コロナは全身病
リハビリの記録 【後編】

新型コロナウイルス感染症による肺炎が重症化し、一時は生命の危険すら感じたICUでの治療はヤマ場を越えた。
リハビリの時間に入った私に突きつけられたのは、コロナの治療が体にもたらした負担の重さだった。
筋力の低下、指のしびれ、一時的に失われた記憶。
「コロナは全身病です」
医師の言葉が身にしみる。
NHKで選挙の仕事をする私が、感染・発症した時の参考になればと、前編に続きコロナに感染し治療を受けた記録をここに残す。
(花岡信太郎)

【リンク】前編「人工呼吸器6日間の眠り 生還の記録」はこちら

あれ、思い出せない

◆8月5日(木) 都内感染者5042人
2度のICUでの治療を終えて、ようやく一般病棟に戻った。ナースステーションのすぐ前。症状が重い患者である証拠だ。
血圧や血中酸素飽和度などのデータはナースステーションで管理され、部屋の様子はカメラでモニターされている。
まだ、風のように酸素が肺に送り込まれ、栄養も点滴。

医師は現状についてこう言った。
「花岡さんの体には2度のICUの治療で爆弾のように大量のステロイドなどを入れました。これから徐々に薬を減らしながら、炎症を抑え、自分の体を取り戻す期間に入ります。これからが本当の治療です」

体調がかなり良くなった気がしたのは薬によってそう感じたまでのことで、まだ本当の自分ではないことに気づかされる。

ベッドの上でこれまでの怒濤の日々を思い返していると、妙な胸騒ぎを感じた。
何かおかしい。
記憶があいまいできちんと思い出せないのだ。
PCR検査の結果を伝えてきたのは検査をしたクリニックの医師からだったのか、それとも保健所からだったのか。高熱を出していた時、嗅覚は正常に働いていたのか。
仕事のことでも名前が思い出せない人がいた。

人工呼吸器を使用した際の鎮静剤の影響があるかもしれないということだった。
医師は「これは一時的なことで、次第に元に戻ってきますよ」と言ってくれたが、心が落ち着くことはなかった。

字が書けない

◆8月6日(金)都内感染者4515人
毎朝の日課に体重測定がある。
まだ、寝たきりの私は、ひょいと体重計に乗って計ることが出来ない。器具で私の体をつり上げて計るのだ。
74キロ。入院前は84キロだったので2週間で10キロ減ったことになる。食べていないこともあるが、ずっと寝ていて筋肉が落ちたのだった。

さらに、ショックなことがあった。
看護師が入院に関する書類にサインを求めに来た。
体を起こし、テーブルに紙を置いてボールペンを動かそうとした。
「書けない」
指先に力が入らず、ペン先が揺れている。何とか書いたがひどい字だ。
ペットボトルのキャップも開けてもらった。

◆8月7日(土) 都内感染者4566人
朝、同じ個室でもモニターカメラが無い部屋に移った。
医師にこれから治療はどのように進んでいくのか聞いてみた。
「画像を見ながら肺の炎症が収まっていく様子を診ていきます。花岡さんは重い肺炎の部類なので少し時間をください」
自分では呼吸が少し楽になった気がしたがコロナの戦いは長期戦だと実感した。

久しぶりに歩いた

◆8月8日(日) 都内感染者4066人
看護師に支えてもらって立ち上がる練習をした。
2週間ぶりに自分の足で立った。意外に大丈夫だなと思ったが、
「では、足踏みしてみましょう」
左右に大きく体がぶれ、腰が引けている。
一休みして再び足踏み。今度は、何とか、さまになった気がした。

午後はベッドから少し離れた病室のいすに座った。看護師に取り出してもらったノートを読む。
ノートは感染がわかった7月19日から書き始めたもので、体温の変化や自覚症状、保健所などから言われたこと、入院してからの状態などを書き留めたものだ。
忘れていたことを少しずつ思い出すのを感じた。


いすに座ったのは2時間、背中は張ったが疲れは感じなかった。

夜、看護師が鼻から酸素のチューブを外した。
「酸素の値が良いので、今夜は酸素をやめて寝てみましょう。下がったらすぐに再開しますから」
入院した日以来、16日ぶりに普通の空気を吸ったことになる。
これまで、チューブのにおいしか感じていなかったので、病室の空気でも新鮮に感じた。
まだ、何をするにしても看護師を呼ばなければならない状況は変わらないが、自分本来の体に近づいた気がした。

