擁立決定13日で候補者撤回
和歌山で何が…

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永田町で、ある地方選挙が話題をさらった。
ことし11月27日に行われる和歌山県知事選挙だ。
地元の自民党県連が擁立を決めた候補者がわずか13日で覆る、異例の経緯をたどったからだ。
関係者の間では、地元出身の自民党国会議員の関係が背景にあるともささやかれた。
和歌山で一体何が起きているのか。
(政治部与党クラブ・和歌山局)

電撃的な候補者決定

9月3日。
自民党和歌山県連が開いた県知事選挙の「候補者選考会」。
県連の会長代行を務める参議院議員の世耕弘成(59)が「本人の動画があります」と突然切り出した。
流れたのは、40代の総務省官僚が自己紹介をするビデオメッセージ。
「私は生粋の紀州人です」
「地方をもっと元気にするために、自分の経験を生かしていきたいという思いが強くなってきているきょうこのごろです」
モニターに映し出された官僚は、立候補の意思表明はしていなかったものの、意欲をにじませていた。

選考会には“寝耳に水”のメンバーもいたが、3時間弱行われた議論で、この男性を擁立する方向になった。

「大勢は決したようだ。みんながいいと言うなら、それでいいだろう」
出席者たちの議論を黙って聞いていた県連会長の衆議院議員、二階俊博(83)は、最後にマイクを握って、淡々と語った。

電撃的な擁立決定だった。しかし混迷の始まりでもあった。

地元意見割れ、国会議員預かりに

11月27日に行われる和歌山県知事選挙。
4期16年にわたって務めてきた現職が引退を表明し、新しい知事を選ぶ選挙となる。

内閣支持率が低下傾向にある中、今月の沖縄県知事選挙を落とした自民党にとって「連敗」は何としても避けたい選挙だ。

最初に手を挙げたのは、和歌山1区選出の衆議院議員、岸本周平(66)だ。

和歌山県知事選挙へ立候補表明した岸本周平氏

5月、岸本は、所属していた国民民主党を離党して無所属で立候補する意向を表明。
そして、なるべく多くの党から推薦を受けたいとして、すぐに自民党和歌山県連に推薦願を出した。

岸本は、二階との関係構築に腐心してきた。
野党議員時代から、折に触れて二階のもとへ足を運び、知事選への立候補の意思もいち早く二階に伝えていた。

こうしたなか、県連は、6月、県議会議員や職域団体の代表など30人をメンバーとした「知事選挙候補者選考会」を立ち上げ、対応の検討を始めた。

しかし、これまで“敵”だった岸本を他党と相乗りで推薦することの是非をめぐって、県議会議員たちの意見は割れた。
岸本擁立反対派が、党独自の候補の擁立を強く主張するなか、選考会は3回の会合でも結論が出ないこう着状態に陥り、県選出の国会議員にいったん、対応を預けることとなった。

4人の国会議員

対応を委ねられる形となった自民党の国会議員は、二階のほか、世耕弘成、石田真敏(70)、鶴保庸介(55)のあわせて4人。
衆議院議員が二階(和歌山3区)と石田(同2区)で、世耕と鶴保が参議院議員だ。

和歌山県内の国会議員

近年、和歌山の国会議員の間には緊張感が漂っている。
世耕が、かねてより衆議院議員へのくら替えに意欲を表明。
二階と地盤が重なる世耕が次の衆議院選挙に立候補するのか、衆院選での二階の去就がどうなるのか。地元はもちろん、永田町・霞が関の関心の的だ。

さらに岸本の議員辞職に伴う1区の補欠選挙が来年春に予定される。
これに加えて和歌山では「10増10減」の区割りの見直しで、県内の小選挙区の数が現在の3から2に減る可能性が高くなっている。

独自候補の提案、沈黙貫く二階

8月はじめごろから始まった4人の協議の場で、世耕は「個人的には岸本でいいと思っているが、県議たちに意見を聞いたところ、猛反発を受けた。このままでは県連がまとまらないので、官僚から探したい」と提案。
同時期、4人のもとには、県議19人から「独自候補を立てるべきだ」という連判状も届いていた。

周囲から岸本支持だと見られていた二階だが、協議の中では異を唱えることなく、世耕の提案に同意したという。

8月31日。
再び4人が集まった場で、世耕は、和歌山県出身で、総務省の40代の官僚を擁立したいと提案。事前に本人とも面会済みだった。
協議の結果、地元の意見も聞く必要があるとして、中断していた「選考会」をおよそ1か月ぶりに開催することとなった。
二階は、この日も自身の意見を述べることはなかった。

そして前述のように9月3日の選考会で、二階も同意した形で総務省官僚の擁立決定となった。

県連の会議を終えた二階氏

二階の真意読めず

「二階さんは、なぜ、何の手も打たなかったのか?」

二階が、安倍・菅両政権のもとで、歴代最長の5年あまりにわたって務めてきた党の幹事長の座を退いてから、まもなく1年になろうとしていた。
二階のあっさりした対応に、永田町では、二階の影響力の低下を指摘する声も聞かれた。

二階の周辺は「われわれは岸本が立候補して自主投票とすることも想定して動いていた。本人の真意がどこにあるかはかりかねている」と戸惑いを隠さなかった。

そして、二階に近い県議は、3日の「選考会」で結論が出ることはまったくの想定外だったとして「世耕にしてやられた」と恨み節を口にした。

「二階さんの許可取り進めた」

世耕の動きは、その後も早かった。

「選考会」3日後の9月6日に開かれた党本部の役員会では、総理・総裁の岸田文雄(65)以下、軒並ぶ幹部たちを前に「11月に和歌山県知事選があるので、よろしくお願いしたい」と発言。総務省官僚への党本部の推薦を速やかに得るべく、根回しを進めた。

自民党役員会

そして同日の記者会見では、こう踏み込んだ。
「県連で二階会長ご出席のもと、全員異議なしということで、総務省の官僚の擁立を機関決定した。知事選までの期日は限られているが、非常に有能な人間なので、県民の皆さんにしっかり見ていただきたい」

永田町では「世耕が二階を抑えることに成功した」と解説する向きもあったが、世耕は周辺にこうした見方を言下に否定した。
「二階さんの許可を取りながら、丁寧に手続きを進めてきた。まわりは面白がって『二階対世耕』なんて言っているが、まったくの間違いだ」

県内町村長が反発?

