』の役割を担うだけでは限界がある」と指摘する。

焦点は“反撃能力の保有”

そこで焦点になっているのが、弾道ミサイルに対処するための「反撃能力」を保有し、具体化していくかどうかだ。

その「反撃能力」の大きな要素として防衛省が念頭に置いているのが、最新の国産「スタンド・オフ・ミサイル」の開発・大量配備だ。具体的に何発必要かはまさに今、検討されている最中だが、ある防衛族議員は「『反撃能力』保有を急ぐためには、現実的に“12式”が手っ取り早い。当面、数百発程度の保有が必要ではないか」との見方を示す。

また、防衛省幹部は「日本が『反撃能力』を持つことになれば、北朝鮮にとっても『自分たちも日本に攻撃されるかもしれない』ということになり、抑止力としては一段上のレベルになる。今は、日本は『反撃能力』を持っていないので、北朝鮮は『日本から攻撃されるおそれはない』と考える」と指摘する。

専守防衛との関係は

日本として初めて「反撃能力」の保有に踏み切るのか。
しかし、そこには課題もある。「専守防衛」との関係だ。
政府は、「反撃能力」について、これまで自衛の範囲内で可能だとしながらも、「政策判断として」保有してこなかった。「反撃能力」を保有することになれば、日本の「専守防衛」が変質してしまうのではないかという指摘が専門家などから出ている。

年末に向けた「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」の安全保障関連3文書の改定に向けた政府・与党の議論では、「反撃能力」保有を提言する自民党と、慎重な意見も根強い公明党の間で、どのように整理していくかが課題となる。防衛省幹部は「『スタンド・オフ・ミサイル』は、いまの整理では、離島防衛などの際に、近くに行くとやられてしまうので、遠くから敵の艦艇などに対処するために使うことを想定している。それを超えて、『反撃能力』として相手のミサイル基地などもたたくのか。まさに年末にかけての焦点だ」と解説する。

国民の命と暮らしを守るには

一方、量産したミサイルを保管する弾薬庫などはどこに整備するのか。仮に南西諸島防衛のために使うとしても、地元の理解は十分に得られるのかなど、ほかにも課題は多い。
また、政府が掲げる防衛力の抜本的な強化には、この“新型スタンド・オフ・ミサイル”を含め、全体で新たに数兆円単位の費用がかかるとの見方もあり、恒久的な財源を確保するのか、当面、国債を発行するのかなど、財源のあり方も焦点の1つとなる。
こうした課題を乗り越えて、真に国民の命と暮らしを守る防衛力の強化につなげることができるのか。政府・与党の議論を注視していきたい。
(文中一部敬称略)

防衛費の財源について詳しくはこちらの記事で
ビジネス特集)防衛力強化 その財源は?

政治部記者
立石 顕
2014年入局。2020年から政治部。当時の菅総理大臣の総理番を経験後、防衛省担当を経て自民党を担当。