選択的夫婦別姓 攻防の裏側

伝統の継承か、時代の変化か。
自民党で激論が交わされている「選択的夫婦別姓」。
議論が活発化した背景には、保守色が強かった安倍政権から菅政権へ移行したことに伴う党内のパワーバランスの変化があるとの見方もある。
衆議院選挙を控える中、いま、自民党内で何が起きているのか。
「氏制度」をめぐる攻防から読み解く。

(中村大祐、宮内宏樹、古垣弘人)

党内で真っ向対立

賛成の立場の議員
「別姓が嫌な人は同姓でよいのだから、選択制にするべきだ」
「通称使用の拡大では限界があり、法的な安定性がない」

慎重な立場の議員
「夫婦別姓では日本の伝統や家族の絆が失われる」
「旧姓の通称使用の拡大を目指すべきだ」

4月2日、自民党本部の7階の会議室。
選択的夫婦別姓を含む「氏制度」を議論する作業チームの初会合が開かれた。

60人を超える議員が詰めかけ、予定を上回る1時間半にわたって議論が展開され、あわせて23人が発言した。
出席者によれば、出された意見のうち推進・賛成と慎重・反対の割合はおおむね半々だったという。

座長に就任した元幹事長の石原伸晃は、初会合のあと、期限を明確に決めずに論点を整理していくと表明した。

「私たちに言われているのは、ともかく論点は整理をしてくださいと。賛成の人も反対の人も、慎重にこの問題は検討しなくちゃいけないと言っている」

菅 “申し上げてきた責任がある”

なぜ、いま自民党が選択的夫婦別姓の議論を行っているのか。
発端は、去年11月の参議院予算委員会でのあるやりとりだ。

菅政権の発足後、初めての本格的な論戦の舞台となった臨時国会。
共産党の書記局長・小池晃は、菅に対し、選択的夫婦別姓の制度導入に舵を切るよう迫った。

ここで小池が指摘したのは、過去に菅が選択的夫婦別姓の制度の導入に前向きな立場を示していたことだ。

2001年、自民党の有志議員が制度の導入に向けて議論を求めた際、菅もその一員として名前を連ねていたことを挙げ、覚えているか尋ねると、菅は「確かそうだったと思います」と認めた。

そして、菅はこう続けた。
「政治家として、そうしたことを申し上げてきたことに責任がある」

“夢を見ているよう”

自民党は、2010年の参議院選挙の公約で、当時の民主党が導入を検討していた選択的夫婦別姓制度に反対し、その後の衆参両院の選挙でも、旧姓の使用範囲の拡大を訴え続けてきた。

菅の国会答弁を自民党議員はどう捉えたのか。

選択的夫婦別姓に賛成の立場の幹事長代行・野田聖子は、安倍から菅へ政権が移行したことで、選択的夫婦別姓を議論できる環境が劇的に変わったと証言する。
その変化を「夢を見ているようだ」と表現した。

「安倍総理の時は、反対が常識みたいになっていたからフラットになった。『議論していい』という空気がトップダウンでおりてきたかなと感じた。世の中は圧倒的に容認なのに、自民党だけが何かすごく違う国の人になっていたんで、そういう意味では菅総理のスタンスは絶妙だ。今は、すごい日本の歴史の1ページだと思う」

一方、制度の導入に慎重な立場をとる元拉致問題担当大臣・山谷えり子は、政権が代わっても、安倍が守ってきたものは菅も理解しているはずだと強調した。

「安倍総理は家族とか和合の歴史、文化や心を大切にしてきたと感じているが、菅総理がそれを大切じゃないと思っているかと言ったら、そうではないと思う」

議論が活発化した背景には、保守色が強かった安倍政権から菅政権へ移行したことに伴う党内のパワーバランスの変化があるとの見方もある。

政府計画をめぐる攻防

菅の答弁を受けて、賛成の立場の議員は動きを加速させた。
年末にかけて党内で焦点となったのは、政府が閣議決定する「第5次男女共同参画基本計画」での選択的夫婦別姓の取り扱いだった。

答弁の直後、永田町の会議室では、党の女性活躍推進特別委員長の森まさこや、女性活躍担当大臣(当時)の橋本聖子ら、賛成の立場の議員らが数回にわたって会合を開いた。

この中では、「制度の導入に向けて前進となるように、思い切り踏み込んだ案を出そう」という意見が出され、基本計画にこれまでにない前向きな表現を盛り込むことを目指す方針を確認した。

