もっと聞いて! 私たちの声

“コロナで3年間しかない貴重な高校生活が制限されて悔しい。このままでは人生一度きりの高校生活が何もできなくなってしまう”

都内の高校3年生から寄せられた声だ。我慢の生活を続けているのは大人だけではない。
緊急事態宣言下、2度目のオリンピック開幕を迎える東京。
重苦しい空気の中で高校生から聞こえてきたのは、“普通に学校生活を送れるようにして欲しい”という素朴な願いだった。
(桜田拓弥)

人生一度きりの高校生活が…

今年5月。2か月後に迫った東京都議会議員選挙に向けて、NHKはある準備を進めていた。
都議選の候補者全員に政策についての考え方などを問う「候補者アンケート」。

私はその設問に、初めて有権者となる高校3年生からの意見を取り入れようと考えた。取材で知り合った都立高校の先生に協力を依頼したところ、わずか2週間の期間ながら5校の生徒およそ50人が候補者に言いたいことや聞きたいことを寄せてくれた。

都内の高校生約50人の意見はこちら

内容は多岐にわたっていた。
待機児童問題や出産サポートなど政策にまつわるもの。
都立高校の全日制普通科の入試に男女別の定員が設けられているのはおかしいのでは?という具体的な意見。
ちゃんと公約を守るのか?という議員の姿勢を問うもの。
高齢者と若者のどちらに重点を置いて政策を考えていきたいかという切っ先鋭い質問もあった。

それでもやはり目についたのが、一変した学校生活に関するものだった。

「コロナで私たちは大人以上に我慢を強いられています。都立高校へのコロナ対応を考え直してくれませんか?」

オリンピックに絡めた意見もあった。
「オリンピックは行うのにどうして子どもの行事は中止なんですか。都外から人を呼ぶわけでなく、私たち生徒と保護者だけなのにどうしてそれすらさせてくれないのでしょうか?」

「私たちは部活も行事もできず行動が制限されているのに、どうしてオリンピックだけ開催できるのですか?」

思い描いた生活と全然違う

私はアンケートに協力してくれた高校の1つ、都立蒲田高校を訪れた。

話を聞かせてくれたのは3年生の田中未笑(みにか)さん。
小学生の時、6歳違いの高校生の姉が学校祭で踊っていたダンスに憧れ、念願のダンス部に入部した。今は部員6人の小所帯ながら部長を務めている。

「ダンスの振り付けは私たちが考えて後輩たちに教えています。人数は少ないですけどみんなで仲良く活動しています」と、はにかみながら教えてくれた。

私が訪問した日は授業が午前中で終わり、午後2時前から練習が始まった。しかし、片付けを始めたのは午後3時半。1時間半ほどの活動時間だったが、この日はまだ練習できたほうだという。

多くの人が行き交うJR蒲田駅が最寄りのこの高校では、去年初めて東京都に緊急事態宣言が出て以降、感染防止対策としてサラリーマンの帰宅ラッシュの時間を避けるため、生徒は午後4時までに完全下校する措置を取っている。ふだんは午後3時近くまで授業があり、部活動にあてられる時間はほとんどない。

「それまでは週5日、平日は午後6時まで練習していました。でも今は週3日に減って、練習もほとんどできないです」

ダンス部の最大の目標は、毎年2月に都内の約60の高校が一堂に会してパフォーマンスを披露し合う発表会だ。

しかし、ことしは2度目となる緊急事態宣言のまっただ中。早く収束して欲しいという願いもむなしく、中止が決まった。
3年秋に引退するため、田中さんにとって最後になるはずだった晴れの舞台は、あっけなく失われた。

「想像はしていましたけど、中止って聞いて『やっぱりないんだ』って。悔しいとか悲しいっていうのはなかったです。しょうがないかっていうだけで」

行事も部活もできない日々。田中さんはため息を押し殺してつぶやいた。

「自分が思い描いていた高校生活とは全然違う。去年1年間は何も思い出がありません。学校に行ってただ授業受けて帰るだけで全然楽しくなかった。私、高校を卒業したら就職しようと思っているので学生生活あと少ししかないんです。もっと友達と遠出したりしたかったな」

NHKは都議選に立候補した271人の候補者に対して次のような質問を投げかけた。

「緊急事態宣言の期間中、都内の高校では部活動や修学旅行が取りやめになるケースも出ています。これについて、あなたはどちらの考えに近いですか。(a)「宣言中は、感染拡大防止のため一律に取りやめるべき」(b)「各地の感染状況を踏まえて、柔軟に判断すべき」

アンケートに応じた266人のうち、(b)の「柔軟に判断すべき」は249人で、94%にのぼった。候補者のほとんどが、アンケートの上では“今の高校生活をなんとかしてあげたい”という思いを持っている結果となった。

届け、私の1票

募っていくやるせない気持ちを投票に託した生徒もいた。田中さんと同じ蒲田高校に通う3年生、金子由依さん。
ことし4月に誕生日を迎え、都議選が初めての選挙になった。

去年1年間を振り返り、「正直、3年生になった実感が全然ないんですよね」と話す金子さん。体育祭や修学旅行など楽しみにしていた行事がほとんど中止になり、分散登校によって毎日学校へ通う生活すら当たり前ではなくなった。

もともと政治や選挙に全く興味も関心もなかったというが、都議選をテーマにした学校の授業で、“考え続けるきっかけになるのが選挙だ”と教わり、投票してみようと思ったという。

学校帰りに期日前投票に行くというので、同行させてもらった。
前日にはネットで各候補者の訴えや政策を見比べてきたという金子さん。
投票所の前に着くと、投票所入場券を手に「どうやって投票するのか分からない」と少し緊張気味に話した。
「意中の候補者は決めました。投票、行ってきます」

1票を投じた金子さん。


選挙結果が出た後日、再び話を聞いた。

「投票日はInstagramで『友達と投票行ってきたよ』と投稿している知り合いが結構いました。投票所が卒業した小学校だったみたいで、懐かしいって盛り上がってましたよ」

投票した候補者が当選したのかどうか気になって、ドキドキしながらテレビの開票速報番組も見ていたという。初めての選挙を終えた心境をこう語ってくれた。

「当選した人たちには、早く普通に高校生活が送れるようにして欲しいというのが一番の願いです。今後の選挙でも自分の思いを実現してくれそうな人を見つけて、投票に行くことが大事だと思っています」

“仕方ない”で終わらせない

選挙権年齢が18歳以上になってから5年が経ったが、18歳や19歳の投票率は年々下落傾向にある。
蒲田高校で公民を教える淺川貴広先生は、主権者教育を担う教員の中でも危機感が広がっているとした上で、生徒たちにこんなメッセージを寄せた。

「コロナ禍で、生徒たちの政治への距離感は縮まったようにも思いますが、常に世の中のことに興味関心を持ち続けるのは難しい。それでも、なんかおもしろそうだなとか、逆にこれはおかしいなと思った最初の気持ちを忘れない、そしてその気持ちをずっと持ち続けられる主権者になって欲しいと思います」

田中さんも金子さんも、有権者として初めて迎えた都議選で、自分の意見を伝えようと投票に行っていた。

少子高齢化の中で、高齢者の意見が重みを持つ“シルバーデモクラシー”が政治を動かす場面が多いと指摘されている。生徒の声をどれだけ現実の判断に反映させることができるのか、受け止める政治の姿勢も問われている。

選挙プロジェクト記者
桜田 拓弥
2012年入局。佐賀局、福島局を経て選挙プロジェクト。今回の都議選は3か月の息子と投票に行きました。