野党 総裁選に憂う
進撃の道は?

熾烈な争いとなった自民党総裁選挙。
これに対し、野党側は「国民不在の党内抗争だ」と反発し、攻勢を強めているが、同時に、戦略に狂いが生じ、焦燥感を募らせていた。
目前に迫った衆議院選挙に向け、どう展望を開いていくのか。その内情を取材した。
(佐久間慶介)

戦うなら、菅総理

自民党総裁選を間近に控えた8月下旬の永田町。
このころの構図は「菅vs岸田」だった。
総裁選を巡る動きはすでに活発だったが、野党側は冷静に戦況を見つめていた。

全国各地では新型コロナの第5波が猛威を振るい、都市部を中心に“医療崩壊”が起きる中、菅内閣の支持率は、各種の世論調査で軒並み下落。
さらに菅は、お膝元の横浜市長選挙で、みずからが全面支援した元閣僚が野党候補に惨敗し、急速に求心力を失いつつあった。

とはいえ、自民党内では、幹事長の二階が菅を支える発言を繰り返し、野党内では、菅降ろしの展開にまではならないという見方が大勢を占めていた。

野党幹部
「自民重鎮議員たちは総裁がかわって党としての一体感がなくなることを恐れている。総裁選でごちゃごちゃになっても、結局、菅総理でかわらないだろう」

別の野党幹部
「どれだけ党内で批判が渦巻こうが、菅総理を追い落として、かわりの総裁を出す体力は、いまの自民党にないのではないか」

「菅が相手なら、野党は衆院選で優位に立てる」
そんな値踏みができるほど、野党側にとっては順風だった。
情勢を楽観視する声も聞かれた。

野党幹部
「この衆議院選挙は、野党は議席を増やすことはあっても、減らすことはないよ」

こうした中、野党側は10月21日の衆議院議員の任期満了前に総選挙を行うよう主張。
一方で、9月7日から16日までの10日間で臨時国会を召集するよう求めた。

野党幹部は、菅が解散を決断するよう、いざなう狙いがあったと語る。
「この日程なら、いつ解散しても任期満了前に選挙が可能だろう。だから、解散しやすいように、菅さんに助け船をだしてやったんだよ」

そして、こう続けた。
「菅内閣を生かさず殺さず、菅のまま選挙に突入することが大事だ。このままいけば、今の大谷翔平の打率くらいの可能性で政権交代があるぞ」

戦略崩壊

9月3日。野党の戦略は、突如として崩れた。
菅が総裁選への立候補を断念。事実上、総理大臣の退任を表明したのだ。

野党側は、一斉に批判の声をあげ、攻勢を強める構えを見せた。

立憲民主党代表 枝野幸男
「無責任だ。自民党も政権運営の資格はない」

 

共産党委員長 志位和夫
「行き詰まり、政権を放り出したということだ」

 

国民民主党代表 玉木雄一郎
「自民党内の動きにあらがえず万策尽きたわけだ」

しかしその裏では、全く異なる表情がかいま見えた。

断念表明を受けて緊急で開かれた立憲民主党の臨時役員会。
顔を合わせた幹部たちの表情は、一様に硬く、険しかった。
会合終了後、枝野は、足早に自らの事務所に戻り、扉を閉めた。

立憲民主党の幹部の1人は、沈痛な面持ちでこう語った。
「厳しい状況になった。新総裁・新総理のもとで選挙を戦うことになる。優位な状況とは言えなくなってきた」

また、国民民主党の幹部もショックを受けた表情で、こう漏らした。
「こうなると自民党のニュースばかりになってしまうし、うちは元気がなくなる。野党も何か起こさないと…」

いわゆる“ご祝儀相場”、永田町でよく語られる言葉だ。

どんな内閣であれ、発足直後は期待感のほうが高く、前の内閣から支持率が急回復することが多いのだ。
菅も就任直後は、NHKの世論調査で前の安倍内閣から30ポイント近くも高い支持率でスタートした。
衆院選まで時間がない中、野党にとって政権の失点を積み上げて支持率の低下を狙う反撃の機会は限られる。戦いは一気に不利に転じたというわけだ。

また、“埋没”への危機感もあった。
新しい顔を選ぶ総裁選は、メディアや国民の注目が集まりやすくなり、野党の存在感はいやおうなく薄まってしまう。

一方、日本維新の会からは、ほかの野党と一線を画し菅をねぎらう言葉が聞かれた。

日本維新の会代表 松井一郎
「必要なことは批判から逃げずに実施してきた。後世で評価される」

政府・与党とは“是々非々”の姿勢で知られる日本維新の会だが、松井は、菅とは極めて良好な協力関係を築き、党の政策実現につなげてきた。

そんな彼らにとっても、菅の退任は目算が外れたと言えるだろう。

日本維新の会幹部
「どの候補者が総理・総裁になったとしても、これまでのように官邸で面会するなどの関係を築くのは難しいだろう。新内閣の閣僚の顔ぶれなどを見極めた上で今後のスタンスを検討する」