◆8月9日(月) 都内感染者2884人
いつもより早い午前5時、体の状態を確認に看護師が来た。
「酸素の値は、夜中も97くらいをキープしていました。このまま、過ごしましょう」
昼過ぎに尿管のチューブが抜けて、トイレに行けることになった。

医師に退院の条件と職場に通えるタイミングを聞いてみた。
「退院するときは他の人を感染させない状態で帰ってもらいます。具体的なめどはウイルスが体内から無くなるといわれる感染からおよそ1か月です。もう1つは、炎症が収まっていることも判断材料です」

久しぶりに食べた

◆8月10日(火) 都内感染者2612人
個室から4人部屋に移動するように告げられた。急患を受け入れるためだという。
病室を移動するときはいつも急だ。
「すみません、急なんですが別の患者さん入れたいのであと30分で移動します。花岡さんは状態も安定していますし、お願いします」
急患を受け入れるため、患者の状態を見ながらベッドを調整していくようだが感染者の増加で相当やりくりが大変なのだろうと想像した。

この日の昼食から、自分で食事を食べられることになった。
長い間、自分で食べてないのでリハビリの担当者が来て、噛んだり飲み込んだりする機能が正常にはたらくかチェックを行った。
舌で頬の内側を押す。舌を伸ばす、飲み込んだ時のどの動きを見てもらった。
OKが出て食べ始める。
飲みこみやすいようにとごはんはお粥。おかずも魚や野菜をすりつぶしたもの。いつもは早食いだが1口を少なめに慎重に食べる。
デザート含めて5品をおよそ20分かけて食べた。適切なスピードだと褒められた。
早くても誤って飲み込む恐れがある、余り遅くても食べるための筋力が弱っているとして、食事の制限や指導が必要になってくるそうだ。
味もにおいもしっかりと感じた。


入院前、嗅覚を失ったことをノートを読んで思い出していたが、ほっとした。

理学療法士が来て、初めての本格的なリハビリ。まず、廊下を一緒に歩く。廊下の突き当たりを折り返すとき、足がもつれた。
腕の力も弱っていた。
「リハビリを少しずつ、やってきましょう。心配する必要はないですよ」
とは、言ってくれたものの、元通りになるのか心配になる。

◆8月11日(水)都内感染者4200人
高カロリーの輸液で栄養を補給するために右首の静脈に入れた点滴のチューブが外れた。食事が食べられるようになったためだ。
だいぶ、動きやすくなり、ベッドから5メートル離れたトイレまでは自由に行けるようになった。

力が入らないってこんなに大変なのか

◆8月12日(木) 都内感染者4989人
この日もリハビリ。まずは片足立ちでバランスのチェック。
なんと左10秒、右6秒で倒れそうになり理学療法士に抱えてもらった。
以前なら1分くらいは立てたのに。
数日前に指に力が入らず字を書くのに苦労した話をすると、「右の親指と人差し指で輪を作ってください」
理学療法士も指で輪を作って、私の指の輪を引っ張ると弱い力でも簡単にほどけてしまった。
筋力不足だけでなく、時折、指先がしびれることも影響しているのかもしれない。
足と腕、指の力をつけるトレーニングを教わり、マニュアルももらった。1日3回自主トレすることを決めた。

この夜から、シャワーも浴びた。
最後に入ったのは自宅で高い熱が出る前だから1か月近く前のことだ。
頭を洗おうとするが指に力が入らない。腕の力も弱いのでうまく洗えず時間がかかる。
今度はイスに腰掛けて足の裏を洗おうしても足が上がらない。
パジャマを着るときも右手の指に力が入らないためボタンがなかなか留まらず、普段15分くらいで終わるシャワーだが30分の枠を目一杯使ってしまった。

見つかった合併症

◆8月13日(金) 都内感染者5773人
医師から気になることを言われた。
「コロナは全身病とも言われていて、代表的な合併症に血栓を体内に作る(血栓症)があります。当然、対策しながら治療してきましたが、肺と脾臓に小さい血栓が認められました。退院後もこの病院の循環器内科でフォローするので月1回から2か月に1回のペースで通って欲しい。通院期間は半年程度と思う。
血栓は、大きさ、出来ている場所もあまり、心配しなくていいです」
血流によって動くという血栓が、脳などの血管を詰まらせることはないのか少し心配になった。

