外国人の参加に揺れる街
住民投票条例案は…

人気スポットの吉祥寺を抱える東京・武蔵野市が大きく揺れた。

きっかけは、市長が議会に提出した“住民投票条例案”。
外国人の投票参加を日本国籍の住民とほぼ同じ要件で認めるとしたことに対し、街なかでは連日、街宣車が走り、演説が繰り返される。
ふだん閑静な街が騒然となった。

「こんなに注目を集めるなんて、思ってもいなかった」と困惑する市民。

市民以外にも国会議員までもが賛否の声を発し、意見が激しくぶつかり合う中、市議会が出した結論は…
(岡部咲)

突如、全国の注目が

「市民参加を進めるため、常設型の住民投票制度の確立を目指す。豊かで多様性ある市民の力がしっかり生かされるよう市民参加や協働の取り組みを進めたい」


2021年11月、市長の松下玲子は外国籍の住民も日本国籍の住民と実質的に同じ要件で参加を認める常設型の住民投票の条例案を市議会に提出した。

1か月前の市長選で立憲民主党、共産党、社民党、れいわ新選組による支持を受けて2回目の当選を果たした松下としては満を持しての提案だった。

市が提出した住民投票条例案とは

地域で大きな争点になっているテーマなどについて住民に是非を問う住民投票は「憲法に基づくもの」「法律に基づくもの」「条例に基づくもの」の3種類がある。
今回の武蔵野市の制度は「条例に基づくもの」で、法的拘束力はない。


市が提出した条例案で、注目されたのは、「年齢は18歳以上」で「日本国籍を有する者または定住外国人」。
そして「3か月以上武蔵野市の住民基本台帳に記録されている者」とされ、つまり、外国籍の住民も日本国籍の住民とほぼ同じ要件としている点だ。

外国籍の住民に投票資格を認めることは決して“珍しい”ことではない。

武蔵野市によると、2020年12月の時点で、全国の78自治体に常設の住民投票条例があり、このうち投票資格に外国籍の住民を含めるのは43自治体だ。
そして、武蔵野市が提案したように要件を日本国籍の住民と実質的に同じとしているのは、神奈川県逗子市と大阪府豊中市の2市ある。
ただ、武蔵野市では外国籍住民の参加をどうするかが大きな議論を呼ぶことになった。

市民の反応は

市民はどう見ているのだろうか。JR三鷹駅前で聞いた。


50代の女性
「外国の人を市内で見かける機会は多く、武蔵野市に住んでいて住民票があるなら国籍は関係ない」

30代女性
「国籍よりも住民であるかどうかを重視するべきだ。宗教や国籍に関係なく
みんなで市をつくりあげることが大事ではないか」

80代男性
「ひとりひとりを平等に扱うのはいいと思うが、住んで3か月は短くて、安定感がない。
やはり1年くらいは必要なのではないか」

60代男性
「日本の方針は日本人が決めるものだ。住民投票であっても結果にある程度拘束されるので反対だ」

60代女性
「賛成ではない。知らない間に外国籍の人口が増えたときに日本なのに日本人の意見が反映されないのではないか」

市議会の会派の反応は

武蔵野市議会の議員は26人。現在、6つの会派と無所属の議員で構成されている。
市議会は、この条例案をどう判断するのか。情勢を探る、議員への取材を行った。
採決が行われる本会議最終日のおよそ1か月前の11月下旬の状況は…

8人が所属する最大会派の「自由民主・市民クラブ」は反対だ。
理由としてあげたのは、▼市民への周知が十分でないこと、▼住民投票制度そのものが選挙で選ばれた市長と議会が市政を決める二元代表制を否定するもので適切でないこと、そして▼外国籍の住民を含めることで外国籍の住民に議会が左右されるおそれがあるという、大きく3点だった。
一方で、市議会全体の情勢について市議の1人に聞くと、一転して弱気な声が返ってきた。
「否決に持ち込みたいが、現時点で反対しているのは私たちだけのようだ。せめて継続審査にできないものか…」

2番目に多い5人が所属する「立憲民主ネット」は賛成だ。
「インターネットには、『住民投票を認めれば外国に攻め込まれる』などと市民の不安をあおる投稿も散見されるが、住民投票と参政権はまったく別物だ。しかし、採決の行方は、どうなるか分からない」(市議)

