どうなる外国人「長期収容」
出入国管理法 決着つかず

「長期収容」
日本で暮らす多くの人には、聞き慣れない言葉かもしれないが、不法滞在で日本で暮らせなくなった外国人にとっては、恐怖の言葉だろう。
不法滞在の外国人が増え、入管施設での収容が長期化するケースが相次いでいる。
これを解消しようと、政府は出入国管理法などの改正案を提出し、与野党が修正で大筋で合意したものの、今の国会での成立は見送られた。
背景には何があったのか。そして「長期収容」の問題はどうなるのか。
(仲秀和)

突然の見送り

「国会で審議が尽くされないような状況であることは極めて遺憾であり、重い決断をしなければならない」
5月18日、自民党国会対策委員長の森山裕は、立憲民主党国会対策委員長の安住淳に、出入国管理法などの改正案の今国会の成立を見送る考えを伝えた。

与党側はこの日、野党側が提出していた衆議院法務委員長の解任決議案を否決したうえで、すみやかに委員会で改正案の採決に踏み切る構えを見せていた。
改正案を提出している法務省側に見送りが伝えられたのも、森山と安住の会談の後だった。

方針転換の裏に政治日程

唐突とも思われる方針転換の裏には、今後の政治日程があった。

1つは、今の国会の会期末まで1か月を切っていたことだ。
与野党が鋭く対立した状況で改正案を参議院に送っても、参議院での審議日程は窮屈で、成立させるには、かなりの力業が必要になる。参議院での採決で混乱すれば、他の法案の審議にも影響を及ぼすことは避けられないという懸念も出ていた。

もう1つがこのあと控えている東京都議会議員選挙や衆議院選挙だ。
ある自民党幹部はこう証言する。
「会期末がぐちゃぐちゃになると必ず選挙に悪い影響があるんだよ。今回の見送りは、当然、選挙への影響を踏まえてのものだ」

与党幹部は、こうぼやいた。
「選挙前は毎回こうなるんだよ。みんな選挙意識しちゃってさ」

不法滞在外国人増加 収容長期化も

政府が改正案の成立を目指した背景には、近年、在留資格の期限が切れて、不法滞在となる外国人が増加していることがある。

2021年1月時点で、日本に不法に滞在している外国人は8万2868人と、この5年間で2万人以上増えている。そして国外退去処分を受けた外国人が、送還を拒否することで、入管施設での収容が長期化するケースが相次いでいるのだ。

現在、新型コロナの感染拡大の防止のため、施設内の「密」を避けようと、収容者を一時的に釈放する「仮放免」が積極的に活用されていて、2020年末の時点で収容されている外国人は346人と、前の年の3分の1程度になっている。
しかし、このうちのおよそ6割は、収容が半年以上に及んでいる。中には8年を超える収容者もいるという。

また不法滞在などで国外退去の処分を受けたものの出国を拒否している外国人は、約3100人にのぼっている。このうちの2800人余りは、「仮放免」の措置がとられているが、400人以上が行方をくらまして所在不明となっている。

70年行われていない大改正 「抜本対策を」

不法滞在の外国人への抜本的な対策は避けては通れない課題となっている。

改正案のとりまとめにあたった出入国在留管理庁の参事官の片山真人は、法改正の必要性をこう説明した。


「長期収容や送還拒否という課題は10年以上前から指摘されていたが、国外退去や収容の手続きは70年余りにわたって大きな改正がされておらず、そもそもこうしたケースを想定していないため、現場の運用だけでは対応しきれていない現状がある」

改正案 5つの柱

では政府は法改正をして、制度をどう改めようとしていたのか。
改正案の柱は、以下の5つだった。

◇国外に退去するまでの間、施設に収容するとしていたこれまでの原則を改める。新たに「監理措置」という制度を設け、逃亡のおそれが低いなど、一定の条件を満たす外国人は、施設には収容せず、親族や支援者のもとで生活することを認める。

