れてくれと言われても

電撃婚から、はや17年。
「厚生くん」と「労働さん」は巨大ファミリー「厚生労働省」として夫婦生活の歩みを重ね、社会保障政策と労働政策を一体的に推進してきた。
初めはむず痒い感じもしたこの名前だが、今や国民にも広くなじんできたように思える。
そこへ突然、外部から持ち上がった「別れ話」。定期的に世間を炎上させる「お騒がせ夫婦」ではあるものの、互いを支え合う姿は傍目には円満に映っていたのだが…。
厚生くんと労働さん、2人の気持ちは?
(政治部厚生労働省担当 奥住憲史、安田早織)

2人なら、幸せになれるはず…

2人のなれそめは、橋本龍太郎内閣が打ち出した「6つの改革」の1つ、「行政改革」までさかのぼる。
縦割り行政をなくそう、行政をシンプルに。平成13年に1府22省庁から1府12省庁へ。
このとき「再編」という名の「結婚」をしたうちの1組が、厚生労働省だ。

2人が一緒になったことで、医療、介護、年金、雇用対策に職業訓練まで、生活に密着したあらゆる政策を取り仕切ることになった。職員3万人超、予算規模は30兆円を超える巨大官庁だ。

それだけに国会での法案審議はダントツに長い。働き方改革の旗振り役のはずなのに、職員の悲惨なまでの長時間労働の実態から「強制労働省」のあだ名もある。

別れ話は突然に

国会が閉じ、幹部職員の夏の人事異動も終わった8月初旬。
夏休みモードに入りつつあった厚生労働省に、日本経済新聞の1面トップ記事が衝撃をもたらした。


「政府・自民 厚労省の分割検討 20年にも 生産性向上へ政策強化」(2018年8月2日朝刊)

記事では、自民党の行政改革推進本部が、厚生労働省の分割を念頭に置いた提言を近くまとめる予定だと報じていた。記事を受けて、各メディアも「分割論」を相次いで報道。
省内でも職員どうしの会話にのぼるようになっていった。

とはいえ、厚生労働省の分割論が俎上に上がるのは今回が初めてではない。
過去には2009年に、当時、総理大臣だった麻生副総理兼財務大臣が提案した「社会保障省」・「国民生活省」構想や、2016年に小泉進次郎衆議院議員が事務局長を務めた自民党の小委員会が示した分割案があり、省内からは「またか」という声も聞こえてきた。

「簡単に離婚なんて」「いやいや、早く別れたいし」

で、当の厚生労働省の職員たちは正直なところ、どう思っているのか。日頃、取材している当事者たちに、こっそり聞いて回ってみた。
「簡単に分割とか言うなよ」という人が多いかと思いきや、賛成派もちらほら…。

「会うことさえできないじゃない!」論
「大臣が1人なのに仕事が多すぎる。レクチャーをしたくてもなかなか時間がとれず、煩わしさを感じる。分割されたほうが報告もスムーズに行く」(20代男性・総合職・共通採用)

「2人が結ばれても、いいことは無かった」論
「厚生省と労働省が一緒になって、何か『これ』といった成果を生んだかと聞かれると思いつかない。見込んでいた成果が出なかった以上、分割しても良いかなと思う。ただ元に戻すだけでは能が無いので、年金と労働をくっつけるとか、仕分け方は考える必要がある」(40代男性・総合職・旧厚生省採用)

ただ、聞いて回っている限りでは分割反対派の方が多いようで…。

「別れたら、誰が台所をまかなうの」論
「分割して人を増やしてくれるというなら分かるが、恐らくそうはならない。分割した場合、会計課や人事課、総務課などのいわゆる『官房』をそれぞれの省に新たに設ける必要があり、今の人数では絶対に足りなくなる。その分、政策を担当する局から人をあてることになり、政策立案能力は落ちる」(50代男性・医系技官・旧厚生省採用)

「とりあえず部屋だけ分けてみたら」論
「国会で厚生労働省の法案を審議する場が、厚生労働委員会だけなので、審議をスムーズに進めるために委員会を2つにするなどの工夫は必要だ。ただ省の分割となると、これまで連携して進めてきたさまざまな政策が再び分断され、後退するおそれもある」(40代男性・総合職・旧労働省採用)

「一緒に暮らせば、いい知恵が湧くさ」論
「例えば障害者福祉政策1つとってみても、旧厚生系は『障害者を支えなければ』という目線で臨むが、旧労働系は障害者の『働きたい』という思いを最大限くみ取ろうというマインドで政策を立案する。一緒に政策を進めていく相乗効果は大きい」(50代男性・総合職・旧厚生省採用)