そして、3人が所属する「市議会公明党」の態度は未定だった。
「まだ、決めきれていない。市が内容の周知を一定程度やっているのは理解しているが、新型コロナが拡大する中で市民が新しい条例案を受け止める余裕があっただろうか」(市議)

続いて、2人会派の「日本共産党武蔵野市議団」は賛成の意向だ。
「市民から意見を聞く大事な制度。外国籍の住民も平等にするべき」(市議)

賛成、反対、未定。
ここまでの取材で、明確に反対しているのは自民の会派で、そのほか一部の議員が反対に回るとみられると多くの議員は票読みをしていた。

共通して聞こえたのは、本会議に先立って行われる総務委員会の審議は紛糾し、長時間に及ぶだろうということ。中には、真夜中まで及ぶのではないかと話す議員もいた。

委員会の審議はおよそ8時間

本会議初日から3週間余りが過ぎた12月13日、総務委員会で条例案が審議された。
通常は委員会室で行われるが、多くの傍聴が見込まれたことから、本会議場での開催となった。


議会事務局によると、委員会を本会議場で行うのは市政が始まって以来初めてだという。
市民など70人以上が傍聴に集まった。ふだんの委員会の傍聴は4~5人だというから、傍聴人の数からも関心の高さが伺える。記者席も満席になった。

委員会では、7人の議員から条例案の内容や検討過程、運用の仕方などさまざまな質問や指摘が出た。

立民会派
「外国籍の人を含めたことは評価する」
「住民投票で外国籍住民を排除しないことは、多様性を尊重する武蔵野市として
自然な対応だ」

自民会派
「住民への説明が足りない。投票資格を3か月とするのは理解を得られない」
「広い意味で参政権になると思われ、安全保障上の問題もある。日本人と同じ設定というのはどうなのか」

公明会派
「なぜ3か月以上の外国人としたのか確認したい。外国人が地域のことを理解するまで数年かかるという意見もある」

共産会派
「国籍で線引きするのは合理的な説明にならない。同じ住民として助け合う姿勢が大事だ」

無所属議員
「外国籍の住民について議論すること自体が差別ではないか。市の行政サービスで国籍は要件になっているのか」

午前中から始まった委員会も、気づくと外は暗く、時刻は午後8時を過ぎた。最初は身を乗り出して聞き入っていた傍聴人たちにも、明らかに疲労の色が見えている。

午後8時半ごろ、委員長以外の6人で採決が行われた。
賛成は3人(立民・共産・無所属)、反対が3人(自民2人・公明)。
同数だったため委員長(立民)による判断で「可決」となった。

およそ8時間に及んだこの日の審議。これを踏まえ、最終的な判断は翌週の本会議に移った。

本会議に向けて攻防が本格化

総務委員会の翌日。
議長を除いた25人の議員による本会議の採決に向けて、議員ひとりひとりの動向を探る取材を進めた。

部屋の前の廊下で議員が出てくるのをひたすら待っていると、携帯を耳にあてながらせわしない様子で議員が出てきた。
条例案に反対している自民会派のベテラン議員だった。
通話が終わったタイミングで声をかけると、「朝からとても忙しい」と言う。
昨夜の委員会で条例案が可決されたのを知った支援者からの電話が相次ぎ、本会議では絶対に否決するように言われているという。
「なんとしても反対の票を増やさないといけない」
また議員の携帯が鳴る。「すみませんね」と断りながら足早に去って行った。

同じ自民会派の別の議員の姿が見えた。この議員も、昨夜の委員会の結果にあせっているのだろうか。
単刀直入に「次の採決、どうなりそうですか」と聞くと、返ってきた声は意外にも明るかった。
「委員会は可決だったが、態度を決めていなかった公明が反対に回ったことは大きい。何度も説得を重ねた結果だ。こうやって広げていきたい」

取材を続けると、自民、公明、立民、共産など5つの会派はすでに態度が固まっていて、賛成・反対がきっ抗していることがわかった。


残る会派は、いずれも1期目の議員2人が所属する「ワクワクはたらく」。
ふだんから松下市政に是々非々の立場で、態度を明らかにしていない。
周りの議員たちも動向をかなり気にしていた。せめて2人のうち、どちらかの反応を知りたい。
廊下でさらに待ち続ける。
委員会室から出てきた議員は、「どうするのかいろいろな人から聞かれている。しっかりと市民の声を聞いて判断したいので、本会議まで結論は出さない」という。
会派2人の判断が分かれることもあり得るか尋ねるときっぱりとこう言った。
「それはない。会派で統一する」