◇自発的な出国を促すため、国外退去の処分を受けたあとでも、自費で出国した場合は、原則5年間禁じられている再入国までの期間を1年に短縮することを可能とする。

◇難民の認定基準を満たさないケースでも、紛争から逃れてきた人や、帰国すると迫害を受ける恐れがある人を保護の対象とする新たな手続きを創設する。

◇難民申請中は強制送還が停止される規定については、申請を繰り返すことで送還を逃れようとするケースが後を絶たないことから、3回目の申請以降は、原則、適用しない。

◇飛行機の機内で暴れるなど、帰国を拒む直接的な妨害行為に対処するため、退去を命令する手続きを設け、従わない場合は1年以下の懲役などの罰則を科す。

外国人らから反対の声

このうち難民申請中でも3回目以降は強制送還を可能とする規定に対して、難民申請中の外国人や支援団体から反対の声が上がった。2010年以降、難民と認定されたのは、およそ300人。申請の1%に満たず、欧米諸国と比べて厳しいとも指摘されている。
出国を拒否する約3100人のうち、難民申請を3回以上行っているのは500人を超える。この中には、帰国させられれば、迫害を受けたり、内戦に巻き込まれたりするおそれがあると不安を抱えた人がいるという。

政府側は、申請者の中には本来の趣旨にそぐわない人がかなりの数含まれており、これが原因で、保護すべき人の審査に時間がかかってしまうことはあってはならないと説明する。
一方で「本国の事情などを慎重に検討した上で判断する。保護すべき人を帰すものでは決してない」などと、3回目以降の申請者を、一律に送還するものではないと強調した。

野党「改正案は不十分」

しかし反対の声は、収まることはなかった。
野党側からも、改正案は不十分だという声が上がっていた。

衆議院法務委員会で野党側の筆頭理事を務める立憲民主党の階猛は、難民申請をめぐる規定以外にも、問題点をこう指摘した。


「国連人権理事会の作業部会は長期収容の問題点として、収容の際に事前の司法審査がないこと、そして収容期間の上限がないことを挙げているが、法案には肝心のこの2つが盛り込まれていない。
監理措置を導入して、施設に収容せずに社会で生活できるようにすると言っても、その措置を認めるかどうか判断するのは結局、入管側。難民認定や仮放免の判断なども同じで、入管の裁量次第でどうにでもなる。長期収容が本当に解消されるかはわからない」

歩み寄る与党 しかし…

なんとか今の国会で改正案の成立を目指したい与党側は一致点を見いだそうと、野党が示した10項目の修正案をもとに修正協議に踏み込んだ。

野党側の高い要求に当初は、難航も予想されたが大筋で合意するに至った。
主な合意内容は、以下のようなものだ。

◇難民申請中でも3回目以降は強制送還を可能とする規定については、適用範囲を明確にし、送還される人が限定されるよう見直す。

◇監理措置の基準を明確化し、逃亡や証拠隠滅の恐れがないときは措置を適用する。

◇身柄収容前の司法審査は認められないものの、収容の判断にあたっては透明性を確保するための措置を講じる。

◇収容期間の上限については、収容の必要性が特に高い者を除いて6か月とする。

幻の“修正案”に

与野党が互いに歩み寄った内容だった。
階もこう証言する。
「私も法務委員会の経験が長いが、法案の修正について与党側とこれほど建設的な議論をしたことはなかった」

野党議員からは驚きの声すら上がっていた。
「与党側がどんどん降りてくるから驚きだったよ。普通だったら10年かかるような改正内容を次々飲んでいくから。よっぽど強行したくなかったんだろう」

これなら野党も反対できないだろう。とにかく改正案を混乱なく成立させたい。そんな与党側の思いが表れていた。

与党側で協議にあたった議員も自信を見せていた。
「原案のままでも成立させるべき改正案だが、修正案は、外国人の人権を守るという点でより進んでいる。修正案を成立させられたらよい」

しかし、この修正案は、幻となった。

なぜ最終合意に至らない?

