企業の“脱首都圏”
会社が移転したらどうしますか?

コロナ禍が長引く中、首都圏(東京・埼玉・千葉・神奈川の1都3県)の企業が本社や本社機能を地方に移そうという流れが続いています。
首都圏から地方に移転した企業が、地方から首都圏に移った企業を数で上回っているのです。
私たちは“脱首都圏”に踏み切ったビールメーカーや大手企業を徹底取材。
移転して良かったですか? それとも…?
(記事の最後に「首都圏からの企業移転数」のグラフがあります)

東京都心から自然豊かな村へ

都心から奥多摩を越え、山梨県の山間部に位置する小菅村。東京・渋谷からここに本社を移転した企業があります。

クラフトビールメーカー「ファーイーストブルーイング」は2年前、多摩川の源流があり、きれいな水を使っているイメージがブランド力アップにもつながると、醸造所がある小菅村に移転を決めました。

地元の農家とのつながりも深まり、特産品の桃を活用した新商品の開発も進んでいます。

傷がついて売り物にならない桃を農家から安く買い取り、クラフトビールに使おうというのです。
会社は新商品の開発につながり、農家にとっても収入が上がり地域が活性化するとして、ウィンウィンの関係となっています。

(桃農家 山下一公さん)
「桃がビールになるとは思わなかったので驚いたし、コラボできると聞いたときには飛びつきました。生産者としては、ちょっとした傷があるだけでも廃棄するしかなくて心が痛かったので、ビールとして生まれ変わってうれしいです。
東京から本社を移転してくれたことも県民として喜ばしいし、地元も活気づくと思います」

懸念は社員の負担

しかし、東京から地方へ本社を移すことで懸念されるのが、引っ越さなければならない社員の負担です。

社長の山田司朗さんは、社員に負担をかけないよう対話を重ねたうえで決断しました。

(社長の山田司朗さん)
「社員を移住させるとなると、とても大きな負担をかけてしまいます。子どもがいれば学校をどうするのかという問題もあるし、車を運転することも必要になる。社員から色々な意見を聞いて移転を決めました」

移転を決める後押しとなったのが、長引くコロナ禍で在宅勤務が定着したことです。
東京で勤務する社員にテレワークで働いてもらったところ、業務にほとんど支障が出ませんでした。
そこで東京勤務の社員は移住することなく、テレワークで働くことができるようにして負担を軽減したのです。

移転後も首都圏で生活を続け、テレワークで働いている社員は…
「コミュニケーションの難しさは確かにあって、山梨にいる社員との差が出て不利な面はあるかも知れません。
ただ、リモートで多様性のある働き方ができるようになったことは会社としていいことだし、同僚とも仕事が続けることができて良かったです」

首都圏から転出企業 過去最多

こうした“脱首都圏”の動きは、データでも確認できます。

民間の信用調査会社「帝国データバンク」によりますと、去年1年間に首都圏から地方に転出した企業は351社で、データが残る1990年以降最も多くなりました。

これに対し、首都圏に転入した企業は328社でした。
転出が転入を23社上回り、11年ぶりの転出超過になったのです。

転出超過は、ことしに入っても続いているようです。
1月から3月までに首都圏から地方に移ったことを確認した企業は59社でした。一方、地方から首都圏に移ったことを確認した企業は35社で、地方から首都圏に転入した企業数を24社上回りました。

背景のひとつに、コロナ禍でリモートワークが定着し、対面型の営業スタイルも変わりつつあるため、必ずしも賃料の高い首都圏に本社を置かなくてもよいという企業側の価値観の変化があるとみられます。

調査会社は、コロナ禍をきっかけに、長く続いてきた企業の“首都圏集中”という傾向が明確に断ち切られたと指摘しています。

(帝国データバンク 上西伴浩情報統括部長)
「誰もが先行きを見通せない中、東京から移転を決断するのは相当な勇気がいる。
ただ、企業として収益を上げられず、ずっと苦しいままでもいけない。そのため、地方でビジネスチャンスをつかむんだと判断する経営者が出てきた。
さらに情報交換をオンライン上で行うことが当たり前になってきたので、東京にいる必要もなくなった。これからは本社を地方に置き、たまに東京へやって来るという、今までとは逆の動きが定着してくるかもしれない」

世界的企業も地方へ ビジネスチャンス求め

ビジネスチャンスをつかむ目的で地方へ移る企業もあります。
来年8月に東京・新宿から群馬県太田市に本社を移転するのがタイヤメーカー「日本ミシュランタイヤ」です。

ものづくりが盛んな群馬県に研究職や営業職などの人材を集めることで、多様なアイデアを生み出せる環境を作ろうと移転を決めたのです。

自動車産業の集積地として知られている群馬県で、地元のメーカーを巻き込みながら、新たな産学官の連携を狙います。

その舞台として会社は、車のタイヤをはじめ、宇宙や医療など、新たな事業領域を開拓していく最新の技術を集めた新たな研究施設を設けました。

地元で新たなパートナーシップを

この研究施設はものづくりの最新技術を学ぶことができ、地元の自治体や企業、それに大学などと連携して人材育成の拠点として活用していく予定です。
デジタル化に対応した高度な技術を若い世代に学んでもらい、地域の活性化にもつなげていく考えです。

