オンライン市役所
連携で第6波を乗り越えろ!

新型コロナの感染拡大に見舞われている私たちの日常。
住民サービスを支える自治体の職員たちもまた、ワクチンの大規模接種や変異ウイルスへの対応など前例のない対応を迫られている。
人材もノウハウも限られるなか、職員の助けとなっているのがコロナ禍で生まれた公務員の横のつながり、その名も「オンライン市役所」だ。
(吉岡桜子)

公私を超えて つながる公務員たち

「おまつり課」「やめよう課」「ゲーム推進課」…
こんなユニークな部署をもつ市役所がある。
その名も「オンライン市役所」。
全国の公務員が交流するインターネット上のプラットフォームだ。

18歳から60歳まで幅広い年代が土日や夜間、ウェブ会議システムやチャットなどのツールを使い、担当業務について意見を交わしたり知識やノウハウを共有したりしている。
開催しているウェブ会議はまちづくりや災害対策など約50の分野と幅広く、参加者の要望で「図書室」(読書サークル)や子どもも一緒に参加できる「子育てサロン」など業務とは離れたサークル活動も誕生した。
無料で参加できるのも魅力で、発足から約2年で参加者は4000人を超えている。

オンライン市役所を立ち上げたのも、国や地方自治体に勤める現役の公務員だ。約10人の中心メンバーがボランティアで活動を支えている。
そのひとり、総務省から神奈川県庁に出向中の脇雅昭さん(39)はこう語る。


「ひとりで考えるよりも10人で考えたほうがいいものが生まれるし、10人で考えるよりも100人で考えたほうがいいものが生まれると思うんですよ。課題というのは全国いろんな地域にあるんですけれども共通している部分もいっぱいあると思っていて、先進事例の共有とか自分のまちにインストールすることができたら、すごく底上げになるんじゃないかなと思っています」

なぜこのような仕組みをつくったのか。背景にあるのが公務員の「宿命」とも言える人事異動だ。
数年おきに部署を異動することで幅広い分野を経験することができるとも言えるが、反面、畑違いの部署に配属されてイチからその分野を学ばなければならないことで悩む人が少なくないという。

小規模な自治体では一人ひとりが抱える業務が多岐にわたり、異動先で担当業務を把握するだけでも一苦労だ。
公務員が気軽に情報交換できる場として、オンライン市役所の参加者からは「精神的に救われた」「全国に仲間ができた」といった声がよく聞かれるという。

はじまりは「飲み会」

このオンライン市役所、きっかけとなったのは脇さんが築いてきた「リアル」の人脈だ。
入省1年目で熊本県庁に出向した脇さん。
県庁職員と机を並べてともに仕事をした経験が総務省に戻ってからも政策立案などの業務に生きたという。これが公務員どうしのつながりの場をつくろうという思いにつながった。

「僕みたいに国家公務員から地方公務員に行く人もいるんですけど、逆の人たちもいる。地方公務員の若手の人たちが国に2年とか4年来てむちゃくちゃ仕事を頑張っているんですけど、もっと違う省庁や違う県の人たちに出会える場をつくることで、そのつながりを生かしながらいい仕組みをつくっていける行政マンになれるんじゃないかと思って」

中央省庁の公務員と出向してきた地方の公務員を引き合わせ、小さな「飲み会」を毎日のように開いた。一度に約500人が集まる大規模なイベントにも発展した。


2010年、交流団体「よんなな会」を設立した。全国すべての都道府県で力を合わせようという思いを込めた。

しかし新型コロナの感染拡大で「リアル」の交流は困難に。これに代わる形で脇さんたちが生み出したのが「オンライン市役所」だった。

「ワクチン、災害対応の課とかありますし、いままさに住民の方に直結するものなのですけれど、必ずしもそうじゃなかったとしても全国の公務員とつながっていること自体が大事な危機管理のひとつかなと思っています。いざ起きたときに情報収集できる基盤があることが大事なことなんじゃないかと思います」

第6波に備え

感染拡大で一変した自治体の業務。緊急事態宣言、一斉休校、飲食店への休業要請、給付金。全国の公務員たちは経験したことのない事態に対応し続けてきた。
目下、最大の課題は「第6波」への備えだ。「オミクロン株」の脅威が迫るなか、国は3回目のワクチン接種を前倒ししようとしている。

12月11日、土曜日の夜9時。
オンライン市役所で「コロナ対策本部」が開かれた。隔週で開かれているコロナ対策本部は最も人が集まるウェブ会議のひとつで、今回は約200人が参加した。


厚生労働省は市区町村が行う接種について2回目から原則8か月以上としている時期をできるだけ前倒しする考えを示しているなか、テーマとなったのは3回目の実施にあたって具体的に想定される課題点を洗い出し、対応を考えることだ。

