リモート・デモクラシー
コロナで選挙戦に変化が

衆議院選挙が公示された。
新型コロナウイルスの感染が広がって以降、初めてとなる全国規模の選挙だ。

ある専門家は、人々がさまざまな不自由を強いられる中で、「リモート・デモクラシー」という新たな動きが生まれていると指摘している。

コロナと選挙。

今回の衆院選のキーワードを読み解く。
(鵜澤 正貴)

『密』のない選挙

衆議院選挙に先立って、10月7日に告示されたのが、参議院静岡選挙区と山口選挙区の補欠選挙だ。

このうち、静岡選挙区は自民党公認・公明党推薦の与党系候補と立憲民主党、国民民主党が推薦する無所属の候補、それに共産党公認の候補の3人が激突する構図となった。投票日は衆院選より1週間早い24日で、前哨戦として注目されている。

現代政治が専門の法政大学大学院の白鳥浩教授。
県内各地で街頭演説の様子を調査している。

「第5波」の緊急事態宣言は解除されたとはいえ、「密」を作らないように気を遣う各陣営の配慮が目にとまったと指摘する。

「各党の幹部が応援に訪れても、従来に比べると支持者の動員は少ないと感じた」

運動員が周りの人と距離をとるよう呼びかける光景も目撃したという。

この1年余、東京都知事選挙や都議会議員選挙、静岡県知事選など、各地の選挙を実際に見て回ってきた白鳥教授は、感染症が与えた選挙戦の変化をこう分析する。

「かつての選挙運動は、人を集め、あえて『密』を作り出し、熱気を生み出すことで選挙に勝利することを目指した。その従来の選挙戦が新型コロナウイルスによって様変わりしたと言える」

「かつては有権者と握手した数が多い方が勝つなどと言われていたが、コロナ禍では握手はできなくなった。せいぜいグータッチまで。グータッチで票が増えるとは思えない。むしろ、選挙戦で『密』を作り出してしまったら、批判を招きかねず、かえって不利になることすら有り得る」

「人」より「政策」の選挙戦に

そして、「密」を作り出せない状況は別の変化も生んでいるという。

「以前と比べて候補者そのものよりも、政策が注目されるようになっている」

新型コロナウイルスは誰でも感染するおそれがあり、経済や暮らしへの影響も大きい。政策への関心が高まるのは自然なことと言える。

一方で、候補者たちは演説の様子をインターネットで配信するなど、SNSを活用した選挙戦を展開することが増えた。

今まであまりネットでの発信に取り組んでこなかった候補者や陣営も力を入れざるを得ない、というわけだ。

投票率は上がる?下がる?

では、投票率への影響はどうなのか。

去年4月から5月にかけて、最初の緊急事態宣言が出されたあと、NHKは宣言の対象地域で行われた15の市区長選挙のうち、11で投票率が前回を下回り、このうちの9つでは過去最低となったとニュースで伝えた。

感染を恐れて投票を控えた人の存在や、インターネット以外の選挙運動が活発に行えなくなったことなどの影響が考えられた。

しかし、感染が長引く中、その後の主要な選挙の投票率を見ると、必ずしも下がってばかりとは言えない。むしろ選挙の構図や情勢、争点によっては、前回を大きく上回るところもあった。

例えば、最も新型コロナウイルスの「第5波」が深刻だったことし8月下旬に投票が行われた横浜市長選挙は、投票率が前回を12ポイント近くも上回り、平成以降で2番目に高くなった。


この選挙では新型コロナウイルス対策やIR=カジノを含む統合型リゾート施設の誘致の是非が主要な争点となり、過去最多の8人が立候補した。結局、候補者で唯一のコロナ対策の専門家だと訴えた元大学教授の新人が勝利した。

コロナ対策の論戦が白熱したことや、遠出ができない中で、近場の投票所には出かけようと思う人が増えたりしたことの影響も推測できる。

投票率 年代間の違いは

さらに、白鳥教授が注目してきたのが、年代別の投票率だ。

東京都選挙管理委員会がまとめた去年とその前・2016年の都知事選挙との年代別の投票率を比較してみる。

すると、20歳の投票率は2016年の知事選より5点63ポイント上がっていた。
21歳から24歳でも4点35ポイント上昇している。

この結果はやや意外にも思える。

先にも述べたように、選挙の投票率を左右する1つの要素は選挙戦の構図だ。
2016年の東京都知事選挙は当時の舛添知事の辞職に伴うもので、注目度は高かった。
一方で、去年の知事選は任期満了に伴うもので、2期目を目指した現職の小池知事の圧勝に終わった。

選挙戦の構図だけ見れば、去年の知事選の方が2016年に比べ、盛り上がりには欠けていたと言える。

実際、60代から70代では、いずれも10ポイント以上、投票率が下がっていた。
全年代で見ても、4点73ポイントの減少だった。

この年代間の違いについて、白鳥教授は次のように分析している。
「高齢層ほど、かつての選挙様式、つまり集会での政策などの情報提供、投票への動員などの影響を受けていたと言える。これらがコロナ禍で難しくなったことの現れではないか。一方で、若年層は高齢層と比べて、インターネットなどで政策に関する情報を得る機会も多い。さらに言えば、収入や仕事、学業などの影響を受けているのは、高齢層よりも若年や中年の層だ。より政策への関心が高まる中で、年代によっては投票率が踏みとどまったり、むしろ上がったりすることもあったと言えるのではないか」

そして、こう続けた。
「高齢者の方が若者より投票に行くため、政党や候補者が選挙に勝とうと、高齢者向けの施策を進めるという、いわゆる『シルバー民主主義』という言葉もあるが、今後は高齢層ばかりではなく、若年層や全年代向けの施策をより進めていこうという動きにシフトしていくことも考えられる」

どうなるリモート・デモクラシー

公示されたばかりの衆議院選挙だが、はたしてどのような選挙戦となるのか。
また、有権者はどう選挙に臨むべきか、白鳥教授に聞いた。

「岸田総理が緊急事態宣言やまん延防止措置が出ていないときに選挙を行うと述べること自体、まさにコロナ禍の『リモート・デモクラシー』を象徴している。『第5波』がおさまり、行動の緩和は進んできているが、衆院選ではまだ『密』のない選挙が行われるだろう。政策面では、各政党がいかにして『第6波』を抑えるのかというコロナ対策を競うことになる」

コロナ対策をめぐっては、一部の市長選挙などで、現金の一律給付のような“バラ色”の公約を掲げて当選し、その後、混乱するケースも出ている。

愛知県岡崎市では2020年10月、市長選で市民への一律5万円給付を掲げた新人が勝利したが、市議会で否決され、公約は実現できていない。買収にあたるとして、公職選挙法違反の疑いで市民から告発される事態にもなった。

翌11月には兵庫県丹波市でも、市民への一律5万円給付を掲げた新人が当選。しかし、財源不足から実現できず、結局、収入が大幅に減少した世帯などに限定し、1人2万円の商品券を配布するという形で収まり、当初の公約から大きく後退することになった。

「これまでの地方選挙では、政策が重視される一方で、実現が疑われるようなバラマキ型の政策が訴えられるという反作用も出て来ている。衆院選でも、各党からさまざまな経済的支援の政策が打ち出されている。どの政党、候補者が責任ある政治を進めてくれるのか、有権者は冷静に候補者や政党の政策を見極めて判断する必要がある」

今までにない、新たな政治様式「リモート・デモクラシー」での衆議院選挙。
国民はどのような判断を示すことになるのか。

 

選挙プロジェクト記者
鵜澤 正貴
2008年入局。秋田局、広島局、横浜局を経て18年から選挙プロジェクト。