ージス・アショア 反発の声も

価格が1基当たり500億円も高騰。安倍総理大臣のお膝元とも言える山口県内の配備候補地からも反発の声。そもそも配備を急ぐ必要があるとしていた一番の原因の北朝鮮が「対話モード」に。
こうした状況に野党などから配備に批判の声が出ている新型迎撃ミサイルシステム、イージス・アショア。いったいどうなっているのか。
(政治部 高野寛之 秋田局 五十嵐圭祐 山口局 伊藤直哉 前橋局 渡邉亜沙)

北朝鮮の脅威を強調して…

そもそもイージス・アショアの導入に向けて、政府が北朝鮮の脅威を強調しすぎたことで、逆に整備に理解を得にくい状況になったと指摘するのが、海上自衛隊の元海将で、弾道ミサイル防衛にも関わってきた金沢工業大学・虎ノ門大学院の伊藤俊幸教授だ。

伊藤教授は「米朝首脳会談の前でも後も、日本にとって、北朝鮮の弾道ミサイルが脅威だという点で今のところ変化はない」とした上で、配備には実は北朝鮮以外にも狙いがあると話す。

「本当は中国にも備えなければいけない。中国は弾道ミサイルと巡航ミサイルで少なくとも1000発が今や日本全土を射程に収めているとされる。日本がイージス・アショアを持てば、アメリカとも連携し、将来的には、今は迎撃が難しい巡航ミサイルも含めて対処できるようになるだろう。それが中国に対しての抑止力になる」

「ただ政府は、北朝鮮の脅威を強調する一方で、政治的に関係改善の流れもある中国については言及しにくいのでしょうね。それによって、ミサイル防衛上重要な中国の脅威への対応が必要だということが国民に分かってもらえず、『米朝協議が進むなら、イージス・アショアは必要ないんじゃないか』と誤解を生むことになった」

3隻より2基の方が

そもそも、政府がイージス・アショアを配備する方針を決めたのは去年12月。北朝鮮による弾道ミサイルが相次ぎ、国民の間にも危機意識が高まっていた時期だった。

当時、政府は海上自衛隊のイージス艦を日本海に展開させて、24時間態勢で警戒にあたってきた。イージス艦で日本全域を完全に防護しようとすると3隻が必要になるが、整備や補給、隊員の休養などを考えると、常時3隻も展開することは困難だった。さらに尖閣諸島周辺を含む東シナ海の警戒監視がおろそかになることも懸念された。

一方、イージス艦と同様の機能を陸上に置くイージス・アショアなら、日本全体を2基で弾道ミサイルから守ることができ、艦船のように長期間の補修・整備も必要なく、効率が良いというのだ。
そして、日本の北と西にバランス良く2基を配置することや、日本海側にあることなどを理由に、秋田市と山口県萩市にある自衛隊の演習場が配備候補地として選定された。

現行のイージス艦とほぼ同価格…

ところが、ことし6月。歴史的な米朝首脳会談で北朝鮮に対する融和ムードが高まると、配備の再検討を求める声が与党内からも出てきた。

防衛省が7月30日に発表した配備費用の見通しも、その一因となった。
1基あたりの価格は当初のめどとしていたおよそ800億円を500億円余り上回るおよそ1340億円。
2基で2680億円にのぼる。
さらに導入後30年間の維持・運用の経費なども含めると、およそ4664億円に膨らむ見通しも示された。

単純比較できるわけではないが、現行のイージス艦の建造費は、古いもので改修費も含めるとおよそ1400億円、新しいものではおよそ1700億円。
イージス艦3隻分を「イージス・アショア」2基でカバーできるとはいえ、1340億円する1基と、1隻を比較すると価格的なメリットは薄くなってしまったように見える。

費用高騰の批判に対して、防衛省は、搭載するレーダーが現行のイージス艦と比べて飛躍的に高性能になり、複数のミサイルを同時に発射されても対応できるほか、通常よりも高速で落下し、迎撃が難しいロフテッド軌道のミサイルへの対処能力が高まることを強調する。
さらに、導入後30年間の維持・運用経費については、イージス艦がおよそ7000億円であることと比べれば、決して「高い買い物ではない」としている。

“中国 ロシアの一部にも届く”探知距離

イージス・アショアで、言わば「目」や「耳」の役割を果たすレーダー。今回搭載が決まったのは、アメリカ政府とアメリカのロッキード・マーチン社が提案していた「LMSSR」という最新鋭のものだ。「飛躍的に性能が上がる」とされるが、防衛省は具体的な性能は明らかにしていない。

