ワクチンを国民に届けよ
大規模計画の舞台裏

新型コロナウイルスのワクチンは、4月12日から高齢者への接種が始まった。
いよいよ前代未聞の1億人を超える人へのワクチン接種プロジェクトが本格化する。
接種の実務が委ねられた各自治体では、ワクチンの供給量などの情報が限られるなか、手探り状態での計画づくりが続いている。
ワクチン確保に時間がかかっているとの指摘もあるなかで、どのように全国に行き渡らせるのか。かつてないプロジェクトの舞台裏を報告する。
(柳生寛吾、立町千明、橘井陸、尾垣和幸)

1か月以上先の配送計画は「不明」

ワクチン接種は2月中旬から、まず、およそ480万人とされる医療従事者を対象に始まった。

続いて4月12日から始まったのが65歳以上の高齢者への接種だ。その数、日本の人口の3割近くにのぼるおよそ3600万人だ。
医療従事者への接種はまだ対象が少ないことから、計画づくりなどは都道府県が担当したが、高齢者への接種からは全国1741の市区町村が担っている。

現在、国内で使われているのは、アメリカの製薬大手、ファイザーなどが開発したワクチンだ。1人あたり2回の接種が必要で、2回目は、原則1回目から3週間ほど空けて打つとされている。

全国への配送は「箱」単位で行われていて、1箱あたり195瓶が入っている。1瓶で5~6回分接種することができるので、1箱で975~1170回分ということになるが、以下、便宜上「1箱=約1000回分」で計算したい。

これまでに、国が明らかにしている高齢者向けワクチンの配送予定は下の表の通りだ。

ワクチンの供給量が少ないため、4月19日の週までは都道府県単位で配送され、人口が多い東京・神奈川・大阪の3都府県には、44箱=約4万4000回分ずつ、それ以外の44道府県には22箱=約2万2000回分ずつが送られる。

そして、供給量が増える4月26日の週からは市区町村単位での配送となる。
配られる数は各自治体の希望などを踏まえて割り当てられることになっていて、例えば、東京の62の区市町村には、5月9日までの2週間の間にあわせて536箱=約53万6000回分が届く予定だ。

このため、多くの自治体では、高齢者向けの接種の本格的な実施は大型連休明けからを見込んでいる。
国は、5月中旬以降さらに供給量が増え、6月中に、対象となる高齢者全員が2回接種するのに必要な量を配送できる見通しだとしている。

ここに来て少しずつ先の見通しが立ってきたが、それでも自治体側からすれば、いつ何箱届くのかは、まだ、数週間先までしかわからない状態となっている。

接種完了に1年半!?

人口98万人、千葉県で最も多い千葉市には、高齢者向けのワクチンが都道府県単位で配布された初期分から割り当てがあり、4月12日から接種を開始した。まずは高齢者施設の入居者やその職員に接種を行ったうえで、5月中旬以降、自宅暮らしの高齢者などへの接種を始めたいとしている。

千葉市では、集団接種の会場は1か所しか設けず、原則、市内におよそ330ある病院や診療所など、いわゆる「かかりつけ医」のもとで接種を行う計画を立てている。
千葉市の計画づくりを国は「全国のなかでもしっかり進んでいる」と評価しているが、ここに至るまでには、う余曲折があった。

去年12月、市は「集団接種を前提に準備してほしい」という厚生労働省の説明をもとに、市内15か所に会場を整備する方向で検討を始めたが、最初から壁にぶつかった。

第一は、接種を担当する医師や看護師の確保だ。
1か所に医師を3人・1日3交代で配置する場合、1日で135人が必要となる。週2回でのべ270人。コロナ患者への対応などでただでさえ多忙ななか、毎週、病院を離れて接種を頼める医師を確保できる見通しはなかなか立たなかった。

さらに密を避けようとすると、ひとつの会場で1日に接種できるのはおよそ500人、15会場で月6万人強となる計算で、接種が終わるのに1年半近くかかることもわかった。準備にあたった職員の中には心労で体調を崩す人も出たという。
市の担当者は「集団接種会場をつくるのは病院を造るようなもので、選挙の際に設置する投票所とは訳が違った」と当時を振り返る。

国の「軌道修正」で方針転換

千葉市が計画を見直すきっかけとなったのが、ことし1月末、厚生労働省から全国の自治体宛に届いた新たな事務連絡だ。
そこには、集団接種ではなく、地域の診療所での個別接種を中心とした東京・練馬区の計画を「先進的な取組事例」として紹介してあったのだ。

