イージス・アショア代替策
結局はイージス艦なの?

「いま、防衛省を担当しているんですよ」と知り合いに言うと、よく言われることがあります。
「難しいこと、やってるんだね」
そう、防衛分野の話は正直、難しい。取材では、専門用語がバンバン飛び交う。まだまだ勉強不足の私も必死についていっているつもりですが、それをニュースとして、世の中にうまく伝えられているだろうか。
難しいこと。だけど、多くの人に知ってほしい話です。

いま、検討が進んでいる「イージス・アショア」について、そもそもから取材してみると、ある代替策が見えてきました。
(宮里拓也、地曳創陽)

イージス・アショアってなに?

「イージス・アショア」
皆さんも、ニュースなどで1度は耳にされたことがあるかもしれません。
まずは、簡単にこれまでの経緯を振り返ってみます。

NHKがニュースで使う枕ことばは、「新型迎撃ミサイルシステム」イージス・アショア。文字どおり、ミサイルを”迎え撃つ”システムのことです。

「イージス・システム」は、ギリシャ神話に出てくる「イージスの盾」に由来します。
その機能を陸上に設置し、常時、稼働させようというのが「Ashore(アショア)=陸上へ」と名付けられた「イージス・アショア」、いわば「陸の盾」なんです。

日本に正式に導入が決まったのは、今から3年前の12月でした。迎撃するのは「弾道ミサイル」です。弾道ミサイルとは、放物線を描いて飛ぶもので、長い距離、離れたところにある目標を攻撃できるミサイルです。

引き継がれた配備計画

政府は、このイージス・アショアを、秋田県と山口県の陸上自衛隊の演習場を候補地に配備する計画を進めてきました。

しかし、ことし6月、当時の河野防衛大臣が、突如、配備停止を表明しました。
迎撃ミサイルを発射する際に使う装置が、演習場の外に落下する可能性があることが判明し、問題の解決には、コストも時間もかかることがわかったからです。
「陸の盾」によるミサイル防衛の計画は、抜本的に見直すことになりました。


そして、配備停止の表明から3か月。
「しっかりやってください」
新政権が発足して1週間後、官邸で菅総理大臣と向き合った岸防衛大臣は、イージス・アショアの代替策の検討を進めるよう指示を受けました。積み残しとなった課題は、新政権に引き継がれたのです。

厳しさを増す安全保障環境

この課題にどう向き合っていくのでしょうか。
防衛省で検討を進める整備計画局の坂本大祐・防衛計画課長に聞きました。

「そもそも、イージス・アショアの配備や代替策の検討が、なぜ必要なのでしょうか」
A「わが国の安全保障環境は非常に厳しい状況です。『日に日に』というと、多少オーバーかもしれないですが、年々、厳しさが増しています。特に、弾道ミサイルに目を移せば、北朝鮮は日本を射程に収める弾道ミサイルを数百発保有していると言われていて、去年なども相当な数を撃っています。ですから、防衛体制を強化しなければいけないということなんです」

防衛省によると、北朝鮮が現在のキム・ジョンウン体制になった2012年以降、発射した弾道ミサイルなどは88発、去年1年間だけで25発にのぼります。
単純計算すると2週間に1回のペースで飛んでいることになるんです。

でも、そんな事態なら速やかに別の土地を探す…という考え方もあったのではないでしょうか?

「イージス・アショアを別の土地に置くことを検討するという選択肢はなかったのでしょうか」
A「いろいろと検討をしました。『住宅地などが周辺に無いか』とか、『システムを置く十分な土地の面積があるか』、『保安距離が保てるか』といった条件で探しましたが、代替地を見つける見通しが立たなかったということなんです」

動き始めた”洋上案”

”代替地”は見つからず、防衛省は”代替案”の検討を進めます。新政権発足とともに、話は大きく動き始めたのです。

「『イージス・アショア』の構成品を、移動式の洋上プラットフォームに搭載する方向で具体的な検討を進めたい」。
9月24日、自民党の国防関係の会議に出席した岸防衛大臣は、代替策としてレーダーなどを海上に配備する方向で検討していることを明らかにしました。

