求む! “理系”官僚
霞が関が人材不足でピンチ

東京・霞が関で働くキャリア官僚。
「文系」のイメージが強いが、大学院などで専門知識を学んだバリバリの「理系」出身者を対象にした採用があることをご存じだろうか?
官僚のなり手不足が問題となるなか、こうした「理系」官僚は特に深刻な状況にあるという。当事者たちの生の声をもとに実態を報告する。
(柳生寛吾)

日本の“危機”

「この国の危機は実はコロナだけじゃありません」

2021年10月上旬、YouTubeで生配信された就活イベントで力説していたのは、国家公務員の採用を担当する人事院の職員だ。

日本が、AI=人工知能など最先端の研究開発で世界に遅れを取っていること、そして、気候変動への対応が喫緊の課題になっていることなどを“日本の危機”と指摘。
国家公務員として、こうした問題の解決に一緒に取り組んで欲しいと熱っぽく呼びかけた。

「技術革新をどうやって社会に実装させていくのか。民間企業も含めたいろいろな意見をまとめて、集中的に資源を投資する施策を考える。国家公務員の私たちにしかできない世界があるんです」

人事院がYouTubeの生配信で採用活動を行うのは、これが初めて。
そこには、日本の“危機”に立ち向かう官僚たちの確保も危機的な状況に直面している現状があった。

キャリア官僚 採用試験の申込者は激減

近年、いわゆる「キャリア官僚」の採用試験の申込者数は減少に歯止めがかからず、5年連続で過去最少を更新していて2021年は1万7411人と、10年前の7割程度となっている。
中でも減少が著しいのが、「技術系」と呼ばれる「理系」出身の申込者数で、この10年で半数近くにまで落ち込んでいる。

「技術系」で採用された官僚は「技官」と呼ばれている。
文部科学省の宇宙分野の研究開発支援や、環境省などの環境保護施策、それに国土交通省の災害対策など、活躍の場は多岐にわたる。
そして、去年9月に新たに発足したデジタル庁でも、行政分野のDX=デジタル・トランスフォーメーションを推進するため、より多くの専門的な知識を持った人材が求められている。

その役割の重要性がどんどん増しているのにも関わらず、志願者が激減している現状。
人事院には、各省庁から「このままでは人繰りがつかなくなる恐れがある」といった懸念が寄せられているという。

新たな試みをしたものの・・・

こうしたなか、人事院は2021年9月に、新たな対策として、理系の学生だけを対象にした省庁別の説明会を開催。デジタル庁では、リモートで総務省出身の10年目の技官が説明を行った。

「学生時代に学んだ情報工学分野のことをそのまま仕事にしているわけではありませんが、福島の大学に出向して民間のエンジニアと一緒にスタートアップの支援をしたり、理系の強みを生かしたさまざまな仕事ができています」

これからデジタル化がますます進む中で、理系人材の強みを発揮する機会は増えていくとして、「将来の選択肢として考えてほしい」と呼びかけた。

初めての試みで、手探り状態で行われた説明会だったが、終了後、話を聞いた学生の感想は手厳しかった。

「理系の素養が生かせるということはわかりましたが、正直、いままでの企業説明会とあまり変わらないという印象でした。国会対応など、官僚の仕事にはアナログすぎるところも残っていて、生まれたときからデジタルに触れているいまの若い世代の意見が通る職場なのかどうか気になりました」

「技官」のやりがいは?

技官の仕事は、どこにやりがいと課題があるのか?

最前線で働く現役と、辞めて転職した人の双方に話を聞いてみた。
まずは、現役の若手から。

総務省4年目の宇野祐輝さん(28)
学生時代は、東京大学大学院でICチップなど半導体の研究をしていた。入省後、宇野さんが最初に担当したのは、携帯電話に関する業務。ちょうど携帯電話事業に楽天が新規参入を表明し、周波数の割り当てをめぐって、さまざまな技術的な課題への対応や制度の整備などが必要な時期だった。

「携帯事業者側の渉外担当の方も技術的な知識を持っている方が多くて、やりとりして教わりながら、法令などに落とし込んでいくのがすごく面白かったですね。1年目の係員である自分が責任を持って進めないといけない部分もありました」

宇野さんは、自分の関心のある分野に初めから関われたことでモチベーション高く仕事ができたという。

「技術的な仕事でもありつつ、社会への実装という意味で社会との接点がある仕事ですね。通信事業者側とやりとりする際に、10のことがわかっていないと、11、12のことは理解できません。相手と技術的な知識のレベルに差がありすぎると会話が成り立たないので、技官はこれまで通り確保しないといけないと思います」

なぜ辞めたんですか?

