種子島 安保に揺れる
馬毛島新基地整備計画で

台湾問題をめぐって米中の緊張が高まるなど、日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなる中、「鉄砲伝来の地」として知られる鹿児島県の種子島がことし、大きな動きに直面している。対岸の小さな島に日米同盟を支える新たな基地を整備すると、国が正式決定したからだ。
選挙で反対を訴えていた地元市長は今、国の推進姿勢を前に沈黙を貫く。賛成・反対、二つに分かれた島に2年間頻繁に船で通い続けた私が、安保に揺れる島の今をルポする。
(高橋太一)

「希望はまだある」

「希望はまだあります」
ことし1月下旬、私のもとに届いた一通のショートメッセージ。送り主は、整備計画に反対してきた鹿児島県・種子島北部の西之表市長、八板俊輔(やいた しゅんすけ)。

鹿児島・西之表市の八板俊輔市長と記者とのLINEやりとり

この20日前、日米両政府は、対岸の馬毛島に日米同盟を支える新たな基地を整備することを正式決定した。それだけにこの時点でも、まだ、「希望」という言葉を打ってきた八板のメッセージは、私にとっては想定外だった。

“日米同盟の新たな絆”・馬毛島

国が土地のほとんどを買収している馬毛島。西之表市にあるが、事実上、無人島に近い場所だ。

国の計画では、ここに滑走路を整備し、アメリカ軍の空母艦載機の訓練が数年以内に行われる見通しだ。
島をいわば、空母の甲板に見立てて離着陸を繰り返す。さらに、補給拠点などとして使う、新たな航空自衛隊の基地も建設される。
アメリカ軍が長年、熱望してきたこの滑走路。国は、日米同盟、そして南西諸島の防衛力の強化につながるとして、年度内にも本格的な工事に着手したいとしている。

二分される西之表市

一方、馬毛島の対岸、種子島北部が中心の西之表市。人口およそ1万4000。馬毛島から10キロ余りにある種子島では、安全保障上の新たな拠点にどう向き合うのか、住民の意見が二分されてきた。

ことし春に開かれた防衛省による住民説明会。
防衛省の担当者が、「市の要望も聞きながら、国の責任で適切に対応していく」と述べ、計画への理解を求めたのに対し、参加者からは、不安の声が相次いだ。

「訓練は、ばく大な音量になると思うので、すごい騒音になるのでは」(参加者)
「観光業にすごく影響があると思っている」(参加者)

国に憤る八板

去年1月、この問題を争点に行われた市長選挙。
「計画に同意できない。考えを変えるには、相当なことがなければならないし、起こり得ないのではないのか」と訴えていた八板は5103票。
一方の、基地賛成の候補は4959票。わずか144票差での再選だった。

再選後、八板はただちに防衛省に対し、基地建設を前提にした調査の中止などを求め、対決姿勢を示してきた。
去年11月、防衛省が建設に使うコンクリートプラントの入札公告を行う方針を明らかにした日の夜遅く。珍しく八板自身が私に電話をかけてきた。

「これは大変なことだよ。国が『地元の理解を大事にしたい』って言っていたのは、何だったんだ。まだ、環境影響評価の最中じゃないか。これじゃもう、建設をやるって言っているようなものだ」

憤りを隠さなかった八板。

八板の口から消えた“同意できない”

ところが、その1か月後の去年12月、地元に衝撃が走る。
防衛省が、車両整備工場など、基地関連施設の配置案を公表。施設のほとんどが、西之表市ではなく、種子島中南部の2つの町に配置される案だった。2つの町は、早くから計画に賛意を示していて、関連施設の設置によって交付金が入ることになる。

「計画に反対する西之表市は、このままではカネの恩恵が受けられず、騒音などのデメリットだけが残ってしまうのではないか」
西之表市の住民からは、懸念が相次いだ。

国が、いわば“アメとムチ”で揺さぶりをかけるなか、住民の間に分断が生まれかねない事態となっていた。
このころから、市議会議員のひとりは、こんなことを口にするようになった。

「市長が立場を変えるかもしれない」

そして、この頃を境に、八板の口から“同意できない”という言葉が消えていった。
年が明けた1月上旬。
馬毛島の整備が正式決定され、工事の着工時期や今後の手続きなど、国から見通しが伝えられる中、私は八板にインタビューを申し込んだ。
「同意できない」という立場は変わらないのか尋ねた。八板の答えはこうだった。
「市民がどう考えるのかをしっかり把握し、私個人としてというよりは市長としてきちんと判断をしたい」
「同意できない」という言葉を避ける八板。何度聞いても、答えは同じだった。

住民たち、それぞれの思い

こうした中で、住民たちはどう考えているのか。
馬毛島の計画に賛成している会社員の鎌田孝章、42歳。種子島で生まれ育った。

「昔は商店街と言っていましたけど、商店街じゃないですよね、もうここは」

西之表市は、人口がピーク時の半分以下にまで落ち込んでいる。
鎌田は、計画を受け入れることによる国からの交付金などで、地域の活性化が期待できると考えている。
さらに、ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにする中、基地の必要性を感じ、国の政策への理解が進んだという。