しかし、待ってほしい。
そもそもイージス・アショアは「陸の盾」では。
それが海の上に移っていくまでに何があったのか、防衛省の坂本課長に経緯を聞きました。

「どのような検討が進められたのでしょうか」
A「『分離案』と『洋上案』の2種類を検討していました。このうち、『分離案』とは、陸上にコンピューターシステムとレーダーを置き、発射装置を洋上に置くというものですが、結局、レーダーを置く場所を陸上に探す必要があります。また、離れた場所にある発射装置と通信しなければなりませんが、その通信が妨害されるリスクが発生します。そういったことを考えると海上に配備する『洋上案』の方が良いだろうということで決定したということです」

「『洋上案』は、どんなメリットやデメリットがあるのでしょうか」
A「『場所を動かせる』ということはメリットになります。その時々の状況、情勢に合わせて、最適な場所に動けます。一方で、一定の期間が経てば整備や補給のために港などに戻らなければならず、若干、”隙間”が発生してしまう問題はありますし、台風で波が荒れるなど気象の影響はどうしても受けるというデメリットはあります」

「そもそも、陸上で使うはずだったものを、海上で使うことは可能なのでしょうか」
A「可能です。レーダーは、カナダやスペインでは海軍が採用しているものです。何らかの改修は必要になるでしょうが、陸上用、海上用、どちらにも対応できるという認識です」

具体化を進める防衛省は、10月、三菱重工業など2社に合わせて2億4000万円で調査を委託。その納期は来年4月となっています。

スパイは「セブン」か「シックス」か?

調査で技術的な実現性も立証されれば、代替策も順調に進む…かのように見えるのですが、この代替策をめぐっては、一つの議論が巻き起こっています。

「やはり、”セブン”がいいらしい」
「いや、”シックス”にすべきだ」
取材をしていると、必ずと言っていいほど、こうした会話を耳にします。

”セブン”、”シックス”とは、代替策で使われるレーダー、「SPY-6」(スパイ・シックス)と「SPY-7」(スパイ・セブン)のことを差しています。どちらを使うべきなのか、という議論です。それぞれ、開発しているのは別の企業です。

自民党内には「シックス」支持根強く

自民党内には、「SPY-6」を支持する声が根強くあります。
最も大きな理由は、アメリカ軍との関係です。
このレーダーは、アメリカの海軍が採用していて、日本も同じものを使えば、相互運用性が確保でき、維持整備や能力向上なども容易になるというのです。
さらに、イージス・アショアの代替策について、独自に検討を進めてきた自民党の議員連盟は「既存の契約品の利活用を自己目的化せずに、新たな安全保障環境に照らして、方向性を出すべき」とする提言を取りまとめました。


契約済みのレーダーの使用を前提にして検討を進めるべきではないという意見です。
この議連には、防衛大臣経験者も参加していますが、議員の中からは「防衛省は『SPY-7』を使うことに固執しすぎだ」といった声すら聞こえてきます。

でも、防衛省は「セブン」にしたい

防衛省は、イージス・アショアで使用する予定で、契約もしていた「SPY-7」を代替策でも活用したい考えです。
自民党の議連と考え方が異なることを防衛省はどう受け止めているのでしょうか。

「自民党内に異論もありますが『SPY-7』を使うのはどういう理由からでしょうか」
A「性能、整備のしやすさ、金額、いずれも優れているということで選んだレーダーです。性能に関して言いますと、探知できる距離が長い、つまり『より遠くで見つけられる』ということです。また、連続して運用できる時間が相当長いということなどもあります。既に契約をして、一定程度、事業は進んでいるので、そうであれば、いいものをそのまま使っていく方向で検討するのが一番合理的だということです」

「現状、具体的な契約の状況はどうなっているのですか」
A「2セット350億円で契約をしています。それに対して、すでに支払い済みの額が144億円です。キャンセルをすればおそらく違約金もかかります。仮にキャンセルして、もう一度、選び直したとしても、性能が良くて、安くて選んだレーダーですから、もう一回、そのまま選ばれる可能性があります。そうすると、違約金を払って、時間もむだになってしまいます」