司会を務める神戸市役所職員の長井伸晃さんは、自宅のリビングでパソコンに向かっていた。
賑やかな子どもたちは、別の部屋に移っていった。
長井さんは、参加者から事前に集めていた質問をもとに、話を始めた。

「今回のテーマは3回目接種の前倒しにどう対応するかです。国の正式な通知が無いなかで、(前倒しをするという)その前提で広報していいのか皆さん聞きたいんだと思います。また予約態勢をどうするかですとか、(予約の)システムが前倒しに対応できるのか悩んでいる方が多いですね」

会議が始まってからも、質問や悩みの声が続出。
3回目の接種は、1回目と2回目で使われたファイザー製ではなくモデルナ製の割り当てが増えることで、これまでとワクチンの種類を変える交互接種になる可能性が高いことが大きな特徴だ。

ワクチンの保管方法はファイザー製とどう違うのか。副反応の可能性について住民にどう説明すべきか。知識やノウハウが豊富な職員たちが、それらの声にひとつひとつ答えていた。

(香川県宇多津町・宮武さん)
Q「国はワクチンの交互接種を認めているが基本、同じワクチンですすめるべきなのか。住民には安心して接種してほしいのでどうモデルナを受けてくれるのか教えてほしい」

(岐阜県羽島市職員)
A「集団接種でモデルナを嫌がる声はほとんどなかった。問い合わせがあったときには高齢者で心筋炎の発症例は確認されていないことを参考としてお伝えしている」

(富山県立山町職員)
Q「前倒しするつもりで準備しているが6か月過ぎたら接種できますともいえないし、予約方法も2回接種記録見て『6か月から予約できる』と書きたいが書けない。外の自治体はどう対応しているか」

(千葉市職員)
A「全体の前倒しはさすがにないものと考えている」

小さな町の最前線で

オンライン市役所の存在は、人材に限りのある小さな自治体にとって特に貴重だ。
「コロナ対策本部」で質問していた宮武麻美さんは香川県中西部の宇多津町に勤める保健師だ。
住民約1万6000人のワクチン接種を同僚とほぼ2人きりで担ってきた。

役場にFAXで送られてきたチラシがきっかけで、オンライン市役所に加わった宮武さん。「コロナ対策本部」にはほぼ毎回、参加している。
「最初はいろんな人の意見を聞いているだけのことが多かったんですけども情報を交換することで、抱えている問題や課題について、他の自治体では解決しているというアイデアをもらえたので参加してよかったと思います」

3回目のワクチン接種に向けて、「コロナ対策本部」で宮武さんはモデルナのワクチンはファイザーよりも解凍に時間がかかるなど特徴の違いを知り、接種前日から解凍作業を始めることを検討することにした。
またこの場で知り合った他県の担当者からは、ワクチンを輸送する際に専用の保冷剤などが必要なことも教えてもらい、すぐに注文することにした。

3回目の接種ではこれまでと異なり、住民にファイザーとモデルナのどちらのワクチンを希望するか、はがきで意向調査も行うことにしている。
この設計にもオンライン市役所で得た知見が生きた。
はがきに追加したのは「接種が早ければワクチンメーカーはどちらでもいい」という選択肢。
希望の少ないほうのワクチンが廃棄される可能性を減らすための工夫だ。

それだけではない。オンライン市役所のつながりは接種をめぐる出費の削減にもつながった。
宮武さんたちは接種予約を受け付ける専用サイトを改修する際、委託先のシステム会社から多額の費用を請求された。
しかしオンライン市役所で交流していた県外の自治体も同じ会社にシステムを委託していることが判明。連携して会社側と交渉し、改修費用を減額してもらえたという。

宮武さんにとって、オンライン市役所とはどういう場所なのか。

「仲間がいっぱいいる温かい場所ですね。一番大きかったのは、その場にいる全国の担当者がみんな頑張っているという精神的な支えにもなったということです。みんな同じことで悩みつつ一生懸命、同じ目標に向かって走っているんだと心の支えに励みになったと思っています。あそこに行けば間違いない、誰かが助けてくれる。そういうところですね」

オンライン市役所が目指す「究極の目標」とは。脇さんに聞いてみた。

「僕らは公的サービスの提供者なので、公務員の志とかモチベーション、能力が1%上がったら、世の中めちゃくちゃよくなると思っています。ノウハウの共有もそうですし、頑張っている人たちと触れあうことでもっと頑張ろうという相乗効果が生まれているので、もっと全国に広げていきたいです」

コロナ禍の下、「オンライン」が後押しした公務員たちの横のつながり。
「リアル」の縦割り行政が直面する新たな課題に向き合う力を生み出すことができるのか。脇さんたちの挑戦は続く。

選挙プロジェクト記者
吉岡 桜子
2013年入局。金沢局、水戸局を経て 20年9月から選挙プロジェクト。