知事選の終わりは参院選の幕開け
新潟選挙区

参議院新潟選挙区に立候補を予定している立民の森氏、自民の小林氏。知事選で再選した花角氏。

5月29日。新潟県知事選挙は、与党に加え、野党の一部からも支援を受けた現職の花角英世(64)が「トリプルスコア」の圧勝を収めた。
この戦いの裏で、もう1つの戦いも、火ぶたが切られていた。
夏の参議院選挙だ。
新潟は、定員1人のいわゆる「1人区」
選挙全体の勝敗のカギを握るとされ、与野党による激しい攻防が予想される。
この知事選挙から見えてきた各党や立候補予定者の戦略は?

(野口恭平、山田剛史、野尻陽菜)

圧勝の裏に

5月29日午後8時。
新潟市中央区のホテルに集まった約250人から大きな歓声が上がった。
花角英世の2回目の当選確実の一報が入ったのだ。

結果は現職の花角が70万票余りを獲得したのに対して、新人の片桐奈保美(72)は20万票余りと、トリプルスコアの圧勝だった。


花角は国土交通省の元官僚で新潟県副知事や海上保安庁次長を歴任。
4年前、前の知事が女性問題で突然辞職したことを受けて立候補し、自民、公明両党の支援を受け、野党系の候補との一騎打ちを制して知事に就任した。
事実上の与野党対決となった当時の選挙戦は熾烈を極め、得票率の差はわずか3ポイントだった。

何が今回の圧勝を生んだのか。
それは選挙の「構図」が4年前から大きく変わったのだ。

祝勝会の壇上、自民党や公明党の県連幹部とともに花角を囲んだのは連合新潟の幹部だった。

連合新潟は前回の知事選では花角の対立候補を支援。
本来ならば「敵役」だが今回は一転、花角の支援に回った。
連合新潟に花角の姿はこう映っているからだ。

「厳しい県財政に正面から向き合って歳出削減など財政改革に取り組み、県政に安定をもたらし、労働組合の意見にも真摯に耳を傾ける」

さらに野党の一角、国民民主党も花角の県政運営を評価し、支援に乗り出した。
「県民党」を掲げる花角の思いが形になったのだ。

「油断はできないが、この態勢が整った時点で花角の勝ちだ」

花角を支える県議会議員はたびたびそう口にしていた。
そして、政界関係者の関心は選挙結果が出る前から、すでにその先にあった。

“エース”投入

新潟の自民党にはこの夏の参院選になみなみならぬ思いがある。

前々回(2016年)、前回(2019年)と新潟選挙区で野党に敗北し、結党以来守り続けた議席を失ったからだ。

議席奪還に向け、白羽の矢が立ったのが新潟市秋葉区を地盤とする県議会議員、小林一大(48)だ。

東京大学出身で当選4回を重ね、自民党県連の政策責任者にあたる政務調査会長を務める。いじめ対策の条例制定に関わるなど県連内の評は「政策通のエース」。
父親は新潟市に合併した旧新津市の市長を務め、知事選挙に立候補したこともある。

もともと国会議員への関心はさほどなかったという小林だが、同僚からの強い要請を受けて立候補を決断した。
「自分で勝てなければこの先、新潟県で自民党が勝てることはないかもしれない。それくらいの覚悟をもって臨む」

分断図り『トリプルスコア』

自民党が知事選でこだわったのは、結果ではなく「勝ち方」だった。

ベテランの県議会議員はこう話す。
「花角の実績を考えればしっかり訴えを届けることができれば勝つことは確実だ。ただし、問題はその勝ち方だ。ダブルスコアくらいでは圧勝とは言えない。トリプルスコアくらいの完全な勝利をつかむことで、参議院選挙の弾みにしないといけない」

選挙戦最後の日曜日には、党本部から幹事長の茂木敏充が新潟に入り、奮起を促した。
「参議院選挙、全国レベルでも鍵を握るのが32ある『1人区』。その中でも新潟県は全国的に最重点選挙区。この知事選挙で勝利し、しっかりと参議院選挙の勝利につなげていきたい」