テレビで放送した横浜市長選挙の選挙戦リポートを見た。22日の投票日には間に合わない悔しさを感じたが、感想のメールを上司と担当デスクに送った。

向かい側のベッドに急患が入った。このころからコロナ専用病棟の様子が少しずつ変化しているのがはっきりと見えてきた。

とまらない感染拡大、ICU満床

◆8月15日(日) 都内感染者4295人
リハビリで病棟の廊下を歩いていたら、いつもより静かだ。横目でほかの病室を見ると空きが目立つ。
看護師に状況が落ち着いてきたのか聞いてみたら、答えはまったく逆だった。

人工呼吸器の使用など重症患者の治療に対応できる10余りの専用ICU=集中治療室は埋まっていて、重症、もしくは重症の可能性がある人を受け入れられない状況だという。


空いているように見えたベッドはICUでの治療を終えた患者を戻すためあらかじめ確保しているのだという。
だから、実質満床なのだ。
医師にも聞いてみた。

「第5波の特徴として肺炎の症状が重くなる傾向が強いのでベッドをできるだけ確保して受け入れようとしている。しかし、現状はICUがいっぱいなので重症になる可能性がある人の受け入れに慎重にならざるを得ない」

つまり、ICUが逼迫している現状では入院後、重症になった患者に対して人工呼吸器を使うなどの適切な治療ができないのでベッドが空いていても新たな患者の受け入れは難しいということだ。

向かい側のベッドの40代男性からはこんな話を聞いた。
男性が入院する直前、この病院は20人ほどの入院要請を断っていたのだという。調整の末、ちょうど空いたベッドに受け入れることができたと病院から聞かされたというのだ。

「入院できたのは本当に偶然でした」

男性はしみじみ語った。
39度を超す熱、息苦しさを訴え、流れるような汗をかきながら運ばれたこの男性は重い肺炎と診断された。
医師から「あと数時間遅かったら本当に大変なことになっていた」と言われたという。

◆8月16日(月)都内感染者2962人
CTスキャンの撮影をした。この画像を医師たちが見て肺に炎症が残っていないかを確認し、退院の時期を判断するということだった。
同僚と話して、闘病記の原稿を書く作業を始めることになった。
持ってきたノートパソコンを使おうと思ったがパスワードを思い出せない。
スマホに直接打ち込んだり、音声を文章に変換するアプリに吹き込んだりして書いていった。
結構時間がかかるが、職場復帰に向けた一番のリハビリだと実感した。

◆8月18日(水)都内感染者5386人
人工呼吸器につながっていたのは6日間だったということを医師から初めて聞かされた。
眠っていて日付感覚を失っていたため、正確な期間を問い合わせていたのだ。
さらに入院した7月23日からこれまで、病室をどのように移動したのかも教えてもらった。
時系列がわかって、走り書きのようなメモと記憶がつながって来た。
帰ろうとする医師にCTの結果と今後の見通しを尋ねた。
炎症はほぼ消えているということだったが、今後の方針は夕方、検討するということだった。

見慣れない看護師がいた。
この週から応援に入った3人のうちの1人だという。
コロナ専用病棟の看護師は3交代制で2交代制の他の階よりも人手がかかる。
さらに酸素療法を行っている患者の吸入量をこまめに調整する必要があるなど負担が重い。

後遺症と合併症 終わらないコロナとの戦い

◆8月19日(木)都内感染者5534人
医師から肺の状況と今後の方針について説明を受けた。
「肺炎はほとんど消えています。治療としてはゴールです。ステロイドはあすから錠剤に切り替えます。退院後もしばらく、量を減らしながら飲んでもらいます」

退院は22日、日曜日に決まった。

◆8月20日(金)都内感染者5405人
退院2日前、最後の回診だ。
入院した7月23日に撮った肺のCTスキャンの画像と4日前に撮った画像を比較しながら医師が説明してくれた。
白く映る炎症の面積が小さくなっていた。


気になっていたことをいくつか聞いてみた。
まず、コロナウイルスを除去するため自宅の消毒は必要か。
医師は笑いながらこう答えた。
「消毒の必要はありません。家の中にいるウイルスは3日で死ぬと言われていますから」

次に2回目のワクチン接種が必要か聞いてみた。
1回目のワクチン接種の翌日に倦怠感を感じ、そのまま今に至るため、2回目の接種はまだだった。
「今回の感染で、かなり強い抗体が出来ているので2回目を接種したことと同じです。ただ、3回打った方がより効果があるというデータもあるので花岡さんにとって2回目の接種をした方がいいと思います。ただし、慌てる必要はありませんよ。退院後1か月後ぐらいでいいですよ」

