泉進次郎 沈黙する夏

自民党総裁選挙の告示が9月7日に迫る中、あの男は、沈黙を貫いている。
そう、小泉進次郎氏(37)だ。
高い知名度と政界随一の発信力から「小泉氏が動けば流れが変わるかもしれない」と注目を集めるが、本人は「最後まで考える」と繰り返し、一切の発言を封印。彼はなぜ沈黙しているのか。
(政治部記者 根本幸太郎)

で、どうするの?

「で結局、シンジローさんは総裁選挙どうするんだろう?」

今、永田町のそこかしこで、こんな会話が飛び交っている。
”シンジロー”とは、ご存じ自民党筆頭副幹事長・小泉進次郎氏のこと。
甘いマスクと持ち前の発信力で国民的人気を誇り、当選4回にして将来の総理候補の1人にも挙げられる自民党のホープだ。今回の総裁選挙でも、選挙戦の鍵を握る政治家の1人と見られている。党内の若手議員からは「若手は間違いなく、その動きになびく」との声が聞かれるほか、党幹部の1人も「今の進次郎は誰だって取り込みたい」と評価する。

小泉氏が誰を支持するのか。党員票や国会議員票の動向に少なからず影響を及ぼすことが予想される。

熱い視線を送るのは…

そんな小泉氏に、ひときわ熱い視線を送るのが石破茂元幹事長(61)だ。

国会議員票で劣勢が伝えられる石破陣営からは、小泉氏の支持に期待する声が上がる。
石破氏に近い議員の1人は「小泉総理大臣が誕生した総裁選挙が好例だ」と指摘する。

2001年の総裁選挙では当初、主要派閥の支持を受けた橋本龍太郎元総理大臣が優勢と見られていた。その中で当時、当選3回で国民的に人気のあった田中眞紀子氏が、小泉純一郎氏の支持をいち早く表明。

小泉氏と田中氏が共に街頭に立って「自民党をぶっ壊す」などと訴え、小泉旋風が巻き起こった結果、地滑り的勝利を収めた。
前出の議員は「国会議員も世論は無視できない。世論の盛り上がりが示せれば流れは変わる」と話す。石破氏自身、小泉氏について「『常に真剣勝負』という思いは、いろいろな仕事を一緒にして共有している」と述べるなど、秋波を送り続けている。

6年前は石破支持

石破氏側が小泉氏に期待する理由はもう1つある。それは6年前の総裁選挙。

安倍晋三総理大臣と石破氏の争いとなった決選投票の終了後、小泉氏は1回目と決選投票ともに、石破氏に1票を投じたことを明らかにした。

そして記者団に「自民党は変わらないというイメージがある中で、新たな党の姿を作り上げてほしいという期待を込めて1票を入れた」と説明した。

さらに森友学園や加計学園の問題に揺れた先の通常国会では、自民党議員の多くが沈黙する中、小泉氏が、歯に衣着せぬ物言いで問題提起する場面も見られた。このため「小泉氏は、安倍政権とは距離があり、石破氏を支持するのでは」との見方も出ているのだ。

「最後まで考える」

ただ小泉氏は、総裁選挙の投票まで1か月を切った今も沈黙を貫いている。
「ポスト安倍」の1人と目された岸田文雄政務調査会長(61)が立候補見送りを表明した翌週の7月30日、小泉氏は、視察先の高知県で総裁選挙への対応を聞かれ「まだ最後の構図はわからない。最後までしっかり考える」とひと言。

自身の考えを事前に表明するかについても「最後までしっかり考える」と繰り返した。

このフレーズ、私はこれまで何度も聞いてきた。

「重い1票であり、じっくり考える」(3月25日 自民党大会後)

「まだ始まっておらず、誰が出るのか出ないのかもわからない。最後までしっかり考える」(6月24日 視察先の大阪・高槻市にて)

「まだ候補者もいないし、どういう形で選挙が行われるのかも分からない。いろいろな人が立候補したあかつきにはさまざまな訴えをするだろうからそれを見るしかない。総理大臣を選ぶ大切な選挙なので最後までしっかりと考えたい」(7月20日 国会閉会後)

総裁選挙をめぐる質問には、一貫して慎重に発言していることがわかる。
さらに秋波を送る石破氏について聞いても「今の時期は誰のことを語っても、そういう報道に結びつけられちゃうから、個人の評価はあまり語らない方がいいんじゃないか」とはぐらかされてきた。

総裁選挙に向けて党内の動きが活発になる中、小泉氏は8月5日から11日まで同年代の若手議員とインドへ外遊。その後も民放テレビ局から直撃取材を受けても沈黙を守り、7月30日以降、総裁選挙に関する発言は途絶えている。

沈黙の理由は

では、なぜ小泉氏は、沈黙を守っているのだろうか。

あるベテラン議員は「安倍総理大臣を支持しても、石破氏を支持しても、どちらの場合でも何か言われる。黙っているのが一番だ」とその心中を推し量る。小泉氏自身も「毎回いろいろな報道があるが、何をやっても何をやらなくてもどっちでも言われる」と述べている。党内に波風を立てたくないという思いが、慎重な言動となっているようだ。

また、小泉氏に近い若手議員の1人は「表明するメリットがない。どちらの候補にも共鳴していないとしたら先に言う必要はない」と解説し、最後まで態度を明らかにしないと見ていると言う。さらにこの議員は「すんなり石破さんを支持するとは思わない。6年前の時とは状況が違う」と指摘。経済政策の継続性の観点から、小泉氏が安倍総理大臣を支持する可能性もあると話す。

一方、小泉氏と親しい重鎮議員は「外交を考えると新しい総理大臣にしていいことはあるか。色々あるかもしれないが、大局観に立って考えるべきだ」と、安倍総理大臣を支持するように伝えたという。

安倍支持か石破支持か。両陣営が小泉氏をめぐって綱引きを行う中で、小泉氏はそのいずれからも等間隔をとろうとしているようにも見える。

その視線の先には

「政治部の記者さんにも農業関係の予算の取材をして欲しいな。農業も政治だよ」
8月下旬、党の農業関連の会議に出席した後、小泉氏が我々、番記者にかけた言葉だ。
その言葉の裏には、総裁選挙の話を聞き出そうと、連日取材攻勢をかけ、自身に強くスポットライトをあてて報道を加熱させるマスコミへのいらだちが垣間見えた。

最近も、地方議員のなり手が不足する地方の現状を視察したり、農産物の海外輸出を促進するため農業関係者と意見交換したりするなど、永田町の政局の渦を離れ、自身が力を入れる政策を重視する、いつも通りの“シンジロー”を貫こうとしている。

ただ、小泉氏を番記者として追いかけてきた私には、今回の総裁選挙の成り行きや、その裏側にある権力の攻防をじっと観察しているようにも感じる。自身が政局の中心にいる、その時のために。視線はすでに数年後を見据えている。

政治部記者
根本 幸太郎
平成20年入局。水戸局に5年間勤務後、政治部に。29年8月から「進次郎番」。人生はロックンロール。