「客観的に見て、性能が優れているとするならば、なぜ認識の差が生まれてしまうのでしょうか」
A「『SPY-6』は、2013年にアメリカ海軍が新型イージス艦に載せるレーダーを選ぶときに選定されていますが、アメリカ海軍が選んだレーダーなのだから、そちらの方がいいのではないかと思われるのでしょうか。『SPY-6』の方が良いとご指摘も受けていますが、税金を使うわけですから、仮に(選定をやり直して)採用するのであれば、公平公正に評価をしなければならず、評価の結果、『SPY-6』になればそうなりますし、『SPY-7』だとなれば、そうなります」

考えの溝が埋まらない中、国防議連のメンバーは、岸防衛大臣と会談しました。
防衛省にとっては、厳しい内容も盛り込まれた提言書。受け取った岸防衛大臣は「大変、貴重な提言だ」と応じました。

性能、運用性などを考えた防衛力の強化と、それに必要な費用。それぞれをどう評価し、バランスを取るべきか。
レーダーをめぐる議論の決着には、もう少し時間がかかりそうです。

どうなる洋上案

今後、洋上案は、どのようなものになっていくのでしょうか。
防衛省はこれまでに、▼護衛艦を使用する案、▼民間の商船を活用する案、▼「リグ」と呼ばれる油田の掘削に使う装置のような構造物を設ける代替策を示してきました。ただ、これは「3択」を意味してはいないのだといいます。

防衛省・坂本課長「(防衛省が示している案は)イメージですね。たくさんのオプションがあると思っています」

結局、イージス艦?

私たちの取材では、船を活用する案を軸に検討が進められているということがわかりました。
中でも、政府与党ともに支持が高い案は「イージス艦を増やす」というものです。
これについても防衛省の坂本課長に聞きました。

「防衛省内でも、イージス艦を増やすということは検討されているのですか」
A「洋上案の技術的実現性も確認し、その上で何にするのかは今後の検討であり、決まっているわけではありませんが、その検討の幅の中で、イージス艦が最初から排除されているということはありません」

「護衛艦にイージス・アショアのレーダーを載せたら、それはイージス艦ですか」
A「それは、イージス艦というものを、どうイメージするのかによって変わってきますね。イージス・システムと弾道ミサイル用の装備だけではなくて、潜水艦と戦うシステムや、砲がついていたりとか、いろんなものが載っていて、マルチに任務できるようなものをイージス艦だと思っていれば、護衛艦にイージスシステムだけ載せてもイージス艦じゃないということになると思います。ですが、イージス・システムが載っているものは、すべてイージス艦と定義すれば、護衛艦に載っていようが、商船に載っていようがイージス艦ということになりますね。捉え方次第だとは思います」

一口に「イージス艦」といっても、その中身は、語る人によって微妙に違いがあります。
仮にイージス艦を増やすとしても、どのような機能を兼ね備えたものにすべきなのか、コストはどのくらいかかるのか、そこで任務にあたる隊員の確保が難しいのではなかったのか、それに隊員の負担はどうなるのか。検討すべき課題はまだ多いのが実情です。

まとまるか代替策

10月26日。
菅内閣発足後、初めての論戦の舞台となる臨時国会が召集されました。
所信表明演説で、菅総理大臣は、イージス・アショアの代替策について、「あるべき方策を取りまとめていく」と言及した一方、これまで政府が示してきた「年末まで」という期限を明言しませんでした。

政権が変わって、日程感も変わったのでしょうか。
記者団の問いに、岸防衛大臣は「変わりはない」と否定しました。
しかし、年末までに示される「あるべき方策」というものが、そもそも具体的にどんなものなのかは、明確にされていません。それゆえ、年末には代替策の「方向性」などが示されるものの、具体案が絞り込まれるのは、まだ先になるという見方は少なくありません。

「安全保障環境は厳しさを増している」
それが、そもそもの問題意識ではなかったのでしょうか。安全保障環境の変化は、私たちの日常そのものに関わる話です。そして、そのためのコストも私たちの税金から出されています。
難しい話は、やはり私たちの生活にとても関係している。それだけに、丁寧で、速やかな、そして間違いのない検討が求められていると感じました。

政治部記者
宮里 拓也
2006年入局。さいたま局から政治部。自民や民主、文科省担当など歴任。立民と国民などの合流を取材し、9月から防衛省キャップ。
政治部記者
地曳 創陽
2011年入局。大津局、千葉局を経て政治部に。総理番のあと河野防衛相番として「イージス・アショア」断念時も取材。防衛省担当2年目。