代表になれなかった男
幻に終わった勝利のシナリオ

47歳の泉健太の選出で幕を閉じた立憲民主党の代表選挙。
「盛り上がりにかける」とも言われた選挙戦で、熱量を放ち続けたのが、映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」で話題になった小川淳也だ。
ギリギリで立候補にこぎつけた小川だったが、実は最終盤、陣営は「勝利のシナリオ」を確信していた。

なぜ、シナリオは幻に終わったのか?
なぜ、君は代表になれなかったのか?

そこには、立憲民主党の課題が内在していた。
(佐々木森里)

“青空対話集会”

通勤客や買い物客で、平日・祝日を問わず、多くの人が行き交う東京・有楽町駅前。
立憲民主党代表選挙の11日間、小川淳也は“青空対話集会”と銘打って、ほぼ連日この場所でマイクを握った。

「政治や社会に、時に絶望を感じ心を塞ぎながらも、将来への希望をお持ちの皆様のエネルギーを、私たちは新しい社会をつくっていくために結集をしていかなければなりません!!」

多い日には300人程度が集まり、小川の熱っぽい訴えに耳を傾けた。
ハンカチを強く握りしめ聞き入る女性の姿も見られた。

小川は、演説は10分そこそこで切り上げ、あとは時間が許す限り、集まった聴衆との「対話」に臨んだ。

(30代男性)
「政治には見捨てられ、裏切られてきた。きょう甥が生まれたが、環境破壊や社会保障の世代間格差というツケが重たく降り注ぐのかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる」

(小川)
「私たちの手で政治を作り直していく以外に選択肢はありません。今の安心と将来の希望、次世代への責任をしっかり果たしていく政治を一緒に作っていきたい」

腰を低くし、質問者に正面から向き合って答える小川。
質問を希望する人たちの行列ができ、「対話」は2時間近くになる日もあった。

12年越しで代表選挙「有資格者」に

小川は、衆議院香川1区選出の当選6回で、50歳。
高松市で生まれ育ち、みずからを「パーマ屋のせがれ」と称する。

東京大学を卒業後、自治省、いまの総務省で勤務したあと、国政に挑戦。
これまで戦い続けてきた相手は、政治家一家の出で、菅内閣で初代デジタル大臣を務めた自民党の平井卓也(63)。
小川は、旧民主党が政権交代を果たした2009年の選挙以外は、小選挙区で敗れ、比例代表での復活当選に甘んじてきた。

去年、この間の小川の政治活動を追ったドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」が公開され、話題になった。

そして、先の衆議院選挙では、平井に2万票近く差をつけて、12年ぶりに小選挙区で当選した。
「比例復活の議員に代表選挙に出る資格はない」という党内の暗黙のルールをクリアし、小川が代表選挙立候補の有資格者となった瞬間だった。

枝野辞任表明の数時間後に出馬意欲表明

しかし、小川が実際に代表選挙の候補者となるのは難しい道のりだった。
最初のつまずきは、衆議院選挙の投開票日の2日後、11月2日だった。

この日、党代表だった枝野幸男が、衆議院選挙で議席を減らしたことの責任をとって代表を辞任する考えを表明。

小川は、報道各社から後任を選ぶ代表選挙への対応を問われ「私なりの決意、腹は固まっている」と発言し、各社は「立候補に意欲」と報じた。

枝野の辞意表明から数時間もたたぬうちの、この発言。
かねてから小川に期待をかけてきた党の重鎮のひとりは「早すぎるよ…」と、不快感を隠さなかった。

「正直で思いが強すぎるあまり、時折、行き過ぎた言動がある」

党内を取材しているとよく聞かれる小川評だ。

推薦人が足りない…

代表選挙に立候補するには20人の推薦人が必要だ。

小川は当初、自身が所属する党内最大のリベラル系のグループ「サンクチュアリ」からの支援のとりつけを目指していた。しかし、複数の幹部は「代表にはまだ早い」として慎重な姿勢を崩さなかった。

11月19日の告示日が刻々と迫るなか、「サンクチュアリ」は、グループ内の結束を優先し、元総理大臣補佐官の逢坂誠二の擁立を決定。

近しい議員からも「会食に誘っても断られる。部屋にこもって国会質問をずっと書いている」と言われる小川には、自力で20人の推薦人を集める力はなかった。
「今回、小川の立候補は無理だろう」という見方が急速に広がっていた。