また、態度を決めたはずの無所属議員の1人が迷っているという情報も入ってきた。

本会議の採決は議長(=自民の会派)を除く25人の議員で行われる。過半数は13で、この「ワクワクはたらく」と無所属議員の動向が行方を左右する形となった。

本会議での採決まであと数日と迫った週末、市内では、選挙戦の最後の訴えさながら、支持を広げようと、賛成派・反対派ともに激しい街頭演説を展開していた。

土曜日の午後1時、JR三鷹駅前に賛成派の立民や共産の会派の市議、市民などが集まった。
「住民投票条例案に賛成します」などというメッセージを掲げながら、街頭でマイクを握る。


1時間にわたって「国籍に関係なく意見を表明する機会があるべきだ」「多様性を認め合うべきだ」と訴えた。

午後3時。1つ隣のJR武蔵境駅前で反対の街頭演説が始まった。
街宣車の上からマイクを握って訴えるのは、自民の会派の市議や自民党の国会議員。


「十分な説明がなされていない」「外国人の参政権につながるおそれがある」「反対だというみなさんの声を市議に届けよう」などと訴えた。

本会議の採決を前に、訴えが熱を帯びていくのを感じた。

ついに本会議の採決

12月21日火曜日。本会議の採決の時を迎えた。
依然として2人会派の「ワクワクはたらく」の動向はつかめず、ある議員は「もう、採決の瞬間までわからない」と話すほどだった。可決と否決、どっちになっても対応できるように原稿を準備して、本会議に臨んだ。

108ある傍聴席は満席になり、立ち見の人が何人も見られた。報道席も満席となり、海外メディアも含めて大勢が集まった。

本会議では、委員会での審議の内容が報告されたあと賛成、反対の立場から議員が討論する。反対の自民、賛成の無所属議員が意見を述べたあと
手をあげたのは、態度を明らかにしていなかった「ワクワクはたらく」の議員だった。

賛成なのか、反対なのか。
議場が静まりかえり、一気に緊張が走った。
議員は一呼吸置いてから、意を決した様子で話し始めた。

「この1か月、市民の意見を聞いてきた。条例案に反対します」

この一言で、条例案の否決がほぼ確実になった。
傍聴席からは、意気込む声と、落胆のため息が聞こえた。
反対の理由として議員は「外国人の参加のみがクローズアップされ、市民の理解が十分に得られていない」などと述べた。

午後0時12分。採決が行われた。
結果は立民、共産などの賛成11人、自民、公明、ワクワクなどの反対14人の反対多数で否決。

この日、首都圏向けのニュースはいつもより2分遅い午後0時17分からで、ギリギリ放送に間に合う。
速報を入れるべく私は議場から走り出てデスクに電話をかけ、「否決」の一報を伝えた。

市長「結果を重く受け止める」

多様性を認め合う社会を目指し、市長の松下が提出した条例案は否決となった。採決のあと、松下はすぐに報道陣の取材に応じた。

「否決という市議会での結果を重く受け止めている。市としては議会での説明や市民へのアンケートを行うなどして、周知してきたつもりだったが、『もっと周知を行った上で制定するべきだ』という議会の声を受け止めたい。結果を受け止めながらさらに検討を重ね、人権が尊重され、多様性を認め合い、支え合う社会を築くことをこれからも考えていきたい」

今後の議論は…

武蔵野市では2020年に施行した「自治基本条例」で、住民投票の制度を設けることが規定されている。そのため、条例の策定が必要であることに変わりはない。
このため、市側がいつ、どのような内容で条例案を再び提出するのか、今後の動向が注目される。

松下はこう述べている。
「反対された最大会派の自民党も外国籍の人を含めることに反対するものではなく、一定の要件が必要であると明確におっしゃっていたので、今後、市として検討し、議会や市民のみなさまのご意見を聞きながら再度考えたい。時期はまだ未定だ」

多様性を認め合うことをうたって提出された条例案だったが、外国籍の住民を含めることをめぐって、市内で賛成派・反対派による街頭演説が連日のように行われた。
本会議でも議員から「対立や分断の火だねとなった」という発言も出た。

こうした経緯を踏まえ、市が目指す「多様性を認め合う社会」をどう実現していくのか。今後の市政運営の手腕が問われる。
(文中敬称略)

首都圏局記者
岡部 咲
2011年入局。宮崎局、宇都宮局を経て首都圏局。都庁担当、現在は多摩地域の行政取材担当。