日本一長い!?異例の町長選挙

この夏、参議院選挙と並行して、原発事故の被災地で注目選挙が行われた。
福島県浪江町の町長選挙だ。注目されたのはその選挙期間の長さ。
通常、町長選挙はほとんどの自治体が5日間で行うが、今回はその3倍余りの18日間。

「何かの間違いではないか…」
県の選挙管理委員会までが一度は疑ったという日程を浪江町が選択した背景には、原発事故がもたらした厳しい現実があった。
異例の長期選挙はなぜ行われ、どんな結果をもたらしたのか取材した。
(潮悠馬、高野茜)

”異例だとしか…”

「長い選挙戦でした」

7月10日の投開票日。初当選を果たした元県議会議長の吉田栄光さん(58)が開口一番口にしたことばには実感がこもっていた。

今回の浪江町長選挙は参議院選挙と同じ6月22日告示、7月10日投開票という日程で行われた。

公職選挙法に詳しい日本大学の岩井奉信名誉教授も、その長さには驚きを隠さない。
「一般的には、今はできるだけ短い選挙期間でとなっているので、18日間というのはちょっと異例だとしか言いようがない」
町村長選挙の選挙期間は公職選挙法で少なくとも5日間とされていて、各自治体の選挙管理委員会が日程を決めることができる。
岩井名誉教授によると、ほとんどの自治体は主に費用面の理由で最短の5日間を採用しているという。浪江町の18日間はその3倍以上だ。

町民の避難で投票率が低迷

背景には原発事故の被災地特有の事情がある。浪江町は、東京電力福島第一原発から約8キロに位置する福島県沿岸部の自治体だ。


平成23年3月に起きた原発事故によって、町内の全域に避難指示が出され、当時住んでいた2万1000人は全国にちりぢりになった。5年前に町の一部で避難指示が解除されたが、今も住民の9割が町の外で避難を続けている。避難先として、最も多いのが同じ福島県のいわき市で15.5%、次に福島市の11.6%などとなっている。また、およそ30%は県外で生活している。
一般的には投票所まで数分だが、浪江町ではそうはいかない。
例えば、同じ沿岸部にあるいわき市からでも、町内の投票所までは車で1時間はかかる。このため、震災前は70%から80%台で推移していた町長選挙の投票率は著しく低下。前回・4年前の選挙では過去最低の43.08%まで落ち込んだ。

町は震災後、県内の複数の自治体に投票所を設置したり、平成27年と平成30年は選挙期間を通常より長い10日間にしたりと工夫をこらした。また、投票用紙を郵送で取り寄せることで、全国の避難先の自治体で投票ができる不在者投票の利用を促したが、どれも効果は限定的だった。

参院選との“ダブル選挙”に

そうした中、町の選挙管理委員会は今回、8月4日の町長の任期満了日に近い日程で参議院選挙が予定されていることに着目し、“ダブル選挙”にするという一手に出た。日程を決めたのは4月28日。その時点で有力視されていた6月22日公示、7月10日投開票を見込んだ。しかし、参院選の日程が正式に決まったのは、国会閉会日の6月15日。もしずれていたらどうするつもりだったのか。

(浪江町選挙管理委員会事務局の伴場裕史さん)
「その時には、直前でも町長選挙の日程を変更するつもりでした。やはり町民の方が楽になるようにというのがまず一つ。あとは2つ選挙があることで両方投票できれば、こっちに投票するついでにもう一つやってもらえるということで結果的に投票率アップにもつながるのではないかと考えました」

期日前投票に期待

特に期待したのは、期日前投票の増加だ。
町内にある町役場のほか、町外でも、避難している人が多い福島市、いわき市、郡山市、二本松市の4か所に投票所を設けた。
期日前投票所で実際に投票した人に話を聞いてみると「町長選と参院選で行ったりきたりではちょっと面倒と思っていたのでよかったのではないか」とか、「町内に住んでいないので、選挙期間が長い方が余裕を持ててよいと思います」といった声が聞かれた。
さらに、全国の避難者に少しでも選挙について知ってもらおうと、初めて動画投稿サイトのYouTubeを使った投票の呼びかけも行った。
はたしてその結果は・・・。

投票率は6ポイントアップ

今回の町長選挙の投票率は49.43%。前回から6.35ポイント上昇し、過去2番目の低さながらも、なんとか最低を下回ることは免れた。投票した人の内訳をみると期日前投票が大幅に増加。前回よりも1000人近く多い3766人となり、投票した人の半分を超えた。
(浪江町選挙管理委員会事務局の伴場裕史さん)
「ある程度やった成果は出たかなと思いました。ほっとしているところです」

