ウクライナ危機に日本外交は
戦争は想定できたのか

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻。
戦闘はやまず、犠牲者は増え続けている。

今世紀最大の危機とも言われる事態。
日本はどう向き合い、対応していこうとしているのか。
外交の最前線から報告する。
(岡野杏有子、青木新)

危機のきざし

不穏な動きは、去年11月ごろからあった。
ロシアが軍事演習として、ウクライナとの国境付近に部隊を展開し始めたのだ。

いわゆる西側諸国による軍事同盟、NATO=北大西洋条約機構への加盟を目指すウクライナ。
これに対し、旧ソ連時代は1つの国だったウクライナを“兄弟国家”と呼び、加盟を阻もうとするロシアとの間で対立が生じ、ヨーロッパを中心に国際社会で緊張が続いていた。

このころの外務省。
当然、さまざまな外交チャンネルを通じて、現地の情勢は把握していたが、緊迫感は表面化していなかった。
むしろことしの年明け以降に相次いだ、北朝鮮による弾道ミサイルなどの発射を受け、東アジア情勢に目が注がれていた。

一気に警戒ムードに

そんなムードが一変したのは、ことし1月末だ。
年末年始にかけて、欧米各国とロシアの首脳らによる会談が重ねられるなど、外交交渉が続けられたが、いずれも難航。

1月21日に行われたアメリカのブリンケン国務長官と、ロシアのラブロフ外相との対面での会談も、最後は決裂に終わった。

この3日後の1月24日。
アメリカが、ロシアはウクライナへの軍事行動を計画し、治安状況が悪化するおそれが高まっているとして、首都キエフのアメリカ大使館から職員の家族らを退避させることを明らかにしたのだ。

「軍事行動を計画」

外務省幹部は、取材に対し、こう語った。
「本当に軍事侵攻という事態になれば、国際秩序の根本を揺るがすものになる。最悪の事態への備えが、外務省の喫緊の課題となってくる」

外務省内の警戒ムードが一気に高まったのを感じた瞬間だった。

まず動いたのが在留する日本人の保護だ。

当時、ウクライナには、およそ250人の日本人がいた。
アメリカが大使館の職員の家族らの退避を明らかにした1月24日。
日本もウクライナ全土で「危険情報」を2番目に高いレベル3に引き上げ、すべての日本人に商用機などが運航している間に出国するよう強く促し始めた。

事態は日増しに緊迫化

なんとか武力衝突は避けてほしい。
事態は、そうした国際社会の思いを裏切る展開をたどる。

アメリカは、今回、ロシアが侵攻を計画していることや兵力、標的などといった、いわゆるインテリジェンス情報を積極的に公開する異例の対応をとった。機密情報をあえて公にすることで、相手側の機先を制し、行動を抑制しようという狙いがあったとされる。

これに対し、ロシアは「戦争する計画も意図もない」などと、部隊の展開は演習のためと反論。
また、アメリカが、軍事侵攻には制裁を科すことをちらつかせれば、ロシアも対抗措置をとる構えを見せ、事態は抑制どころか、日増しに緊迫していった。

このとき、日本外交は。

1月21日に、岸田総理大臣が、アメリカのバイデン大統領とオンライン形式で会談し、ウクライナ情勢をめぐって、いかなる攻撃に対しても強い行動をとることで一致した。

ロシアが本当に軍事侵攻した場合に、どんな制裁オプションをとりうるか。水面下で、外務省を中心に、政府内のシミュレーションが本格化した。

ただ、この時期、日米首脳会談以外に、日本がヨーロッパ各国やロシアとのハイレベルで、表立って対話を試みる姿は見られなかった。なぜなのか。

外交関係に詳しい与党議員たちからは、こんな声が聞かれた。
「外務省は『ヨーロッパの問題だ』という認識で当事者意識が薄かったんだよ」
「北方領土を含めた平和条約交渉や共同経済活動への影響を考えて様子見だったね」

日本も働きかけ強める

2月に入ると、4日に北京でオリンピックが開幕したが、次第に平和のムードはかき消されていった。

2月10日。
ロシアが部隊を展開しているベラルーシで合同の軍事演習を開始。

翌11日には、アメリカのサリバン大統領補佐官が「五輪期間中もロシアの侵攻が始まってもおかしくない」と言及。
バイデン大統領が、ウクライナにいるアメリカ人に退避を呼びかけた。

