決断の時 安倍首相は
誰に会う?

5月28日、安倍総理大臣の通算の在任期間が1981日となり、小泉元総理大臣を抜いて戦後歴代3位となりました。再び政権のトップの座についてからの4年5か月、安倍総理大臣は国政のかじ取り役として、日本の行く末を左右する決断を重ねてきました。こうした決断にあたって、安倍総理大臣は誰に意見を求め、方針を決定するのか。安倍首相の一挙手一投足を追う若手記者が連日作成する首相の動静メモを手ががりに、政治部官邸クラブの古垣弘人記者、奥住憲史記者、清水大志記者が分析しました。

首相動静とは

新聞の「安倍首相の一日」「首相動静」などという記事を目にしたことがあるでしょうか?。各紙の政治面などの片隅に必ず掲載されていて、総理大臣がどこで誰と会ったのかを分単位で紹介しています。
NHKでは、ニュースなどで安倍首相の詳細な動静を報じることはありませんが、「総理番」と呼ばれる、総理大臣を担当する若手の政治部記者が、1日の取材をもとに動静のメモを毎日作成しています。首相の日程の把握は、政治取材で最も重要な基本情報だからです。
例えば、閣僚が総理大臣に面会する場合、重要な政策判断を仰いだ可能性があります。また自民党の幹部が、党の総裁でもある首相と面会した場合は、党人事や国会運営などで重要な相談が行われたことが予想されます。首相の動静には、今後の国政の行方を探る手ががりやヒントが、ちりばめられていると言えます。

4つの決断を分析

私たちは、安倍首相の政治決断に、誰がどのように関わっているのかを探ろうと、過去の動静メモを改めて詳細に分析することにしました。今回対象としたのは、第2次安倍内閣が発足してから、国内外に大きな影響を及ぼした、
▼おととし12月の慰安婦問題をめぐる日韓合意、
▼去年6月の消費税増税の再延期、
▼同じく去年8月の内閣改造、
▼そして去年12月のハワイ・真珠湾訪問の4つの政治決断です。

今回、それぞれの決断に至るまでの1か月間を対象に、首相宛の訪問者や会合の同席者を改めて洗い直しました。分析にあたって、多くの関係者が同席する閣議や国会の委員会の出席者、休日のゴルフの同伴者などは省きました。そのうえで、首相への面会の回数や、累積の面会時間を比較・検討してみると安倍首相が、それぞれの決断の中で、誰の意見を重んじながら熟慮を重ねたのかそのプロセスの一端がかいま見えてきました。(※以下、肩書きはすべて当時のものです)。

日韓合意

2015年も押し詰まった12月28日。ソウルで記者会見に臨んだ岸田外務大臣は、目に光るものを浮かべながら「歴史的画期的な成果だ」と強調しました。これに先だって行われた日韓外相会談で、慰安婦問題をめぐって、日韓両政府は、韓国政府が設置する財団に日本政府がおよそ10億円を拠出して元慰安婦への支援事業を行うことで合意し、両政府は、慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に」解決されたことを確認しました。この合意に向けて、安倍首相が岸田大臣に対し、韓国への訪問を最終的に指示した12月24日までの1か月間の首相の動静を分析しました。

安倍首相との面会回数の1位は北村内閣情報官と外務省の斎木事務次官で17回、3位は麻生副総理兼財務大臣で16回となっています。累積の面会時間の1位は菅官房長官で11時間1分、2位が麻生副総理兼財務大臣で8時間23分、3位は外務省の斎木事務次官で6時間46分となっています。
まず目を引くのは、菅官房長官の面会時間の長さです。動静を詳しく調べた結果、自民党の谷垣幹事長や宮沢税制調査会長と同席で総理と面会している時間が多かったこともわかりました。
当時は、消費税率の引き上げに伴って、食料品などの税率を低くおさえる軽減税率の導入をめぐり、政府、自民党、公明党との間で調整が行われているさなかでした。官房長官は、重要政策や法案の決定に当たり与党内や関係府省庁との調整役を担います。菅官房長官の長時間にわたる面会の背景には、軽減税率をめぐる関係者との調整が大詰めを迎えていたことがうかがえます。総理大臣は常に複数の重要懸案を抱えており、どの案件をめぐる面会だったのかを探ることが必要不可欠です。

