“電磁パルス攻撃”って
なに?

「われわれの水爆は広大な地域に『超強力電磁パルス攻撃』まで加えられる」。6回目の核実験を強行した9月3日。北朝鮮の国営メディアは「電磁パルス攻撃」という聞き慣れない言葉を使って日本やアメリカを威嚇しました。
「電磁パルス攻撃ってなに?」取材を進めると、社会インフラの破壊など大きな影響があるという指摘がある一方で、専門家によって、さまざまな見方があることがわかりました。
「電磁パルス攻撃」は本当に脅威なのか。そしてどのような対策が必要なのでしょうか。
(政治部記者 防衛省担当 西井建介)

電磁波で飛行機墜落?原発停止?

電磁パルス攻撃は元陸上自衛隊化学学校長の鬼塚隆志氏によると「高高度」と言われる地上30キロから400キロで核爆弾を爆発させ発生するガンマ線(γ線)を利用して、安全保障や社会インフラに影響を与えようというものです。

放射線の1つであるガンマ線(γ線)は空気中の分子と衝突することで電子を発生させ、最終的に強烈な電磁波となって地上に押し寄せます。電磁波は、人体に直接の影響を与えないものの、電力や通信に障害を生じさせます。その範囲は広く、例えば、東京上空30キロで、広島に落とされた原爆の3分の2程度の核爆弾を爆発させると、範囲は半径およそ600キロに及び、ほぼ本州の全域で停電が発生すると鬼塚氏は指摘します。

復旧には数か月から数年かかり、その間、交通機関はマヒし、流通も遮断され、食料などの物資は入ってこなくなります。水も出なくなり、医療機器も動かず、命に関わる事態も発生します。コンピューターは制御できなくなり、飛行機が墜落したり、化学工場が爆発したりする危険性もあるといいます。

さらに鬼塚氏が懸念するのが原子力発電所への影響です。福島第一原発の事故は電源を喪失し事態の悪化を招きましたが、それと同じ現象が起こるおそれもあると言うのです。鬼塚氏はこんなエピソードを明かしました。

「電磁パルス攻撃が話題になり、最初に私に電話をかけてきたのは実は東京電力です。病院の関係者やさまざまな企業からも問い合わせがあり、対策を急ぐべきだと思います」

対策は可能か

重要なインフラや施設を電磁波から守るためには鬼塚氏は金属製の防護壁で覆ったり地下に移したりする対策が考えられるとしていますが、すべて実行すれば膨大な費用がかかります。

「アメリカでは優先的に防護する施設や、被害を受けた場合に復旧させる施設の優先順位を決めており、日本も同じように対策をすべきだ」と鬼塚氏は訴えています。

「本当に脅威か」疑問投げかける専門家も

一方で、電磁パルス攻撃はさらに研究や実験を重ねなければ分からない部分が多い分野で、冷静な対応が必要だという専門家もいます。その1人が核軍縮を研究するため核実験などの膨大な資料を調べてきた防衛研究所の一政祐行主任研究官です。

一政氏によりますと、記録が残っている電磁パルス攻撃の実証実験は過去に数えるほどしかありません。それがアメリカとソビエトがいずれも1962年に行った核実験です。

ソビエトの実験では上空290キロで核爆発させたところ、地上の電力ケーブルや送電設備などに火災が生じたという記録がありますが、詳細は明らかになっていません。
またアメリカの実験では太平洋の離島の上空400キロで水爆を爆発させたところ、およそ1400キロ離れたハワイ諸島で停電が起きたとされています。

軍事力として使えない?

これについて一政氏はハワイ諸島では街灯が消え、警報装置が誤作動して鳴り響いたなどという記録が残っている一方で、停電は1時間余りで復旧したという記録も残っていると言います。

さらに一政氏はその後、アメリカやソビエトが電磁パルス攻撃の完成に向けた研究を進めていないということが、電磁パルス攻撃が軍事力として有効でないと判断された証左だと指摘します。

一政氏は「電磁パルスが電力網や電子機器などに影響を及ぼすことは事実だと考えられますが、55年前の話を持ってきて『文明が崩壊する』とか『19世紀の生活に逆戻りする』という議論はなかなか想像しにくいところがあります。電磁パルス攻撃には、常に懐疑論と脅威論がありますが、懐疑論があまり取り上げられていないように思います」と脅威を正しく見極めたうえで、対策を行う必要があると強調します。

政府「万が一に備える」

電磁パルス攻撃への注目が高まる中、政府も対策の検討に乗り出しています。
菅官房長官は「万が一の事態に備えて、政府全体で必要な対策を検討していきたい」と表明。9月8日には内閣官房や防衛省に加え、経済産業省や国土交通省といった重要インフラを所管する府省庁の担当者が集まり会議を開催しました。

防衛省も研究に乗り出します。
小野寺防衛大臣は記者会見で「どのような影響があるか知見が確定しているわけではなく、電磁パルス弾を開発、研究する中で対処能力の研究を積み重ねていきたい」と語りました。
防衛省はこれまで実験室内で特殊な装置を使って電磁パルスを発生させ防護方法などを研究してきましたが、来年度からは本格的に予算を計上し、平成33年度には実際に「ミニ電磁パルス弾」を作成して上空で爆発させてどのような被害が出るか検証実験を行う計画です。

北朝鮮が電磁パルス攻撃の実行能力を持っているのかどうかは不明です。しかし小野寺大臣も「北朝鮮にはそれなりの核保有国と認められる能力がある」と述べるなど、日本の安全保障に対する脅威のレベルが上がっていることは事実です。電磁パルス攻撃の研究はまだ緒に就いたばかりですが、政府には国民生活を危険にさらさない外交努力とともに、その脅威の解明を急ぎ、必要な情報を明らかにしてもらいたいと思います。

政治部記者
西井 建介
平成14年入局。甲府局を経て、政治部防衛省担当。甲府局時代にバーベキューインストラクター初級取得。