いい奴なのに売り込み下手だと思っていたら知らないうちに売れ始めていたアイツの名前は秋田市

人口減少が全国で最も速いペースで進む秋田県。
2008年には110万人いた人口が、ことし1月には95万人を割り込み、わずか10年余りで15万人減った。
65歳以上の高齢者の割合は37%を超え、これも全国で最も高い。

しかし県庁所在地の秋田市では、長年の流れを覆す異変が起きているという。
いったいどういうことなのか。
(鵜澤正貴、前田隆)

気になるアイツ

東京から秋田新幹線「こまち」に乗ると、盛岡からスピードががくんと落ちる。
大曲で進行方向を逆にするスイッチバックがあるが、多くの乗客は座席の向きを変えず、後ろ向きに終着駅まで向かう。

3月中旬。車窓からは雪景色が楽しめる。
所要約4時間。懐かしい秋田駅に降り立った。厚手のコートを着ていてもまだまだ寒い。

私、鵜澤は2008年にNHKの記者になり、最初の勤務地としてそれまで縁もゆかりもなかった秋田県に赴任した。5年間、温かい秋田の人たちにすっかりお世話になった。
今回私は8年ぶりに初任地に戻ってきた。


4月4日投開票の、秋田県知事選挙や秋田市長選挙を取材するためだ。

意外と頑張っていたアイツ

離れていても気になっていたのは、秋田県で進む人口減少のニュースだった。

しかし久しぶりのJR秋田駅は、以前より明るく活気があるように見えた。店の数が増え、行き交う人に若者も目立つ。私がいた時にはなかった有名コーヒーチェーン店も構内にできていた。

土産店をのぞくと秋田犬関連のグッズなど種類が増えている。


「よっ」
人なつこい笑顔が迎えてくれた。かつて秋田放送局でともに過ごした先輩記者の前田隆だ。

前田は秋田県大館市出身。もともと県北部の地元新聞の記者で、中途採用でNHKに入った。取材歴25年のベテランだ。県内のことは何でも知っている。これ以上ない頼れる兄貴分だ。

ちなみに私は彼がテレビに出る時以外にネクタイを締めている姿をほとんど見たことがない。

予想に反した秋田駅の印象を伝えると、前田は軽くうなずいて説明を始めた。
「ここ数年前から秋田市は意外とふんばっているんだよ」

どういうことか。毎年秋に発表される地価調査で、秋田市の商業地はおととし、実に26年ぶりに平均変動率が上昇に転じた。去年も上昇の傾向を維持した。

秋田市によると、去年の人口動態調査では生まれる人を亡くなった人が上回る「自然減」は2000人を超えたものの、市内に流入する人が市外に流出する人を76人上回り、東日本大震災と原発事故で避難してきた人などがいた2012年以来の「社会増」となった。本や雑誌で注目の移住先として取り上げられるようにもなった。

市の移住相談窓口などを活用して、秋田市に移住した県外の人は2019年度に274人に上った。その5年前の4人から大幅な増加だ。保育料の助成など子育て世代への支援も充実させてきた。


嬉しい驚きだった。こんな変化が起きているとは全く知らなかった。

3年前に大阪から市内中心部に移住したという現役世代の夫婦に話を聞いてみた。
「秋田市はほどよくコンパクトな街で暮らしやすい。“密”すぎないし、かと言って、さびしすぎるということもない。人と人との距離感もちょうどいい。店も揃っていて、必要な物はきちんと手に入る」

9年経っても結論が出ない

3月28日。秋田市長選挙が告示された。

「“郊外”か“駅前”かという不毛な対立に終止符を打ちます」
ある新人候補の演説でのフレーズが印象に残った。

市長選挙で最大の争点となったのがまちづくりの在り方だ。
秋田駅前の「中心市街地」の活性化と、「郊外」の開発をどう両立させていくのか。
郊外とは外旭川と呼ばれる地区を指している。秋田自動車道のインターチェンジに近い交通の便の良いところだ。

2012年、流通大手のイオングループがこの地区に大型商業施設の進出を検討していることが明らかになった。
賛否をめぐって論争が起き、9年たった今も結論は出ていない。