そこで防衛装備に詳しい関係者に聞くと、レーダーの探知距離は、今のイージス艦の2倍から3倍、千数百キロ程度にもなると見られるということだ。北朝鮮全土だけでなく、中国やロシアの一部もカバーする。冒頭の伊藤教授の指摘もうなずける。ただ、この関係者によると、中国やロシア上空を高い精度で探知して、発射された弾道ミサイルを迎撃できる体制まで持っていくためには、まだ時間がかかるのではないかということだった。

配備に対してはロシア側からも強い懸念を示されている。日本側は「純粋な防衛システムであり、ロシアに脅威を与えるものではない」と理解を求めている。

地元の反発 秋田は知事も

こうした中、配備候補地の地元からは、不安や反発の声が出ている。

秋田市の自衛隊・新屋演習場は、500メートルほど離れた場所に小中学校があるなど、すぐ近くに住宅地が広がっている。ことし6月から繰り返し、防衛省は地元の不安を解消したいとして、秋田市で住民説明会を開いた。

住民からは不安の声が相次いだ。「レーダーが発する電波が健康に影響を与えるのではないか」「国の重要な防衛施設が近くにあることで、攻撃の対象になるのではないか」
これに対し、防衛省は、「影響はない」「攻撃される危険性は高くない」などと説明したが、住民には、「不安が解消されるどころか、逆に不満が高まった」と話す人もいた。

そして7月25日、演習場周辺の町内会の代表らが開いた臨時の会議。

出席した15の町内会の代表のうち、半数以上が配備に反対と表明。今後は地元が一致して、配備に反対する意向を政府に示していく方針を決めた。「新屋勝平地区振興会」の佐々木政志会長は「住宅地が近いところに配備しなければならない理由はない。地元は納得していないという意思を政府にしっかりと伝えていく」と話す。

また秋田県の佐竹知事も6月22日、県庁を訪れた小野寺防衛大臣に「住民が納得できる状況なしに配備を強行することは不本意だ」と述べ、候補地の再検討を求めた。

地元の反発 山口は

山口県萩市、そして隣接する阿武町でも状況は同じだ。阿武町では、農家の女性グループが中心となり、花田町長を通じて防衛省に計画の撤回を訴えた。

この問題を複雑な思いで見守る住民もいる。演習場から3キロほどの所に住む浅野容子さんだ。

福島第一原発の事故後、福島県葛尾村から、夫とともに移り住んできた。景色がよく似ていると避難先に選んだ地で降ってわいた配備計画。防衛省の説明会に参加した浅野さんはこう話す。「電波のことも住民の安全も『これから調べる』という答えだった。決定ありきでアリバイづくりのための説明会にはしてほしくない」

与党「配備困難なりかねない」

こうした中、8月16日に開催された、自民党の国防・安全保障に関する会合。

出席者からは「このままでは、配備は困難になりかねない」「北朝鮮のミサイル発射が沈静化するなか、中国への将来的な対応も含めた日本のミサイル防衛の全体像を説明すべきだ」などといった意見が相次いだ。

「信頼を醸成していく」としているが・・・。

配備候補地の地元から反発があがるなか、どう配備を進めるつもりなのか、防衛省幹部に直接、話を聞いた。

大野防衛政務官は「地元に納得いただけていない現状については、防衛省のこれまでの理解の求め方に対する『不信感』があるんだと思うし、そこは反省する部分もある」と釈明する。
その上で「『配備ありき』ではなく、周囲に与える影響を調査した上で、『不適だ』という結論に至れば、その候補地には配備しないこともあり得る。真摯に説明を繰り返し、信頼を醸成して理解を得ていくしかないと考えている」と話し、信頼関係作りが欠かせないという認識を示した。

どのように国民にイージス・アショアの必要性を説明し、理解を得るのか。そもそも再考の余地は無いのか。
防衛省に課せられた説明責任は重い。

秋田局記者
五十嵐 圭祐
平成24年入局。横浜局を経て秋田局。現在、秋田県や秋田市など行政担当。
前橋局記者
渡邉 亜沙
平成26年から萩支局で3年間勤務し、山口局で警察、イージス・アショア問題担当。ことし7月から前橋局。
萩支局記者
伊藤 直哉
平成29年入局。山口局で警察担当のあと、ことし7月から萩支局でイージス・アショア問題を取材。