菅の立候補断念で、政局の波は一気に大しけとなっていく。

構図一変で 焦り と 危機感

総裁選の構図は一変。

岸田に加え、高市早苗、河野太郎、野田聖子と、次々と名乗りをあげ、メディアに連日とりあげられて、一気に熱を帯び始めた。

なかでも野党側が、危機感を募らせたのは河野だ。
河野は各種の世論調査などで他の候補に比べて支持が高いとされてきたからだ。

今回立候補を見送った石破茂が河野の支持に回ると表明し、小泉進次郎が加勢することを明言したのも、焦りに拍車をかけた。

立憲民主党幹部
「河野総理、石破幹事長、小泉官房長官みたいな人気者連合と戦うことになったら、まずい。下手したら野党は選挙に負けて終わるよ」

野党側は、河野に照準を合わせて、批判した。

枝野幸男
「ワクチン担当大臣として、総裁選よりもコロナ対策が優先ではないのか」

共産党政策委員長 田村智子
「コロナ対応を担う大臣がどうして総裁選に入っていけるのか。どこまで、国民に対する責任を取れない政党なのか」

しかし、こうした中でも、新しい総裁、次の総理大臣への期待感からか。
9月に入り、自民党の支持率は各種の世論調査で上昇。その一方、野党各党は低下した。

野党側の焦りは、メディアにも向けられた。

立憲民主党幹部
「総裁選の報道にうつつを抜かすのもいいけど、気をつけなさいよ。公職選挙法上の『公平な報道』というのは非常に重いからね」

共産党幹部
「衆院選が迫る中で、メディアは報道の公平性を考えるべきだ。むしろコロナ禍での総裁選挙を批判すべき立場ではないのか」

埋没を回避せよ

なんとか埋没を回避し、選挙前に存在感を高めなければならない…
野党が動きを活発化させた。キーワードは「埋没回避」「積極発信」だ。

立憲民主党は、衆議院選挙の公約の柱になる政策を、分野ごとに分けて前倒しで発表することに踏み切った。
選挙直前に一気にプレスリリースの予定だったが、もうそんな状況ではなくなっていた。
枝野自身が記者会見を開き、毎週のように発表していった。
少しでも、露出を増やしたい、その一心だった。

立憲民主党幹部
「とにかく、ニュースになる情報を日々発信していくしかない。何でもやるしかない」

共産党、日本維新の会、国民民主党も、連日、新型コロナ対策を中心に、官邸や各省庁に緊急要望や申し入れを重ねていった。

また、衆議院選挙に向けて、野党連携の体制作りも加速させた。

9月上旬。
立憲民主党、共産党など、野党4党が有識者や市民団体でつくるグループと共通政策を締結。


これまでの自民・公明両党による政権が、効率化の名のもとに、医療機関や保健所などを削減してきたことが“コロナ禍”での医療ひっ迫の一因にもなったとして、政策転換し、整備拡充に舵を切る姿勢を打ち出した。
また、国民生活はかつてなく厳しいとして、消費税の減税でも足並みをそろえ、政府・与党との対立軸を鮮明にした。

なんとか問題を浮き彫りに

「新型コロナで厳しい状況にある国民を顧みず、党内の争いにかまけている」

「内輪の争いで、政治空白を作り、まさに国民不在の政治だ」

イメージ戦略にも力を入れた。自民党に対し、新型コロナ対応に全力を挙げるべき時にもかかわらず、総裁選を行っていると重ねて批判を展開。
加えて、感染症対策などの具体的な強化策を政府に示し、違いを際立たせようとした。

また、新型コロナ対応が後手に回り続けるのは、“菅だけの問題”ではなく、自民党全体に原因があるとして、新総裁も期待はできないと強調した。

枝野幸男
「どなたが新総裁になろうと、自民党内でこの9年近くの間『何も言わず、何も変えられず』という状態だった方だ」

「早く選挙を」から「解散は審議後で」

低支持率にあえぐ菅内閣を追及しようと召集を求め続けていた臨時国会の本意も変わっていった。

新しい総理大臣の指名選挙を行う臨時国会。
菅内閣が10月4日の召集を決めたが、会期の幅や、審議日程は、新内閣のもとで判断するとしている。野党側が最も警戒しているのは“ご祝儀相場”の効果が高いなかで、解散・総選挙を迎えることだ。

そうさせないためにも、国会での十分な審議が必要だという。
新しい総理大臣による所信表明演説とそれに対する各党による代表質問はもちろんのこと、総理大臣も出席して予算委員会も開くよう求めている。

野党議員は、狙いをこう解説する。
「国会で話せば話すほど、普通はボロが出るもんだよ。野党としては審議の場が取れれば徹底追及して、新総理の馬脚をあらわさせてから選挙に臨みたい」

衆院選に向けて どうなる

自民党総裁選の動きが続いたおよそ1か月。
当初の想定から一変した状況に対応し、新しい総理大臣の政権与党と対峙していくため、野党側は全力を挙げる。
野党の存在感をいかに高めるか、衆院選まで残された時間は少ない。
(文中敬称略)

政治部記者
佐久間 慶介
2012年入局。2017年まで福島局で勤務。その後政治部へ。官邸で危機管理を取材したあと、立憲民主党の担当に。