次の質問。
「入院した最初のころ、デルタ株か聞いたら、『治療に関係ないから調べていない』と言われましたが調べていないんですか」
「研究機関に定期的にサンプルを送って調査や研究に協力していますよ。いま、都内の9割はデルタ株なので花岡さんも恐らくデルタ株に感染したと思います。株の種類が違っても治療法は変わらないんですよ」

多くの自宅療養者が医療を待っている状況にどう対応すべきかに話が及んだ。
「重症が多くここのICUも一杯の状態が続いています。自宅療養者を受け入れるには重症や可能性のある人を受け入れる病床をもっと増やさなければならないと思います。都内では都立病院が先行して増やしてきた。ここも最初は2つしかなかったのを10以上に増やしました。
これからは大学病院なども含めてあらゆる医療機関で増やしていく必要があります。最終的には専用の治療を行うコロナセンターのような大規模医療施設が必要かもしれません。あとワクチン接種を広めて全体で重症化を防ぐ必要があります」

右手の状態を改善するために輪ゴムをはめて広げたり縮めたりするなどいくつかリハビリの方法を教わった。
回復するまで1~2か月というからこれも地道にやっていくしかない。

肺炎は治ったが全身の筋力低下、右手指の機能低下といったが後遺症、合併症の血栓と退院後も向き合っていかなければならない。
「コロナは全身病だ」と医師に言われてはいたが体に与えた影響を思うとため息が出た。
闘病生活が間もなく終わる高揚感はなかった。

退院直前、心に響く医師の訴え

◆8月21日(土)都内感染者5074人
同じ病室で過ごした50代の男性が退院した。
5年ほど前に脳梗塞を発症し、日頃から人混みを避けるなど注意して生活していたが感染し、人工呼吸器で5日間眠っていたという。入院生活で最も印象に残ったこととしてこう話した。
「廊下の隅で母親が時折涙声で電話越しに子供をあやしている姿を見たんです。なんかね。みなさん、コロナで生活が一変して本人だけじゃなく家族も大変な思いをしてるんだとその時強く思ったんです」

◆8月22日(日)都内感染者4392人
いよいよ退院。
私服に着替えると、ベルトの穴が4つ縮まっていた。
向かい側の男性と医師との会話が聞こえてきた。この40代の男性は早ければ2日後に退院の予定だ。

医師は強い口調でこう言った。
「また、感染する可能性はありますので生活には十分気をつけてください。もし、感染して症状が悪くなっても同じような治療が受けられるとは思わないでください。医療資源は枯渇しているんです。仮にICUが空いていたとしても人工呼吸器の治療に必要な薬が足りないんです。とにかく、感染しないことを心掛けてください。そして、このことをご家族や友達などに伝えてください」
重症化する患者の治療に対応できる医療体制の拡充に一刻の猶予もないが、この医師の訴えも多くの人に受けとめて欲しいと感じた。

午前10時すぎ、看護師に付き添ってもらいエレベーターで降りると上司が迎えにきてくれた。
「大変ご心配おかけしました」
「元気そうだ。あまり変わってないね」
今回、コロナウイルスに感染し肺炎となり、一時は生命の危険もあった。
自分の体が大変な事態に陥っただけでなく、同僚や家族など多くの人に心配や迷惑をかけた。

入院した1か月の間、自宅療養者が急増し、医療が対応できずに救えたはずの命が救えないという事態になっている。
これまでは病気で苦しさを訴えれば、救急車で病院へ行き適切な医療を受けられた。
そのような常識だと思っていたことをコロナは破壊しようとしている。
重症者でいっぱいのICU、足りない医療スタッフを目の当たりにしたからこそ、目の前の命を救うための具体的対策を支える仕組みが大事だと強く思った。
そして何より、個人として感染を防ぐ対策を徹底することが重要だと言うことを肝に銘じたい。

【リンク】前編「人工呼吸器6日間の眠り 生還の記録」はこちら

【英語 link】A COVID-19 diary: battle for survival

選挙プロジェクトデスク
花岡 信太郎
1992年入局 富山局 社会部 成田報道室 札幌局 横浜局などで勤務 退院後リハビリで毎朝自宅周辺を20分以上歩いています