茂木は、こうも指摘した。
「1か月後の参議院選挙に構図は引き継がれるだろう。1回戦うとなかなか修復できない。このままの構図が1か月後の参院選に持ち込まれる」

自民党の県議会議員は次のように解説する。
「花角の陣営で自民党、国民民主党、連合は一緒に戦って距離を縮めた。花角が圧勝すれば国民民主党や連合の参議院選挙に向けた『戦意』をそぐことができる」

“暗黙の了解”への配慮

思惑どおり知事選で圧勝した自民党。
しかし、参院選に立候補を予定している小林は、慎重な振る舞いが目立った。

去年6月に立候補を表明して以来、各地の地方議員と連携して支援者へのあいさつ回りを続けているが最大の課題は「知名度の向上」。知事選挙で花角の横に立ち、応援に汗をかくことが自身のアピールにつながることは誰の目にも明らかだった。

にもかかわらず、花角の事務所が毎日公表していた街頭演説や個人演説会の日程、約100件のうち、小林本人が参加したのは、わずか1割ほど。

小林は「政務調査会長として呼ばれたところには応援にいく、それだけだ」と話し、黙々と朝、交差点に立ち続けては車や道行く人に手を振る。

「自民・国民・連合の3者の距離が縮む中、あえて波風を立てるようなことはしない」
知事選には参院選を持ち込まないとした暗黙の了解への配慮がにじむ。

選挙翌日の朝7時半。
新潟駅前には地方議員とともに朝のあいさつを行う小林の姿があった。

「今は1次試験を突破したところ。これから知事とも連携して新潟に新しい風を吹かせ、『世代交代』を訴えていきたい」
小林は自身に言い聞かせるかのようにまっすぐ、前を見つめた。

混迷の“挑戦者”探し

一方、知事選で花角と争った片桐奈保美。

全国に支店を持つ新潟市の住宅メーカーの役員で、反原発の市民団体代表も務めるが政治経験は皆無だ。

そんな片桐の立候補には知事選の対応に苦慮した立憲民主党の動きが大きく関係していた。

連合新潟が花角の支援を鮮明に打ち出す中、立憲民主党県連は対立候補の擁立に向け、水面下で調整を重ね、ある地方議員にも接触を図っていた。しかし、高い知名度と手堅い政治手腕を見せる花角と戦える人材を見つけ出すのは容易ではなかった。

花角の立候補表明から10日後の2月26日。立憲民主党県連は常任幹事会を開き、候補者の擁立を見送ることを決めた。

県連代表の菊田真紀子は「現職の知事を相手に戦う選挙は甘いものではなく、ゼロから擁立することがどれだけ現実的に可能かどうかを考えればいつまでも時間はかけられない」と苦しい胸の内を明かした。
そして、こう続けた。
「政党に限らず、無所属などいろいろな形で立候補の動きが出てくれば対応しなければならない」

新潟県の野党には共通の成功体験がある。

2016年の知事選挙では、野党が結束して支援した候補が、与党が支援した候補を破って、勝利を収めていた。それだけに、野党第一党の立憲民主党が擁立を断念したことは野党各党に衝撃を与えた。

ここに追い打ちをかける形となったのは国民民主党の行動だった。1週間後の3月5日、国民民主党は花角の支援を決定。野党内の足並みの乱れが決定的になった瞬間だった。

そして知事選挙の告示までわずか2か月前の3月17日、共産党県委員会と社民党県連合が主導する形で片桐の擁立が決まった。

狙いは参議院選挙

片桐の立候補表明を受け、立憲民主党県連は幹部が集まり、対応を協議した。
念頭にあったのは知事選の直後に行われる参議院選挙だった。

党の参議院幹事長を務める、森ゆうこ(66)が今回、改選を迎える。

20年以上にわたって政界で活動し、国会では舌鋒鋭く政府を追及してきた。知名度の高さを背景に足で稼ぐ「どぶ板」も得意とし、6年前の参議院選挙では無所属で勝ち上がった。

森の議席を守るため、最大の支援団体・連合新潟との関係を懸念する声が地方議員を中心に多く挙がった。
「連合新潟が支援する花角と争うのは得策ではない」
「連合新潟は共産党との連携に難色を示している。共産党が支援する片桐に肩入れするのは避けるべきだ」

