“国葬”どう考える?
旧統一教会問題の影響も

安倍元総理大臣が凶弾に倒れた日、記者団の前で涙をにじませた岸田総理大臣。安倍氏の死を、55年ぶりとなる「国葬」という形で悼むことを決断した。
しかし、国が費用を全額負担することに加え、旧統一教会をめぐる問題が注目されるにつれて、「国葬」への国民の賛否は大きく割れ始める。
政府の方針決定までの水面下の動きを探り、与野党の攻防、そして専門家の見解を通じて「国葬」を考えていきたい。

「国葬」決定 水面下の動き

党本部で献花する多くの人たち

参議院選挙の投票日直前に起きた、安倍元総理大臣の銃撃事件から4日後の7月12日。
うだるような暑さの中、自民党本部は、安倍氏の死を悼むため、花束を抱えた老若男女であふれ、最寄りの永田町駅まで伸びる長い列ができていた。

海外では、アメリカのホワイトハウスで半旗が掲げられ、オーストラリアでは、公共施設が日本の国旗を模した白と赤でライトアップされるなど、追悼の動きが続いた。

世界中が衝撃を受ける中、注目は、憲政史上最長の8年8か月にわたって総理大臣を務めた安倍氏をどのように弔うかに集まっていった。

政府と自民党の合同葬という形をとった中曽根元総理の葬儀と同じでは不十分だ
自民党内などからは、国内外で途切れることのない追悼の動きを見て、こうした声があがり始めていた。

7月12日の夜。政府の対応を探る記者らに対し、首相官邸の幹部は、こう漏らした。
保守層からの突き上げと海外の反応もあって、官邸内では、早めに政府としての葬送のあり方を発信した方が良いという話になっている

別の政府高官に、記者が「中曽根元総理の葬儀の時よりも“格上”のような形を考えているのか」と問うと、「そうなるだろう。政治的な声もいろいろ配慮しないといけない」と話した。

“格上”のような形の葬儀のあり方とは何なのか。合同葬では不十分となると、選択肢はおのずと絞られる。

国葬に近い形でできないか

取材を進めると、岸田総理大臣が周辺に、「国葬」を念頭に対応を検討するよう指示していたことがわかった。政府のごく限られたメンバーが水面下で検討を始めていたのだ。

政府のメンバーが検討を急ぐ過程で、1つの壁が生じた。
「国葬」を行う上で何を法的根拠とするかという点だった。

「国葬」を直接定めた法律は存在しない。
戦前は1926年に公布された「国葬令」という勅令が根拠となっていたが、現行憲法の施行に伴い失効した。

吉田茂氏の国葬の様子

戦後、総理大臣経験者を対象とした「国葬」は1967年の吉田茂氏の1例だけ。このときはいわば特例的に、法的根拠がないまま、「国葬」を行うことが決まった。
近年の総理大臣経験者の追悼は、内閣と自民党が主催する合同葬という形が定着している。

法律がない中、どうやって「国葬」を実施するのか。
内閣法制局が示したのは、2001年に施行された内閣府設置法を法的根拠に、国が行う儀式として閣議決定で行うという見解だった。

内閣府設置法

この内閣府設置法というのは、内閣府が所掌する事務を定めた法律だ。その4条3項には次のように記されている。
「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること」

内閣法制局はこの条文を根拠に、「国葬」を「国葬儀=国の儀式」として閣議決定で実施できると説明した。

事件から6日後の表明

会見する岸田首相

批判を浴びるかもしれないが、やろうと決めた」(政府関係者)

岸田総理大臣の決断は早かった。
戦後2例目となる「国葬」をことし秋に開催することを、安倍氏の死からわずか6日後、7月14日の記者会見で表明した。

このとき、「国葬」とした理由について、岸田総理大臣は4点を挙げた。

▼憲政史上最長の8年8か月にわたり重責を担ったこと。
▼震災復興、日本経済の再生や日米関係を基軸とした外交など大きな実績をあげたこと。
▼外国首脳を含む国際社会からの高い評価を得ていること。
▼民主主義の根幹たる選挙が行われている中、突然の蛮行で逝去したこと。

そして「安倍元総理を追悼するとともに、わが国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜くという決意を示す」と述べ、国民に理解を求めた。

総理がスパっと決めてくれて良かった」(自民党幹部)
会見で『検討』を使わなかった。珍しく決断が早かった」(政府関係者)
岸田総理が決めたことを尊重したい」(公明党幹部)