このとき日本では。
11日に、外務省は「危険情報」を最も高いレベル4に引き上げ、在留する日本人に直ちに国外に退避するよう呼びかけを始めた。

これに伴い省内に森事務次官をトップにした対策室を立ち上げ、邦人保護対策などをいっそう強化することになった。
それまでの呼びかけもあり、このとき、在留する日本人はおよそ150人まで減っていた。

このころになると、自民党から「外交で日本の姿が見えない」という批判が公然とあがるようになっていた。

2月15日。
岸田総理大臣は、ウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談を行い、ウクライナの立場を支持し、1億ドル規模の円借款を行うことを伝えた。

2日後の17日には、ロシアのプーチン大統領と電話会談。力による一方的な現状変更は認められないとして、外交交渉での解決を求めた。

このころから、岸田総理大臣も、ロシアが軍事侵攻すれば制裁も含めた対応をとっていくことを明確にし始めた。

本当にロシアは軍事侵攻に踏み切るのか。最後は何とか回避できるのではないか。
取材する私たちは半信半疑な心境だった。

外務省内でも見方は一様ではなかった。

ある外務省幹部はこう口にした。
「ロシアは『ミンスク合意』を守りたいと思っている」
「ミンスク合意」は、かつてロシアとウクライナとの間で結ばれた停戦合意。これをほごにすることは考えにくいという見立てだ。

一方、別の幹部はこう話した。
「最悪の事態を想定しておいたほうがいい。武力侵攻が起きる可能性は十分ある」

そして、Xデー

なんとか平和裏に解決してもらいたい。そうした期待はあっけなく裏切られた。

2月21日。
プーチン大統領は、ウクライナ東部の親ロシア派が事実上支配している地域の独立を一方的に承認。「平和維持」を目的に部隊派遣を指示した。

そして24日。とうとうウクライナへの軍事侵攻が始まったのだ。

外務省内は、アメリカから警告が繰り返されていたこともあり、比較的、冷静な雰囲気。
軍事侵攻自体は「想定の範囲内」だと受け止められているようだった。

(外務省幹部)
「起こるべくして起こった」

ただ、侵攻の規模とスピードには驚きを隠せないようだった。
プーチン大統領は武力侵攻に際し「ウクライナの領土を占領する目的はない」と演説。攻撃は軍事関連施設を狙ったものだと公表していた。これもあり、東部の一部地域を実効支配することにとどまるという見方もあったからだ。

しかし、実際は、ロシア軍は、ウクライナ北部や南部からも侵攻を開始。「全面侵攻」とも言える大規模な侵攻を始めた。攻撃は、首都キエフにもおよび、民間施設への被害も確認される事態になった。

(外務省幹部)
「こうした事態も想定の1つとしてあったのはあった。ただ、この時代に、まさか本当にこんなことが起きるとは思っていなかった…」

日本も厳しい制裁措置

世界に走った衝撃。

侵攻当日には、G7の首脳らが緊急のオンライン会合を開き、岸田総理大臣も出席。
その3日後には、外相会合も同様にオンラインで開催され、ロシアの軍事侵攻は国際法違反だとして強く非難し、連携して厳しい制裁措置を講じることを確認した。

これを受けて、日本も足並みをそろえ、ロシアの関係者へのビザの発給停止や資産の凍結、それに半導体の輸出規制など、次々と制裁措置を公表していった。

プーチン大統領個人の資産の凍結にも踏み込んだ。国家元首に直接、制裁措置を講じるのは異例で、厳しい姿勢の象徴とも言えた。
さらには、SWIFTと呼ばれる国際的な決裁ネットワークからロシアの特定の銀行を締め出す措置も支持し、日本も締め出された銀行の資産凍結を行うなど、これまでにない強い措置に踏み切った。

「政府の対応は厳しいものになっている。戦後、際だって強力な措置だ」
「力による一方的な現状変更は許さない。これはヨーロッパだけの問題ではない」

外務省幹部は、取材にこう語り、強い危機感をにじませた。

力による現状変更

このことばは、日本政府が、東シナ海などで海洋進出の動きを強める中国に自制を求める際に使ってきた表現だ。
今回、ロシアの行動を認めれば、中国の動きを助長し、ヨーロッパだけでなく、アジアを含めた国際秩序も揺らぎかねないというのだ。

林外務大臣も重ねて次のように強調している。


「ロシアによるウクライナへの侵略は国際法の深刻な違反であり、力による一方的な現状変更は断じて認められない。これはヨーロッパにとどまらず、アジアを含む国際社会の秩序の根幹を揺るがす極めて深刻な事態だ。今回のような行為を、インド太平洋、とりわけ東アジアで許してはならない」