深刻な空洞化

一方で、長年、秋田市政の大きな課題となってきたのが空洞化した中心市街地の活性化策だ。

私が秋田局にいた2010年には、駅前の「イトーヨーカドー」が撤退した。ここに行けば、日用品がなんでも揃うという心の拠り所のような場所を失い、ショックを受けたのを覚えている。

人口減少が進んだことや、車社会の中で規制緩和により大型店が郊外に出来たことが影響した。

市や県は中心市街地の再開発を計画し、空き地に多額の費用を投じて、商業施設や新しい美術館を建設。にぎわいを取り戻そうとした。

そんな中で持ち上がったのが外旭川地区への新たな大型店の進出計画だった。
さらなる空洞化に拍車がかかってしまうと懸念する声が出たのはある意味、自然のなりゆきのように私には思えた。

二者択一を迫られる

私は2013年に転勤で秋田市を離れたが、その後の議論はどう推移したのか。
前田に尋ねた。

「その後も市は郊外の開発には慎重だったよ。穂積市長は、秋田市が目指しているのはコンパクトシティであって、それとは相容れないと言っていたんだ」

コンパクトシティとは、郊外の開発を抑え、都市の中心部に行政や商業、住宅などの機能を集約させた街のことだ。富山市などがモデル都市として知られる。

しかし前田はこう付け加えた。
「でも、俺はそれから、あるコンパクトシティの失敗を目の当たりにしたんだ」

隣県・青森市の失敗

前田は2016年に隣県の青森に転勤し、青森市政の取材を担当していた。

青森市は早くから「コンパクトシティ」のまちづくりに取り組み、全国から注目されていた。
その中核となる施設として2001年、青森駅前に第三セクターが運営する再開発ビル「アウガ」がオープン。若者をターゲットにしたファッションの専門店などが入居し、にぎわいを取り戻したかに見えた。


しかし景気の低迷などの影響で売り上げは当初から目標に届かず、年を追うごとに厳しさを増していった。

第三セクターは債務超過に陥り、青森市は公的資金を投入したが回収できず、当時の市長が引責辞任する事態にまで発展した。結局、第三セクターは経営破綻した。

「『コンパクトシティ』から『コンパクト・プラス・ネットワーク』へ」

新たに就任した市長は「青森市は東西に広い街。一点集中型ではなく、東西で複数の拠点に集約し、それらの拠点を公共交通でつなぐ多極型のまちづくりに転換していく」と語った。

前田は、一口にコンパクトシティと言っても従来型の発想の延長で商業施設に頼るだけでは、やがて立ちゆかなくなる実態を体感したという。

“駅前”も“郊外”も

前田は2019年に青森局から秋田局に戻り、秋田市政の取材を担当している。

秋田市議会では、外旭川地区の開発に賛成する議員も増え、「実現する会」も立ち上がっていた。

「どうも潮目が変わったように感じた」
前田が意味ありげに切り出した。

前田によると、秋田市内では中心市街地に人を呼び込む新たなアイデアが生まれているのだという。

特に注目の動きだと指摘したのが、県内初の「CCRC(Continuing Care Retirement Community)」、高齢者が医療や介護などのサービスを受けながら地域の中で一体的に生活する共同体のことで、その拠点となる施設が駅前にできたのだ。

実際に足を運んでみた。
駅から歩いてすぐの通い慣れた懐かしい道に、17階建ての大きなマンションが姿を現した。


クリニックや薬局なども入り、5階以上が居住スペースとなっている。

去年10月にオープン。当初の予想を上回る3か月で完売し、60世帯のうち15%が県外からの移住者だという。

住人に話を聞くことができた。
70代の男性は
「妻が『いつ病気になるかわからないから、入りたい』と言うので買った。戸建てに住んでいた時より狭くなったが、住んでみたら最高だった」
と話し、高層の部屋から撮影したという花火の動画を嬉しそうに見せてくれた。

別の60代の女性は
「息子に『ここなら病院も駅も近いし、何不自由なく暮らせる』と勧められた」
と話したあと、雪国特有の事情を明かしてくれた。
「一軒家に住んでいたときは雪かきが大変だったけど、ここに来たらずいぶん楽になった」