政府内や、自民・公明の与党内からは決断をたたえる声が挙がった。

官邸の幹部は、「『国葬』ありきだったわけではないが、4つの理由の中でも、国際社会からの高い評価という点が大きい」と話した。

ただ、「国葬」の開催時期は、2か月後の秋。国内外の日程や準備期間などを勘案したためだったが、この間に、「国葬」への評価の様相が変わっていく。

割れ始める世論

最初はみんな、『国葬すべき』って感じだったのに、最近は、国葬に否定的な雰囲気に一気に変わったよね…

8月上旬のある夜、記者たちを前に、こう戸惑いを口にした官邸の関係者。

これに先立ち、政府は、「国葬」を9月27日に東京・千代田区の日本武道館で開き、費用は全額、国費負担とすることを閣議決定した。無宗教形式となる。外交関係のある195か国などに伝え、各国の首脳級や元首脳らの参列に向けて、着々と受け入れ準備が始まった。

政府は当初、国民の理解を得ることはそれほど難しくないとみていた。しかし、安倍氏の死から時間がたつにつれ、「国葬」への国民の反対が増え始める。

NHK7月と8月の世論調査での国葬への評価

NHKの7月の世論調査では、政府が「国葬」を行う方針について、「評価する」が49%、「評価しない」が38%だったが、8月の調査では「評価する」が36%、「評価しない」が50%と、「評価しない」が逆転。
10ポイント以上も上回る結果となった。

「国葬」までおよそ1か月となるなか、国会や都内のターミナル駅周辺では、「弔意を強制するな」「なぜ税金で」などと書かれたプラカードを手にした人たちによる、反対デモが相次いで行われている。市民や法学者などのグループは「国葬」への公金支出の差し止めなどを求め各地で訴えを起こした。また、大学教授や作家などが、インターネット上で中止を求める署名活動を始めるなど、反発する動きが広がっている。

野党のスタンスは

野党側は「国葬」についてどういったスタンスなのか。

立憲民主党は、泉代表が「今回の『国葬』に関する政府の決定には、反対だという表明をしたい」と述べ、総理大臣を選出する国会が、葬儀のあり方や予算に関与することが欠かせないと主張している。

日本維新の会は、松井代表が「国葬」の実施に反対していないが、報道各社の世論調査で、反対する人の割合が高いことを指摘し、政府が国会で早期に説明を尽くすよう求めている。

共産党は、志位委員長が「国民のなかで評価が分かれる安倍氏の政治的立場を、国家として賛美・礼賛することになる。国民に弔意を事実上強制することにつながる」として反対する考えだ。

国民民主党は、玉木代表が「外国からの弔問客も多数来日する。一定の公費を投じることは理解する」とした上で、政府には、意義や予算のあり方などを国会で十分に説明するよう求めている。

れいわ新選組は「政策的失敗を口に出すこともはばかられる空気を作り、神格化するような『国葬』はおかしい。このまま、強行することはあり得ない」としている。

閣議決定で行うことへの疑問や、全額国費で営まれることなどへの抵抗感に加え、国会への説明が不十分だという点に批判や疑問の声が集まっている。

さらに、銃撃事件をきっかけに旧統一教会と自民党などの国会議員の接点が相次いで表面化。安倍氏自身にも、祖父の代から旧統一教会とつながりがあったのではないかと指摘された。

8月上旬、自民党内で、岸田政権と一定の距離を置いていた派閥の幹部は、記者に「『国葬』への反対が伸びているのは、旧統一教会をめぐる問題への反発が大きいんだろう」との見方とともに懸念を示した。

立憲民主党など野党側は、「国葬」をテーマにした国会の閉会中審査を求め、旧統一教会をめぐる問題も絡め、攻勢を強める構えだ。

“粘り強く意義を”

一方、政府・与党は、引き続き、粘り強く国民に理解を求めていく考えだ。

岸田総理大臣は、8月6日と10日の記者会見で、「国の公式行事として各国の代表を招く形式で葬儀を行うことは適切だ」などと繰り返し強調。

松野官房長官が会見する様子

松野官房長官も、8月22日の記者会見でこう述べている。

安倍氏の『国葬』について、さまざまな意見があることは承知しているが、国民一人一人に喪に服することや政治的評価を求めるものではないことを、しっかりと説明していきたい

『特別扱い』に疑問の声

では、専門家は今回の「国葬」をどう考えるのか。

木村草太教授

憲法学者で、東京都立大学の木村草太教授は「なぜ安倍氏だけを特別扱いし、何を目的に実施するのか。平等の原則や公共性の観点から非常に疑問だ」と批判する。

政府が挙げた「国葬」の理由についても、「主観的に政治的業績が大きいと考えた人を『国葬』にしたい気持ちはわかるが、公費を使う以上、佐藤栄作ら過去の首相と比較し、特別に『国葬』にする理由があるかどうかを、第三者機関が客観的に評価する必要がある。国民には憲法で『内心の自由』が保障される。主観的な評価への共感を求める目的で儀式をやるのは、個人の自由との観点でも問題だ」と主張する。