こうした賛成派の働きかけもあってか、政府が当初、選択的夫婦別姓について提示した案は以下の記述となった。

「選択的夫婦別氏制度の導入について(中略)国民の間に様々な意見がある。(中略)国会での議論の動向等を踏まえ、政府においても必要な対応を進める

「必要な対応」は、過去に例のない強い表現だ。

これに対し、慎重な立場の議員は猛反発。選択的夫婦別姓の導入を前提とした表現であり、認められないと修正を要求した。

激論の末、「氏制度」のあり方については「国民各層の意見や国会における議論の動向を注視しながら、司法の判断も踏まえ、更なる検討を進める」という表現で決着した。

第1次から第4次までの計画にあった「選択的夫婦別氏」という文言そのものが消えたのだった。

菅の国会答弁に端を発した議論は、これでひとまず落ち着いたかに思われた。

背中を押した衆院選

しかし、年が明けると、再び議論を求める意見が強まった。
賛成の立場の議員が党執行部に議論の再開を求めたのだ。

党執行部の間でも、議論は避けられないという認識が広がった。
その背中を押したのは、任期満了まで1年を切った衆議院選挙だった。
執行部の1人は「衆議院選挙を前に、国会でも議論されているのに、党で何も議論しないのは、国民の理解を得られないと感じた」と証言する。

冒頭で触れた元幹事長の石原の作業チームは、こうして設置が決まった。

作業チームでの議論を控えた3月下旬から4月はじめ。賛成・慎重双方の立場の議員が相次いで議員連盟を立ち上げた。

賛成派は「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議員連盟」を結成。

設立総会には、野田聖子や元経済産業大臣の小渕優子らおよそ70人が出席し、会長には元防衛大臣の浜田靖一が就任した。

「世の中は時代にマッチした形で変わっていくべきだ。国民にわかりやすく議論し、制度の実現に向けて努力していきたい」

野田は、多くの議員が集まったことに驚きを隠せなかったという。

「浜田さんの人徳もあるけど、自民党固有の岩盤層が嫌っている政策だから、勇気あるなって。必ずしも選挙に強い人たちばかりじゃないけど、すごいなと思った」

一方の慎重派は「婚姻前の氏の通称使用拡大・周知を促進する議員連盟」を結成。

この「通称使用拡大」とは、法的に位置づけられた戸籍名とは別に、職場などで、通称として結婚前の姓=旧姓を使うものだ。女性の社会進出に伴って、認める動きが次第に広がっていて、規則や手続きの変更などにより、パスポートでの旧姓の併記や、国家資格での旧姓使用などが進められている。これをさらに普及させようというのが議員連盟の趣旨だ。

設立総会には、山谷えり子や前総務大臣の高市早苗らおよそ90人が出席。
会長には元外務大臣の中曽根弘文が就任した。

「自民党は旧姓の幅広い使用を認めることを何年も選挙公約としてきた。選択的夫婦別姓に反対する意図ではなく、通称使用への正しい理解を広げ、どこが不便でどうすればもっと使い勝手がよいものになるか議論したい」

この議員連盟の呼びかけ人の1人は、賛成派の動きに対する憤りがあったと明かす。
「年末の決着で『両者痛み分け』だと思っていたが、突然、早期実現という名の議連ができた。信義則に反するというか、理解に苦しむ行動だ」

そして、賛成派を上回る議員数を集めるため、あらゆる手段を使って呼びかけたという。

“最後はまとまるのが自民党”

双方の動きが加熱する中、再開された党内での議論。
賛成・慎重双方の立場の議員は、議論にどう臨んでいくのか。

野田と山谷に聞いた。

野田は自民党内で賛否が明確になり、議論が進んでいることを評価する。

「これまでは選択的夫婦別姓を導入しようという側のグループの議連の立ち上げとかがあったけど、今回はむしろ反対する人たちが声を上げた。通称使用の拡大と言っているのは、基本的には(選択的夫婦別姓に)反対なんだと思う。議論には賛否があるから見える化することは健全だ」

