維新15勝 自民0勝の衝撃

10月31日夜、衆議院選挙の結果を報じるNHKの開票速報番組で、衝撃的な画面が流れた。
「大阪が黄色い」

黄色は日本維新の会の議席を示す。大阪府内19の小選挙区中、15の選挙区で議席を獲得したのだ。
残る4つは公明党。維新が候補者を立てなかった選挙区だ。

前回・4年前、10選挙区を制した自民党は、1つも取れなかった。

いったい大阪で何が起きたのか。

(谷井実穂子)

自民 選挙区で全敗

投票終了も近い夜7時。NHK大阪放送局のニュースセンター内が騒然となった。
大阪府内の小選挙区で自民党全敗の見通しを告げる選挙担当デスクの声が響いたからだ。

私はこの夏、大阪に赴任し、着任早々から衆議院選挙取材に奔走した。
東京の政治部で主に自民・公明の与党側を取材してきたこともあり、大阪でも自民党議員への取材を重ねていた。
そうした中で、復活したのは2人だけで、あとは全員が落選という今回の選挙結果。


大阪“初心者”の私の脳裏を、赴任直後に聞いた与党関係者の言葉がよぎった。
「大阪では永田町の常識が通用しない」

強烈な“吉村旋風”

その言葉の意味するところは、自民と維新の力関係にある。
維新は、4年前の衆院選では大阪で3議席にとどまったが、その後、党勢を挽回し、自民を圧倒していった。

おととし4月に行われた大阪知事・大阪市長の「ダブル選挙」では、維新の吉村洋文と松井一郎が、自民などが推した候補を大差で破り圧勝。
同時に行われた大阪府議会議員選挙でも、維新が過半数を獲得するなど、大阪の政治行政の主導権を完全に握った。大阪では、維新が「政権・与党」なのだ。

その原動力となっているのが、党の副代表を務める知事の吉村だ。
若さと行動力を武器に、新型コロナ対策で次々に独自策を打ち出しいく。

▽感染状況の指標「大阪モデル」の導入、▽優良飲食店への「ゴールドステッカー」の発行、▽全国に先駆けて往診での「抗体カクテル療法」の試行、▽いわゆる「野戦病院」の設置、などなど。

コロナ禍が続く中、メディアも連日のように吉村の発言を取り上げる。
大阪では、吉村の顔をプリントしたバッジやTシャツなども販売されているほどだ。


公示直前、党の代表を務める松井は、吉村に発破をかけた。

「公務がある日も、車でぐるぐる回ってから家に帰れ」

維新は、吉村が前面に出ることで勢いを増していった。
さらに、候補者も吉村と同じ40代の新人を6人並べ、若返りをはかった。
”吉村世代”を打ち出すことで、世代交代を進める清新な党というイメージをアピールした。

“ご祝儀相場”起きず

対する自民に、流れを変えるチャンスが訪れる。岸田新政権の発足だ。


前総理大臣の菅義偉は、維新代表の松井と近い間柄だった。しかし、内閣支持率が低迷した菅は、自民党総裁選挙に立候補せず退任。
大阪の自民関係者からは、情勢が上向くことへの期待が広がった。

しかし、“ご祝儀相場”は大阪にはなかった。
衆院選の公示以降、大阪の自民苦戦を伝える報道や情報が目立つようになる。
中盤には岸田総理が応援に入るも状況を打開できず、大阪の候補たちは、すべての小選挙区で敗れた。

“どぶ板”も及ばず

当事者たちはどう見ていたのか。

大阪2区で6回目の当選を目指したが落選した左藤章。
左藤の口から出た言葉は、「今回の選挙は台風だから、いくら踏ん張ってもダメでしたよ」

左藤は自民党・岸田派に所属し、選挙の直前には幹事長代理に起用された。
大阪府知事を務めた義理の祖父、法務大臣などを歴任した義理の父から地盤を受け継ぎ、徹底した「どぶ板」で、維新の挑戦を3度にわたり跳ね返してきた。

左藤がしきりに口にしたのが、吉村の高い露出度などを武器にした維新の「空中戦」だ。

「自民党がいるからコロナ対策や経済対策を進められたと一生懸命PRしても、理解してもらえている手応えがなかった。片方(吉村)は、毎日、テレビのニュースに出て、成果を言い続けているから」

SNSで“炎上”

大阪の行政リーダーが相手陣営の顔となり、それをメディアが取り上げる。
左藤はこのフラストレーションをSNSでぶつけた。
府知事だった義理の祖父らを引き合いに、吉村や松井の選挙活動を痛烈に批判したのだ。

「大阪市長、府知事が公務時間中に選挙活動。大阪のモラルが荒廃しています。かつて私の祖父・左藤義詮が大阪府知事をしていたときには、自身の息子、左藤恵が選挙中であっても、応援は公務後にしか行きませんでした。当たり前です。当たり前が守られる大阪であってほしいと強く思います」