町とのつながり再認識

とはいえ、異例の長期選挙による6ポイントの投票率上昇を大きいとみるかどうかは見解が分かれるかもしれない。
ただ現場で取材していると、この長い選挙期間は、投票率以外にも、原発事故の被災自治体の住民にとってメリットがあったのではないかと感じることがあった。

投開票日前日の7月9日。
街頭演説の会場となったJR浪江駅前には、これまでに町内で見たことがないくらいの人が集まっていた。

町の内外から候補者の演説を聞きに来た人たちからは、選挙をきっかけに町とのつながりを再認識できたという声も聞こえてきた。
「久しぶりに会った人とこれからの浪江のことを話せました。コロナ禍で町民が集まるところが少なくなっていて、きっかけは選挙という形ではありますが、町民の輪というかみんなが団結することにつながればよいなと思っています」(60歳 男性)

今回当選した吉田さんにとっても、この選挙は町外に避難している町民に政策を訴える貴重な機会になったという。「どのような人が立候補しているのか分からない」という声を受け、選挙期間中、知り合いのつてをたどって千葉県や栃木県まで足を伸ばし、直接対話する機会を持った。

千葉県で避難している町民のサポートをしている石井悠子さんは、選挙期間中に候補者と話しをすることができた意義を語る。
「避難先の町民は年々、町との関わりが薄くなっていて、中には町長選があること自体知らず気づいていたら終わっていたなんて人も過去にはいました。そうした中で今回、候補者と直接話をすることができたのは避難している人たちにとって町に関心を寄せるよいきっかけになったと思います」

千葉県に避難する浪江町民たち
吉田さんも、18日間という長い町長選挙をこう振り返った。
「有権者がどこにいるかわからないなんて、日本中探してもこんな選挙はないでしょう。本来であれば選挙戦に入る前に多くの町民の方々の声を伺ってから、自分の政策などを伝える選挙期間になるわけですが、我々の今の避難の状況ではそれが難しい。それだけに告示から投票までという期間が非常に大事な貴重な時間をいただいているということを身にしみて感じました。18日間と決まったことで県外にも行けた。その時間は私にとって今後4年間の大きな力になったと思います」

選挙制度の見直しも

投票率を上げ、有権者と候補者の対話を増やすことにもつながった長期選挙。今後の選挙もこうした日程で行っていくのか。しかし、選挙管理委員会の担当者は、「あくまでも“ダブル選挙”だからできた特例的な取り組みです」と話し、首を横に振った。

日本大学の岩井名誉教授も、一定の効果はあったとしつつ、続けていくには課題も多いとして、将来的には投票方法を含む選挙制度自体の見直しが必要だと指摘する。

「選挙期間が長くなると選挙運動をやる側はそれだけの体力もあるいは資金的な面というのもなかなか厳しいものになると思われる。
住民の政治参加、特に選挙での参加ということを促すというのは、浪江町の問題に限らず全国的な課題です。そう考えるとより投票しやすいように郵便投票やネット投票などといったような仕組みというのをこれから考えていかなければならないと思います」

低投票率も原発事故の爪痕

今回の取材で驚いたのは浪江町の有権者の多さだ。町内には1800人余りしか住んでいないが、有権者数はおよそ1万4000人。震災と原発事故から11年以上が経過し、避難先での生活が定着してもなお、これだけの人が町に住民票を残しているのは、ふるさととのつながりを少しでも維持したいという人が多いことの表れでもあると感じた。
一方で、有権者の9割が町外に暮らしているという状況を生んでいることこそ、原発事故の罪深さだと言える。原発事故被災地の自治体では、こうした誰も経験したことがない課題を乗り越えていくための模索がこれからも続いていくことになる。ただ、今回の投票率向上もしかり、その取り組みからは、全国の自治体にとっても課題に向き合うヒントが得られるかもしれない。私たち福島で働く記者の使命は、そうした現実をつぶさに見つめ伝えていくことにほかならない。そう思いを新たにした取材だった。

 

福島局記者
潮 悠馬
2017年入局警察担当 会津若松支局を経て21年11月から県政担当。震災・原発事故からの復興や課題などを取材。
福島局記者
髙野 茜
2019年入局 警察担当を経て 去年11月から沿岸部地域を取材する南相馬支局。浪江町内のうどん屋がお気に入り。