まさか先生が娘に…

「先生にどこを触られたの?」
母親はできるだけ平静を装って聞いた。
小学生の娘は自分の腹部を指して「パンツの中」と言った。
驚くほど無邪気に話す娘は、性被害を受けた意識どころか触られたことの意味もわかっていなかった。
(木村有李、馬場直子、仲秀和)

娘が性被害に…

都内で暮らす女性の娘は、担任の男性教員から性被害を受けていた。
当時、小学3年生だった。
ことが発覚したきっかけは、同級生の母親から届いた「LINE」のメッセージだ。同じように被害を受けていた同級生が「ほかの子も触られていた」と打ち明け、その中に娘の名前があった。


娘は、学校の様子や友達のことなど何でも話してくれている。母親はそう思っていたが、男性教員に下着の中に手を入れられたことは口にしたことがなかった。
「きっと話したくない事情があったのだろう」と、娘の気持ちをおもんぱかった。

まるで愛情表現のように

娘に話を聞くと、被害者が複数に上ることがわかった。
実態は母親の想像を大きく越えていた。

問題の男性教員は昼休みや放課後、教室内の教員の机にクラスの女児を呼び出すと「きょうの勉強を頑張ったね」などと声をかけながら、下着の中に手を入れていたという。

驚くことに、クラス内の多くの女児が被害にあっていたため、同級生は男性教員に呼び出された女児が何をされていたかわかっていたという。
その中でも娘は、ほぼ毎日のように被害を受けていたのだった。

母親がその時の心境を語る。
「まさかうちの子が。本当に信じられませんでした。性的な意味がわからない子どもたちに教員はほめる言葉をかけながら、まるで愛情表現のようにやっていた。だから娘はいまだに教員を悪くは言いません。信頼関係を逆手に取った行為でした」

最も安全と思っていた学校での性被害。
教員は懲戒免職となった。

増える教員のわいせつ行為

児童・生徒への「わいせつ事案」は、近年増加傾向にある。

平成30年度に全国の公立の小中学校や高校などでわいせつ行為などにより処分された教員は282人で、統計を取り始めた昭和52年度以降で最多となった。
相次ぐ被害に文部科学大臣の萩生田光一は、教員のわいせつ行為を厳正に対処する方針を示した。

「児童、生徒を守り、育てる立場にある教師がわいせつ行為を行うなど言語道断であり、極めて深刻に受け止めている」

文部科学省は全国の教育委員会に対し、わいせつ行為が確認された教員は原則、懲戒免職とするよう求める通知を繰り返し出している。

懲戒処分歴を隠して他の自治体で再任用されることがないよう、各教育委員会には全国の教員の懲戒処分歴を検索するシステムがある。このシステムを整備した文部科学省はその検索期間を先月、これまでの3年から5年に延長した。来年2月には期間を40年に延ばし、古い処分歴も把握できるようにする予定だ。

教員を守る立場の日教組(日本教職員組合)も、わいせつ行為には手厳しい。広報部長の内山靖行はこう語る。
「懲戒処分を受けるようなわいせつ行為は厳罰化されるべきだし、子どもを守るという観点から、わいせつ行為をした教員を再び教壇に立たせるのはよくない」

“職業選択の自由”が壁に?

ただ教育職員免許法では、懲戒免職などで免許が失効した場合でも3年がたてば再取得することができる。
このため文部科学省は法律を見直し、免許を再取得するまでの期間を延長したり、再取得できないようにしたりできるかどうか検討を進めている。

それでも法的な課題があると萩生田は指摘する。
「冤罪もあるし、本当に更生をして戻りたいという人たちの職業選択の自由を阻むことが憲法上できるのか、大きな課題もある。採用側の責任で採用することも選択肢として残しておかなければならないのではないか」

憲法第22条は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転および職業選択の自由を有する」と定めている。
また刑法では、刑法犯が刑期から10年後には国家資格を再取得できることを認めている。
これらの法制度との整合性から、教員への復職を妨げたり、教員だけ処分期間を長期化したりすることが難しいという事情もある。

処分を受けても…

さらに問題と指摘されているのは、懲戒処分となり失職した教員が他の職種で再び子どもと接するケースだ。

先の母親はスマホの画面に動揺した。
小学3年生の娘の下着に手を入れ、その後懲戒処分を受けて失職した元教員が、ことしに入って障害のある子どもたちの支援施設で働いていることがわかったのだ。

「娘の受けた被害を知ったときから、その教員が『今どこで何をしているんだろう』って気になってしまう自分がいました。似たような人が歩いていると反応してしまうし、偶然ばったり会ってしまうのは嫌でした。2度と保育や教育の現場に戻って欲しくない。子どもと関わる仕事をして欲しくない。そう思っていました」

施設のホームページには、元教員がすでに失効しているにも関わらず教員免許を持っていることがセールスポイントのように記されていた。
元教員が新たな職場で、障害のある子どもたちに、わいせつな行為をしたかどうかはわからない。だが母親は、さらなる被害者が出かねない状況に不安を感じた。

「性癖というか、わいせつ行為をしてしまう自分を自覚していたら、子どものいる現場には戻らず、別のところで再就職して欲しかった。しかも障害があって、より被害を言い出しにくい子どもたちのところに戻っていた。同じような被害を受けている子どもがいるのではないかと思うと、おぞましいです」

発覚は“氷山の一角”

子どもへのわいせつ事案は保育の現場でも相次いで報告されている。ベビーシッターや塾講師など、国家資格を必要としない現場でも「わいせつ事案」の報告は後を絶たず、表面化・事件化したものは氷山の一角とも指摘されている。