その上で「衝撃的な事件で政府は物事を丁寧に考えられない環境で、十分に検討せず決めてしまった」と指摘。
将来、『国葬』にすべきか論争になる人が現れたときに混乱が予想される。『5年以上三権の長を務めた』など、形式的な基準があれば混乱は防げるが、そもそも現代で『国葬』を実施しないと達成できない公共の目的があるのか疑問だ。外交の機会になるという人もいるが、それなら葬儀ではなく、国際会議をした方が適切だろう」と述べる。

国民の分断深めることになりかねない

行政法が専門の成蹊大学の武田真一郎教授は、政府が安倍元総理大臣の国葬の法的な根拠として内閣府設置法を挙げることについて、「内閣府設置法は役所の基本的な仕事を例示しているだけで、具体的な権限を行使する根拠とは言えない。
財務省設置法の国税庁の規定に基づき、国税庁が勝手に税率を変更することができないのと同じだ」と述べる。

およそ2億5000万円の費用を決める手続きも問題視している。予算の予備費からの支出が閣議で決まり、国会での事後承認を得るという手続きについて、「国民の税金が相当使われる。事後に国会で議論するのは、民主主義の原理から見れば本末転倒だ」と疑問を呈す。
その上で、「国葬は戦前、天皇を主権とする国家を前提とした制度だった。このため多様な価値観を認める民主主義と相いれない時代錯誤的な面がある。現状でこれだけ反対論が根強い中で国葬を強行すると、国民の分断を深めることになりかねない」と指摘する。

弔問外交を遺産に

三浦瑠璃氏

国際政治学者の三浦瑠麗氏は、国葬をめぐる世論調査で「反対」が上回る現状について「旧統一教会の件が響いている。銃撃事件から一両日は『国葬』と言い出しても受け入れられる雰囲気だったが、一気に政治マターとなり、それが安倍政権に対する『モリカケ』問題など、負の記憶を連鎖的に呼び起こしてこのような結果になっている」と分析する。

ただ、安倍氏については、「アメリカのオバマ元大統領と真珠湾を訪問して積極的な和解を成し遂げたほか、トランプ前大統領とは世界各国が苦労する中で関係を構築するなど、国際的に日本の存在感を示した。長期政権ということもあり、素晴らしい外交関係を構築した」とその業績を評価する。

「国葬」の費用を税金でまかなう以上、誰が対象でも批判はつきものだとしたうえで、「国民栄誉賞も明確な基準はないが、時の政権が世論などを見て総合的に判断する。『国葬』も同じで、実施するかは政治判断だ。その上に立って、今回、『国葬』を営むメリットとデメリットを比べると、弔問外交などで得られるメリットが大きい。岸田政権はさまざまな理由を説明しているが、理にかなっている」と指摘する。

経費支出の手続きは法的には問題ない

憲法学が専門の京都大学大学院法学研究科の曽我部真裕教授は安倍元総理大臣の国葬の法的な根拠について、「法律は必ずしも必要ではなく、その観点から見ると政府の説明はそこまでおかしくはない。ただ、国葬の実施について論争がある中で行われるとその意義を失わせてしまうため『国会で承認する』など、手続きを定めた法律があるほうが望ましい」と指摘する。
およそ2億5000万円の支出が閣議で決まり、国会での事後承認を得るという手続きについては「なぜ他の首相経験者と違うのかについて説明する必要はあるが、憲法上は予算として予備費を計上した上で内閣の判断で支出し、事後的に国会の承諾を受けるとなっているため、法的には問題ない」と分析。

一方、国民への影響については「プロパガンダにつながる潜在的な危険があり民主主義と緊張関係にある。ただ国が行う儀式すべてが否定されるとまでは言えない」と述べる。

納得できる説明を

専門家の間でも意見が分かれる今回の「国葬」。

国費という、国民からの税金を投入して行う以上は、国民が納得感を持てるかどうかが重要だ。
政府には、「国民一人一人に喪に服することや、政治的評価を求めるものではない」などとする説明に加え、なぜ「国葬」でなければならないのかや、「国葬」で安倍氏を追悼する意義についても、今まで以上に具体的な説明が求められるのではないだろうか。

政治部記者
山田 宏茂
2015年入局。横浜局、社会部を経て昨秋から政治部。現在は法務省の取材を担当。
政治部記者
家喜 誠也
2014年入局。宇都宮局、仙台局を経て政治部。官邸クラブ2年目。鋳物ホーロー鍋を使った無水調理に挑戦中。
政治部記者
青木 新
2014年入局。大阪局を経て2020年から政治部。総理番と外務省担当を経験したのち、ことし8月から野党担当。
社会部記者
倉岡 洋平
2010年入局。松江局、青森局、札幌局を経て2019年から社会部。現在は事件全般及び公正取引委員会の取材を担当。
社会部記者
伊沢 浩志
2013年入局。福井局を経て2018年から社会部。警視庁、東京地裁・高裁担当を経て、現在は最高裁判所担当。国葬については法的な観点から取材を進めている。