首相だけど、産休とります!

日本は144か国中、114位(2017年)。これは、男女の格差を指数化した「ジェンダーギャップ指数」のランキングです。女性国会議員の割合は、193か国中、160位(2018年)。男女の格差についての各種の調査をみると、日本は先進国最低どころか世界最低レベル。「男女平等」「女性の社会進出」「女性が輝く社会」女性の活躍を期待することばが取り上げられる機会は増えてきていますが、いまだに、女性が力を発揮しづらい日本。では、女性が活躍している国々は、何が違うのでしょうか?

南半球の島国・ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相。彼女に今、世界中のメディアが注目しています。まもなく、第1子の出産を予定していて、これにあわせて産休をとるためです。1国のリーダーが産休をとるのは世界初。

「首相でも産休をとれるの?」
「首相がいなくても大丈夫?」

働きながら妊娠・出産する不安や葛藤を体験してきただけに、女性としても、そして、記者としても、深い関心を持ちました。「首相」と「母親」、ふたつの道を両立させたいという決意の裏には、どんな思いがあったのでしょうか。
(シドニー支局長 小宮理沙/国際部記者 市原安輝子)

世界中がとりあげた「妊娠」

アーダーン首相が妊娠を公表したのは、ことし1月。
「二足のわらじを履く、多くの親の仲間入りをします」
自身のツイッターでこう報告しました。ニュースはすぐさま、世界中を駆け巡りました。

去年10月、37歳の若さで首相に就任したアーダーン首相。ともに暮らすパートナーの男性はいますが、結婚はしていません。政権樹立から100日の節目を迎える直前、首相としてまさにこれからというタイミングでの発表に、誰もが驚きました。

同じ日、アーダーン首相はパートナーの男性とともに会見に臨み、満面の笑顔で6月に出産を予定していること、そして、6週間の産休をとることを明らかにしました。産休中は、ピーターズ副首相が職務を代行し、復職後は、パートナーの男性が主に子育てを担うと説明しました。

                   パートナーの男性とアーダーン首相

世界でもほとんど例のない「首相の妊娠」に、大きな関心が寄せられ、集まった報道陣からは、いつ妊娠がわかったのか、首相と母親を両立できるのかなど、多くの質問が飛び交いました。

連立交渉中にわかった妊娠

アーダーン首相が、自身の妊娠を知ったのは、思いもかけないときでした。
去年8月に、支持率が低迷していた最大野党・労働党の党首に就任し、その1か月後、政権奪還をかけた議会選挙に臨んだアーダーン氏。選挙の結果、過半数の議席を獲得した政党はなく、新たな政権の行方は、連立交渉にゆだねられました。9年ぶりに政権交代なるかどうか、その大事な交渉の最中に、妊娠がわかったのです。

まだ妊娠初期だったため、アーダーン首相は、妊娠の公表はしないことを選択。まずは交渉に専念すべきだと考えました。
「誰が政権を樹立するのかという交渉の真っ最中で、(妊娠は)横に置いておかなければならないことだった」と述べ、党首としての責任を果たすことに集中したことを明かしています。
その一方で、「どの政党にとっても、政権樹立は、どんな犠牲を払ってでも成し遂げるべきものであってはならない」とも語っています。

政治家としての責任と、ひとりの女性としての思い。葛藤を抱えながらも、政権交代をめざして歩み続けました。

妊娠は「負の要素」か?

妊娠を知った6日後、アーダーン氏は、少数政党と連立政権を発足させることで合意。
さらに1週間後、ニュージーランドで3人目となる女性首相に就任しました。
ひどいつわりに襲われながらも公務を続け、安定期に入ったところで公表。国民や与野党からは、祝福の声が次々に寄せられました。

それは、支持率にも表れました。公表からおよそ1か月後に行われた世論調査では、アーダーン首相の支持率は41%と、去年12月の調査と比べて4ポイント上昇し、妊娠していることが支持率を上げているのではないかという見方さえ出ました。

これについて、アーダーン首相は、「妊娠していることが『負の要素』になると思った」と明かしています。首相が妊娠して産休をとることについて、世間がどうみるか、不安があったとみられます。実際、過去には、妊娠を受け入れてもらえなかった首相もいます。パキスタンのベナジール・ブット元首相です。