駅周辺には学生向けマンションやプロバスケットボールのチームの練習場、民放の新社屋など、他にも新たな施設が次々と建てられていた。
マンションの建設計画は今後もまだあるという。

試行錯誤の末、市政に重くのしかかっていた中心市街地の活性化に一定の効果が見られ、市全体の人口流出にも歯止めがかかった。

局面が変わる中で、市長選挙では「郊外」の開発の是非が改めて問い直されることになった。

新駅開業と新スタジアム構想

郊外の外旭川地区をめぐっては、2つの大きな動きがあった。

ひとつは今年3月、JR奥羽本線の新たな駅「泉外旭川駅」ができたことだ。

住民や秋田市が長年、要望し続けてついに実現した。隣の秋田駅と4分でつながる。
費用の20億円余りは全額、秋田市が負担した。県内にJRの駅ができたのは20年ぶりのことだった。

もうひとつが、サッカーJ2に昇格した「ブラウブリッツ秋田」の本拠地となる新たなスタジアムの建設構想だ。市の中心部にある現在の競技場では求められる施設の条件を満たしておらず、外旭川が候補地に浮上している。

今回の市長選挙の前、現職の穂積は、これまで「コンパクトシティと相容れない」としてきた大型商業施設の進出計画について、内容次第では受け入れる余地があると柔軟な姿勢に転じた。また、新スタジアムは建設推進の考えを表明した。

一方で新人の沼谷は、これまでの市政を「コンパクトシティの名の下に縮小・衰退させた」と批判。外旭川地区の開発を進め、「縮小から成長に転換させる」と訴えた。

「郊外の開発」賛成が多数派

NHKが行った出口調査では、外旭川地区の開発やスタジアムの建設の賛否を聞いた。
その結果、賛成が54%、反対が20%、どちらともいえないが26%で、賛成が多くなった。
賛成理由では経済効果への期待の声が最も多かった。

投票を済ませた人に話を聞いたところ、60代の男性は

「せっかく今まで中心市街地を盛り上げようとがんばってきて、成果も出て来ているのに、郊外を開発して、寂れてしまわないか心配だ」
と不安を語った。
一方、30代の女性は
「これまで早く開発が進めばいいと思っていたが、10年近くも進まなかったのは政治の問題だ。中心市街地も郊外もどちらも発展させて、両方を結びつけるような取り組みを進めてほしい」
と期待を込めた。

正念場のアイツ

開票の結果、現職の穂積が沼谷らを抑えて、勝利した。

穂積は当選後のインタビューで、「3期12年でようやく中心市街地が活性化してきた」と振り返り、外旭川地区をAIやICTの活用、二酸化炭素実質排出ゼロなどのモデル地区として、新しいまちづくりを進めると抱負を語った。

人口減少と中心市街地の空洞化に悩む地方都市では、再開発の名の下、数多くの失敗が繰り返されてきた。それでも、これらの経験を教訓に秋田市のように人の流れを変えることに少しずつ手応えを感じ始めているところも出ている。

新型コロナウイルスの問題は、大都市への過度な集中に疑問を投げかけるきっかけにもなり、地方都市で暮らす魅力を感じる人も増えている。

しかし日本が人口減少局面にあることに変わりはなく、中でも秋田県はその課題先進県だ。県内全体を俯瞰すれば、秋田市が市外から人を吸収する構造となっている。

前田は話す。
「コロナ禍で地方が注目されている今の動きは、秋田市にとってもチャンスだが競争は激しく、道のりは楽ではないだろう。ただ、中心市街地の活性化と郊外の開発を両立させることができれば、地方都市のモデルとなり得る」

秋田市のまちづくりは、これからが正念場と言えそうだ。

(文中敬称略)

 

選挙プロジェクト記者
鵜澤 正貴
2008年入局。秋田・広島・横浜局を経て選挙プロ。好きな秋田料理はきりたんぽ鍋、横手やきそば。
秋田局記者
前田 隆
新聞記者を経て2006年から秋田局。青森局を経て19年から再び秋田局で秋田市政を担当。鉄道好きで3姉妹の父。