「今までは結局『安全保障のために必要なんです』って言われても、どこか建前のようなちょっと嘘くさいイメージがあった。でも、今回、ウクライナのことで、もうはっきり、始まったら、まずいんだなってのがわかったから、協力すべきかなっていう風に思う」

一方、新たな基地ができることで、攻撃対象になるのではないかと懸念するのは92歳の下村タミ子。下村の脳裏に焼き付いているのは、戦争の記憶だ。
戦時中、種子島には旧海軍の補給基地があった。
女学校に通っていた下村。学徒動員で基地の建設に従事していたが、太平洋戦争末期には繰り返し空襲に遭ったと語る。

「バチバチバチという音を聞くこともありましたよ」

ウクライナをめぐる報道と、自身の記憶を重ねているという下村。馬毛島に基地ができれば、かつてのようなことが繰り返されるのではないかと、不安を強めている。

「基地ができれば、戦争に巻き込まれるというのは、もう目に見えていると。そういうふうに感じて、だから、基地はいらない。戦争につながるのは、もう絶対にいけないと私は思う」

“再編交付金に特段の配慮を”事実上の方針転換か

賛否が分かれる住民たちと、計画実現に向けて、攻勢を強める国。
その間で、板挟みになったように見えた八板。賛否については沈黙を貫いていたが、実は、国との協議には、積極的に動き出す。
冒頭の「希望はまだあります」というショートメッセージが送られてきた日から、わずか1週間後の2月3日。
八板は急転直下、防衛省を訪問し防衛大臣の岸信夫と面会する。


住民の不安を払拭するため、必須だとしてきた軍用機の騒音対策や安全対策に加えて、そのとき新たに提出したのが、「再編交付金に特段の配慮を求める」とする要望書。基地建設への協力が前提となる再編交付金。“特段の配慮を”という要望は、これまで「同意できない」としてきた八板の事実上の方針転換とも受け止められた。

「馬毛島の整備は新たな段階に入ったということで“現実的な対応”によって市民の不安や懸念を解消する必要がある」
八板は、やむを得ない判断だということを強く滲ませた。

翌日、鹿児島に戻った八板を私は待ち受け、「希望はまだあります」というメッセージは結局何だったのか、問い詰めた。
八板は顔をしかめ、しばらく押し黙ったあと「今はそういうことは言えない」とだけ言い残し、その場を立ち去った。

政界のキーマンの言葉“地元の分断ないように”

馬毛島の計画で、あらゆる局面で国と地元の間を取り持ってきたキーマンがいる。
八板と岸の面会にも同席した、地元選出で自民党の派閥の会長でもある、衆議院議員の森山裕だ。

八板の心境の変化について直撃すると、森山は次のように話した。
「市長にとっては選挙後に新たに分かったこともたくさんあり、それらを踏まえて一定の考えがまとまったということではないか。種子島を分断することがないようにしていくことが大事だ」
分断することがないようにー。森山の言葉は、八板には重く響いていたことだろう。

実兄が語る八板の胸中

「自分が明確に立場を示せば、地域の分断がどんどん進んでしまう。市長はそれを一番気にしていた」
選挙戦中も八板を間近で支えた11歳年上の兄、陽太郎のことばだ。

陽太郎は、さらに言った。
市長自身、「同意できない」と訴えて当選した以上、みずからの立場を貫かなければいけないと考えている。
「いずれはっきりさせると言っているならそれを待つしかない。ただ、もし賛成に転じるのだとしたら、市長を辞めないといけないと思う。本人もそう思っているんじゃないか」


“悔いのない判断をしたい”

この夏。八板がみずからの思いを吐露する場面が市議会であった。
「私たち西之表市民はいま、基地を選ぶか否かの最終局面にある。沖縄にも、岩国ほか日本の基地のまちにも、選ぶ自由はなかった。種子島の今を生きる私たちの選択は、50年後、100年後の子孫の審判を受けることになる。悔いのない判断をしたい」
八板は市長になる前、朝日新聞の記者として沖縄で取材していたことがある。その中で過重な基地負担に苦しむ現実を数多く目の当たりにしてきた。

7月。私は改めて八板のもとを訪ねた。
“悔いのない判断”とは何なのか。あれを聞く限り「同意できない」という思いは変わっていないように思えるが、どうなのか、と。
八板の答えはこうだった。
「市民にはそれぞれの考えがあり、歩んできた歴史も違う。ただ、私の考えは基本的には変わっていない。私の背骨のような考えだ」
私は、もう一度、聞いた。
「あのときの“希望はまだある”というのは、どういう意味だったんですか」
「希望がないとやっていけないでしょう。そういう意味ですよ」

八板が見いだした「希望」とは何だったのか。
その答えを、八板は、防衛省からの騒音対策などに関する回答が今月出されるのを待って、近く示す見通しだ。
それは、騒音や安全性など住民の不安を払拭する対策を実現した上で、国からの再編交付金を確保し苦渋の決断で受け入れるという、現実路線にあるのか。
それとも、基地反対を貫く可能性があるのか。いずせにせよ、安全保障の最前線で翻弄される離島の姿の今後を、しっかりと見続けていきたい。

(文中敬称略)

取材した鹿児島局高橋記者
鹿児島局記者
高橋 太一
2017年入局し、初任地・鹿児島で県政、選挙、安全保障などを担当。2022年8月から政治部。