そのうえで注目すべきは、面会回数が最多の外務省の斎木事務次官の動静です。斎木次官は安倍首相が岸田外務大臣に訪韓を指示した12月24日当日にも2回にわたり、計1時間47分面会しています。外務省の事務方のトップとして、日韓合意をめぐる安倍首相の決断に重要な役割を果たしたことが推察されます。
ある外務省の幹部は、NHKの取材に対し、「11月の日韓首脳会談のあと、総理から斎木次官に、『慰安婦問題の協議を加速してほしい』と指示があった。それ以降、斎木次官は、総理のところにたびたび入り、局長級の協議の途中経過などを随時報告していた」と証言しました。
この年の11月、安倍首相は、ソウルで開かれた日本、中国、韓国の3か国の首脳会議にあわせて、韓国のパク・クネ(朴槿恵)大統領と会談し、慰安婦問題について、日韓国交正常化50年の年であることを念頭に置きながら、外交当局間の局長級の協議などを加速し、早期解決を目指すことで一致しました。これを踏まえ、安倍首相は、斎木次官から事務レベルでの協議の報告を随時受けながら、合意への道筋を探っていたものと見られます。
外務省幹部は、「斎木次官は、総理に会うと、その都度、『とにかく一生懸命やってほしい』と言われていた。斎木次官もそれに応え、懸命に努力していた」と話していました。

真珠湾訪問

次に、去年12月の安倍首相のハワイ・真珠湾訪問を見ていきます。安倍首相はオバマ大統領とともに、旧日本軍による真珠湾攻撃で沈没したアメリカ海軍の戦艦「アリゾナ」の真上に建てられた「アリゾナ記念館」を訪れ、戦死した兵士らの名前が刻まれた大理石の壁に向かい、黙とうをささげました。日米の首脳が、そろって真珠湾を訪問したのは初めてのことです。日米両政府が真珠湾訪問を発表したのは、かつて真珠湾攻撃が行われた12月8日を前にした12月5日でした。この発表までの1か月間の安倍首相の動静を分析しました。

安倍首相との面会回数の1位は北村内閣情報官で14回、2位は谷内国家安全保障局長で13回、3位は外務省の杉山事務次官で12回となっています。
累積の面会時間では、1位は外務省の杉山事務次官で7時間57分、2位は谷内国家安全保障局長の6時間25分、3位は自民党の二階幹事長で5時間22分となっています。

この時期、日本政府は、安倍首相の真珠湾訪問向けた調整に加え、同じ12月に行われたロシアのプーチン大統領との日ロ首脳会談の準備にも追われていました。
面会回数、時間ともに2位の谷内国家安全保障局長は、第1次安倍内閣で外務次官を務め安倍首相の外交のブレーンとも言われています。前月の11月にはロシアを訪問するなど、首脳会談に向けた調整を担っていました。加えて、谷内局長は、当時のアメリカのオバマ政権で安全保障政策を担当するライス大統領補佐官のカウンター・パートでもありました。安倍首相の密命を受けて、アメリカ側と調整を行っていた可能性があります。

谷内局長に加えて、真珠湾訪問をめぐるキーマンとなったのは、面会時間トップの外務省の杉山事務次官と見られます。ある政府関係者は、「安倍総理が真珠湾訪問を意識し始めたのは1年半以上前。2015年4月にアメリカ議会で演説をしたころだった」と明らかにしました。その当時、杉山次官は、事務方ナンバー2の外務審議官。この頃から、真珠湾訪問に向けた外交戦略を描き始めた可能性が考えられます。
ただ2015年は、慰安婦問題の日韓合意に向けた交渉が正念場を迎えていたこともあり、政府が、真珠湾訪問の具体的な検討に動き出したのは翌2016年の9月頃だったと見られます。ただアメリカ国内には、真珠湾攻撃を「だまし討ち」だとして、厳しく批判する声も根強くあることから、政府は、日米関係にマイナスの影響を与えないよう、慎重に検討を続けていました。
安倍首相が真珠湾訪問を決断し、オバマ大統領に提案したのは、検討を開始してから1年半以上が経過した2016年11月でした。
政府関係者によると、真珠湾訪問を発表した日、杉山次官は周囲に、「総理の決断だからこそできたことだ。良好な関係を続けてきた日米同盟を総括するものになる」と話したということです。

内閣改造

去年7月の参議院選挙で勝利した安倍首相は、およそ3週間後の8月3日、内閣改造に踏み切り、第3次安倍第2次改造内閣が発足しました。内閣改造が行われた8月3日までの1か月間の安倍首相の動静を見ながら、人事の舞台裏を探ります。私たちは総理番として取材を始めるまで、総理大臣は、閣僚や与党の幹部、それに派閥の領袖(りょうしゅう)といった人たちと夜な夜な料亭に集まり、膝をつき合わせながら人事を決めているのだと想像していました。実際、安倍首相はどうだったのでしょうか。