さらに野田は、慎重派の主張にも変化が見られ、事実上、夫婦別姓の容認に転じていると指摘した。

「大きく変わったと思うのは、最初の頃はとにかく反対だった。『女が自分の名字を名乗るなんてとんでもない』という。それがもう通称使用というところで、別姓は容認なんですよ。むしろ、そうであるならば、法的にちゃんと戸籍に記載した方がいろいろと問題が起きないでしょっていうのが私の帰結だ」

一方の山谷。
自民党の保守系の議員の中には、かつては旧姓の通称使用そのものに反対していた議員がいたのではないかという賛成派の議員からの指摘に、こう述べた。

「私の記憶ではそれはないですね。この20年では。もっと前はあったのかもしれませんが、それも個人的な意見だったんでしょうし」

その上で、戸籍制度をしっかり守ることと、利便性を両立するためには、旧姓の通称使用を拡大していくことが現実的な対応だと強調した。

「自民党の公約は、ずっと通称使用の拡大できている。だから推進派も本当は通称使用の拡大に賛成する方が結構いらっしゃると思う。私自身も旧姓の山谷で仕事をしていて、通称使用の拡大はかなり進んでいるし、まだ不徹底な部分をさらに徹底していくところで(不便さは)解消される」

そして、深い議論がないままに、変革が叫ばれることに警鐘を鳴らす。

「選択的夫婦別姓は、『選択的』じゃなくて『強制的ファミリーネーム廃止』ですよね。若い人は、自由と選択肢の拡大ってのはチャーミングなテーマだから、あんまり深く考えないでそっちになっちゃう。戸籍制度とか子どもの最善の利益とか課題も提供して、国民の皆さんに考えて頂くことは、やるべきことかなと」

どう折り合いを付けていくのか。

山谷えり子 元拉致問題担当大臣
「折り合うとしたら、通称使用の拡大の徹底をとにかく一緒にやりましょうと。社会の安定性を考えたならば、まずここを進めていくっていうことが大事」

野田聖子 幹事長代行
「すべての法的な認証を通称でOKとすると、それはまた混乱になる。どんどん拡大していくことが果たして法治国家で許されるのかと」

山谷は旧姓の通称使用拡大という一線を守りたい、野田はここまで慎重派が折れてきたのだからあと1歩の踏み込みを求め、双方ともに主張は崩さなかった。
ただ結論の出し方については、野田は「強引にやる必要はない」と答え、山谷も「最後はまとまるのが自民党だ」と語った。

迫る最高裁の判断

自民党はいつ結論を出すのか。
初会合のあと、作業チームの座長の石原は最高裁判所の動きに触れていた。

「最高裁の大法廷に回付されているでしょ。これが、過去の例から言うと、早いと半年くらい。遅くても10か月くらいで出るから。その時までにみんな勝手なこと言っていちゃまずいよね」

石原が指摘した「最高裁の大法廷に回付」というのは、夫婦別姓を認めない民法の規定が憲法に違反するかについて、去年12月、最高裁判所が大法廷で審理することを決めた件だ。石原は、最高裁判所が年内には判断を示すだろうとの見通しを示した上で、性急な結論は避けたい考えをにじませた。

では、秋までに行われる衆議院選挙で自民党は選択的夫婦別姓にどう対応するのか。

野田も山谷も争点化は好ましくないという考えを示し、党内には衆議院選挙までに結論を出すのは難しいという見方が広がる。
自民党幹部の中からは「今後、導入を検討する」でいいのではという声も出ている。

ただ、いずれ結論は出す必要があるという雰囲気も高まっている。
選択的夫婦別姓を法的に認めることになった場合は、かつて成立した臓器移植法のように、法案は議員が提出し、党議拘束を外して採決すべきだという意見もある。

「氏制度」のあり方は、すべての国民にかかわることだけに、党内の議論を踏まえた国民的な合意形成という努力が欠かせないだろう。
(文中敬称略)

政治部記者
中村 大祐
2006年入局。奈良局、福岡局を経て政治部。2020年までの3年間スポーツニュース部に在籍。現在は参議院自民党担当。
政治部記者
宮内 宏樹
2010年入局。福井局、報道局選挙プロジェクトを経て政治部。総務省や官邸などを担当し、現在、自民党を担当。
政治部記者
古垣 弘人
2010年入局。京都局を経て2015年に政治部へ。2018年秋から、自民党の細田派担当に。