一方、去年10月の衆議院選挙では共産党県委員会や社民党県連合と一定の協力関係を築き、4つの小選挙区で自民党を破っただけに、両党との関係も考慮すべきだといった指摘も出された。

結果、「総合的な判断(菊田県連代表)」として、特定の候補者を支援せず「自主投票」とすることで決着が図られた。

恩人との“二人三脚”

知事選が始まると、立憲民主党県連の一部が片桐の支援に回った。
特に森は国会対応の合間を縫って5日間、街頭演説などに駆けつけた。

「自主投票」とはいえ、共産党が支援する片桐を推す森の行動に県連内では眉をひそめる人もいた。
森に直接、尋ねてみると「片桐は本当に古くからの友人で恩人。応援しないという選択肢は無い。今は一生懸命応援するだけだ」と答えた。

県連関係者はこの動きを参議院選挙をにらんだものと解説する。
「何もしないと選挙期間中、活動が減り、相手との差が広がってしまう。2016年の選挙では無所属の野党統一候補として当選した。今回も共産党と連携したいと思っている」

一方、連合新潟を率いる会長の牧野茂夫はNHKの取材に次のように語った。
「森が片桐を支援することは分かっていたから静観している。森も『この動きが自分にとってプラスになるかマイナスになるかわからない』と私に言っていた」

 

共産党との距離感

共産党との距離をどのように取るのか。
立憲民主党県連の関係者が頭を悩ませるテーマとなっている。
新潟県にはかつて「新潟方式」と呼ばれた県組織レベルで野党内の連携を深めた歴史もある。こうした枠組みに共産党が加わり、自民党を破ったこともあった。

だが、連合が共産党を念頭に「目的や基本政策が大きく異なる政党と連携する候補者は推薦しない」という基本方針を決めてから潮目は変わった。

連合新潟会長の牧野も「共産党と連携する場合、推薦取り消しもありうると森に釘を刺している。共産党とは候補者の調整にとどめるべきで、6年前のやり方から舵を切る必要がある」と話す。

立憲民主党県連は連合新潟との「合同選対」を立ち上げたが、これとは別に共産党県委員会や社民党県連合などが参加する「野党連絡調整会議」も発足した。連合新潟に配慮した形で2つの組織ではっきりと選挙態勢を分けることで内外に姿勢を示そうというのだ。

調整会議発足にあたり、森は共産党との連携を問われ、言葉を選びながら次のように話した。
「連合の方針は尊重する。しかし1人区の戦いなので『自民党政権ではダメだ』というすべての皆さんの力を借りなければ勝利はおぼつかない。それぞれ立場が違うので最大限尊重させていただき、1つの目標に向かって結集していただく」

県連代表の菊田は「2つの態勢に分けるということは大変なこと」と調整の難しさを口にしていた。

一方で連合関係者からはこんな本音も漏れる。
「自民党に議席を奪われないよう、共産党と活動するのは仕方がない面もあるのは事実。節操を保ち、こちらの顔を立てる形でやってほしい」

さらに2016年の参院選では、民進党として森を、2019年には野党系の候補を支援した国民民主党の動向も注目される。

国民民主党県連代表の上杉知之は「自民党を利することはしないが、共産党を含む連携には加わらない。具体的な対応は白紙だ」と語る。

近づく決戦の時

参院選の新潟選挙区にはこのほか、NHK党の新人でIT関連会社社長の越智寛之(47)、政治団体「参政党」の新人で会社員の遠藤弘樹(41)も立候補を予定している。

熱い夏は目前に迫っている。
毎回、与野党が激しく激突する新潟。この夏の決戦を制するのは、どちらか。
1つの議席をめぐる戦いは、これからだ。
(文中敬称略)

 

新潟局野口恭平記者
新潟局記者
野口 恭平
2008年入局。徳島局、経済部を経て2020年より新潟局。花角知事を担当。
新潟局山田剛史記者
新潟局記者
山田 剛史
2018年入局。警察担当、長岡支局を経て新潟市政担当。野党各党と連合を取材。
新潟局野尻陽菜記者。
新潟局記者
野尻 陽菜
2020年入局。新潟局が初任地。司法・警察担当。知事選では片桐陣営を取材