安倍首相との面会回数の1位は北村内閣情報官で19回、2位は石原経済再生担当大臣で12回、3位は谷内国家安全保障局長で9回となっています。累積の面会時間の1位は北村内閣情報官で9時間41分、2位は菅官房長官で4時間24分、3位は谷内国家安全保障局長で3時間37分となっています。
私たちが抱いていた想像とは異なり、1か月の間に自民党の谷垣幹事長や公明党の山口代表と面会したのは、首相動静メモでは、それぞれ数回でした。安倍首相の夜の会食相手も、財界関係者や知人などが多く、派閥の領袖らと酒を酌み交わすといった様子は見られませんでした。
安倍首相は、いったい誰と人事の構想を進めていたのか。
ヒントとなるのが、ある側近が、山梨県にある安倍首相の別荘に行く前に語った、「週末は別荘で作戦会議だ」という言葉です。安倍首相は、夏休みや大型連休などには別荘に滞在し英気を養います。別荘では、政府高官や友人らを招いたり、ゴルフを楽しんだりというのが定番の過ごし方です。
7月10日の参院選が終わると、安倍首相は、17日から24日までの8日間、別荘で過ごしました。この期間の動静で注目されるのは、2回にわたり別荘を訪れた北村内閣情報官です。北村情報官は警察庁出身の官僚で、第1次安倍内閣では総理秘書官を務めた安倍首相の側近中の側近です。内閣情報官のもとには、国内外のさまざまな情報が集まります。そして、取材では、同じく第1次安倍内閣以来の側近の長谷川総理大臣補佐官や、政務担当の今井総理大臣秘書官も安倍総理に同行していました。安倍首相が、別荘滞在中に、側近たちと人事の方向性などを練っていた可能性もありそうです。

チーム安倍

ことし1月18日、東京・四谷のフランス料理店に安倍首相、北村内閣情報官、財務省の田中前財務次官、外務省の林欧州局長らが集まりました。これらのメンバーは、第1次安倍内閣時代の総理大臣秘書官です。過去の安倍首相の動静を見ても、年に数回、定期的にこのメンバーでの会食があり、安倍首相が、みずからを支え続けている側近たちを大切にしていることが伺えます。それは、今回分析した動静の中にも見ることができます。

<分析対象期間中の面会回数順位>。
北村内閣情報官 1位3回 4位1回 (第1次安倍内閣時秘書官)。
谷内国家安全保障局長 2位1回 3位1回 5位1回 9位1回 (第1次安倍内閣時外務省事務次官)。
田中財務次官 6位1回 12位1回 (第1次安倍内閣時秘書官)。
林外務省欧州局長 9位1回 17位1回 (第1次安倍内閣時秘書官)。

北村内閣情報官は、今回分析した4つの期間のうち、3つの期間で面会回数が1位となっていて、「総理の清涼剤のような存在なのではないか」と話す政府関係者もいるほどです。
また第1次安倍内閣で外務事務次官として安倍首相を支えた谷内国家安全保障局長も4回ともトップ10に入っています。ある政府高官は、「安倍総理はとても思いやりがある人で、官僚としては、一度仕えるとその後もずっとなんとかして差し上げたい気持ちになる人柄だ」と話しています。この「チーム安倍」の結束の強さが、長期政権を支える原動力になっているという指摘もあります。

増税再延期のここ一番 政治家との協議

最後に、安倍首相が、消費税率の10%への引き上げを2019年10月まで再延期する考えを表明した、去年6月1日までの1か月間の動静を見てみます。

首相との面会回数の1位は外務省の長嶺外務審議官で22回、2位は外務省の秋葉総合外交政策局長で15回、3位は外務省の斎木事務次官で13回となっています。
累積の面会時間の1位は外務省の長嶺外務審議官で12時間14分、2位は麻生副総理兼財務大臣で9時間44分、3位が外務省の秋葉総合外交政策局長で7時間11分となっています。
面会回数では、長嶺審議官を筆頭に外務省の幹部が4位までを占めています。消費税率をめぐる決断までの1か月の期間中には、5月末に伊勢志摩サミットが行われました。面会回数トップの長嶺審議官は、伊勢志摩サミットでは、安倍総理のシェルパ=個人代表として、重要な役割を担っていました。長嶺審議官をはじめ、外務省の幹部の面会が多いのは、伊勢志摩サミットに向けた打ち合わせや調整が主要な案件だったものと見られます。

それでは、消費税の件は誰と相談していたのか。この1か月は、外務官僚のほか、政治家との面会も多くなっています。石原経済再生担当大臣、高市総務大臣ら閣僚に加え、自民党の谷垣幹事長、二階総務会長、稲田政務調査会長の党三役も名前も並んでいます。