一方、省内のポスト争いの観点から分割論が出ているという指摘も。

「この家を継ぐ直系は私なんですからね!」論
「予算を司る会計課長は厚生系、国会対応を担う総務課長は労働系などと、以前はお互いに『指定ポスト』があったが、最近は厚生系にポストを奪われがちだ。3代連続で事務次官が厚生系から就任するなど、労働系ではOBも含め快く思っていない人はいる。分割してポストを増やそうと考える人もいるのではないか」(50代男性・総合職・旧労働省採用)

「厚生家」と「労働家」はいまも…

実は厚生労働省では総合職は一括で採用しているものの、一般職については、今も「厚生系」と「労働系」とに分けて採用を行っている。一緒に働く機会も限られているという一般職の人たちはどう思っているのか。

「やっぱり家風が違うんだよ」論
「採用面接も別々に行われるため、同期と言ってもほとんど接点が無い。同じ省庁という感覚は薄い」(30代男性・一般職・厚生系採用)

「私は私よ」論
「『もともと厚生と労働で分かれていたんだから、分かれたほうが仕事はやりやすいに決まっている』と言っていた上司がいた。私自身は厚生労働省になってから入ったのでわからないが、分割してもしなくても目の前の仕事は変わらない気がする」(20代女性・一般職・労働系採用)

「ここで別れたら、これまでの…」

聞いている限り、省内には賛成の声もあるものの、やはり反対する声の方が多いようだ。では「別れ話」を持ち込んできた自民党内はどうなのか。「橋本行革」を進めた橋本龍太郎元総理大臣を父に持つ、橋本岳 前厚生労働副大臣はやはり分割に反対だ。

「厚生労働省ができて17年がたち、ようやく『一億総活躍』といった発想が出せるようになったのに、ここで分割してしまったら、これまでの積み重ねが無に帰してしまう」

「業務が多すぎるから分割するとか、不祥事が多いから分割するという意見を耳にするが、分割は解決策ではなく、人手を増やさなければ解決にならない」

注目の提言、どうなった

日経新聞の記事から、およそ1か月後。自民党本部で開かれた行政改革推進本部の総会には、各省庁の関係者や報道機関が集まった。
しかし、打ち出された中間報告は、当初、噂されていた内容より大幅にトーンダウンしていた。

「厚生労働省は業務量が極めて多い」と指摘する一方で、「今後、政策の方向性、一体性、業務量等を踏まえた検討を行う必要がある」との表現にとどめ、「分割」という文字は入らなかった。

ただ総会後、本部長を務める甘利 元経済再生担当大臣は「大臣経験者や厚労族で『現状のまま(で良い)』という人は1人もいなかった」と語り、あくまで議論は続ける考えを示した。

そもそも再々編、本当に必要か

行政改革に詳しい慶応大学の土居丈朗教授は、厚生労働省を分割した場合、新たな弊害が出てくるのではないかと危惧している。

「一例を挙げれば『高齢者の就労と年金のあり方』を今後どう考えるかといった時に、省が異なると密な連携を取れなくなる恐れがある。『あの時だったらできたのに』というようなことになりかねない」

その上で、厚生労働省の増員は欠かせないと指摘する。

「業務量に対して職員の数が足りていない。純粋に厚生労働省の職員を増やせるならばこれが1番の解決策だが、公務員の人件費の増加が批判されるようなら、ほかの省の人数を減らして厚生労働省の定員を増やす必要がある」

大臣2人案も

さらに土居教授は、厚生労働大臣を2人にすることも検討すべきだと提言する。
「以前は大臣の国会対応がここまで多くなるとは予想していなかった。海外では1つの役所に複数の大臣がいることも珍しくなく、日本でも内閣府には複数の担当大臣がいる。厚生労働省にも2人の大臣を置いてはどうか」

ただ最終的に省庁の再々編が必要かどうかは、国民が決めることだと土居教授は言う。
「国民にとっては、すぐに解決してほしい行政課題を垣根を越えて連携してやってくれる役所があるということが大事だ。国民が行政組織に対し、どのようなあり方を望むのかが省庁再々編を行うかの決め手となる」

厚生くんと労働さんの明日は

消えた年金問題、働き方改革をめぐる調査データが誤っていた問題など、国民からの批判を浴びることも多い厚生労働省。

今回、厚生くんと労働さんから聞いて回った限りでは、突然の別れ話に「私たちもう無理なのかな」という思いも漏れてきたが、自ら積極的に離婚届を書こうという人はいなかった。

当事者達の悩みも尽きないのだろうが、これは私たちの生活に密着した政策を左右する、巨大官庁のお話。ふだんは「結婚した、別れた」なんてあまり取材しない私たち政治記者も、まじめに行く末をウオッチしたい。

政治部記者
奥住 憲史
平成23年入局。金沢局、秋田局を経て政治部へ。現在、厚生労働省担当。趣味は麻雀。
政治部記者
安田 早織
2011年入局。富山局、名古屋局を経て政治部へ。現在、厚生労働省担当。休日の楽しみはホットヨガで汗をかくこと。