ギリギリでの候補一本化

しかし、告示2日前に事態は大きく動いた。

小川と同じく立候補を目指しながら推薦人の確保にメドが立っていなかった役員室長(当時)大串博志が、小川の支援に回ることになったのだ。

告示前日の午後6時。小川と大串はそろって記者会見に臨んだ。
大串は「小川さんは世の中全体に強い発信力があり、みんなの気持ちを引きつける」と述べ、小川への支持を表明。

小川は、目頭を熱くしながらこう続けた。
「これから私の体半分は大串博志だと思っている。明るく元気に爽やかに前向きな論戦を通して、立憲民主党の魅力を再認識してもらえるように全力を尽くしたい」

ギリギリのタイミングでの立候補表明だった。

「地方票」をめぐる攻防

小川、逢坂のほか、政調会長を務めた泉、そして元厚生労働副大臣の西村智奈美の合わせて4人が立候補した今回の代表選挙。

代表選挙は、国会議員らの票に加え、地方議員と党員・サポーターのいわゆる「地方票」をそれぞれポイントに換算して争う形で行われた。
国会議員の支持が割れるなか、4人の陣営はそれぞれ、全体の半分のポイントを占める「地方票」の獲得に力を入れた。

小川以外の候補たちが、討論会などの合間を縫って地方に足を運び訴えを進めたのに対し、小川は“青空対話集会”に活路を見いだそうとしていた。

小川陣営は、外部の専門家も加わったチームを編成して、SNSでの発信にも力を入れた。
“青空対話集会”もSNSで事前告知をおこない、集会の様子は毎回、ライブ配信を行って1000人以上が視聴した。

実際、聴衆は日に日に増えていった。

集まった人たちの中に、代表選挙の投票権がある党員やサポーターがどれだけいるかは分からないが、小川は「『対話』こそが新しい政治のあり方だ」と、有楽町駅前で聴衆たちとの「対話」を続けた。

泉リードのまま最終盤へ

選挙戦は、序盤から、泉がリードする展開で進んだ。

いまの立憲民主党は、去年9月、旧立憲民主党、旧国民民主党、無所属の議員らが合流して誕生した。
旧国民民主党出身の泉は、去年9月の代表選挙にも立候補したが、旧立憲民主党と無所属出身の議員らが支持した枝野の前に敗れた。

今回の代表選挙で、旧立憲民主党出身からは逢坂と西村が立候補したのに対し、泉は、自らが率いる旧国民民主党出身の議員を中心としたグループに加え、重鎮の小沢一郎のグループ、そして旧立憲民主党出身の議員の一部などからも支持を受けることで、衆参あわせて140人の国会議員のうち、3割を超える40人台半ばを固めていた。

さらに、1年間、政調会長として、選挙応援などで全国を地道に回り続けた成果もあり、旧立憲民主党出身者が多くを占める地方議員の間でも支持を広げ、党員・サポーター票も一定数を確保するというのが党内の大方の見立てだった。

しかし、それでも1回目の投票で、泉が国会議員らの票と「地方票」をあわせて、当選に必要な過半数のポイントを獲得できる見通しは立たず、勝負は、上位2人による決選投票にもつれ込むと見られていた。

2位は小川?

どの陣営も「泉は1位で決選投票に進む」と見立て、誰が2位に入るかが焦点となった。
最有力と見られたのは小川だった。

旧立憲民主党出身の逢坂と西村は、国会議員の支持を広げることができず、それぞれ20人台半ば程度にとどまっていた。

これに対し小川は、大串陣営がついたこともあり支援を広げ、30人台前半まで支持を固めていた。

そして「地方票」についても「知名度に勝る小川が少なくとも逢坂や西村を上回っているはずだ」という予想が徐々に党内に広がっていった。

「2~4位連合」で合意

決選投票で勝敗を左右するのは、決選投票に残れなかった陣営の動向だ。
投票日前日、陣営間で決選投票を見据えた交渉が本格化した。

この時点で小川陣営は、自分たちが2位に入るという確信のもと、逢坂・西村両陣営と「2~4位連合」を結成して、決選投票で泉を逆転する戦略を描いた。

逢坂・西村両陣営も、自分たちが決選投票に進めば、小川陣営の協力がなければ泉相手に勝ち目はないと考えていた。
そうした事情から、投票日前夜、3陣営の幹部は「2~4位連合」を結ぶことで合意。
「2~4位連合」の合意に、小川陣営内では、勝利への期待が一気に膨らんだ。