続いては、転職した人の話。

大塚美穂さん(32)は、お茶の水女子大学大学院の博士課程を経て入った文部科学省を2年で辞め、現在は外資系のコンサルティング会社で働いている。

技官として働き始めた当初から、働き方に違和感を感じたという。

「日々の連絡や調整などの仕事に追われ、知識を蓄えたり、考え抜いたりすることがなかった。自分がどう成長していくのか感じられないのは、それまで研究をしてきた者にとっては大きなギャップだった」

特にストレスに感じたのは、国会対応だった。
「国会の答弁作成はスピードが大事なんですが、中には、必ずしも練り上げて書いていないものもあるんです。『いまの立場でどう答えるのが一番いいのか』という観点に重きが置かれ、『問いに答え切る』ことが一番の目的にはなっていなかった」

技官としてこの先、数十年仕事をやっていくのは難しいと感じた大塚さんは、待遇面のことも考え、転職を決意した。
ただ、転職して初めて気付いたこともあるという。
「省庁の仕事は、思ったほど汎用性がないわけではないことがわかった。全体の取りまとめのような部署で培ったマネジメントや調整のスキルは、どこの組織でも生かせると思う

「成長を言語化できていない」

大塚さんの「どう成長していくのか感じられない」という指摘。
専門家は、これこそが、「技官」の人材確保を進めていくうえでの今後のキーワードになると指摘する。
自身も経済産業省の官僚出身で、若者の就職について研究をしているリクルートワークス研究所の古屋星斗研究員(35)に話を聞いた。

「学生が就職活動で最も注目する項目は、『その会社で成長できるか』なんです。技官の総合職は、1つの仕事に打ち込めるわけではなく、1年で異動ということもある。理系として生かせるのは、『論理性』とか『技術に対する理解』といった抽象的な概念になってしまうので、『自分が望んでいたキャリアとは違う』と思う人が増えていることが、いまの技官の志望者の急減につながっていると思います」

ただ、若い人たちが求めている「成長」は省庁でも提供できるはずで、問題は、それを言語化できない、霞が関の職場環境にあると指摘している。

「民間企業では、人材確保のために『この仕事でどういう成長ができるのか』を常に言語化しようとしているが、省庁では、新卒採用の生え抜きの人が大半を占めるのでコミュニケーションの際に丁寧に言語化する必要がない。これが『成長』を実感できない構造的な問題となっている」
古屋さんは言語化するために必要なのは、外部人材の登用と新たなキャリアモデルを作ることだと指摘する。

「本人たちに『このポストでこういう仕事がしたい』と、自分で異動先を提案できるようにすることが必要だ。特に大学院まで行った人は、長い時間をかけて研究に打ち込んできたという自負も能力もあるので、人事の都合を起点にするのではなく、若い人を起点にしたモデルを作れるかどうかが重要だ」

”危機”を打開するために

前述の宇野さんと大塚さんにも、技官の人材確保に向けた提案を聞いた。

「霞が関が、40年間働く想定で人を採用することを変えるべきではないでしょうか。『流出するのは悪いこと』という考えは、いまの時代は違うと思うので、省庁も社会の人材の流動性に乗って、出て行く分は外から採用できるようにする。将来、局長として活躍するのにも、1回転職してまた戻ってくることができたほうがいいと思います」

また元文部科学省の技官だった大塚美穂さんは次のように話す。
「キャリアとは、仕事だけではなく人生プランも大事にすることだと思います。組織の成果だけではなくて、自分がどう生きていけるか、成長していけるかという関心は、いまの若い世代は増している気がします。省庁側はそれに対する答えやメリットをきちんと見せていく必要があると思います」

日本の“危機”を打開するために「技官」が不可欠な存在であることに誰も異論はないはずだ。
現在の霞が関のキャリアパスや仕事のあり方が、その確保の障害になっているのであれば、それを改めることをためらってはいられないのではないだろうか。

政治部記者
柳生 寛吾
2012年入局。与党取材担当。本稿は、21年11月頭まで担当した総務省・人事院取材の「卒論」。