国の軌道修正にとまどう自治体も多かったなか、千葉市はすぐに方針転換を決め、上述の「かかりつけ医」のもとでの接種を中心とする態勢を整備した。去年のインフルエンザウイルスのワクチン接種では、同様の態勢で1か月でおよそ10万人に接種できた実績があり、スピードの面も問題ないと判断した。

その後は、診療所の多くで、ワクチンを一定期間保管できる冷凍庫がないことが判明し、週に2回、各診療所にワクチンを届けるための配送網の整備に追われた。メドはつきつつあるが、今後、すべての診療所で接種が始まった場合、毎日150か所近くに配送することになる見通しとのことで、市には引き続き膨大な作業が待ち構えている。

「リエゾン」で意思疎通が大幅改善

各自治体が手探り状態でワクチン接種の計画作りを余儀なくされるなか、千葉市のように国と積極的に連携を図ることで打開を図ろうとする自治体がある一方、国との意思疎通が思いどおりにいかない自治体もあった。

こうした事態を受けて国と全国知事会は、ことし2月に入って新たな対策を打った。
国と自治体の連絡調整役として、都道府県などの職員を国に派遣することにしたのだ。職員らは、フランス語で「橋渡し」などの意味を持つ「リエゾン」と名付けられ、厚生労働省と内閣府のワクチン担当部局に詰めることになった。

このうち厚生労働省の予防接種室には「自治体サポートチーム」なる新しいチームが編成され、担当職員とともに50人を超えるリエゾンが同じ部屋で机を並べている。

リエゾンたちによって、状況はそれまでと比べて大きく改善した。
予防接種室には全国から問い合わせが殺到し、回答できていない「未処理」の案件が数千件残っていたが、リエゾンが窓口となって、地元の自治体分をまとめて対応した結果、1か月で、およそ9割が解消された。

それまで国と自治体間のやりとりは、市町村の問い合わせなどを都道府県の担当者がとりまとめ、国の担当者と行っていたが、その間にリエゾンが入ることになった。
都道府県側の担当者からすれば勝手知ったる同僚とやりとりできるようになり、国の担当者からしても、顔を合わせて話ができるようになったため、意思の疎通は格段に向上したという。

政令市でリエゾンを派遣している自治体は少ないが、千葉市は国の最新情報をいち早く入手する必要があるとして、厚生労働省にすぐに職員を派遣した。
厚生労働省に派遣された大西拓さんは、直前まで市のワクチン接種推進室の所属だった。


集団接種から個別接種への方針転換を決めた市の状況を的確に把握していて、必要な情報を国から入手して伝えた。また、千葉県のほかの53市町村のリエゾンも務め、現場が抱える課題などを国と共有してきた。

大西さんは「リエゾンになって、自治体側がさまざまな疑問を抱えていることに改めて気づかされた。今後、接種が増えると、千葉市など人口が多い自治体を中心に、思わぬ課題も出てくるかもしれないので、引き続き役割を果たしたい」と意気込みを語ってくれた。

“2次離島”でも着実な接種を

課題を抱えているのは、人口の多い都市部だけではない。それぞれの地域の事情に応じて、柔軟な対応ができるよう調整するのもリエゾンの大きな役割だ。

長崎県のリエゾン、城下竹伸さんは、県の東京事務所の所属で、2月の「自治体サポートチーム」の発足時から派遣されている。

長崎県は、全国でもっとも離島が多く、なかでも「本土」の市街地と行き来するのに、船の直行便がなく、別の離島を経由しなければならない「2次離島」での接種をどうするかが大きな課題となっていた。

五島市は、県内でもっとも多い9つの「2次離島」を抱え、そのすべてが人口1000人未満となっている。


接種を行える医師や看護師が不足している島もあり、ワクチンの搬送と医師・看護師の派遣をいかに効率的にできるか、城下さんは県と国の間の連絡調整に奔走した。

城下さんの派遣前から懸案となっていたのは「島民の一括接種」だった。65歳以上の高齢者の接種の後、別途、それ以外の島民に接種を行うのは非常に効率が悪い。市は年齢などで時期を区切らず、まとめて接種を行うことを県などを通じて国に求めていた。

同様の要望は、離島を抱えるほかの地域からも出され、国は、高齢者向けの接種開始に先立ち、「人口1000人未満の離島や市町村は、高齢者と分けず、一般の人も接種してもいい」という事務連絡を各自治体宛に出した。

離島もさまざま

五島市は、高齢者向けの接種を「2次離島」での島民一括接種から始める方針を決定した。とはいえ、「2次離島」もそれぞれ人口規模や医療体制が異なるため個別に接種計画を策定することになった。