しかし事態は急展開を見せた。

舞台となったのは「和歌山県町村会」。県内21の町長や村長が名を連ねる組織だ。
世耕の記者会見から2日後の今月8日、町村会は「岸本推薦」という、自民党県連とまったく逆の決定を行った。

町村会の会長は、その理由を直截な言い回しで記者団に説明した。
「今回の候補者を決めるプロセスでは、市町村長の意見を聞いてくれる場所がなかった。実質的に選挙を担うのは市町村長だ。それなのに、相談という形もないというのはやっぱり違う」
このことばにたがいはなく、和歌山県で選挙を戦ううえで、町村会の支援の有無は大きな意味を持っていたため、決定は地元に衝撃をもたらした。
そして、自民党の支持基盤である建設関係や農業関係の団体でも、岸本を推薦する動きが出始めた。

「二階サイドが裏で動いているのではないか?」
関係者の間にいぶかる声が広がった。

二階の地盤である3区が抱える市町村の数は、1区、2区をあわせてもその2倍に達する。道路の整備などで二階に世話になったと感じている市町村長も多く、二階が何も言わなくても、意向を忖度して動くのではないかという指摘もある。

二階と親しい自民党のベテラン議員は、町村会の決定にひとしきり驚いてみせたあと、この先の展開を見越したかのようにこうつぶやいた。
「やっぱりどこまで行っても、二階さんの手のひらの上だね」

そして、擁立困難に

9日。
世耕は、党本部に総務省官僚の推薦願を出すため、地元の県議を連れ立って、二階と面会するアポイントを取っていた。
しかし、二階は、体調不良を理由に予定をキャンセルし、この日、世耕と顔を合わせることはなかった。

こうしたなか世耕は、周辺に「俺は撤退してもいいと思っている。彼(=総務省官僚)の将来もあるから」と漏らすようになっていった。
13日。
前回から1週間が経過した定例の記者会見で、世耕は「少し状況が変わった。最終的な判断は県連会長がされると思うが、会長代行の私としては、前途有望な若手官僚に立候補をお願いできる状況にはないのではないかと思っている」と述べ、擁立が困難になったという認識を示した。そして、この数日の動きに対する不快感を隠さなかった。
「県連として機関決定が行われたにも関わらず、このような状況になったのは極めて残念だ。県連のガバナンスのあり方などについては、今後、県連会長のリーダーシップのもとで、しっかり総括と議論が行われていくべきだ」

会見する世耕氏

推薦を得たのは…

世耕が「最終的な判断を行う」とした県連会長の二階は、16日、党選挙対策委員長の森山裕(77)と会談し、総務省官僚の擁立方針を白紙に戻すことを確認した。

大勢が決したはずの9月3日の「選考会」から13日目。
二階は、この間、総務省官僚と面会はおろか、電話で話すこともなかった。

そして、その1週間後、党本部を訪れたのは岸本だった。
岸本は、二階、そして幹事長の茂木敏充(66)と立て続けに会談し、5月に要請済みだった党の推薦を改めて求めた。

和歌山県連は23日、党本部と県連との協議に一任することを決めた上で、岸本周平の推薦に向け政策協議を行う方針を確認した。

和歌山県知事選を巡る動き

「決める時になったらドーンとやればいい」

大きな転機となった「和歌山県町村会」の決定に二階は関わっていたのか?。
取材を続けても、二階自身の動きはなかなか見えてこなかった。

取材に応じる二階氏

二階自身、知事選に関して、公の場ではほとんど発言しない状況が続いているが、周辺にはこのように語っているという。

「地方で知事を選ぶというのは大変なことなんだ。1か月や2か月前にポッと出てきた人間がやって勝てるほど甘くない。誰かさんみたいに声をかけられたから、その気になるようじゃダメさ」

そして、自身が沈黙を貫いた理由については…
「県連会長は、みんなの意見を聞くのが仕事なんだから、『誰がいい』なんて言っちゃダメだろ。決める時になったらドーンとやればいいんだ」

これからが“本章”?

和歌山1区の補欠選挙と選挙区の減少。
二階や世耕ら、和歌山県の4人の国会議員は、これから、みずからの立場にも直結する自民党内の調整に向き合うことになる。

今後、駆け引きが激しくなるのは必至だ。
今回の知事選の候補者擁立劇は、その序章に過ぎないのかもしれない。

現職の引退表明によって16年ぶりに新しい知事を選ぶことになる和歌山県知事選挙には共産党が候補者の擁立を検討しているほか、元政治団体代表で無所属の新人も立候補を表明している。
(文中一部敬称略)

政治部記者
花岡 伸行
2006年入局。自民党二階派担当。
政治部記者
柳生 寛吾
2012年入局。自民党参議院担当。
政治部記者
佐久間 慶介
2012年入局。自民党森山派担当。
政治部記者
山田 康博
2012年入局。自民党岸田派担当。
政治部記者
山本 雄太郎
2007年入局。自民党茂木派担当。
和歌山局池之端記者
和歌山局記者
池之端 隆史
1990年入局 和歌山市政 自民党担当
和歌山局記者
福田 諒
2018年入局 和歌山県政担当