候補者立てない!?
自民 異例の“不戦敗方針”

夏に控えることし最大の政治決戦、参議院選挙。
1つの選挙区への対応をめぐり自民党内が揺れている。

自民党執行部は、定員1人の山形選挙区で独自候補の擁立を見送る方向で調整を進めている。
しかし、党内からは「政権与党の責任放棄だ」などと反発の声も相次いでいるのだ。

“異例”とも言われる擁立見送り方針、その狙いはどこにあるのか。

(佐久間慶介、山本雄太郎)

“異例”の見送りへ

「候補者を立てないなんて恥ずかしくないのか!」
「今からでも遅くない、立てるべきだ!」

4月9日、山形市内で開かれた自民党県連の会議。
国会議員と地方議員、100人以上が集ったこの場で、怒号が飛び交った。

最前列の「ひな壇」の中央に座る県連会長の遠藤利明に向けられたものだ。


衆議院当選9回で、オリンピック・パラリンピック担当大臣などを歴任し、現在は、党四役の一角である選挙対策委員長を務めている。

遠藤は「候補者を立てられていないことは、私が一番恥ずかしいんです」と繰り返し、頭を下げ続けた。

この1週間ほど前、報道各社は、自民党が夏の参議院選挙の山形選挙区で、公認候補の擁立を見送る方向で調整していると一斉に報じた。
出席者の怒りは、このいわば「不戦敗方針」の報道を受けてのものだった。

参議院選挙の選挙区で、自民党の公認候補や、保守系の無所属候補が立候補しなかったのは、自民・社会・さきがけの連立政権だった村山政権で臨んだ平成7年の選挙での大分選挙区以来、27年間、例がない。

理由①勝てる候補が見つからない

参議院選挙は、全国に32ある、定員1人の「1人区」の勝敗が全体の勝敗を左右すると言われる。

山形はその「1人区」の1つだが、これまでに立候補を表明しているのは、国民民主党の現職・舟山康江と、共産党の新人・石川渉の2人だ。

自民党の公認候補の名前はない。
なぜか。
遠藤は「勝てる候補が見つからない」と周囲に語っている。

弱気の理由は、近年、自民党が山形で苦戦を強いられていることにある。
6年前の選挙では、国民民主党の舟山が、自民党候補に12万票あまりの差を付けて圧勝した。
3年前の前回選挙や去年の知事選挙でも野党が支援した候補が勝利している。

理由②野党分断の狙い

もう1つの理由が、舟山が所属する国民民主党の動向だ。

山形での候補者探しが難航する中、国会では国民民主党が与党に接近する動きが顕著になっていた。

この通常国会で、国民民主党は政府の新年度予算に賛成するという異例の対応をとった。


野党が政府の当初予算に賛成したのは、少数会派を除けば、1978年の新自由クラブ以来、実に44年ぶりのことだ。
自民党はこれを歓迎し、原油高騰対策をめぐって、いわゆる「トリガー条項」の凍結解除を主張する国民民主党の求めに応じ、自民・公明・国民民主の3党による政策協議を開始。
協議の結果、凍結解除は見送るものの、ガソリンなどの価格を抑制するため、石油元売り会社への補助金を拡充・継続することなどで合意した。

さらに第2弾の政策協議として、家族の介護などに追われる「ヤングケアラー」と呼ばれる子どもたちへの支援について3党で検討を始めた。

自民党執行部の1人は、一連の政策協議の狙いについて「すべては参議院選挙のためだ」と声をひそめて語る。
「国民民主党が与党側に近づけば、立憲民主党や共産党との距離は逆に遠のく。野党勢力の足並みが乱れれば、全国レベルでの野党候補者の1本化を防ぐことにつながる。そうすれば、参議院選挙で与党が負けることはない」

実際、自民党の思惑どおりに野党の分断は進んでいる。
6年前と3年前の選挙で、野党側は、すべての「1人区」で候補者を1本化したが、今回の選挙で1本化が実現しそうなのは、これまでのところ半分にも届いていない。
野党間の亀裂がこのまま進めば、自民党が得られるメリットは計り知れないと執行部は踏んでいる。

理由③連合票の取り込みも

さらに自民党内には、国民民主党の支援組織、連合からの支援に期待する向きもある。

総理大臣の岸田文雄は、ことし1月、都内で開かれた連合の新年交歓会に出席。


副総裁の麻生太郎らも、連合会長の芳野友子と会食を重ねている。

そして4月18日には、芳野が自民党本部を訪れ、異例の講演を行った。


自民党執行部の1人は、連合との関係を強める狙いを解説する。

「国民民主党を引き込むことができれば、民間企業の労働組合の票は立憲民主党にいかなくなる。接戦が予想される選挙区では、この恩恵は大きい」

別の執行部のメンバーも口をそろえる。

「山形で勝つことが重要ではない。参議院選挙で勝つことが重要なんだ」

国民民主党との連立も?