修正協議が大筋でまとまりながら、どうして与野党が最終的な合意に至らなかったのか。
それは、野党側のもう1つの要求があった。

その要求とは、2021年3月、名古屋出入国在留管理局でスリランカ人女性が収容中に亡くなった真相を解明するとして求めていた、施設内の様子などを写した映像の開示だった。

野党側は、女性の体調が悪化していたにもかかわらず「仮放免」を認めなかった入管の対応を問題視していた。さらに、出入国在留管理庁が法案審議に先立って公表した、死亡の経緯や施設の対応状況などを調査した結果をまとめた中間報告は、客観性や公平性に疑義があると批判していた。

入管は信頼できるか

ここまで映像の開示にこだわったのは、制度を運用する出入国在留管理庁そのものが、信頼の置ける組織なのかどうか明らかにする必要があったからだと階は説明する。
「仮放免もしないまま収容を続けて死亡させてしまったのに、施設内の様子を写した映像も公開しない。真面目に真相解明する気があるとは思えない。そんな組織に、自分たちの裁量を拡大するような法案を提出する資格があるのか」

与党も当初は「改正案の審議とスリランカ人女性の死亡は別の話だ」と主張していたが、野党の態度が固いとみると、公開できないか探るようになっていた。
しかし出入国在留管理庁は、収容施設の保安上の理由や故人の尊厳を守るためなどとして、映像は開示できないという姿勢を変えなかった。

このため与野党の協議は決裂し、与党は、野党側と鋭く対立したまま、成立を目指すのかどうか迫られ、冒頭で記したとおり、今国会での成立を断念することになった。

政府・与党は、今回の野党側の対応に強い不信感をあらわにした。
「そもそも合意する気がなかったのではないか。不誠実な対応だ」
「時間稼ぎ、党利党略以外の何物でもない」

長期収容問題 どう解決?

与野党の思惑が絡み合い、国会での改正案の審議は打ち切られ、先送りされたが、今も長期収容の問題は現在進行形で残り続けている。

今回インタビューした、片山と階。立場は異なるものの、現行法では根本的に解決することは難しく、法改正の必要性を認識していることでは一致していた。

それでは、この問題をどう解決しようとしているのか。

階は、幻となった与野党の合意内容をもとに、さらなる改善を求めていく考えだ。


「修正協議を生かすためにも、まずは女性の死亡の真相を解明することが大切で、それを踏まえた再発防止策を講じて、法案に盛り込む必要がある。出入国在留管理庁に対しては、さまざまな手続きを透明化し、外部のチェック機能を高めることを求め続けたい」

法務省は、与野党の合意内容も踏まえつつ、早期の法改正を目指す方針に変わりはないとしている。
そして片山は、スリランカ人女性の死亡についての最終報告が第1歩になると話した。


「きちんとした調査を進めて、最終報告をとりまとめ、遺族などに説明を尽くすことが信頼回復への第一歩だと考えている。法改正は外国人にも利益が多いので、中身に不安を感じられる方には徹底的に説明を尽くし、理解を求めていきたい」

法改正が目指す日本の将来像は、外国人の人権を守り、日本人と外国人が安心して暮らせる共生社会だ。
「長期収容」という言葉を、多くの人が聞き慣れる必要は無いかもしれない。ただ、日本で暮らす外国人が恐怖を感じる言葉とならない日が早く来るために、国会での建設的な議論を望みたい。
(文中敬称略)

〔リンク〕
WEB特集 スリランカ人女性の死が投げかける入管施設の“長期収容”問題

政治部記者
仲 秀和
2009年入局。前橋局、選挙プロジェクトを経て政治部に。去年夏から法務省担当。
外国人によく道を尋ねられますが、言葉が通じず、直接案内することが多いです。