この投稿には、SNS上で数千もの反応が寄せられ、賛否両論が巻き起こった。

松井も、すかさず反論した。
「左藤先生、特別職は9時から5時の仕事ではありませんよ。岸田総理も我々と同様の行政のトップですが?左藤先生の応援に大阪にいらっしゃいましたね。重箱のすみを突っつく批判ではなく、政策論争で正々堂々と闘いましょう」

結果として、左藤の投稿は“炎上”したが、後悔はないという。
「出す必要はなかったかもしらんけど、知事・市長が選挙ばっかりやっているのはちょっといかがなものかと思った。議院内閣制で議員の中から選ばれた総理大臣と、特別職の知事や市長は違うでしょ」(左藤)

左藤は次の衆院選を見据えつつ、これまでに聞いたことのなかった弱音も口にした。

「維新は自民という敵がいないと選挙にならない。相手は自民の批判ばかりするんだから『何、アホなこと言っているの』って打ち返すしかないんですよ。ただ、70歳で落選して俺も大変だよ。このまま維新がメディアに露出し続けたら、次も勝てない」

吉村を破った男も敗北

もう1人、大阪4区で6回目の当選を目指し敗れた中山泰秀も取材に応じてくれた。

7年前の衆院選では、当時4区で維新から立候補した現知事の吉村を退ける強さを見せた中山。
菅内閣では防衛副大臣として、大阪での大規模接種センターの設置などに汗をかいたが、比例復活もならなかった。

「小泉元総理の郵政解散のときに自民党に吹いていたような風が、今回、維新に吹いていた。押し返そうといったって無理ですよ」

岸田総理の陰薄く

左藤も口にした「維新への風」
私は、岸田内閣の発足直後に大阪市内の商店街で30人ほどの有権者から話を聞いた時のことを思い起こした。取材メモには、こうある。

▽岸田総理について、こちらから尋ねない限り話題にする人はいない。
▽総理大臣は「誰がなっても一緒」「どうせ変わらない」という冷ややかな答えが大半。
▽「大阪のために吉村知事は頑張っている」と答える人、多数。

外交・防衛訴えるも

中山は、衆院選は国政選挙だとして、国の専権事項である外交・防衛問題などにしっかり取り組むと訴え続けた。大阪での行政実績を強調する吉村や松井との差別化を図る狙いもあった。

「一般の国民は、日常で外交や防衛について考えないですよね。ただ、わかっていても、僕は政治家なので言う。訴えないで落ちた方が悔しいですから」
中山は、次の衆院選で捲土重来を期したいという。


「落選中も政治家としてやるべきことをやる。議席を獲得した野党議員と比較して、どれだけ国益となることをやっているか、その違いを見せていきたい。政治は戦わないとだめです。天変地異が起こるかもしれない。大阪は『お笑い100万票』なんて言われるけれど、その100万票の行方が今、維新に行っている。それを引きはがさないかぎり勢力図は変わらないのだから、捨て身でやるしかない」

戦いは続く

衆院選から2週間ほどの11月13日。自民党大阪府連は、選挙結果を総括する会議を開いた。
出席者からは、維新に対抗するため、広報戦略などを抜本的に見直すべきだという意見が相次いだ。


中には、維新のように候補者やスタッフが、同じ色のジャンパーを着るべきだという意見まで出たという。

出席した元議員の1人は、取材に対し、次のように“総括”した。
「コロナの大波が何度も押し寄せる中、大阪では、東京の政府より、身近な知事や市長への期待が高まり予想を超える維新ブームが起きた。加えて維新はこの4年間、地方選での勝利を重ねる中で、自民党の足元を崩し基礎体力を確実に奪ってきた。今度は、我々がそれをやり返していくしかない」

 

大阪の政治関係者が見据えるのは、来夏の参議院選挙、そして、知事と大阪市長のダブル選などが行われる再来年春の統一地方選挙だ。
今回、小選挙区と比例代表あわせて41議席を獲得し、衆議院で第3党に躍り出た維新は、本格的な全国展開を視野に、さらなる勢力拡大を狙う。

一方、「焼け野原」(府連幹部)からの再出発となった自民。
関係者からは、「知事選か大阪市長選のどちらかでも勝つことができれば、風向きは変わる」という声も。

政治の世界は、いつ「天変地異」が起こるかわからない。永田町とは全く違う、めまぐるしい大阪の政局を、引き続き追いかけていきたい。
(文中敬称略)

大阪局記者
谷井 実穂子
2008年入局。 政治部などを経て7月から大阪。現在 大阪府政キャップ。関西は初任地の和歌山以来約10年ぶり