混戦! 総裁選 決選投票か?
カギを握る党員票の行方

自民党総裁選挙が混戦模様だ。
多くの派閥が支持する候補者を一本化できないのが一番の要因だ。
“フルスペック”で行われる今回の総裁選では3年ぶりに党員投票の結果も反映される。
そして、その「党員票」に割りふられるのは議員票と同数の382票だ。
投票権を持つのは全国の自民党員ら110万人余り。勝敗のカギを握る党員票の行方を探った。
(総裁選取材班)

“選挙の顔”は誰に

「盛り上がるのはいいこと。開かれた政策論争をして、支持の回復につなげられればいい」(東京都連幹部)
「岸田さん、高市さん、河野さんの3人に、野田さんが加わり、面白みが増した。いい議論をしてほしい」(福島県連幹部)
「初の女性総理が誕生でもしたら、いまの雰囲気もだいぶ変わるかも」(北海道連幹部)

現職総理の立候補断念で、4人の候補による争いとなった今回の総裁選。
党員の期待がいっそう高まるのは、衆院選を間近に控え「選挙の顔」を直接決めることになるからだ。

各候補に寄せられる声は…

河野支持

「若手として自民党に思うことは『空気を変えるべき』と思っていて、河野さんなら変えてくれるのではという期待感がある」(三重県内、40代の市議)

「それぞれの候補者の政策には一長一短あるが、衆院選に向けて河野さんが総裁になれば野党が一番嫌がる。河野総裁になれば、安倍・麻生勢力に終止符を打ててリセットできて、世論もスカッとするだろう」(千葉県議)

岸田支持

「岸田さんは、みんなで仲良くではないけど、しっかり話して穏便に進めるでしょう。保守的と言われれば、それまでだが、医療界に、いま変にバタバタしている余裕はない」(福島県医師会幹部)

「前回、党員票がゼロだった細田派の多い北陸地方を回ったが、反応は去年と比べてよかった。岸田さんの安定感や政策に期待する声は多い」(広島県連幹部)

高市支持

「周りの女性党員からは高市さんの人気が高い。政策をちゃんと聞くと芯がある」(栃木県連幹部)

「高市さんは安倍さんの考え方に近く、『敵基地攻撃能力』の保有に関しても前向きだ。考え方に共感できると思っている」(山口県議)

野田支持

「ジェンダーとか、多様性に関する政策を踏まえると野田さん」(三重県議)

「自分も子を持つ母親。母親として子育ての政策に一番取り組んでいる野田さんに投票したい。子ども真ん中の政策をぜひ進めてほしい」(北海道内の女性党員)

今回の総裁選は「難しい…」

一方で、党員や関係者からは「今回の総裁選は難しい…」という声が聞かれる。
候補者の4人はいずれも、閣僚や党の要職の数々を歴任し、政治経験は豊富だ。さらには複数の女性の立候補は初めて。政策的なウイングも広がった。

しかし、自民党員にとって難しいのは、多様な選択肢が示されたことが原因ではない。ほとんどの派閥が、支持する候補の一本化を見送ったからだ。
告示の時点で大勢が決しているような総裁選とは違い、自らの判断で党のリーダーを選ぼうとしている姿がうかがえる。

「今回は読むのが難しい。前回は菅、前々回は安倍という流れが早々とできあがっていただけに、ぬかにくぎを刺すようなものだ。派閥も一枚岩ではないし、どうなっているのかわからない」(福岡県連関係者)

「迷っている。今回は難しい。河野さんが人気だが、今回は派閥の色を出せない。だから、支持者に特定の候補への投票を呼びかけたりはしない」(宮城県議)

「派閥内でまとまらないんだから、今回は誰かにまとめるとか、そういうことはできないよ」(福島県選出国会議員秘書)

「今回はだれかに声かけはしたりしない。ほかの市議とも、今回は総裁選の選挙活動はやめようという話をした」(ベテラン神戸市議)

自民党員は、党所属国会議員・地方議員の後援会組織のメンバーや、企業・団体などの職域のメンバーがあることが多い。
党員は意中の候補に自由に投票できるわけだが、人間関係で投票先を決めることもよくある。
国会議員や地方議員、職域支部のリーダーなどからの投票の依頼がそれだ。

この記事は選挙戦がまだ序盤にある段階の取材に基づいているので、投開票日の29日に向けて「要請」や「指示」が急に下りてきたり、次第に強くなったりすることは考えられる。
ただ、「一本化」の見送りによって、国会議員の支持が定まっていない以上、実際に働きかける側からすれば、一般の党員に強くお願いするのは無理があると考えているようだ。

関心高まる各候補の政策

意中の候補を選ぶ上でこれまで以上に関心が高まっているのが各候補の政策だ。自民党総裁選は、事実上、総理大臣を決めることになるため、各候補が訴えた政策がそのまま実現する可能性がある。去年の総裁選で圧勝し、第99代総理大臣に就いた菅義偉は去年の総裁選で「デジタル庁の新設」を掲げた。そして、「デジタル庁」は実際に9月1日に発足した。

ここで各候補のおもな政策を確認しておく。

政策転換は死活問題?