決選投票の票よみは「小川160ポイント・泉125ポイント」。
投票先がはっきりしない19人の国会議員全員が泉に投票しない限り、小川が勝利するという見立てだった。

小沢一郎が檄「寝ずに切り崩せ」

一方の泉陣営。
3陣営が合意したとの情報は、国会近くのホテルの一室に設けられた選挙対策本部に夜のうちに伝わった。

浮き足だつ陣営を深夜に訪ねたのは、小沢一郎だった。

泉陣営も、この間、決選投票に向けた多数派工作をしかけていた。
決選投票で逆転される恐れがあるのは、小川が残った場合のみと分析。複数のルートで、逢坂陣営に決選投票での連携を持ちかけ、小沢もその一翼を担った。

逢坂陣営が「2~4位連合」を選んだとの報告を受けた小沢は、陣営に檄を飛ばした。

「全面戦争だ。朝まで寝ずに切り崩せ」

泉陣営の議員たちは、投票開始直前まで、小川の推薦人に名を連ねた議員も含め、電話やメールで必死の働きかけを続けた。

あっけない幕切れ

11月30日。投開票が行われる臨時党大会の会場となった東京都内のホテル。

開会に先立つ陣営の決起集会で、小川は集まった議員一人一人の名前をあげて、これまでの支援に感謝を伝えた。
陣営には、そこはかとない高揚感が漂っていた。

しかし、彼らが描いた「勝利のシナリオ」は、国会議員の投票の開始前に行われた「地方票」の結果発表で、あっけなく崩れ去った。

逢坂候補86ポイント、小川候補61ポイント、泉候補93ポイント、西村候補46ポイント。

小川は、地方議員票、党員・サポーター票ともに3位に沈み、泉だけでなく、逢坂にも及ばなかった。

逢坂とのポイント差は25ポイント。1人2ポイントで換算される国会議員票で、13人以上リードしないと決選投票には残れない計算で、この時点で、事実上、小川の「予選敗退」の流れが決まった。

小川陣営の中にはもともと「小川でなければ泉を支持したい」と考えていた議員も多くいたため、決選投票では泉が逢坂に1回目の投票より差を広げて勝利した。

誰も読めなかった「地方票」

「地方票」を読めていなかったのは小川陣営だけではない。
決選投票に残った逢坂陣営からも「逢坂がこれほど取れるとは予想しておらず、決選投票に進めたのもうれしい誤算だった」との声が聞かれた。

そして小沢一郎も、開票後、泉陣営の議員たちにこう伝えた。

「今回は幸運の女神がついていた。小川との決選投票に持ち込まれていたら、泉は負けていた」

党内の誰もが読めなかった「地方票」の動向。
そのこと自体が、立憲民主党の課題と指摘されている地方組織の弱さを象徴しているように感じた。

「全国を回らなければ…」

投開票日の翌日、小川は「地方票」が低調だったことについて、次のように分析した。

「地方への浸透に課題を感じた。『なじみ』という名の人的ネットワークが足りなかった。これまで香川に張り付いていたが、もっと全国を回らなければならない」

小川は、泉・新体制で政務調査会長を務めることになった。

次の代表選挙も立候補を目指すのかと聞いたところ「泉体制を支えるのが第一義だ。泉さんから『全国を歩いてくれ』と言われているので、できるだけ市井の声を聞いて政策を練り上げたい」との答えが返ってきた。

「小川はスターだ」

小川陣営の議員の中には、今回初めて小川と身近で接したという議員も少なくなかったが、“青空対話集会”での小川の姿勢に「刺激を受けた」、「立憲民主党が目指す方向が明確になった」といった声が聞かれた。

中には、小川を「スター」とまで評するものもいた。
「小川は有権者との対話を通して、相手を包み込む力がある。あの包容力は才能だ。これからは、こういう『スター』を党として支えていくことが必要だ」

最後に、今後「仲間」を増やしていくために、会食の誘いなどに応じるつもりか軽い気持ちで聞いてみたが、小川は真顔でこう返してきた。

「『飲んだ』『食った』って重要だけど、それだけで一生やり過ごしている人は見たことがない。ないよりかは、あった方がいいが、もっと大事なのは、世界観とか社会観とか、将来構想を共有できるかどうかだと思う」

小川淳也は、やはりどこまでいっても小川淳也のようだ。
(文中敬称略)

政治部記者
佐々木 森里
2015年入局。大分局を経て政治部。立憲民主党代表選挙で小川陣営を担当。