日ロ関係の難しさも

一方、日本が置かれた独自の立場から来る葛藤もあった。

ロシアとの間で北方領土問題を抱える日本。領土返還の実現を目指し、平和条約交渉を続けてきた。強い制裁を科せば、両国の関係が停滞し、交渉に影響が及ぶおそれがある。ただ、ロシアの侵攻は明らかに“一線を越える”ものだ。

また、日本には苦い教訓もあった。

さかのぼること8年前。2014年のロシアによるウクライナ南部のクリミアの一方的な併合。
この時も、国際社会はロシアを非難し、制裁措置をとった。しかし、当時の日本は、欧米との間で制裁の強弱をめぐって足並みが乱れたと指摘された。この時の二の舞は避けたい。
今回は、最終的に、できるだけ欧米諸国と足並みをそろえる方向へとかじをきった。

一方で、政府内の交渉当事者の胸中は複雑だ。
北方領土問題への悪影響は避けたい。しかし軍事侵攻を許すわけにもいかない。深い葛藤が続く。

(外務省幹部)
「こうした事態でも北方領土問題を解決するという日本の立場は変わらず一貫している。ただこの瞬間、同じように交渉できるかといったらできない。じゃあどうするかと言われたらその方針もない・・・難しい」

さらに強い措置は?

ロシアに対じするため、足並みをそろえた制裁措置。ただ、今後の追加制裁に向けては課題もある。
その1つがエネルギー分野だ。

「サハリン1」「サハリン2」
ロシアの極東・サハリンで、日本企業も参加する形で進められてきている大型の石油と天然ガスの開発プロジェクトだ。

北方領土交渉をめぐる日ロ両国の経済協力を象徴する事業でもある。
このプロジェクトでも、参画しているイギリスの石油大手が撤退を発表する動きも出てきている。
日本企業にも撤退に同調するよう求める声が出てくる可能性も捨てきれない。

しかし、政府内では、慎重論が根強い。
このプロジェクトをめぐっては、日本も石油やLNGの供給を受けていて、とりわけLNGは、日本全体の輸入量の1割を占めている。
制裁によって輸入が滞るようなことがあれば、日本のエネルギーの安定供給や経済に大きな影響を及ぼすと懸念されているのだ。

(外務省幹部)
「ロシアはエネルギー大国であり、日本も供給を受けている。供給が止まるとなると、非常に痛い。できるだけ、エネルギー問題には手をつけないほうがいいというのが政府の立場だ」

今後、さらにどこまで強い措置をとるのか。
各国の動向と、日本経済などへの影響の双方をにらみながらの検討が続けられそうだ。

今後は…

3月に入っても、ロシアによる軍事侵攻はとまるどころか激化している。
4日には、ロシア軍がウクライナ南東部にある国内最大規模の原発を攻撃し、世界を震撼させた。

現地では、これに先立つ2日、首都キエフへの攻撃が激しさを増したことを受けて、日本大使館が一時閉鎖された。
外務省は、西部の都市リビウに設けた連絡事務所を拠点に、懸命に在留する日本人の退避と安全確保の支援を続けてきたが、7日には、連絡事務所に勤務する大使館員を全員、一時的に国外に移動させた。
6日現在、在留する日本人はおよそ80人。
隣国ポーランドの日本大使館などからリモートで、日本人の安全確保や出国支援に、最大限、取り組むとしている。
また、日本は、ウクライナを支援するため、防弾チョッキやヘルメット、それに非常用の食料などを支援物資として送ることを決めた。

一方、ウクライナから避難した多くの難民への支援も課題となっている。日本も国内で受け入れる方針で、自治体とも連携し、長期的な受け入れも視野に体制整備の検討を進めるなど、人道支援を強化していく考えだ。

厳しさを増すウクライナ情勢。この先の展開はどうなるのだろうか。

プーチン大統領は、核戦力もちらつかせ「特別な軍事作戦の目的は、いかなる場合でも完遂される」と強気な姿勢を見せている。

外務省幹部はこう語った。
「いろいろな情報はあるが、実際のところプーチン大統領の頭の中をみないと、全く読めない。次に何が起きるか分からない。長期戦も覚悟しつつ、最悪の事態を想定し、いろいろな準備をしておくしかない」

1日も早い停戦が望まれる中、引き続き、日本外交の力も試されている。

政治部記者
岡野 杏有子
2010年入局。大阪局などを経て2018年から国際部。2021年から政治部。外務省でアメリカなどを担当。
政治部記者
青木 新
2014年入局。大阪局を経て20年から政治部。官邸で“総理番”取材を経験した後、林外務大臣の番記者に。