社長の須藤元さんは、デジタル化で働き方の自由度が上がったことも地方移転を決める後押しになったと言い、地元との新たなパートナーシップに可能性を感じています。

(社長 須藤元さん)
「デジタルのツールが増えたことで、地方だから地理的に有利、あるいは不利という考え方は以前より断然なくなった。地方に移ることで、同じ拠点でみんなが集まってコラボできる。そこで地元のパートナーを中心に産学官という形の新たなパートナーシップが生まれると感じている」

企業・従業員を支援 自治体も誘致に力

積極的に企業の誘致を進めようと、企業や従業員に手厚い支援を行う自治体もあります。

鳥取県米子市は、市内に本社機能を移転した企業に対して、▽初年度、事業に使う機械リース料の半額を補助するほか、▽オフィス取得・賃料の最大15%、合わせて2億円まで補助する制度を設けています。

また、企業の誘致を進めるためには、社員が安心して暮らせる環境づくりも欠かせないとして、▽本社機能の移転にともなって移住してきた従業員に対して1人30万円の補助を行っているほか、▽市役所に移住の相談員を配置し、補助金や利用する公共施設の書類申請のサポートを行っています。

こうした企業誘致の結果、東京から市内に移住する人も増えていて、2019年には182人でしたが、2021年には242人と、1.3倍以上になっています。

本社機能 移転した企業は

東京に本社があるIT企業のIDホールディングスは、おととし10月、地震や新型コロナの感染リスクを分散させるため、本社機能の一部を米子市に移転しました。

もともと米子市の拠点には技術部門の社員10人が働いていましたが、技術部門を拡充したほか、管理部門も加え、現在はおよそ50人の社員が勤務しています。

会社は、市や県の制度を活用して、移転から5年間で6000万円余りの補助を受ける予定です。

移住したら自宅が1.5倍の広さに

この企業の社員、松田一樹さん(34)、恵さん(35)夫婦は、子どもと一緒に去年4月、米子市に引っ越してきました。

市からの補助金で、家具や冬用タイヤを購入することができ、生活に役立っているといいます。

また、2歳の子どもの保育園が見つかるか不安でしたが、移住相談員が会社の近くにある保育園を探し、申請のサポートもしてくれました。

(松田一樹さん)
「自治体からのサポートがあり、安心して新しい生活を始めることができました。住んでいる自宅は1.5倍ぐらいの広さになりましたし、すぐ近くに海や公園があり、子どもも、のびのびと遊ぶことができています。もともとリモートでの仕事が多かったので支障もなく、引っ越してきて正解だったと感じています」

このほか政府は、地方の活性化のため、東京23区から地方に本社機能を移転したり、地方にある拠点を強化したりした企業に対し法人税などを優遇する措置も設けています。

自治体と企業 共倒れリスクも…

“誘致合戦”が繰り広げられる一方、補助金や減税による誘致に頼るだけでは自治体と企業の双方が共倒れになるリスクがあると指摘する専門家もいます。

(大和総研経済調査部 神田慶司シニアエコノミスト)
「企業本来の収益力の向上が見込めず、移転してもコストの方が大きくなっていくのなら、地方自治体が税制面の優遇措置を取ったり、補助金を出したりして企業を呼び込んでもプラスの効果が見いだせず、共倒れになるリスクがある。
自治体は、補助金や減税で誘致するだけでなく、ビジネス面で成長できるようサポートし、稼ぐ力が増すから地元に来てもらうという流れで呼び込む必要性がある」

一方でチャンスの可能性もあると指摘します。

「地方に移転することにより、ビジネスとして経済合理性や収益力が上がる可能性があるのなら、地方移転は積極的に推進していくべきだ。地方のインフラ整備がうまくいけば、これまで企業を誘致するチャンスが無かった地域にも新たにチャンスが生まれることが期待できる」

コロナ禍で続く企業の“脱首都圏”とも言える動き。
感染拡大前の2019年と去年を比較し、首都圏から移った企業が大きく増えた道府県を見ていきます。

▽増加幅が最も大きかったのは北海道でした。2019年に首都圏から本社や本社機能を北海道に移した企業は7社でしたが、去年は26社増えて33社と、一気に5倍近くになりました。

▽2位は大阪府で、去年、首都圏から移った企業は46社と、2019年より14社増えました。
▽3位は宮城県のプラス10社、
▽4位は岡山県のプラス9社、
▽5位は茨城県と兵庫県のプラス7社でした。
続いて、
▽7位は山梨県のプラス6社、
▽8位は広島県と愛媛県のプラス5社、
▽10位は静岡県、愛知県、岐阜県、石川県のプラス4社でした。
▽8位の愛媛県と、▽10位の石川県は、首都圏から移った企業がなかった2019年から一転して、プラスになりました。

前橋局記者
田村 華子
2021年入局。前橋局で警察担当。群馬県で発生する事件や危険な通学路などを取材。自然豊かな群馬で花粉症に悩まされている。
甲府局記者
青柳 健吾
2017年入局。警察・司法を担当し、現在は県政と経済分野を担当。山梨県歴5年が経過し、住み心地住の良さを実感中。
経済部記者
猪俣 英俊
2012年入局。函館局、富山局を経て現所属。鉄鋼や電機業界を経て現在金融庁や日銀を取材。
経済部記者
谷川 浩太朗
2013年入局。沖縄局、大阪局を経て去年11月から情報通信業界を取材。
ネットワーク報道部記者
芋野 達郎
2015年入局。釧路局、旭川局を経て、現職。旭川局では東川町の移住政策を取材。趣味は読書。
おはよう日本ディレクター
矢内 智大
2015年入局。札幌局を経て現所属 神奈川県出身