性暴力対策に取り組んできた慶應義塾大学の小笠原和美教授は、知識や理解力の乏しい子どもの脆弱性につけ込み、被害が長期化するケースも多いという。

「指導者の立場を利用し、微妙な身体への接触からエスカレートしていく例が多い。誰にも見えないようにしむけるため、被害に遭ったことを認識しにくいという点が、教育や保育の現場で起きるわいせつ行為の特徴の一つだ」

犯罪歴の証明を

子どもたちのための教育や保育の場で性犯罪が起きないようにするには、どうしたらいいのか。

イギリスでは仕事やボランティアで子どもと関わるには、事前に犯罪歴の証明書を提出することが求められている。犯罪歴の証明書は、司法省が所管する部局に申請をすると発行される仕組みになっている。

こうした諸外国の例を参考に、日本でも法制化に向けた模索が始まっている。

自民・公明両党の有志議員は2年ほど前から勉強会を開いて法整備を目指している。自民党の衆議院議員の木村弥生は、その中心メンバーの1人だ。

「学校の教員を辞めても、いくらでも抜け道があるというのはやっぱり違う」

勉強会では、すでに「児童ポルノ法改正案」として骨子案をまとめている。しかし教育や保育など子どもに接する仕事に就く際に、犯罪歴のないことを証明する仕組みを導入することは盛り込めなかった。

なぜなのか。

法務省“慎重に検討を”

法整備にあたり、木村らは法務省などに法律上の課題について意見を求めた。

法務省も性犯罪から子どもを守るため厳罰化に一定の理解を示す。ただ犯罪歴の証明については、更生の機会を妨げるおそれがあり、慎重に検討する必要があると指摘する。また犯罪歴の情報は、仮に自分自身のものであっても、法律上、行政機関から入手することは、認められていない。

法整備にあたっては、更生の機会を妨げない観点も含め、犯罪歴の証明を必要とする職種や資格を具体的にどう定めるのか、議論を進める必要があるとしている。

このため木村らがの勉強会でまとめた骨子案では、学校や保育所などの設置者に対し、わいせつ被害の防止に必要な措置を取るよう「努力義務」を課す内容を盛り込んだ。ただ罰則や法的な拘束力はない。

木村の思いは複雑だ。
「『生ぬるいんじゃないか』という指摘もあった。でも、法務省は『犯罪を犯した人が立ち直って社会に出るのを妨げる』とか『個人情報にも関わるから慎重にすべきだ』という一点張り。らちがあかず、じくじたる思いだけど、まずは努力義務規定とした」

憲法の制約の中でも

野党側からも法整備の声が上がっている。

元検事で国民民主党の衆議院議員の山尾志桜里は、犯罪歴の有無など経歴書の提出が求められる里親制度を引き合いに「職業選択の自由」という憲法上の制約の中でも、無犯罪証明の制度を設けることは可能ではないかと言う。

「里親になるときにも、犯罪歴のない証明を本籍地の自治体から取り寄せる形になっている。日常的に子どもと接する職業については、子どもに対する性犯罪歴がないことを資格の大前提とし『欠格事由』として明記することが大事だ」

山尾は教育現場といった「特殊性」を強調することで、憲法の制約があったとしても性犯罪歴のない証明の提出を求めることができると主張する。

「性犯罪の被害を感じられなかったり、人に言えなかったりする年齢という極めて特殊な領域であることに加え、子どもが自分の判断に関係なく日常的に過ごす場所の職業だからこそ『職業選択の自由』の規制に踏み込んでいる。そのことを前提すれば、他の職業とのバランスを欠いても十分に説明ができるのではないか」

山尾はまず党内で法案化に着手し、他の党にも賛同を呼びかける考えだ。

省庁またいだ仕組みを

慶應義塾大学教授の小笠原和美は、省庁の枠組みを越えた対応の必要性を指摘する。

「制度設計の上ではどこが責任官庁になるかということはあるが、横ぐしで通さないと漏れがいっぱい出でしまう。仮に学校の教員をしっかりチェックできるような仕組みを作ったとしても、すぐ隣に別の入り口がぽっかり穴を開けて待っているとすれば完全な抜け道になる。子どもと日常的に接するポジションに就く人には何らかのチェックが働くようにすべきであり、その法的な根拠も必要だ」

守るのは子どもの人生

被害からおよそ2年が経過したが、母親は娘の将来に不安を抱え、現在も問題の教員の名前を検索し続けている。

「今でも娘は元教員に対し、悪い印象を持っていません。ただ娘が成長する過程や思春期に入り、自分がされた行為が理解できた時、どう変化していくのか。この先、成長とともに深刻な影響が出てこないか想像すると、今のギャップが怖いです」

性被害は子どもの心身に深い傷を負わせ、その後の人生に大きな影響を与えかねない。
未然にわいせつ行為を防ぐためにはどうすべきか。
ことさら教育や保育の現場では実効性のある取り組みが求められる。
(文中敬称略)

政治部記者
木村 有李
2010年入局。青森局と水戸局を経て政治部に。1歳半の息子を育てながら、ことし9月から厚生労働省の取材を担当。
政治部記者
馬場 直子
2015年入局。長崎局から政治部に。官邸クラブで総理番などを経て、ことし9月から文部科学省の取材を担当。
政治部記者
仲 秀和
2009年入局。前橋局や選挙プロジェクトを経て政治部に。官邸クラブで総理番などを経て20年9月から法務省の取材を担当