そして最も注目されるのは、9時間44分と政治家では最も長い時間、首相と面会した麻生副総理兼財務大臣です。麻生副総理は、消費税率の引き上げの再延期には慎重な姿勢を示し、もし再延期するならば、衆議院の解散・総選挙を行うべきだと主張していました。当時、永田町では、安倍首相が、7月の参議院選挙にあわせて衆参ダブル選挙に踏み切るかどうかをめぐって、さまざまな意見や憶測が飛び交っていました。こうした状況の中、安倍首相は、増税の再延期を表明する2日前の5月30日、東京都内のホテルで、麻生副総理と、およそ3時間にわたり会談。麻生副総理は、消費税率の再延期に理解を示すとともに、再延期に伴う衆議院の解散・総選挙も行わないことを確認し、その後の政治の流れが決まりました。ある政府高官は、会談の翌日、記者が、「今回の件で2人の関係はぎくしゃくしないのか」と質問したのに対し、「そんなことはない。麻生さんは最初から総理の意向に従うと言っていた。2人の関係は別格なんだ」と話していました。

『公邸泊』と『ワークアウト』

一連の動静分析で、改めて浮かび上がった点もご紹介したいと思います。
1つは、安倍首相の総理大臣公邸での宿泊です。総理大臣公邸は、首相が執務する総理大臣官邸の隣にある建物で、歴代の総理大臣の中には、在任中は、公邸に住む人も多くいました。一方、安倍首相は、都内にある自宅を生活の拠点としています。そこで、去年1年間、安倍首相が自宅や公邸に何日泊まったのかを調べてみました。その結果がこちらです。

<2016年の宿泊日数>。
自宅泊194日(53%)。公邸泊92日(25%)。外遊など79日(22%)。

自宅からの出邸が基本の安倍首相が公邸に泊まるのはいかなる時か。
政府関係者は、「総理は国会対応などで翌日の朝が早い時や、危機管理対応が必要な時などに公邸に宿泊している」と話してます。
一方、公邸泊の際、「その日の総理日程は終わり」とされている日に、政治家や財界人などと面会していたことが、その後の取材で明らかになることもあります。誰かとひそかに面会をする時などに、公邸を使っているのではないかという推測もできそうです。こうしたこともあり、安倍首相が公邸に泊まる際には、重要人物の出入りがないか取材を試みますが、なかなかキャッチできないのも実情です。

もう1つ、安倍首相の特徴的な行動があります。それは、重要な判断を迫られている時期であっても運動を欠かさないことです。安倍首相は、定期的に都内のホテルにあるフィットネスクラブで運動をしています。今回はその累積時間も計算しました。その結果、慰安婦をめぐる日韓合意前の1か月では6時間4分、真珠湾訪問表明前は3時間30分、内閣改造前は3時間15分をフィットネスに費やしていました。
次々に重要な決断を迫られる安倍首相にとって、運動で汗を流すことは、心身を整える意味でも大切な時間なのかもしれません。

まとめ

「チーム安倍」とも呼ばれる官僚や、重要局面で膝をつき合わせる政治家たち。安倍首相が決断を下すプロセスの一端をかいま見ることができました。しかし、これは、表面的な動きに過ぎません。
そこで面会を重ねていた当人に対して、どんな話をしていたのか取材してみました。しかし、他を圧倒する面会回数を誇る北村内閣情報官は、詳しいやり取りについては口を閉ざすのみでした。さすがに毎日のように総理と会い国家機密を共有する現職の官僚。具体的なことは明らかにしません。それでは退職した人ならどうか。外務省の事務次官当時はほぼ毎日首相と面会していた斎木氏に取材を申し込んでみました。しかし、返ってきたのは「取材に応じることはできません」という答えでした。
首相が決断を下す際、どんな話をしているのか、真相に迫るには厚い壁があります。さらに私たちが把握している首相動静は、あくまで首相の一面を見ているに過ぎません。例えば、総理大臣官邸には複数の入り口があるほか、首相の執務室に通じる通路も複数あります。また電話やメールによる会話をキャッチすることはもちろんできません。

国政のトップである総理大臣が、この国をどのような方向に導こうとしているのか、その決断の瞬間に迫るためには、知恵を振り絞って取材を尽くしていく必要があります。引き続き安倍首相の一挙手一投足を追いながら、その核心に迫る努力を続けていきたいと思います。

政治部記者
古垣 弘人
平成22年入局。京都局から政治部へ。現在、官邸担当。
政治部記者
奥住 憲史
平成23年入局。金沢局、秋田局を経て政治部へ。現在、厚生労働省担当。趣味は麻雀。
政治部記者
清水 大志
平成23年入局。徳島局を経て政治部へ。現在、官邸・内閣府を担当。