国民民主党の一連の動きについて、永田町では、参議院選挙のあとに連立与党入りする布石ではないかという臆測が広がっている。

岸田は政権発足以降、官邸(政府)と与党が支え合う「政高党高」を掲げ、「官邸主導」と言われた安倍政権などと異なる政権運営のスタイルをとっている。
党側でその中心にいるのが、麻生と幹事長の茂木敏充だ。

岸田は、毎週のように3人だけの会談を党本部で重ねている。


3者会談を踏まえ、麻生と茂木が、国民民主党代表の玉木雄一郎や幹事長の榛葉賀津也と接触を重ねていることは、複数の関係者が証言している。
この中で、将来的な連携に話が及んでいても何ら不思議ではない。

党内からは批判

しかし、山形での擁立見送りをめぐっては、自民党内から公然と反発の声があがった。
4月12日に開かれた総務会では「候補者を擁立しなければ地方組織が弱体化する」、「選挙対策委員長のお膝元で候補者を立てなければ党全体の士気が下がる」などと批判が相次いだ。

その後も批判は収まらなかった。
安倍・菅政権を国会対策委員長として支えた森山裕は、山形の有権者に選択の機会が与えられないとして「擁立しないのは異常だ」と厳しく指摘した。


党内では、自民党と国民民主党の候補者が競合する選挙区は、隣の秋田や、過去2回の選挙で自民党候補が敗れた大分など、全国にいくつもあるとして、山形だけ擁立を見送ることに疑問の声が広がっている。
重鎮議員も、周囲に苦言を漏らしているという。

こうした批判の背景には、岸田・麻生・茂木の3者が主導する党運営への不満もあるとの見方が出ている。

ある閣僚経験者は「トップダウンで決まるものが多すぎて、党内はみんなモチベーションが下がっている」と語る。

ことしに入り、国民民主党とのやりとりだけでなく、▽公明党との間で選挙協力の協議が難航したことにはじまり、▽白紙撤回に追い込まれた年金生活者らを支援する5000円の給付金、▽公明党の意向を受け、自民党内の反対の声を抑えて決定した補正予算案の編成など、党内議論の積み上げによらない党執行部の方針決定や、連立を組む公明党との関係が不安視される事態が相次いでいる。

国民民主党の姿勢に疑問の声も

自民党内ではここへ来て、国民民主党の対応を疑問視する声も出ている。
4月20日、国民民主党は、日本維新の会と京都選挙区と静岡選挙区で、互いの候補者に推薦を出しあうことを決めた。
さらに、両党が交わした合意文書には「政権交代を実現して日本再生のために尽力する」という文言が明記されていた。


自民党にとっては寝耳に水であり、国民民主党との連携に前向きだった党執行部は、一転して不快感をあらわにした。
「彼らには怒っている。さすがに『政権交代』を掲げる政党と、山形で協力をするわけにはいかない」

国民民主党は、「事前の了承手続きがなかった」などと党内から異論が出たため、日本維新の会に再協議を要請し、代表の玉木は改めて文書を作成したいという意向を示した。
しかし、自民党側には、こうした国民民主党側のどっちつかずの対応に不信感が芽生え始めており、執行部の1人は、このままの姿勢が続くなら国民民主党との協力関係は見直さざるを得ず、山形への候補者擁立も選択肢となり得るとも指摘する。

難しい判断

山形への対応について、総理大臣の岸田は今のところ表向きのコメントは控えている。
党執行部の1人は「総理は参議院選挙に勝つのがすべてだと割り切っている。多少の不満が出るのは仕方がないと思っている」と解説する。
岸田にとっては、参議院で過半数を維持すれば、本格的な国政選挙の予定がない「黄金の3年」とも言われる期間を手にできる。

しかし、仮に山形での擁立見送りという「異例の対応」が、思うような結果を得られず、党内の不満がさらに高まる事態になれば、岸田の政権基盤が揺らぐことにもつながりかねない。

党内外の反応もにらみながら、難しい判断が迫られることになる。
正念場となる参議院選挙は、目前だ。

(文中敬称略)

政治部記者
佐久間 慶介
2012年入局。福島局を経て政治部。立憲民主党などを担当し、去年秋から与党クラブで自民党の選挙対策を取材。
政治部記者
山本 雄太郎
2007年入局。山口局を経て政治部。官邸や外務省を担当し、与党クラブで自民党の茂木幹事長を取材。