自民党総裁、そして、総理大臣になる以上、掲げた政策を実現させようとするのは当然だ。
ただ、政府が進めてきた政策をまったく転換することになれば、協力してきた地域にとっては死活問題にもなりかねない。

例えば、青森県。
「核燃料サイクル政策」の議論をめぐっては、使用済み核燃料の再処理工場の建設など、政策の中心を担ってきた地元から、早速、戸惑いや反発の声が聞かれる。例示した青森に限らず、政策の転換には利害関係者との調整が必要になることもある。進めようとする政策に反発の声がある場合、各候補はどうこたえるか。その政治手法も党員が見定める要素となりえるだろう。

大阪府 維新との関係

一方、今回の総裁選は、次の総理大臣と太いパイプを持つチャンスと捉える地方組織もある。大阪では、日本維新の会の代表で、大阪市長の松井が菅とのパイプを持つことが知られてきた。自民党大阪府連は、それにもどかしさを抱えてきたわけだ。
選挙のたびに、維新の存在感を意識してきた地域でも、政治状況が有利な方向へと変わることに期待が高まっている。

「やっと大阪自民の冬の時代が終わるのではないか」(大阪府連幹部)
「菅総理がやめて衆院選は自民党に相当有利になったと思う。とくに維新は痛いやろ」(奈良県議)

見送りの石破票の行方は

さらに、元幹事長の石破茂が立候補を見送ったことで、「石破票」の行方も気になるところだ。
石破は、2012年の選挙で、1回目の投票でのちに歴代最長政権を担うことになる安倍晋三を党員票でダブルスコアに近い大差をつけた。
去年行われた前回も党員票で菅に続く2位と岸田を上回った。石破は、今回、河野への支持・支援に回った。

三重県では、過去3回の党員投票で、いずれも石破が最多得票を獲得。
石破が出ない今回、そっくりそのまま河野に流れることになるのだろうか。

「前回までの石破票が浮遊することになる。今期限りで引退する議員もいる中で、党員票へのグリップはこれまでより効かなくなる。全体的に自由投票に近い選挙になるんじゃないか」(三重県連幹部)

「川崎二郎さんも、三ツ矢憲生さんも引退するから、三重県連はふわふわしている感じ。いままでは『議員に言われたからその人に投票する』という人が多かったと思うけど、たぶん、私みたいに、自分の考えに従って投票する人が増えるんじゃないかな」(三重県連の別の幹部)

「石破票」がそのまま「河野票」になるとまでは現状では見通せないが、河野と石破、それに、河野支持を明確にしている環境大臣の小泉と合わせて知名度の高い3人が「党員票」を席巻できれば、総裁選の趨勢を決めることにもつながる。

“決選投票” も見据えて

また、候補者が4人になったことにより、支持が分散することも見込んで、決選投票を前提に1回目の投票行動を取る必要があるという指摘もある。

「言っても勝ち馬に乗らないといけない。今回は決選投票になるから、情勢を見極めているところ」(神戸市議)

本当に決選投票にまでもつれるのだろうか。党員票と国会議員票の合計は764票。過半数は383票となる。1回目で決める場合、この数を確保しなければならない。

国会議員票で5割の192票程度が見込める場合、党員票もやはり5割の191票程度、ほぼ同じ数が必要だ。国会議員票が6割、230票程度を見込む場合には、党員票は4割、153票程度が必要になる。その逆もしかりで、国会議員票が4割程度なら、党員票は6割をとらなければならない。
以下、シミュレーションを表にした。

国会議員の支持が分散し、それぞれの候補が一定程度票をとるとすれば、過半数の確保はさらに難しくなる。

「党員票」は知名度の高い候補が有利とされ、その点で言えば、有利に働くのは河野になるかもしれない。
逆に、岸田、高市、野田が党員票も一定程度確保すれば、国会議員票での勝負になり得る。

ただ、決選投票に持ち込むには、党員票でも十分な得票の確保が必要だ。

党員投票は国会議員とは違い、2回目はない。決選投票で47の都道府県連のそれぞれに割りふられる1票は、すでに行われた「党員投票」の結果に基づく。上位2人のうち得票数が多い候補者が自動的に獲得することになっている。

しかし、決選投票が1回目の投票と違う結果となった場合、世論とは異なるものだとして反発も予想されるという指摘もある。
党員が投票に臨むにあたって、いろいろと考えることが多い総裁選になりそうだ。

こうした中、古くからの自民党員が漏らした声が印象的だ。総裁選への投票が負担に感じるという。

「自民党員は静岡でも減っている。周りを見渡しても、高齢者ばかり。そんな一握りの層の意見が総理を決める要素の一部になっていいのだろうか。アメリカのように、もっと幅広い人の投票で決めるべきじゃないかと思う。バランスが悪くて、投票を負担にすら感じる」(静岡県内の自民党員)

9月29日、全国110万人余りの自民党員らによる投票と、382人の国会議員による投票の結果で、次の総理大臣が事実上決まる。
そして、間を置かず衆院選だ。自民党総裁選で示された選択への審判は、今度は、有権者による投票で示されることになる。