例えば、椛島(人口101人)では、島内の診療所に常駐する医師が「個別接種」を行うことにしたのに対し、久賀島(人口281人)では、島内にある体育館での「集団接種」となった。また、前島(人口26人)では、海上タクシーを使って島民を、規模の大きい奈留島に移送し、ターミナル近くの交流施設で集団接種を行うことにしている。

あわせて11の有人離島からなる五島市は、「2次離島」に続いて、本土との直行便もある福江島や奈留島で、高齢者施設の入所者と職員→75歳以上の高齢者→そのほかの高齢者の順で、集団接種と個別接種を組み合わせながら接種を行い、7月中にも高齢者向けの接種を終えたいとしている。

五島市の野口市太郎市長は、接種計画の策定を自治体主体で進めるべきだと言う。


「『2次離島』での接種をしっかり成功させることで、その経験やノウハウが福江島や奈留島での接種に大きく生かされると思う。五島市でも島ごとに事情があるように、全国の自治体もそれぞれの事情があるので、接種計画づくりも自治体にお任せいただくのが一番効率的に進むと思う。ただ、そのためには、国からできるだけ早くワクチンの供給計画を示してもらうことが不可欠だ」

響き合う“リエゾン”

長崎県のリエゾン、城下さんは、五島市の個々の島の接種計画づくりのサポートも行った。その際、役に立ったのは、同じく離島が多い鹿児島県をはじめ、同じ部屋に詰める他県のリエゾンとの意見交換だったという。

城下さんは、リエゾンの派遣は、国と各自治体の間の意思疎通が向上したこと以外にも多くの効果があると話す。
「それぞれの自治体がいろんな課題を抱えているが、共通する課題も多く、厚生労働省の担当者に聞く前に、隣のリエゾンと話して解決することもある。ほかのリエゾン同士の会話を聞いて、見落としていた課題に気付いたこともあります(笑)」

「自治体サポートチーム」のとりまとめを担当している厚生労働省の山田勝土企画官も、リエゾン派遣に大いに手応えを感じ、これからいよいよ本格的に始まる「大規模接種」への意気込みを語った。

「まだワクチンの供給量が限られる中、各地にどう配分していくかという国の情報を即時に全国の自治体と共有し、速やかな接種態勢の確保につながるなど、リエゾン派遣はすさまじい効果をあげている。直接、リエゾンの方から話を聞くことで、課題の把握も対応のスピードも上がっている。対象者全員への確実な接種に向け、引き続き最善を尽くしたい」

課題は山積、新たな懸念も

「手探り」「試行錯誤」「綱渡り」…
新型コロナウイルスのワクチン接種の計画作りを担う市区町村に取材すると、口をそろえたように、その苦労を表現する答えが返ってきた。

手探り状態が続いているのは、国も同じだ。態勢を強化し、自治体の連絡体制も整えつつあるが、課題はまだ多い。今後、新たな問題が生じてくる可能性も想定しておく必要もある。

最大の課題は、いまも多くの自治体が求め続けている、ワクチンの中長期の配送スケジュールの早期の提示だ。今後、接種対象者が大幅に増えていくなかで、自治体側からは「遅くとも1か月前には、自分のところに配布される具体数が確定されないと集団接種の態勢が組めない」という声が相次いでいるという。

そして、現在「ファイザー」社のみとなっているワクチンの種類が増えた場合、ほかのワクチンはいつ、どれくらいの量が供給され、選択の有無の扱いはどうなるのか。

さらに「第4波」と指摘される現在の感染状況が、今後のワクチン接種に影を落とす恐れもある。今後、感染がさらに拡大すれば、ワクチン接種にあたる予定だった医師や看護師が病院を離れられず、接種計画の見直しを迫られる事態も想定される。

ワクチンを「切り札」とするためにも、国と自治体が知見や課題を広く共有し、さらに連携を深めていくことが求められる。
巨大プロジェクトは、まだ緒に就いたばかりだ。

政治部記者
柳生 寛吾
2012年入局。長崎局から政治部。総務省担当。コロナ対策で積極発言を続ける全国知事会を取材。
政治部記者
立町 千明
2009年入局。富山局から政治部。現在、官邸でワクチン接種に向けた省庁横断の特別チームを取材。
長崎局記者
橘井 陸
2016年入局。徳島局から長崎局。長崎県政キャップ。風光明媚な五島列島に渡っても、まずコロナ対策を取材。
千葉局記者
尾垣 和幸
新聞記者を経て2017年入局。千葉市政キャップ。目下の関心は、新しい知事と市長のコロナ対策などでの連携。