                        ブット元首相

1989年、首相だったブット氏は、第2子を妊娠したことを、野党から批判されました。このため、翌年には、誰にも悟られないうちに帝王切開によって出産し、直ちに復職しています。産休が許される状況ではありませんでした。

それからおよそ30年ーー。アーダーン首相は、世界で初めて産休をとる首相となります。

両立への「覚悟」

出産予定日までおよそ1か月に迫ったことし5月。アーダーン首相は、産休で不在の間の態勢を発表しました。その内容は、外国を訪問しているときと何ら変わりありません。

「妊娠しているのであって、行動できないわけではない」と述べてきたアーダーン首相。妊娠していても、産休中でも、責任を全うしてみせるという強い意志を感じさせます。

しかし、両立は容易なことではなく、覚悟も決めています。
首相という職務について、「家庭を持ちながら務まるものではないと思ってきた。しかし、いまとなっては、両立できることを証明しなければならない」と述べています。両立させるためには、周囲の理解と協力が欠かせず、温かく受け入れてくれている国民や政府関係者への感謝の気持ちを表しています。

「男の人でも首相になれるんだね!」

一方、日本では、国会議員の女性が任期中に妊娠・出産すると、いまでも有権者から厳しい批判を受けることがあります。なぜ、ニュージーランドでは、首相の妊娠が好意的に受け止められているのでしょうか。

東京にあるニュージーランド大使館のテサ・バースティーグ一等書記官は、こう話してくれました。
「国民は、『首相が出産できるなら、私にもできる!』と働く女性たちを勇気づける、うれしいニュースだと受け止めています。アーダーン首相は、すべての女性にとってのロールモデルになるでしょう」

                   テサ・バースティーグ 一等書記官

実はニュージーランドは、1893年に、世界で初めて女性に国政選挙権を認めました。1919年には被選挙権を与え、1947年には初の女性閣僚が誕生し、女性の政治参加や地位向上に積極的に取り組んできました。

                   ニュージーランド最大の都市 オークランド

いまや、女性が首相になることは、当たり前のこととして受け止められています。象徴的なエピソードを、バースティーグ書記官が教えてくれました。

2人目の女性首相で、1999年からおよそ9年間、政権を担ってきたヘレン・クラーク元首相から、男性首相に交代した時のことです。ある子どもが、新しい首相を見て、両親に、こう言ったそうです。

「男の人でも首相になれるんだね!知らなかった!」

そのくらい、ニュージーランドでは女性が国を率いることは、自然なことなのです。
さらに、女性の政治参加の現状について聞くと、バースティーグ書記官は、こう答えました。
「多民族国家ということもあり、さまざまな意見を政策に反映させていくことが大切だと人々は考えています。女性についても同じで、男女の議員が半々になることを目指しています。各党の努力で、いまは女性の議員の割合は38%まで増えましたが、まだ努力が必要です。それで、議場内に子どもを連れて来られるようにしたり、授乳できるようにしたり、かつてはあいまいだったルールを明確にしたんです」

妊娠や出産が、女性の政治家のキャリアを阻まないよう、取り組んでいると話していました。

アーダーン首相への期待

出産を控えているアーダーン首相。産休から戻れば、「首相」という責務と、「母親」をどのように両立していくのか、世界中の注目を集めることになります。「両立」に向けた強い覚悟を示す一方で、「女性が1人ですべてを背負って軌道に乗せ、さも簡単なことのようにみせなければいけないという考えには反対だ」とも語っています。女性が仕事と家庭を両立させるために「スーパーウーマン」になることを、求められるべきではないとしています。

働きながら妊娠し、産休をとる女性は、日本でも増えています。それでも、「職場に負担をかけてしまう」「迷惑がられるのではないか」など、さまざまな不安や葛藤を感じた女性も少なくないと思います。

ロールモデルの少ない日本にとって、アーダーン首相の妊娠と産休取得が、こうした現状を変えていくきっかけとなり、仕事と育児を両立しやすい、女性が「輝ける」社会につながっていくことを願っています。

シドニー支局長
小宮 理沙
2003年入局。金沢局、国際部などを経て、シドニー支局に赴任。1児の母。
国際部記者 
市原 安輝子
平成14年入局。仙台局、国際部、政治部、ハノイ支局を経て再び現所属。育児休職から30年4月に復職。